アジサイ類の 学名
Hydrangea Gronov. ex Linn. (1753)
 2011.6.21.
植物園のアジサイ通り。 標識41番から42番まで。 ほかに ここの手前、本館北側に アジサイ園がある。

エングラーの分類までは、アジサイ科の各属は ユキノシタ科に含まれていた。 クロンキストの分類では、基本的に草本はユキノシタ科に、木本を「アジサイ科」として独立させたが、大きなグループ 「目 もく」としては バラ目 のままだった。
APG分類による 新しいアジサイ科はまったく違う位置 ミズキ目となった。

 植物の分類 APG分類による アジサイ属 の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、イネ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
以前の分類場所 バラ目   トベラ科、スグリ科、ベンケイソウ科、バラ科、ユキノシタ科、
  など アジサイ科 ( ミズキ目に移された↓)
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
ミズキ目   ミズキ科、ヌマミズキ科、アジサイ科
アジサイ科   ウツギ属、アジサイ属、バイカウツギ属、イワガラミ属
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した?植物 )           

遺伝子分析の結果、このような 分類の「マクロ」な変更だけでなく、 ミクロな「学名」にも変化があり、以前に増して、どれか(誰か)ひとつの考え方に決めないと、あれやこれやと違いが大きくなってしまう状況である。
ここでは GRINの学名(2011年7月13日アップデイト)を「正名」として、これまで一般的に使われていた名前との比較一覧表を作成した。
米国農務省、GRIN:Germplasm Resources Information Network
小石川植物園も いつの日か、 APG分類の名称に変えざるを得ないはずなので、先回りの意味も含めて・・・。   H.Hydrangea の略。



 ツュンベリーシーボルトによる 命名

掲載は シーボルトの『Flora Japonica 日本植物誌』の図版順。 シーボルトの学名には、京都大学蔵書『日本植物誌』の画像にリンクを貼ってある。
★ はその種に対する最初の命名。
和名 GRINの学名 ツュンベリーの命名 シーボルトの命名 その他の異名
ガクアジサイ  H. macrophylla
       (1830)
 H. azisai (1829)  ★ H. macrophylla
     var. normalis



植物園の名札
 H. macrophylla
    f. normalis
アジサイの学名が先に付けられ、ずっと後になって、アジサイは ガクアジサイが変化したものだということがわかったために、 「正規の・普通の」という品種名「 normalis 」が付けられた。 現在は form. 品種とされる。 シーボルトが ガクアジサイを azisai としたのは、こちらが、もとの自然種だという事を理解していたためだろうか?
GRINの見解は、標本の遺伝子解析を行った結果だと思うが(未確認)、アジサイ と ガクアジサイは「同一種」としている。 品種や変種にもなっていないので、栽培品種・園芸品種扱いとなる。 外見・形態の違いは学名的には指標にはならないということだ。
今後、例えば 葉の形やサイズが明らかに違うなどで、 品種や変種 とされていたものが、遺伝子は同じという理由で「同一種」となるケースが頻発するだろう。
アジサイ 同 上  ★ Viburnum
 macrophyllum(1784)
 H. hortensia (1829)
 H. otakusa (1839)
 Hortensia opuloides
     Lam. (1789)



植物園の名札
 H. macrophylla
1775年に来日したツュンベリーは、日本での行動が幕府によって制限されたためか、ガクアジサイ には気がつかったようだ。 恐らく民家などで栽培されていた「アジサイ」に名前を付けた。 
1823年に来日したシーボルトの種小名 otakusa は日本での妻 楠本 滝 にちなむ。 帰国以前に H. hortensia という別の名を付けており、10年後の『日本植物誌』で otakusa の名を付けた。 当時は命名規約など無かったので、自分で付けたものや先人が付けた名に、新しい名前を付ける事に対しての躊躇はなかった。 出版に当たって、お滝さんを懐かしく思い出して付け直したのだろう。
シーボルトが最初に命名した種小名による影響か、その他の異名に載せた ラマルクが付けた属名のためか、Hortensia あるいはその語が含まれる名前が、アジサイの英語・フランス語・ドイツ語・ポルトガル語・スウェーデン語名で使われている。
アジサイ属の異名のひとつ Hortensia については、「名前の由来」の最後で述べる。
ベニガク  H. japonica (1829)


『園芸植物大事典』などの 大場秀章氏の学名は H. serrata form. rosalba ヤマアジサイの品種である。

シーボルトが図を載せているので、江戸時代から栽培されていたことになる。
和名 GRINの学名 ツュンベリーの命名 シーボルトの命名 その他の異名
ツルアジサイ  H. petiolaris (1839)  ★ H. petiolaris (1839)


現在でもシーボルトの学名が生きている。
種小名 petiolaris は「葉柄のある」の意味で、ほかのアジサイ類に比べて 葉柄が長いため。

分類標本園にイワガラミはあるが、ツルアジサイは小石川植物園にはない。
ヤマアジサイ  H. serrata (1830)  ★ Viburunum
   serratum (1784)
 H. acuminata (1839)  H. macrophylla subsp.
 serrata Makino (1929)
植物園の名札
 H. serrata
 

ツュンベリーが命名した serratum とは「鋸歯のある」の意味だが、同時に名付けた アジサイにも立派な鋸歯がある。 アジサイを「macrophyllum 大きな葉の」としたのだから、ヤマアジサイは「細長い葉の」、あるいはシーボルトが付けたような「acuminata 漸尖頭の・鋭尖の」などとすればよかった。
アマチャ  H. serrata var.
  thunbergii (1989)
H. thunbergii (1829)
植物園の名札
 H. serrata
  var. thunbergii
 
近年まで独立した種とされていたが、大場秀章が ヤマアジサイの変種とした。 変種名はシーボルトがツュンベリーを顕彰した名前を当てている。

お釈迦様の大好物?  Wikipedia によると、「釈迦の誕生時に八大竜王が 産湯に甘露を注いで祝った」という故事によるそうだ。 甘茶はアマチャの若葉を蒸して揉み、乾燥させたものを煎じて作る。
和名 GRINの学名 ツュンベリーの命名 シーボルトの命名 その他の異名
シチダンカ  H. stellata (1939)

大場氏によるとこれも ヤマアジサイの品種で、H. serrata f. prolifera(部分が異常に発達した の意)とされる。 シーボルトが付けた stellata は 星芒状の意味で、装飾花が重弁化したありさまを表している。 シチダンカはシーポルトの命名以来、日本では絶えてしまったと考えられていた幻の品種だったが、神戸の山で発見されたという。
現在園芸店で販売されている品種「墨田の花火」に似ているが、関係はどうなのだろうか? 文京区の東洋文庫に植えられているので、今年は花を撮りたい。
ガクウツギ  H. scandens (1830)  H. virens (1829)
植物園の名札
 H. scandens
 

scandens は「よじれた縁の」という意味だが、探せばそういう葉もある という程度だ。

一方 シーボルトの virens は「緑色の」という意味である。 装飾花の咲き始めは確かに緑色だが、やがて白くなってしまう。
ノリウツギ  H. paniculata (1829)  ★ H. paniculata(1829)
植物園の名札
 H. paniculata
 

現在でもシーボルトの学名がそのまま使われている。
paniculata は「円錐花序の」意味である。 小石川植物園では分類標本園に植えられている。
コアジサイ  H. hirta (1828)  ★Viburunum hirtum
        (1784)
 H. hirta (1828)
hirtum は短い剛毛のある という意味。 チュンベリーの種小名を踏襲した。
コアジサイには「装飾花」がない。
和名 GRINの学名 ツュンベリーの命名 シーボルトの命名 その他の異名

このように シーボルトは あじさい類には特に関心があって、多くの種に名前を付けた。 来日にあたってシーボルトは、頼りになる先人の二冊の書物、ケンペルの『廻国奇観(異邦の魅力)』 と ツュンベリーの『日本植物誌』を携えていた。 つまり、ツュンベリーが多くの植物に命名していたのは知っていたわけで、コアジサイのようにそれを尊重することもあった。

しかし、より適した名前があると考えた場合には自分で付け直し、また 「アジサイ」については(最後はシーボルト事件となってしまったが)、楽しかった日本での生活を思い出して、お滝さんの名前に付け直した

二人の間の子供 楠本いね は、日本の女医 第一号となっている。



 
名前の由来 アジサイ Hydrangea

アジサイ
 : 
いくつかの説があるが、① アヅサヰ・アヅサアヰ(集真藍) あるいは ② アツフサアヰ(集総藍) が変化したもの、の二説が有力。
                      『語源辞典/植物編』吉田金彦
通常のアジサイではなく、ガクアジサイに名付けられた可能性もあるので、周囲が白で中心に青い細かな花が密集している様子からは、① となろうか。

 
属名 Hydrangea :
『園芸植物大事典』にはギリシア語の 「水 hydor」 と 「容器 angeion」が起源のラテン語 とある。 ラテン語では「hydria」が 「かめ・壺」で、アジサイ・ウツギ類の果実の形からきている。
ガクアジサイの実
 
蓋のある壺のイメージ
 
紫陽花 について
アジサイに「紫陽花」の字を当てるのは 誤用 と言われている。

牧野富太郎が昔から 事あるごとに本に書いているのだが、一向に訂正されない。 ほかに適当な漢字が無いためだろう。

原典は 白楽天(白 居易) というから、8世紀の中国。 詩の前書きに 「招賢寺ニ山花一樹アリテ人ハ名ヲ知ルナシ、色ハ紫デ気ハ香バシク、芳麗ニシテ愛スベク、頗ル仙物ニ類ス、因テ紫陽花ヲ以テ之レニ名ヅク」とあり、詩 本文は、
何年植向仙壇上、早晩移植到梵家、雖在人間人不識、与君名作紫陽花
である。
これをアジサイとしたのは 10世紀末の 源 順(みなもとのしたごう)の『倭名類聚鈔』だそうだが、そもそも中国には「ジョウザン 常山」などの類縁種はあっても、アジサイは(恐らく)自生せず、しかもアジサイには香りがない

そこで、牧野いわく 「これが白楽天の詩にある道理がないではないか」と なる。  『植物一日一題/1953』/1998編集再版

 


アジサイ属 の異名
アジサイ属には いくつかの異名があるが、フランスの植物学者 コメルソンが名付けた「Hortensia」について、大場秀章氏の本で思いもよらない事実を知ったので、アジサイ属 および アジサイの命名の経緯と共に、一覧表とした。
私にとっての新事実は、下表の  に記した部分である。
2014.11.14 追加記載

この項の参考文献 『植物学とオランダ』 / 大場秀章 / 2007  および  Wikipedia
西暦 学 名 命名者 和 名 掲載誌 ・ 備 考
1739 Hydrangea  J. F. Gronovius  アジサイ属  『 Flora Virginica / バージニア植物誌 』
 大場氏によると 名前の読みは フロノヴィウス
命名者 フロノヴィウス (1686-1762) は オランダの植物学者。
『バージニア植物誌』はプラントハンターのジョン・クレイトンから送られてきた資料を基にしたもの。 属の詳細を記述したわけではなく、前書き部で名前を提案しただけのようだ。 
学名の出発点、リンネの『植物の種』 (1753) 以前であるために、命名者とはなっていない。
1753  Hydrangea  Gronov. ex Linn. アジサイ属  『 Species Plantarum / 植物の種 』
属の命名者はリンネとされることが多いが、ex つまり リンネが フロノヴィウスに代わって発表した、となっているケースもある。  GRIN では フロノヴィウスが単独の命名者となっている。
リンネは『植物の種』で、フロノヴィウスの『バージニア植物誌』を参照して、Hydrangea arborescens アメリカノリノキ 一種を記載した。
1784  Viburunum
  macrophyllum
 Thunberg アジサイ(異名)  『 Flora Japonica / 日本植物誌』
ツュンベリーによる、アジサイに対する最初の命名
すでに 師リンネがアジサイ属を記載していたにもかかわらず、ガマズミ属として分類した。
1789  Hortensia  Comm. ex Juss. アジサイ属の異名  『 Gen. 214. 』
コメルソン
( 1727 - 1773 )
写真は Wikipedia より
属名の命名者 コメルソン (1727-1773) はフランスの植物学者。
アジサイ種を入手したのは、参加していた世界一周探検旅行の途中で 1768年に立ち寄った、モーリシャス島だった。 そこには、植民地監督官で自然史研究家の ピエール・ポワブル (1719-1786) が、自身で集めた中国産の植物などを栽培していた庭園があった。 
コメルソンは標本をパリに送るに当たって、Hortensia という属名を付けたようだ。 アジサイ属の学名はすでに ⓐ が有効なので、Hortensia は異名。
Hortensia は 「 hortensis 園芸の 」に綴りが似ており、牧野の『植物学名辞典』の属名の部 38ページにも、「庭園生の」とあったため、そのように解釈していたが、大場氏の著作によって 「 実はまったく関係なく、オルタンス( Hortense )という女性名にちなんでいる 」ということがわかった。
コメルソンは その世界一周探検旅行に参加するに当たって、男装させた女性を従者として伴うなどの「変人?」で、献名された オルタンス が誰なのかをめぐって当時話題になったようだ。 
大場氏によると、「先の探検旅行とコメルソンの乗船に一役買った、ナッサ・ズィーケン家の、ある王子の令嬢」に落ち着いている、ということだ。
1789  Hortensia
  opuloides
 Lamarck GRIN では、
アジサイの異名
 『 Encycl. 3 136. 』
 opuloides は「カンボクの、に似た」
ラマルク
( 1744 - 1829 )
写真は Wikipedia より
ラマルクはフランスの博物学者で、無脊椎動物の分類で進化論を唱えた動物学者である。 しかし、植物学者としても 『 Encyclopedie Methodique Botanique 』 を、1783年から1813年にわたって刊行し、何千もの植物に学名を付けている。
コメルソンから送られてきた標本をもとに、彼が提案したと思われる属名に従って Hortensia opuloides と命名した。
opuloides は、「カンボクに類する」という意味で、「Viburunum opulus セイヨウカンボク に似た」ということになる。 ということは、装飾花は周辺だけだったのではないだろうか? ガマズミ属であるセイヨウカンボク や カンボクの花は周辺に装飾花があり、 一見 ガクアジサイに似ているが、合弁花であり、葉は3裂している。 花のイメージから単に「ガマズミに似ている」としただけかもしれないが、植物学的には 別の科 スイカズラ科(APG分類ではレンプクソウ科)であり、全くの見当違いであった。 ツュンベリーが、アジサイをガマズミ属として分類した影響かもしれない
カンボク V. opulis var. calvescens
ツュンベリーの標本と ラマルクの標本の遺伝子を分析・比較する必要があるが、本種が単なる異名であるために、あまり意味がない。 
『植物学とオランダ』 / 2007 / 大場秀章によると、本種がアジサイと同一種なのかどうかは未解明、となっている。 GRIN では、アジサイとガクアジサイの学名はともに、Hydrangea macrophylla なので、そこから結論は出せない。
1790
-
1793
 Hydrangea
   hortensis
 J. E. Smith  『 Icones Pictae Plantarum Rariorum 』
スミス
( 1759 - 1828 )
写真は Wikipedia より
スミスはイギリスの植物学者で、リンネ (1707 - 1778) の次の世代の人物であり、前出の二者とはほぼ同時代人である。 1778年のリンネの死後、ロンドン・リンネ協会を設立した。
スミスは裕福な商人の家の生まれで、リンネの息子 (1741 - 1783) の死後、売りに出されたリンネの蔵書や標本などを購入した。

この命名が、どの標本をもとに行われたのかなどの詳細は不明だが、とても興味が湧く。 コメルソンによる属名 Hortensia が発表されたばかりの時期である。 フランスの学者である コメルソン 、ラマルクに対抗して、リンネが立てた Hydrangea こそが アジサイ属だ、という意識があっただろう。
しかし、 栽培品種であることがわかっていて「hortensis 庭園生の」と命名したのだろうか? Hydrangea は女性名詞なので,一般的に語尾変化はは「 - a 」で終わる。
1794  Cornidia  Ruiz & Pav.  アジサイ属の異名  『 Prod. 』
1829  Hydrangea
   hortensia
 Siebold  アジサイ ?  『 Nov. Act. Nat. Cur. Xiv. ll. 』
シーボルトが使った種小名は、コメルソンによる属名 Hortensia によるものだろう。 もしも hortensis ならば、ガクアジサイが自生種で アジサイは栽培品種であることを理解していたことになるのだが・・・。

シーボルトが採取した標本が「アジサイ」と同一種かどうかは、これも遺伝子分析しないと確定できないわけだが、GRIN では、アジサイの異名 と明記されている。
1830  Hydrangea
  macrophylla
 Sering  アジサイ  『A. P. de Candolle, Prodr. 4』
 チュンベリーの記載 ① を訂正した 正名。
1830  Sarcostyles  C. Presl ex DC.  アジサイ属の異名  『 Prod. iv. 15 』
1839  Hydrangea
  otakusa
 Sieb. & Zucc.  アジサイ ?  『 Flora Japonica / 日本植物誌 』
 シーボルト自身が ② を付け直したもの
西暦 学 名 命名者 和 名 掲載誌 ・ 備 考


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