キンカチャ 金花茶
Camellia petelotii Sealy (1949)
Camellia chrysantha Tuyama (1975)
Theopsis chrysantha Hu (1965)
科 名: ツバキ科 Theaceae、チャノキ連
属 名: ツバキ属 Camellia Linn.
異 名:  Camellia chrysantha
中国名: 金花茶 jin hua cha
原産地: 中国、ベトナム
用 途: 観賞用。
トップの写真は 名古屋市 東山植物園 温室

キンカチャと言えば クリサンサ。1965年に発表されたもので、黄花のツバキとして有名になった。それがなぜ、異名になってしまったのだろうか? 後半の「命名物語」で考察する。

キンカチャの特徴




ツバキ属では珍しい 黄色の花
春と秋に伸長する 『APG 原色樹木大図鑑/北隆館』
(自生地での生態だと思われる。小石川での春の伸びは無い。)
秋には頂芽だけでなく、複数の側枝の伸びもある
グランサムツバキと 「節」レベルで同じグループ:
    ツバキ属、原始ツバキ亜属、Archecamellia 節



.2021.12.2    樹 形
メインスロープを登り始めてすぐのクランクを過ぎた左側。スダジイの大木の下の、陽がほとんど当たらない場所に植えられている。高さ 約 2.4m。幹の太さは 二股の少し下で 3cm。


蕾     2021.12.2.      2007.1.6.

東山植物園 温室。すでに咲いているものもあった
花のつく位置:
秋に伸びた枝のほか、旧年枝にもついているので、着花位置は一定していないようだ。
芽鱗の腋につくグランサムツバキと「節」レベルで同じであり、右写真のように一か所に2個つくこともあるため、頂芽あるいは側芽の芽鱗の腋につくと考えられる。

成長した蕾         2023.3.9.
年によって、あるいは蕾それぞれで成長の違いはあるだろうが、前掲左の2021年12月からは約3カ月後。蕾は楕円形に成長しているが、まだ開花していなかった。
花柄に張り付く苞葉は先になるほど大きくなるが、5個の萼片は楕円形でサイズも異なり、苞葉とは明確に区別できる。
花は一見 葉腋についているように見えるが、前記「花のつく位置」を念頭において基部をよく見ると、小さな腋芽らしきものが見てとれる。
左右の写真は同じ葉腋を左右から撮ったもの。
腋芽が小さいことと、花柄が成長して太くなったために、まるで葉腋から伸び出したように見えるものと考えられる。

参考:グランサムツバキ

2022.8.18

2018.10.25
頂芽の第1芽鱗の腋につく、グランサムツバキの蕾。


花の構成        2023.3.14.
多数の雄しべ   2023.3.14.
ようやく 小石川での開花の写真を撮った。花弁は9~11枚で、外側の花弁は艶のある小さな円形(半球状)のものから、順次大きくなる。内側の5個の花弁は、ほぼ同じ大きさで外側よりも薄手。周辺は波打って水平に反り返る。

落 花              2023.3.30.
花弁や雄しべは基部で合着しており、一体で落下する。
落ちてから かなり時間が経っているようだ。

幼果?    2023.4.13.
結実して種子ができるかと期待したが、まもなく全て脱落してしまった。
2023年7月1日現在、新梢の伸びは見られない。



.2022.9.1       表 と 裏 頂芽 と 側芽
左:大きな葉は18cmにもなる。葉柄は短い。
右:秋に伸び始めた頂芽と側芽。
芽吹き 大きな節間の伸び

共に 2022.10.23
小さかった芽鱗が伸び出すと長大な低出葉が現れる。その節間が大きいのは、ツバキ類の特徴である。。
.2022.10.23             新 葉              2021.12.2.
秋の伸びの出始めは濃い銅色。長楕円形の葉は両面とも毛が無く、特に表面はつやがある。葉脈が凹んで「リーフパイ」のようになり、暗い場所では反射光が真っ白になって凸凹が目立つ。

 
キンカチャの 位 置
E 14 cd メインスロープ左側、植え込み内


名前の由来 キンカチャ Camellia petelotii
 キンカチャ 金花茶:黄色の花が咲くチャノキ
中国名の音読み。最初の命名時ではなく、(二度目に)発見された旧広西省での地方名だった。
それまで ツバキ科で黄色系の花が無かったため、戦後20年も経った 1965年に発表されたときには、大変な話題となった。ほかにも近縁種が数種発見され、一時「キンカチャ節(セツ)」が設けられたが、現在は「原始ツバキ亜属内の Archecamellia 節」に移された。グランサムツバキと同じグループである。
 属名 Camellia:人名による
G. J. Kamel
Georg Joseph Kamel (1661-1706)を顕彰したもの。
カメルは現在のチェコ生まれの宣教師、植物学者。イエズス会からマリアナ諸島やフィリピンに派遣され、植物や鳥類の記録を主にイギリスに送った。
Wikipedia より
命名者は カメル没年の翌年に生まれた リンネ (1707- 1778) で、ケンペルが Tsubaki としていたものを、 Camellia として『植物の属』(1735)に記載した。
ただし、本来そのまま使うべきである人名(固有名詞)の頭文字 「K」 を、「C」 にしてしまったのは問題である。
これは、ラテン語では K で始まる言葉がほとんど無かったためかもしれない。
命名規約上有効な属名となるのは、『植物の種』(1753) に同じくケンペルの報告をもとに記載した、C. japonica ツバキ属 ヤブツバキ 1種 である。
 種小名 petelotii:人名による
本種の最初の命名者 Elmer Drew Merrill (1876-1956) の元に、ベトナムから大量の植物標本を送っていた、昆虫学者の A. Petelot 博士を顕彰したもの。
Dr. A. Petelot についての詳細は不明。詳しくは、以下の「命名物語」で。
 旧種小名 chrysantha:黄花の、黄金色花の
花の色による。


 
キンカチャの 命名物語

Camellia petelotii ← Camellia chrysantha
特にAPG分類になってから、科名や属名が変更されることがよくあるが、これまで使われていた種小名が変わってしまうとは、どんな経緯があったのだろうか?


は正名、 は異名
内は 推定事項
  図版は、Biodiversity Heritage Library より


学 名 命名者 属名・備考 など
1924  Thea petelotii  メリル  本種に対する最初の命名
Elmer Drew Merrill (1876-1956)はアメリカの植物学者。アメリカ農務省勤務時代に 約22年間 フィリピンに滞在した時に、ベトナム在住の昆虫学者 A. Petelot 博士から多くの資料を送られた。その後カリフォルニア大学に移った 1924年に、Petelotの資料をもとに本種を記載した。後年、ニューヨーク植物園やボストン、アーノルド植物園の園長を務めた。
E. D. Merrill
写真は「Journal of the Arnold Arboretum」37巻 より
メリルは『University of California publications in botany』第10巻の中の「New species of plants from Indo-China」で、ペテロットの資料の中から新種と思われる13種を記載し、6種に petelotii の名を付けた。
次の図版が 本種を記載した部分(中略)。
灌木または 小高木で始まり、後半には花弁(petalis)や雄しべ、花糸などの記述もあるのだが、「黄色」という言葉が見当たらない。
採取地は インド-シナの「Massif du Tam Dao」で、Petelot博士(赤線)の標本番号 848、1923年2月、標高 900m となっている。
これらの資料は カリフォルニア大学のハーバリウムに保管されていた。
腊葉標本をもとに調査研究したので、色が褐色となってしまっていたのではないか? このため本種の記載は、単なるチャノキ属の新種というだけで、注目されなかったのだろう。
もしペテロットが、標本に「花は黄色」とメモでも残しておいたならば、戦前の植物界の話題をさらったことだろう。
そして近年になってその標本が DNA鑑定され、Camellia chrysantha (Teopsis chrysantha のタイプ標本) と一致した、ということだと思われる。
1949  Camellia petelotii  シーリー  現在の正名
Joseph Robert Sealy (1907-2000) はイギリスの植物学者。キュー植物園で働き、その後同園の標本館に移った。中国の植物 特にツバキ科が専門。『Kew Bulletin』1949 の219ページで、① をツバキ属に訂正したもの。
属名を変更しただけなので、記載はわずか1行。しかも、種小名のスペルが間違っている!
シーリーは まさかこれがキンカチャだとは思わなかっただろう。
学 名 命名者 属名・備考 など
1965  Teopsis chrysantha  フー  本種の異名
Hu Xiansu または Hu Hsien-Hsu 胡先骕 (1894- 1968) は中国の植物学者で、同国の植物分類学の先駆者である。『Acta Phytotaxonomica Sinica 植物分類学報』第10巻 第2期の、「中国のツバキ属およびテオプシス属の新種および新変種」の中で、本種を新種として記載した。
1960年12月に広西薬物研究所が採取したもの。採取地は中国南部、当時すでに広西チワン族自治区となっていた地域(旧広西省)で、Petelot 博士が採取したベトナムに隣接している。黄色い花を咲かせるツバキは新発見で、大変な話題となった。
Wikipediaの地図に加筆
1975  Camellia chrysantha  津山 尚  本種の異名
津山 尚たかし (1910-2000) は日本の植物分類学者。東大助手、日本女子大学助教授を経て お茶の水女子大学教授。熱帯圏の植物調査、ヒマラヤ植物調査に参加。1975~76年 日本植物分類学会会長。北隆館から発行されている、牧野の各種『植物図鑑』の改定・編集作業に関わった。
C. chrysantha の名は、津山が長く編集委員を務めた『植物研究雑誌』第50巻 第10号の「胡先骕博士の Theopsis chrysαnthα Hu,金花茶について」で、③ を訂正したもの。
この学名が、その後約半世紀にわたって使われた。
藤沢市のトウツバキの研究家 池田金八は、胡博士がタイプ標本と同年に採取した2枚の標本を、広西医薬研究所から寄贈されていた。津山がその調査をまかされ、③の Theopsis 属を変更したもの。

本種ではないかと推定した ①のタイプ標本と、③との DNA判定などを行い、今回の新事実を見つけ出した人物は誰なのか?学会では報告があっただろうが、一般人にはわからない。
その功績がわかるように、名前を出す方策を考える必要があるのではないか?



参考までに:
筆者が参考にしているGRINに登録されている「~金花茶」は、本種を含めて4種のみである。
 C. chrysanthoides (1979) 薄葉金花茶
 C. fascicularis (1991) 雲南金花茶
 C. petelotii var. microcarpa (1993) 小果金花茶
アメリカ・イギリス・中国 の多くの組織によって管理されているデータベース『Flora of China』ではもっと多く、上記のほかに下記の7種があり、さらに 多くの変種も載っている。
 C. euphlebia(1949) 显脉金花茶、
       小石川植物園 : オオバキンカチャ
 C. flavida (1981) 淡黄金花茶
 C. huana (1993) 貴州金花茶
 C. impressinervis (1979) 凹脉金花茶
 C. indochinensis (1939) 檸檬金花茶
 C. micrantha (1988) 小花金花茶
 C. pingguoensis (1980) 平果金花茶

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