オウソウカ 鷹爪花
Artabotrys hexapetalus Bhandari (1965)
Annona hexapetala Linn. f.(1782)
科 名: バンレイシ科 Annoaceae
属 名: オウソウカ属 Artabotrys
        R. Br. (1819)
別 名 : ツルイランイラン
中国名 : 鷹爪花 ying zhua hua
英語名: climbing ilang-ilang,
climbing ylang-ylang
原産地: 中国各地、台湾、ミャンマー、インド、スリランカ、バングラデシュ
用 途: 植栽、エッセンシャルオイルの抽出

鉤状の部分にイランイランノキと似た花をつけ、極上の強い香り自体もよく似ているが 別属。ツル性であるために ツルイランイランと呼ばれるその生態を観察した。
また、オウソウカ の名前の由来に「新説」を提案する。


小石川温室 第4室
2024.7.27
すぐに伸びてしまうので常に剪定されており、自然な樹形とはかけ離れているのはしかたがないこと。
徒長枝となるためか、本種の特徴である「鉤」も明確なものは見あたらず、花がつかない可能性がある。

A:栄養枝 鉤の痕 ?
左:上半分は今年伸びたもの。
右(部分拡大):新梢基部に鉤になりそこなった残骸があった。


以下の写真の多くは 板橋区熱帯環境植物館で撮影したもの。
館内に ニッパヤシで葺かれた「マレーハウス」があり、その足元に2本が植えられている。何本もの蔓が小屋の手摺りに掛かって(誘引されて)いて、とても観察しやすい。
伸びたつるの様子     2024.7.24.
      
上下の写真は撮影している向きが 90度ほど異なる。幹の太さは地面付近で5cm 強。幹の下部には、刺化した枝が太く生長したものが数個ついている。小石川植物園温室の鉢植えでも、板橋以上にはっきりとした 3cm程度の刺があった(次の写真)。

自生地では年に何度も伸びるのだろうが、温室での成長頻度は長期的な観測を行っていないため、未確認。シーズン途中で剪定されてしまう可能性もある。
伸び方や着花には様々なタイミングがあるようだが、一番影響するのは陽当たりだろうか。



本項の目次
 ・鉤の秘密
   主軸の交代
   鉤の役割
 ・側枝の伸び方
 ・花のつく位置
 ・花の構成
 ■ 名前の由来
定説とは異なる、新説を掲載。
 命名物語
正名にたどり着くまでに180年以上もかかった、珍しい例。




「鉤」の秘密

B:伸びた茎につく?「鉤」     2024.4.4.
本種の最大の特徴である「鉤」は、時間が経った枝を見ると、まるで葉と対生しているように見える。しかし実際は、
鉤の部分は元の茎頂で、から先の新梢は「側枝」である。
側枝の1枚目の葉の色が濃いのは、茎頂が鉤となる時に、すでに同時枝* として伸び出していたため。
 *) 同時枝:主軸が伸びている時に「同時に」伸び出す側枝。

以下に、茎頂が鉤となる様子を示す。

C:ぐんぐんと伸びる茎   2024.7.24.
小屋の上部で将来主軸となる蔓を伸ばす茎Cは節間が長く、各節からたくさんの側枝(同時枝)が出でいる。先端附近のまだ伸びが小さい側枝は省略して、少し下のものに先から ①~④ の番号を付けた。側枝につく葉はいずれも2枚。
鉤になる前の状態
①ではすでに側枝の茎の先が幅広となっている。②ではそれが90度に曲がっているが、ともに 2枚目の葉腋から二次側枝は出ていない。このことから、が茎頂であり、鉤は側枝の先端が曲がったものであることがわかる。
③       鉤型に湾曲       ④
③では先端の2節がさらに成長・屈曲して、すでに完全な鉤型になっている。葉はまだまだ幼葉の状態である。①から何日間で「シャックル」状になるのかを知りたいところだ。
上の写真ではわかりにくいが、④では鉤の曲がり際、2枚目の葉腋から二次側枝が伸び出している。勢いのない枝、日陰などでは、二次側枝がすぐには伸び出さないこともある。

将来花が付く部分(鉤の左側の突起)が、最後の葉と同じ向きにあるのは、葉序の原則に反している。
生育が止まった茎頂(鉤の先端)が脱落しているのかどうかは、判断ができていない。


主軸の交代
鉤状となる頂部の葉腋から伸び出した二次側枝がさらに伸びるタイミングは、生育場所・生育状態・着花の有無で様々である。
いずれにせよ伸びて時間が経つと、直線状になって太さもほぼ同じになり、元々が同時枝であるために芽鱗痕も無いため、茎頂に代わって伸びた茎があたかも一本の主軸のように見える。
代わりに側枝が伸びる 写真 A (再掲)
から先を「代伸側枝」と呼ぶことにする。
左右の写真は別の枝で、異なる時期の撮影。


鉤の役割
自身のほかの枝や ほかの木に鉤を引っかけて上へと伸びていくためだが、実際に掛かっている例はごく少なかった。
一度引っかかると、滅多なことでは外れない。

参考:カギカズラ
鉤が和名となっているのがアカネ科の カギカズラ だが、これは側枝が変化したもので、外れにくいという点では オウソウカ に劣る。



側枝の伸び方
四季のある国内の一般の樹木では、陽当たりの良し悪しで違いがあるものの、ほぼ一定の伸びのパターンがあるものだ。
ところが本種は亜熱帯・熱帯産の種であるためか、伸び出す時期、部位、陽当たりの有無などによって、様々な伸び方があるようだ (一部 推定事項) 。
観察したいくつかの異なる伸び方を列記する。

C2:二次側枝の伸び     2024.8.8.
前掲の枝 C④ ではすでに二次側枝が芽生えていたが、その2週間後には、すべての側枝で二次側枝の伸びが進んでいることを確認した。写真では枝①の二次側枝が葉を3枚展開して伸長中。夏期の生育が盛んな時期であり、主軸の先端も伸び続けていた。
C3:日陰の側枝 .2024.7.24
下向きの枝を持ち上げて撮ったもの。

点滅する 部分に「鉤」があり、今回で3度目の伸び(三次側枝)となる。各回の葉の数は、鉤の先に先行してつける1枚を含めて、4枚のことが多い。

下の鉤からは、今年になって1花が伸び出してずいぶん大きくなってきているが、まだ黄色味は帯びておらず香りも無かった。

1回目の伸びが今年ではないことは確かだが、1、2回目が伸びた時期は不明。

このように、着花が翌年(あるいは2年後)となることも普通のようだ。

D:一度の伸びで多くの葉をつける側枝      2024.7.13.
ここは樹幹の上部で陽を遮るものが無い。左写真の下辺にある主軸(前掲の茎Cに相当)から伸びたもので、1回目の伸びで3葉をつけて茎頂が鉤型となったあと、2回目の伸びを加えて 合計 80cm ほどになっている。7月の時点でまだ成長を続けており、先端部にはまだ今回の「鉤」はできていない (右は部分拡大)。
勢いよく伸びたCのような主軸と違って節間は短い。各節に顕著な腋芽があるが、ひとつも伸び出していない。
E:鉤を作らずに伸びた側枝        2024.8.8.
小屋のすぐ横で伸びた側枝。伸び始めは陽当たりが悪かったが、新しい葉には陽が当たっている。手前の茎ははまだ緑色だが、古い枝はすでに薄茶色に変化している。いつ伸びたものかは不明。
一度伸びが止まったと思われるその部分には、鉤が無い。
 休眠した茎頂がそのまま伸びた可能性がある。
右下は 8月現在の茎頂の様子。

縦生副芽 F:伸び出した副芽
本種の腋芽は縦生副芽だが、板橋温室の環境では、側枝の腋芽が伸びるのは先端附近で代伸する主芽だけで、その他の腋芽はほとんど伸び出すことがない。
右写真は、鉤型が生じて代伸した葉腋の副芽が伸びて「枝分かれ状」になったもので、極めて希な例である。

なお、1回の伸長の終了時に必ず「鉤」ができるのかどうかは未確認。側枝Eのように鉤ができない可能性があり、秋、あるいは冬季に確かめる必要がある。
もし茎頂の成長がそのまま休止することがあっても、明確な「芽鱗」が無いと思われるので、その痕跡は枝の色や前後の葉のサイズで判断することになる。


花のつく位置
鉤が反転する部分に短い花梗が伸び、下向きに1花(単頂花序)、時に2花(散形花序か?)がつく。腋性の純生花芽と考えられるが、花梗の基部に蓋葉(総苞)が無い。
2024.7.24 2021.6.3
左右の写真ともに、花梗の先にふたつめの花の兆候があるが、板橋では開花はひとつで終わることが多い。
ともに 2024.7.13
花がふたつつく場合、2花が同時に咲くことはなく、初めの花が咲き終わる頃に 2つ目の蕾が生長する。
右写真では 結実せずに黒く萎れた1花目がついている。
鉤の先についた花     2024.8.8.
ひとつ目の花が結実せず萎れたあと、ふたつ目が茎頂(附近?)についた例。板橋で見かけたのは唯一これだけだった。代伸側枝は伸びていない。咲き始めはこのように 緑色。
自生地では、一度にもっと多くの花をつけるようだ。

熱川 バナナワニ園の花と果実   2024.8.19.

ワニ園 清水秀男氏 撮影
さすがに熱川は板橋よりも暖かいようで、鉤に多くの花がついている。陰になっていてわかりにくい部分があるが、中央の大きな果実と幼果がひとつずつ、咲き終わった花が2個、開花し始めた花が2個、蕾が1個で、合計7個の花がついたもの。
着花の状態がまるで違うが、それぞれの開花にかなり時間差があることは、ここでも同じである。

参考:Artabotrys suaveolens
GRINのリストには載っていないが、同属で A. suaveolens なる種があるようで、Flickr の写真を見ると、鉤に花がつく様子が前掲のワニ園のものと似ている。古い文献と合わせて考えると鉤の部分は「茎頂につく花序」の可能性が高い。
左:Flickr、All creative commons の写真、by Cerlin Ng
右:Henri E. Baillon『Histoire des plantes』第1巻 p.233 (1868)
 suaveolens は、芳香のある の意味。


花の構成

花は3数性。写真ではわかりにくいが、花弁には短い軟毛が密生している。萼片はほぼ離生。
離生する花弁は6枚で2輪となる。外側と内側で形状が異なり、内側の3片は特に基部が膨らんでスプーン状・お玉状となって、雄しべ・雌しべを包んでいる。
下から見ると中央が密着していて、虫が入り込めないのではと心配になるが、内側の花弁の付け根に穴があるようなので問題無さそうだ(右写真中央奥、赤黒い部分)。
開花終了      2024.7.24.
花弁がすべて落ちた状態。
被子植物の中で初期に分化したとされる「多心皮群」のひとつで、花托に多数の雌しべが離生している。中央の黒いものは、落ちかけた柱頭のようだ。雌しべの周囲にあった雄しべも、すべて脱落している。
今後、各心皮がうまく成長するのかどうか。板橋温室では 結実しているのを見たことがない。

2008.2.11         幼果:熱川バナナワニ園         2018.1.12
地植えされているが、スペースが無いために何度も剪定されているものの、丸々と太った果実群がいくつも生っていた。これはひとつの花の雌しべが別々に大きくなった「集合果」で、この後、黄色く熟れて落果する。
板橋で果実を見たことがないのは、単に真冬に訪れていないせいかもしれない。
バンレイシ科の果実は、一般的には本種のように多数の心皮が離生した果実となるが、バンレイシ属のチェリモヤやバンレイシなどは癒合して合生果となる。
参考:チェリモヤ 参考:バンレイシ



 
 名前の由来 オオソウカ Artabotrys hexapetalus

 オオソウカ: 中国名 鷹爪花 の音読み
中国名に「花」がつくことに注目して、「厚手で黄色い花」を、開いた鷹の趾(あしゆび) に擬えたもの」としたい。
つまり 鷹爪花 はその名のとおり、「鷹の爪のような花」の意味となるが、厳密には「爪」ではないところが ちょっと苦しい。
鷹爪花 オオタカ Wikipediaより
一般的に言われている由来は「ツルに、鷹の爪のような鋭い鉤がつくため」だが、それなら「鷹爪樹」、「鷹爪蔓」となるはず。
別案としては、「鷹の爪のように曲がった部分に花がつくため」が考えられる。
なお「オウ」は呉音で、日本語では通常 漢音の「ヨウ」を使って、鷹爪を「ヨウソウ」と発音している。
 別名 ツルイランイラン:
同じバンレイシ科でイランイランノキ属のイランイランノキは、高さが15mにもなるという高木。花が本種と似ており、同じような良い香りがするため、ツルを冠して本種を「つる性のイランイラン」としたもの。
参考:イランイランノキ Cananga odorata
イランイランノキは本種とは 次のような違いがある
 ・高木
 ・花は普通葉の多くの腋に花序がつく
   その結果、花の総数が桁違いに多い
 ・開花後に花弁が長く伸びる
 ・雄しべ・雌しべは露出している
 Artabotrys オオソウカ属:
ギリシア語の aratao(懸垂) と botrys(ブドウの房) の合成語。果実の形態による。
 種小名 hexapetalus
6個(hexa)の花弁(petalum)、6弁の、の意味。
 バンレイシ科:南方のレイシ の意味
バンレイシ 蕃茘枝/番茘枝 Annona squamosa はバンレイシ属で、和名は中国名の音読み。番/蕃 fān は 外国の・異民族の の意味で、転じて渡来した の意味で使われる。
バンレイシ Annona squamosa
果実は多くの心皮が合着した集合果。「釈迦頭」の別名がある。径7~10 cm。葉の様子やサイズは似ているが、柔らかい。
 レイシ 茘枝 (ライチ): ← バンレイシ
ムクロジ科 レイシ属 中国南部原産の果物。
レイシ (茘枝) の意味は不明。枝分かれして垂れ下がって生る実の様子を表したのではないかと、想像している。
レイシの(現代の)中国語の発音は " リーツィー/リーツゥー " (に近い)。ここから属名の Litchi が名付けられ、その英語読みが "ライチー" である。
ライチ Litchi chinensis
確かに果実に凸凹はあるが、サイズは3センチ程度で まるで違う。日本にも古くに伝わり、現在では南九州や南西諸島で栽培されて、デザートとして使われている。食べているところ(可食部)は仮種皮。
楊貴妃の好物であったため、唐の玄宗皇帝(在位712~756)が南部の広東から早馬で長安の都まで運ばせた、という話は有名である。
 Annonaceae : 古い属名は Anona
『園芸植物大事典』には〈ハイチの地名 Anon に由来する〉とあるが、場所は特定できていない。また 誰が名付けたものかも不明。
現在の属名 Annona には別の由来があり、命名物語 ❸ を参照のこと。


 
オオソウカ Artabotrys hexapetalus の命名物語

本種の命名の経緯については、インドの旧ジョードブル大学 M. M. Bhandari 教授が、季刊誌『Baileya』12巻 149ページに寄稿した「Artabotrys hexapetalus : Correct Name for A. odoratissimus R. Br.」(1965) に簡潔にまとめているので、非常に参考になった。当該部分の一部は最後に掲載している。

は正名、 は異名
  肖像写真は Wikipediaより
  図版は、Biodiversity Heritage Library より

項目番号 物語の主な学名
1753  Annona  リンネ
1782  Annona hexapetala  小リンネ  正名の元の名
1819  Artabotrys  ブラウン
1819  Artabotrys odoratissimus  ブラウン
1912  Artabotrys uncinatus  メリル
1964  Artabotrys hexapetalus  バンダーリ  本種の正名


 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  正名・異名の対象外
バンレイシ属はリンネ以前の17世紀に多くの植物学者によって、Anona あるいは Corossol など、別の名称で記載されていた。それらの記述はここでは省略する。
名 称 命名者 属名・備考 など
1688  Modira-Valli  リード
Hendrik van Rheede (1636–1691) はオランダの博物学者で、オランダ東インド会社その他に関係した。1678年から豊富な図版のある『インド マラバール地方植物誌 Hortus Indicus Malabaricus』の出版を始め、彼の死後の 1703年までに12巻を数えた。
その第7巻はつる植物で、84ページに、本種の記載がある。

以下 略
ラテン語が訳せないので、鉤のあるこの図がなければ、本種であることがわからない。Modira-Valli はマラバールの地方名だろう。
学 名 命名者 属名・備考 など
1735  Anona  リンネ
Carl von Linné (1707-1778) はスウェーデンの博物学者。
リンネの『自然の体系 Systema naturae, ~』第1版、および『植物の属 Genera Plantarum ~』第1版に記されたのは、古くから使われていた、「n」がひとつの Anona だった。
これは『植物の属』の 158ページ 。
プルミエが Guanabanus としていたものを、ANONA とした。
W. E. Saffordの『The genus Annona:~』(1911)によると、「Anonaはバンレイシ属のある種にあてられていた現地名 anon または hanon に由来する」という。
1737  Annona  リンネ  属名を変更
1738
発行
ところが『クリフォード氏の庭園誌 Hortus Cliffortianus:~ 』以降では、Anona に変えて Annona を採用した。以下はその 222ページ。

3種が記載されているが、以下 略。
annona は古いラテン語でくだものやワインの「年間収穫量」を意味する言葉で、研究社『羅和辞典』にも載っている。
前出の W. E. Safford (1911) によると、「リンネは anona を外国語・現地語(barbarous word)と考えて不採用とし、これらの果実を現地の人々がおいしく食べている状況から、(筆者注、 anona に似た綴りでラテン語の) Annona がふさわしいと考えたのだろう」としている。
リンネのこの【属名にはできるだけ ギリシア語やラテン語を使う】方針は 『Philosophie Botanique (1788)』で表明されていて、Annona もその例のひとつとして挙げられている。以下はその 208ページ。
『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
様々な形で記載されてきた植物の名前を「属名と種小名」で表す二名法には一部で以前から使われていたが、『植物の種』で記載の全ての種についてこれを定めたことで、後に学名の出発点として選ばれた。
学 名 命名者 属名・備考 など
1753  Annona  リンネ  バンレイシ属の正名
Carl von Linné (1707-1778) はスウェーデンの博物学者。
『植物の種』第1版 にバンレイシ A. squamosa、トゲバンレイシ A. muricata など7種、同 2版(1762) に1種を追記し、現在でも正名となっているものがある。
1782  Annona hexapetala  リンネの息子  異名 本種の元の名
父と同名の Carl von Linné (1741-1783) はスウェーデンの博物学者。
1778年の父の死後その仕事を引き継いだが、比較的短命だったために、活躍した期間は短かった。
本種を記載したのは『植物の種 補遺 Supplementum plantarum』。それに続くタイトルは「Systematis vegetabilium 第13版、植物の属 第6版、植物の種 第2版」で、これらの3冊を追補したものである。
小リンネ
なお「Systematis vegetabilium 第13版」は、J. A. ムレイ(1740- 1791) が出版したもので、リンネの『自然の体系 第12版』を引き継いだものとされる。表紙には 1781 とあるが、実際には 1782年に発行された。
本種の記載はその270ページ。
記述は数行しかなく、果実は未確認 とある。産地は中国となっているが、この記述だけでは誰が採取したものかはわからず、図も無い。
学 名 命名者 属名・備考 など
1786  Anona uncinata  ラマルク  uncinataは鉤のある
Jean-Baptiste P. A. de M., Chevalier de Lamarck (1744–1829) は、フランスの博物学者で、初期は植物学、後半は生物学者に転じ、無脊椎動物の研究を通じて生物進化の考えを示した初期の人物だった。ラマルクが研究に従事したパリの自然史博物館・植物園の正門には、大きな座像がある。
『Encyclopédie méthodique. Botanique』は8巻からなり、その第2巻 127ページに本種の記述がある。
Lamarck

後略
バンレイシの一般名? Corossol の第14種で、crochet は「かぎ針編み」、種小名の uncinata は「鉤のある」で、本種を見れば誰でもそう名付けたくなる。属名は古い方の綴り Anona としている。
参考文献に リードの『マラバール地方植物誌』❶ 図46 があることで、本種であることがわかる。これに続く説明文はフランス語だが、拾い読みすると花や果実の記述があり、生育地にはイルドフランス・マダガスカル・インドオリエンタル が挙がっている
1790  Uvaria uncata  ルーレイロ  uncataも鉤のある
João de Loureiro (1717-1791) はポルトガルの宣教師で 医師、植物学者。宣教師としてインド、マカオを訪れ、その後コーチシナ(現在のベトナム南部)に35年間滞在した。1781年頃に帰国して『コーチシナの植物 Flora Cochinchinensis』(1790)を出版した。
1777年の広東旅行で観察したもので、本種の果実が心皮が離生する集合果であるために、Annona属ではなく Uvaria属とした。図版 略。
学 名 命名者 属名・備考 など
1814  Uvaria odoratissima  ロクスバラ
William Roxburgh (1751- 1815)はイギリス人植物学者。
エジンバラで植物学も学んでいたが、初めは船医助手の資格で東インド会社の航海に参加していた。30歳で船医となるが マドラスで植物学に目覚め、後半生はインドの植物園管理者・植物の研究者として植物図を本国に送るなど、多くの業績を残した。
『Hortus Bengalensis』は植物名のリスト形式で記載したものだが、その中で ブラウンに先んじて odoratissima の種小名を使っている。
1819  Artabotrys  R. ブラウン ex Ker  オウソウカ属 新規
 A. odoratissimus  本種の異名

Robert Brown (1773-1858) はイギリスの植物学者。ブラウン運動の発見者としても知られている。19世紀初頭からオーストラリアの植物を調査し、1200種近くの学名を記載した。
イギリスの庭園に植栽されていた外来植物を、カラー図版とともに載せた『The Botanical register』第5巻 423ページに、新属を定義して記載した。
Brown

中略
本書は通称「Edwards's Botanical Register」と呼ばれ、第5巻までは、様々な植物学者や採取者がイギリスに導入したものに対して、Sydenham Edwards が図版を作成し、J. B. Ker Gawler が本文を書いたものである。
学名リストのトップにブラウンが新たな属分類した名があり、本文には「ブラウン氏によると」という記述がある。
ほかにも多くの引用文献が挙げられている。④の文献名は間違いのようだが、種小名はロクスバラが用いた odoratissima とても香りの良い を引き継いでいる。小リンネの A. hexapetala (緑の下線)もあるのだが、学名の先取権の考えが固まる 約1世紀も前だったために、ブラウンも自由に 新しい種小名を付けたもの。
図はクリフォード氏庭園の温室の個体を書いたもののようで、花はまだ黄色くなっていない。
学 名 命名者 属名・備考 など
1868  Artabotrys uncatus  バイヨン  本種の異名

Henri Ernest Baillon (1827-1895) はフランスの植物学者、医師。
30巻を数えた『Histoire des plantes』の第1巻で、③の属名を変更したもの。
1912  Artabotrys uncinatus  メリル  本種の異名



Elmer Drew Merrill (1876年-1956) はアメリカの植物学者。戦前の1902年から1923年までは、アメリカ合衆国農務省(USDA)の職員としてフィリピンに滞在した。
戦後はコロンビア大学の教授、ニューヨーク植物園園長、ハーバード大学アーノルド植物園の園長を勤めた。
Merrill
フィリピンの公的機関による刊行物『The Philippine journal of science』第7巻に寄稿した「マニラの植生ノート」に、新しい学名の組み合わせで記載した。
20世紀になって「学名の先取権」の規定が確実なものになるに従って、古い記載をもとにした学名の変更が盛んになっていく。このメリルの提案もその一環だと思われ、多くの学者の支持を得た。
しかし、⑤でブラウンが折角引用していた 小リンネの記載 ①は取り上げられず、この後 約半世紀の間、この学名が使われることになる。
学 名 命名者 属名・備考 など
1965  Artabotrys hexapetalus  バンダーリ  本種の正名
M. M. Bhandari (1929- ) はインドの植物学者。インド北西部 ラージャスターン州の旧ジョードプル大学教授を務めた。
忘れ去られてしまっていた 小リンネによる Annona hexapetalus に先取権があることを指摘したのは、今から60年前のことである。

中略
『Baileya』は、アメリカの農学者・植物学者である L. H. ベイリーを顕彰して1953年から発行された季刊誌で、バンダリーが寄稿したのはその 第12巻 147~150ページ。右上に 1964]とあるが、実際に発行されたのは 65年1月。148ページにはそのタイプ標本の写真も載っている。
1945年に S. Savage によって整備されたリンネ標本のコピー。左中央には 開きかけの花がある。

バンダリーによると「標本は J. G. Koenig (1728-85) がマドラスで採取したもので、左下のメモは〈Anona Chinensis hospitatur in hortis ad Madarsam ; N. B. Fructus separatus 〉(注:後半は写っていない) とあるので、中国産でマドラスで栽培されていたものであり、果実は別に送られたことを示唆している」とある。
小リンネがこの標本をもとに以下の記述を書いたことは、最後の行(下図 緑の下線)が「果実は未確認」 となっていることで裏付けられる。
 ANNONA hexapetala 6弁の花をもつバンレイシ属
  ・中国原産、木本
  ・インド東部で栽培
  ・バンレイシ科の数種とよく似ている
  ・葉は楕円形で無毛
  ・萼は3葉で小さい
  ・花弁は6枚、長楕円形
  ・果実のことは 私(mihi=ego)は わからない
最後にバンダーリが整理した、本種の命名の経緯の一部を。

後略


小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ