カメリア・クスピダタ
Camellia cuspidata C. H. Wright ex Veitch (1912)
← Thea cuspidata Kochs (1900)
科 名: ツバキ科 Theaceae、チャノキ連
属 名: ツバキ属 Camellia、後生ツバキ亜属
原産地: 中国 中部から南部の各地
中国名: 連蕊茶 lian rui cha
用 途: 種子から油を採る
備 考:
植物園の名札は、①では トガリバサザンカ、②は トガリバツバキ となっているが、トガリバサザンカは C. kissi である。また後生ツバキ亜属の特徴である、薄く小さい葉は「ツバキ」とは言い難いため、和名は「無し」として、ふたつの事典が採用している C. cuspidata の学名の読みとする。
また、標記の学名(正名)も問題を含んでいる。命名物語を参照のこと。
タイトルが水色の写真は、10年以上前の撮影(過去の様子)であることを示す。


下の段のツバキの広場と 上のツバキ園北側に植えられている。



① 樹 形       2024.9.8.
夏の陽当たりは悪いが、周囲に木がないので伸び伸びと育っている。高さはチェックしていない。
2012.4.10 2000.4.8

② 樹 形     2024.8.25.
弱っているわけではないのだが、葉が透けているように見える。左がトイレ。

① 幹    2011.3.29.
ひび割れはしないが、平滑ではない。
2018.4.18               葉               2022.8.25
伸び出した新梢と 夏の成葉。葉のサイズは長いもので6cmほど。やはり「トガリバ」と言いたくなる。
2024.8.25            花のつく位置            2019.10.8
花は頂芽・腋芽の芽鱗の腋につく。1花のことが多いが、2個つくこともある。
.2019.1.25  蕾 開花直前      2011.3.19.
苞葉・萼片のはっきりした区別はないが、花弁の一部も含めて赤くなる。花には極めて短い花柄がある。
花は枝先だけでなく、かなり下の葉腋にもつく。
花                2011.4.8.
早い時は1月末から咲き始めるが、少しずつ咲くために花期が長い。花は杯状が普通で、もう少し開くことも多い。
果 実       2019.10.8.


 
クスピダタ の 位 置
F14 a 下の段、チャンチンモドキのそば
B9 d ツバキ園 北側、トイレの入口 右手


名前の由来 クスピダタ Camellia cuspidata
 和名:なし
後生ツバキ亜属のグループは、全般に葉が薄手で細長く 小さな花が特徴で、ツバキという印象からは遠い。そこで トガリバサザンカ としたいところだが、これは C. kissi で使われており、ほかに適当な和名が見あたらないため。
 中国名:連蕊茶 lian rui cha
「連蕊茶」 は 雄しべが合着しているチャの意味で、多くのツバキ類の特徴だが、中国では本種を指す。
クスピダタ チャノキ
クスピダタの花糸は基部で合着。ただし事典によると、チャノキの花糸も、基部でわずかに合着しているそうだ。
 種小名 cuspidata: 凸頭の
まさに「トガリバ」である。このため 植物園の名札にもあるように、「トガリバツバキ」と呼ばれることがある。
 属名 Camellia:人名による
キンカチャの「名前の由来」の項を参照のこと。


 
クスピダタ の命名物語
は正名、 は異名、
  図版は主に、Biodiversity Heritage Library より
肖像写真は Wikipedia より

本種とその元の学名ともに、20世紀になってからの新しい命名だが、正名の命名者については様々な考えがある。
まず筆者が参考にしている GRIN の学名は、
Camellia cuspidata C. H. Wright ex Veitch (1912)
*) GRIN:アメリカ農務省 Germplasm Resources Information Network


『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
学 名 命名者 備 考
1753  Camellia  リンネ  ツバキ属
 Camellia japonica   ヤブツバキ
1753  Thea  リンネ  ツバキ属の異名
 Thea sinensis   チャノキの異名
 CamelliaThea ともに『植物の種』以前から使われていた
1887  Camellia sinensis  クンツェ  チャノキの現在の正名
この頃、チャノキ属がツバキ属に統合される
学 名 命名者 備 考
1900  Thea cuspidata  Julius Kochs  異名 本種の元の名
Julius Kochs (1900年頃に活躍) についての詳細は不明。
Kochs が本種を新種として記載したのは、エングラー(1844-1930)が主催した『Botanische Jahrbücher fur Systematik, Pflanzengeschichte und Pflanzengeographie 植物分類学、植物史、植物地理学のための植物年鑑』第27巻に寄稿した論文、「Uber die Gattung Thea und den chinesischen Thee チャノキ属と中国のチャについて」である。
その記述は 58ページもあって、1章が 種の概観、2章 チャ属の詳細、3章 チャの概要、4章 参考文献 (92冊!) と、単なる種の分類記述ではなく、詳細な茶に関する論文である。3章には「Giyoku-cha (緑茶)、Ban-cha (番茶)」の説明まで出ている。

下3行からはドイツ語による説明 以下略
なお、Kochsはそれまで Camellia属だった種を、すべて Thea属に訂正して記載した。
学 名 命名者 備 考
1912  Camellia cuspidata  ウィルソン?  正名 ?
Camellia cuspidata が記載されたのは『The Gardeners' chronicle 園芸家のための年代記』-園芸と関連する話題を図や写真とともに掲載する週刊誌- の、第3シリーズ 第51巻である。
問題点 その1
記事では「Wilson氏(青の下線)が最初の中国訪問で発見したもので、James Veitch & Sons 商会によって紹介された」となっている。
ところが GRIN は「C. H. Wright ex Veitch」で、肝心の命名者が違っている。
 GRIN が違う名前を載せるからには、調査した上のこと思われる。
問題点 その2
前掲の文章に続く説明文は、本種の園芸的な特徴や品種の作成のことばかりで、種に関する学術的な記述が一切無い。もちろん、Kochs による元となる記載 ① についても述べられていない。
これで、命名が認められるための基準を満たしているのだろうか?
このため、別の様々な命名者が採用されている。
以下の別案には、正名や異名の 緑、白の色は付けていない。
なお、Wilson の名はひとつも出てこない。

まず、本種の命名を「hortulanorum、hort. または Hort.」 園芸の文献で有効な記述がなされたが、(規約に則った)正式な出版ではない、として扱う考え方。
学 名 命名者 採用しているサイト
1912  Camellia cuspidata  hort.
『International Plant Names Index (IPNI)』

次に、紹介者 H. J. Veitch を命名者とする考え方。
1912  Camellia cuspidata  H. J. Veitch  『Flora of China』
学 名 命名者 採用しているサイト
1914  Camellia cuspidata  ビーン  
『the Global Biodiversity Information Facility』、
『World Plants』、
『Plants of the World Online』
William Jackson Bean (1863–1947) はイギリスの植物学者。
長い間キュー植物園に勤め、「キュー植物園の歴史」(1908) を執筆し、最後は園長を務めた。
本種を記載したのは『Trees and shrubs hardy in the British Isles イギリス諸島の樹木と灌木』第1巻 284 ページ。
Bean
ビーン自身は、本種の命名者を Veitch としている。
ここには、Kochs の論文に記載のあった「Wilson が Coombe Wood nursery に導入した」と書かれている(緑の下線)。
そうなると、ますます「なぜ GRIN が Wright の名を採用しているのか」、その根拠が知りたくなる。


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