ナンバンアカアズキ
Adenanthera pavonina Linn. (1753)
科 名: マメ科 Fabaceae nom. cons.
亜科名: ジャケツイバラ亜科 Caesalpinioideae
節 名: ネムノキ節 Mimoseae
属 名: アデナンセラ属
Adenanthera Royen ex. Linn. (1737)
和 名: ナンバンアカアズキ 南蛮赤小豆
別 名: Saga (シンガポール植物園)
中国名: 海紅豆属 Hai hong dou
台湾名: 孔雀豆
原産地: 中国南部、バングラデシュから東南アジア、パプアニューギニア、ソロモン諸島、オーストラリア (GRINによる)
用 途: 観賞用、装身具に加工
観察地:小石川温室、ガイアナ協同共和国、シンガポール、ドミニカ共和国.
会社勤めをしていた時の出張先や、海外の植物園での写真を中心に掲載する。
当初は和名どころか学名もわからなかったが、いまでは「ナンバンアカアズキ」が一般的になり、温室の名札もこれである。


小石川温室 第2室
40cmほどの鉢植えで 高さは4m強。枝は細いものの、大きな複葉は50cm近くある。


南米北部のガイアナの首都ジョージ・タウンの植物園で初めて見たこの豆科植物。 外観が「赤い果実」は世界にごまんとあるが、この赤いタネ!!
艶々と美しく、夢中になって拾い集めて持ち帰ったが、頼りにする2冊の植物事典には載っておらず、長い間名前がわからなかった。
モザンビークの出張の帰りがけに寄ることができたシンガポール植物園に大木があり、4年以上経ってから、ようやく学名が判明した。
持ち帰った種子
この色! この艶! 大きさは7~9mmで、小さな蜆貝(シジミガイ)のような形である。世界一美しい種(タネ)であること間違いなし。
樹形 ガイアナ   2004.10.30.
優雅な橋の架かった池の縁に植えられていて、幹の太さは 40 cm 程度。半球形の樹冠で 周辺は枝垂れている。
ちょうど種子散布の真っ最中。池の上に大きく張り出しているので、池を浚えば紅色の宝石がザクザクと採れるはずだ。
鈴生りの赤い実がよく見える 落ちた莢
熟すと莢が割れて、螺旋状に捩じれる。落下した時には赤い種子はほとんど離れ落ちてしまっている。白い部分は果実の内側で、果皮の表面と地面がちょうど同じ色なのでわかりにくい。
珍しい互生の小葉
2回偶数羽状複葉で、これで1枚の葉。暑さのために小葉は閉じ加減となっている。前掲写真左と較べると、小葉が平らで厚みが薄いように見える。熱帯の太陽下で地植えで育っているものと、温室栽培の差だろう。
樹形 シンガポール       2009.1.20.
園内に(当時)11本ある 樹木遺産 Heritage trees のひとつ。
朝から暑い中で広い植物園を歩き回ったために熱射病気味になり、もう帰ろうと一度はこの木の前を通り過ぎてしまって、危なく見過ごすところだった。
待てよ! やはり遺産樹木は見ておかなければ、と戻って説明を読んでみたら この「赤い種子」の木だった。頭が痛いのを我慢して地面をくまなく探してみたが、種子はたった2個しか見つからなかっため感激は今一つだったが、学名がわかったことは大収穫だった。
2個見つかっただけでもましだった理由は、シンガポールで Saga と呼ばれるこの木は大変に有名で、種子を100個?集めると望みが叶うと言われているおかげで、皆が拾い集めるため。
また植物園の管理の良さも理由のひとつで、園丁が常に掃除をして廻っているためでもある。
余談だが、その後に出かけたドミニカ共和国では皆の関心がないらしく、いやというほど落ちていた。
板根状になっている

シンガポール植物園のホームページの解説では、
亜高木で20mぐらいになる。丸いが不規則に広がる樹冠をもつ。じょうぶで成長が早い。落葉樹で完全に落葉してむき出しの樹冠となる。
花は小さく星の形で、房状となる。色は淡いクリーム・イエローからオレンジ色で芳香があり、年に二回咲く。
種子は通常鮮やかな赤色で艶があり、ハート型に近い。その重さは均一である。
とある。
いったいどんな花が咲くのかと、ハワイ大学の Carr 教授のホームページを見てみると、ちゃんとありました。

ハワイ大学のアデナンセラ Copyright:Dr. Gerald Carr.

掲載許可 取得済み
花序は長い総状で、葉と較べると、花の大きさは極めて小さく、ジャケツイバラの花とはずい分違う。
小花はまさに「星型」で、黄色い「スターダスト」だ。



名前の由来 Adenanthera pavonina
 ナンバンアカアズキ 南蛮赤小豆:
南方の植物で、小豆のような小さな種子の色が赤いため。
しかし、説明的でどうも馴染めない。
 属名 Adenanthera:
aden (腺の) と anthera (葯) の合成語だが、葯に腺があるのか、前掲の花の写真を見てもわからない。
eFlora『Flora of China』の Adenanthera属の説明を読むと「葯は卵型で、頂部に脱落性の腺がある」とあった。
そこで Dr. Carr の写真を拡大してみると、
なるほど! まだほとんどの葯に付いているが、腺だろう。 これで納得。
ちなみに「adenoid アデノイド」は扁桃腺であり、ついでに「扁桃」はアーモンドの中国名である。
この属名が命名規約上有効になるのは リンネの『植物の種』(1753)だが、赤い種子が目につく植物だけに、17世紀 あるいはそれ以前からその記載があるようだ。
詳しくは後半の「Adenanthera属の 命名物語」を。
 種小名 pavonina:孔雀の という意味
動物園でよく見かける インドクジャク Pabo cristatus などの羽の色は緑と青である。「赤い種子」を青い孔雀と表現するのはおかしいので、由来は別のところにあるはず。
インドクジャク
Wikipedia より
この由来の解明も「pavonina の命名物語」参照。
 現地名のひとつ Saga:
シンガポール植物園の木の前に「遺産樹木」の解説パネルがあり、ホームページの解説とは違うものだった。
Sagaの木はその輝く赤い種子でよく知られている。中東から東南アジアまで、その種子は重さの標準として使われたといわれている。「Saga」の名称は、かつてこの種子が金の重さを量るのに用いられていたために、金細工職人が使うアラビア語に由来するものと思われる。
この説明では、Saga の意味や由来がわからない。
また、きれいな種子に難癖を付けるようで申し訳ないが、私が拾ってきた種子は、一瞥しただけで大きさ(重さ)のバラツキがあることが分かる。そんなものが、高価な「金」を量る標準器として本当に使われていたかどうかも疑われる。
そこでさらに、植物園の売店で買った文献、『Trees of Our Garden City』というシンガポール植物園出版のガイドブックの「用途」の部分の解説を見ると
用途:
比較的 重さやサイズが均一であるため、Sagaの種(たね)は過去に、金や銀を量るための「重り」として使われた。現在でもこの輝く赤い種子は、数珠やネックレス、装飾品を作るために集められる。
また種は炒って食べることができ、大豆のような味がするといわれている。
時に「赤白檀」として知られる硬く赤みがかった材は、緻密で均一な木目を持ち、高級家具・住宅建築・家具・装飾的な木製品を作るのに役立っている。また燃料材としても有用で、粉末にすると赤の染料となる。 
成長の早さと広がる樹冠のために、Sagaは公園や広い庭園の緑陰樹や鑑賞樹に適している。しかし強風の被害を受けやすく、年を経ると樹形が乱れて、大量の落ち葉を撒き散らすため、街路樹や個人庭園には不向きである。
用途の項目であるために、ここにも Saga の名称の解説はない。
分銅としての役割は、1個ではなく、何個かで金どれだけ、というように用いられたものと思われる。
「落ち葉」の問題は、Sagaの成長が速く、6~8か月に一度、つまり年2回 葉を落とすことによる。

 旧 ジャケツイバラ科 Caesalpiniaceae:
 ジャケツイバラ亜科 Caesalpinioideae:
カエサルピニアは、ローマ法王クレメンス8世(在位1592 -1605) の侍医で植物学者の、チェザルピーノ A. Cesalpino(1524-1603)、ラテン語の綴りCaesalpinus を顕彰している。
 マメ科 Fabaceae Lindl. , nom. cons.
Faba は、ギリシア語の Phago 食べるに由来し、果実を食用にすることに基づく。
別名 Leguminosae は、莢状の果実がある の意味。
最近 アメリカ農務省のデータベース GRIN では、マメ科の下位の分類が変わった。
以前は マメ亜科、ジャケツイバラ亜科、ネムノキ亜科が並列だったが、現在はネムノキ亜科が無くなり、ジャケツイバラ亜科の中の「ネムノキ節」となった。


 
Adenanthera属 と pavonina の命名物語

まず、学名の根拠であるリンネの『植物の種』(1753)を見てみよう。
『植物の種』第1巻 384ページ

符号は筆者が記入
1行目の記述は「葉は二回複葉」とあるだけ。3行目も「葉は二回複葉、小葉は互生」。原産地はインド。
本書には図はなにも無く、いったいこれで本種を正確に特定して記載したことになるのだろうか?
手掛かりは、ここに記載されている5つの参考文献である。リンネの自書も含めて、著者名と書名の略称が挙げられている。これで本種に関する 1753年以前の命名の様子を知ることができ、さらにはその文献内にも同様に参考文献が記載されており、リンネよりも200年以上前の状況を知ることができる場合もある。
まずは5冊を刊行順に並べ、Adenanthera属 や pavonina の名前が記載されていないかどうかを調べたが、ラテン語が部分的にしか解釈できないために、理解が十分でない部分がある。


は正名、 は異名
内は 推定事項
  肖像写真は Wikipediaより
  図版は、Biodiversity Heritage Library より


 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  正名・異名の対象外
著者 書 名
1686  Hendrik
  van Rheede
インド マラバルの庭園(植物誌)
『Hortus Indicus Malabaricus』第6巻 p.25 図.14
各植物ごとに すばらしい図があり、上図によって ほぼ間違いなく 本種であることが確認できる。
ただし、名称はマラバル地方の個有名の「Mandsiadi 」であり、Adenanthera や pavonina、pavonis の単語は一切無い。
1735 ~1737 リンネ クリフォード氏庭園誌『Viridarium Cliffortianum』
Ⓒのための目次編。各植物の記述を1・2行に抑えて掲載順に並べ、ページ数と属内の番号を示したもので、図は無い。

同書 36ページ
注目すべきは Adenanthera の名があることで、これによって Roy (ロイエン)が1737年以前に記載していたことがわかる。しかし実際にはⒸの158ページには Adenanthera の文字は見当たらないため、2行目と3行目は関連が無さそうだ(次の図 参照)。
1737  リンネ クリフォード氏植物園誌『Hortus Cliffortianus』

同書 158ページ
Poinciana は Caesalpinia ジャケツイバラ属の異名である。
『植物の種』によると本書の 158ページに本種が記載されていることになっているのだが、インド産は第2項だけである。
注目は その2項2行目に Flos pavonis (クジャクのような花) の記載があること。参考文献に Ⓐリーデの『Hortus Indicus Malabaricus』第6巻 p.1 図1(下図左)とあり、それを見ると恐らくオウコチョウである。

『Hortus Indicus Malabaricus』 第6巻 図1

オウコチョウ Caesalpinia pulcherrima
オウコチョウの花に限るならば、10本の長い雄しべを クジャクのトサカに喩えたもの と言えよう。

Wikipedia より

2008.3.16 ドミニカ
『Hortus Indicus Malabaricus』 第6巻 図1オオコチョウ の脚注に別の pavonis が付く名前があった。(下図はその左部分)
Jacob Breyne (1637-1697)が名付けていた Fruticis Pavonii クジャク灌木 あるいは Cristae Pavonis クジャクの鶏冠(とさか) で、1679年から82年の記述である。別に2種の Chamae Crista Pavonia 矮性のクジャクのトサカ、の記述もある。
Breyne の書籍を探したが見つからなかった代わりに、第三者による『Prodromi fasciculi rariorum plantarum』の「目次」のような出版物(1739) があり、同書第2巻には9つの CRISTA PAVONIS が並んでいた。恐らく「ジャケツイバラ属」として 広く使われていたのではないか。
このように、種小名 pavonina はリンネの発案ではなく、先人が17世紀から、しかも固有の名ではなく、一般的な呼び名だったものを採用したことがはっきりした。

1740  Adriani
  van Royen
ライデン植物誌『Florae leydensis prodromus :
  exhibens plantas quae in Horto academico Lugduno
  -Batavo aluntur』p.462
Adenanthera 1種だけを記載。参考文献として「クリフォード氏植物園誌『Hortus Cliffortianus』Ⓒ p. 158」が挙げられているが、実際には載っていない。
1747  リンネ 『セイロン植物誌 Flora Zeylanica』 p.70、71
属名を Adenanthera とし、過去に記載があった 8つの名称を列記している(後半は省略)。参考文献は合計11にものぼる。
その中に 2つの「Crista pavonis:クジャクのトサカ」の名があり、参考文献の中には 前述の Breyne による『Prodromi ~』もある。
『セイロン植物誌』(1747)では Adenanthera属として8つが並んでいて、同じ種が含まれるのか、すべて別種なのかがよくわからない。
しかし『植物の種』(1753)に記載したのは本種1種だけで、参考文献は5つに限定されている。

6年の間に研究・分類が進んだものと考えられる。
分類の手掛かりとして 雄しべの数と雌しべの数で分け、参考文献を精査し、その他の形態を手掛かりにして種の分類を行って種小名を付けたこと、それが『植物の種』が学名の原点に選ばれた理由である。

その後(あるいは以前から?) pavo~ の種小名は、様々な科の植物に用いられている。
なお、アオイ科の Pavonia属 は、スペインの植物学者 José Antonio Pavón (1754–1844) を顕彰したもので、クジャクとは関係ない。


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