ゴードニア ラシアンスス (園外の植物)
Gordonia lasianthus J.Ellis (1771)
Hypericum lasianthus L. (1753)
科 名: ツバキ科 Theaceae、ゴードニア連
属 名: ゴードニア属 Gordonia nom.cons.
異 名: Hypericum lasianthus L. (1753)
中国名: 四川大頭茶 si chuan da tou cha
原産地: アメリカ合衆国 南東部
用 途: 花樹として植栽される
備 考: 花は新梢の葉腋につく

筆者が参考にしている『GRIN』では、ゴードニア属として唯一記載されている種。
最近、東南アジア原産のタイワンツバキなど、Gordonia属とされていた複数の種が、Polyspora属に変更された。
本種は小石川植物園には無いが、ポリスポラ属の命名の経緯にはゴードニア属が深く関わるので、取り上げる。
写真はすべて 筑波実験植物園で撮影したもの。
GRIN:アメリカ農務省のデータベース、Germplasm Resource Information Network
注) 別の機関のデータベースには、ゴードニア属として多くの種が載っていることも多い。



樹 形     2013.8.3.
2000.11.10
左:ふたつの温室に挟まれた中庭で、植栽後間もない幼樹の姿。
  右の写真とは撮影位置が90度異なる。
右:中央の2本が本種で 開花中。両側に木があるために、枝を横に張ることができなかった。
樹皮が落ちにくく、縦にひび割れる。
葉 と 蕾               2013.8.3.
葉は鈍鋸歯のある長楕円形。花は新梢先端付近の葉腋に単生する。蕾はまん丸! 花は下から順次咲き、咲き終わって萼が閉じているものがある。奥には萎れた花弁が引っ掛かっている。



Gordonia属 と Polyspora属 の違い
かつてGordonia属とされていたタイワンツバキなど、複数の種が Polyspora属に変更されたが、両者の違いはなにか?
ゴードニア連 Gordonia lasianthus
前掲の右写真中央部の拡大。長い花柄の上部にそれぞれ2個の小苞(落ち痕)がある。萼片と花弁は分化。
チャノキ連 Polyspora axillaris チャノキ連 Polyspora speciosa
Polyspora属はチャノキ連。花柄はほとんどなく、複数の苞葉がある。萼片と花弁は完全には分化しておらず、ゴートニア連よりも原始的な形質である。
チャノキ連 Camellia japonica
同じくチャノキ連のツバキ属も同様。



花          2013.8.3.
丸い花弁が平開する。雄しべは5強雄蕊となる。



名前の由来 ゴードニア ラシアンスス
 属名 Gordonia:人名による
『園芸植物大事典』によると「ロンドンの種苗商でリンネの通信者である ゴードン J. Gordon (?-1781) の名にちなむ」とある。
「リンネの通信者」とはどういう意味だろう?単に文通をしているだけではなく、リンネの依頼を受けて、あるいはゴードンの方から、海外の植物・種子などを送っていた、ということだろう。
属名を記載したのはイギリスの博物学者で、布地のリネンを販売する商人の ジョン・エリス John Ellis (1710頃- 1776)。北アメリカから植物や種子を移入し、リンネをはじめとした多くの植物学者と文通を行っていた。詳しくは「命名物語」で。
 種小名 lasianthus:長い軟毛をもつ花の
規約上有効な学名の命名者は リンネだが、多くの先人が関係している。てっきり無毛の花だと思っていたのに、なぜこの名前を付けたのか? これも「命名物語」で。
 ツバキ科 Theaceae:nom.cons. 保留名
元々は Thea チャノキ属 を基準属とする「チャノキ科」だった。Thea属 は Camellia ツバキ属 に内包されたが、科名はそのまま 保留名とされた。


 
ゴードニア ラシアンスス の命名物語

概要:グロノウィウスが Lasianthus属を提唱し、アダンスが正式に記載したにもかかわらず、Gordonia属に取って代わられてLasianthusは 「却下名」となってしまった。しかし「種小名」として生き残っている。
アメリカ東南部の植物といえば ケイツビー。その著作に美しい図版が載っている。
は正名、 は異名
内は 推定事項
  肖像写真は Wikipediaより
  図版は、Biodiversity Heritage Library より

 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  正名・異名の対象外
『植物の種』を含めて多くの著作で、既刊の書での植物名称・書名と著者名(略称)を、参考文献として挙げることが通例であり、それ以前の命名の様子を覗うことができる。
発刊順に掲載するため、筆者が調べて遡っていったのとは逆になる。
学 名 命名者 属名・備考 など
1705  Alcea Floridana ~  プルークネット  フロリダのタチアオイ?
Leonard Plukenet (1641-1706) はリンネの一世代前のイギリスの植物学者。世界から珍しい植物や標本を集め、多くの著作を残した。初めて本種を記載した人物と思われるが、Alcea は現在では「タチアオイ属」で、次のケイツビーも含めて、当時の「Alcea」の概念が違っていたのではないだろうか?
『Amaltheum botanicum』(1705) には、数行の記述のほかに、葉と果実、種子の図版がある。
プルークネット

「5室の蒴果、月桂樹(あるいはクスノキ科)のような葉は平滑で鈍鋸歯があり、種子にはマツのような翼がある フロリダのタチアオイ」
太文字の Role? bay 以下については読み解けていない。

図には花が無く、開花を観察することなく、取り合えず記載したようだ。
1731  Alcea Floridana
 別名 loblolly-bay
 ケイツビー フロリダのタチアオイ
別名 沼地のゲッケイジュ
Mark Catesby (1683– 1749) はイギリスの博物学者。北アメリカ東部や西インド諸島の植物・動物を調査して、『Natural History of Carolina, Florida and the Bahama Islands』2巻+ 補遺 を刊行した。デザイン化された植物に、主に鳥類を配した図版がすばらしい。
図中の鳥は Avis tricolor (The painted finch) とあるが、和名は不明。
参考文献❶ が載っている。
別名の「The Loblolly Bay」は、「ぬかるみの月桂樹」の意味で、説明文中にある「本種は湿潤地、通常 水の中に生える」ことに由来する。筑波の個体は「小山」の上に植えられているので、必須条件ではなさそうだ。
1735  Lasianthus  リンネ 『植物の種』以前の命名
『自然の体系 Doctoris Medicinae Systema naturae, sive, Regna tria naturae systematice proposita per classes, ordines, genera, et species』第1版。
同書はリンネの「性体系」を一覧表にしたのもで、Lasianthus属はPolyadelphia (多体雄蕊*)、Polyandria (多数雄しべ)に属す。
属名のあとにある「G」はグロノウィウスのことで、ここでも Alcea属の一種 となっている。最後に Citrus の単語もある。
 * 多体雄蕊:雄しべ群が3組以上のグループに分かれているもの
1737  Hypericum floribus pentagynis, foliis lanceolatis serratis
 リンネ  多名法による記述
『Hortus Cliffortianus クリフォード氏植物園誌』p.380。オトギリソウ属の項に記載。多名法による植物名は「花は5体雌蕊、披針形で鋸歯のある葉をもつ ヒペリカム」。
前掲の、❶プルークネット と ➋ケイツビーの参考文献を挙げている。
6~7行目の説明文に「花弁の内側が、しばしば hirsutis 髭毛がある(そのため Lasianthus とされる),」とある。
リンネはこの記載を踏まえて『植物の種』での名称を Hypericum lasianthus としたことがわかった。しかし、なぜオトギリソウ属としたのだろうか?
『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
学 名 命名者 属名・備考 など
1753  Hypericum lasianthus  リンネ  異名
『Species plantarum 植物の種』第2巻 p.783。
学名(属名)は異名だが、ここで種小名 lasianthus が有効となる。
リンネがオトギリソウ属としたのは、カップ咲きの花・5体雄蕊・5裂する柱頭・5室の子房・花弁の周囲の突起など、花のみに注目したためである。雄しべ・雌しべの数や構成だけで人為的に分類する「性体系」の欠点が表れている。
本 種 キンシバイ
本種の花弁の周囲に確かに毛のような突起がある。花弁の表面にもあるのかどうかは未確認。比較したのはキンシバイの品種 'ヒドコート'。
別の部位、例えば花のつき方をケイツビーの図で見れば、オトギリソウ属とは違うことがわかるはずで、恐らくリンネは 分かっていたはず。
1763  Lasianthus  アダンソン  却下名 nom. rej.
Michel Adanson (1727-1806) はフランスの博物学者。リンネの「性体系」分類を非難した人物のひとり。
Lasianthus属を記載した『Familles des plantes 植物の科』は様々な形質について植物を分析し、58の科を設定したもので、現在の分類の「目 もく」に近い。
Lasianthus属はアオイ科に分類されていて不正確だが、ナツツバキ属の近縁となっているのは正解。
アダンソン
この表の項目は、左から 花・萼・雄しべ・柱頭・果実・種子。
種小名の記載が無いが、参考文献から 現 Gordonia属であることがわかる。もしも ① Hypericum lasianthus を引き継ぐと、属名と種小名が同じ L. lasianthus となり、現在の植物の規約では認められていない「反復名 tautonym」となってしまう。
そのことが影響したのかどうかは不明だが、ツバキ科 Lasianthus属は「却下名 nom. rej.」 となった。
1771  Gordonia  エリス  保留名 nom. cons.
 Gordonia lasianthus  正名
John Ellis (1710頃-1776) は、イギリスの布地のリネンを販売する商人で、博物学者。王立協会の会員に選ばれて、西フロリダやドミニカの王室調査官に任命された。北アメリカから植物や種子を移入し、リンネを含む多くの植物学者と文通を行っていた。
本種が記載されたのは協会のジャーナル『Philosophical transactions of the Royal Society of London』第60巻 (1770年版、出版は1771年) p.518~で、1770年12月にリンネに宛てた手紙を掲載したもの。属名を顕彰した ゴードン氏について、エリスは「卓越した園芸家」で二人(エリスとリンネ)の共通の「価値ある友人」と書いている。
その前文には「(本種は)ミラー氏の言う Hibiscus でも、リンネ博士が提唱する Hypericum でもなく、エリス氏の新しい Gordonia属になるもの」と紹介されている。
観察個体はロンドン・クラッパムで咲いたもので、アメリカから移入されたもの。

Dear Sir、以下の手紙の部分は省略。
実物をしっかり見ているだけあって、詳細に描かれている。しかし、花弁周囲の微細な突起や長毛は表現されていない。はたして、花弁表面にも毛が生えているのだろうか?
② よりも後の記載だが、保留名となった。
1771  Gordonia  リンネ  
エリスからの手紙③で間違いを指摘されたリンネは、翌年に発行を予定していた『Mantissa plantarum Altera 植物補遺 後編』の最後の部分、 「Appendix 付録」 に、慌てて? Gordonia を付け加えた。
上:新属を追加し、命名者を Ellisii としていることから、③の後から刊行されたことがはっきりする。
下:種の記載。こちらには エリスの名前や文献が書かれていない。
自身の『植物の種』での記載ページを 783 とすべきところを、1101ページと間違えており、混乱を覗わせる。2行目に、③の手紙に書かれていた「ナツツバキ属に近縁」の注釈を入れている。
参考 その1:
1823  Lasianthus  ジャカン  アカネ科
たとえ別の科であっても、同名の属名は許されていないが、ツバキ科 Lasianthus属 が却下されたことによって、200年前にたてられた アカネ科 Lasianthus属が保留名として復活した。
適用されたのがいつなのかは不明。
アカネ科 Lasianthus wallichii
これぞ「長毛のある花」!
flickr より
criative commons
by Bahamut Chao
参考 その2:
1826  Polyspora  スウィート  モッコク科として記載
 Polyspora axillaris  タイワンツバキ
その後タイワンツバキは Gordonia属とされるが、現在は、ふたたび Polyspora属に戻されている。
詳しくは、別項 オオバタイワンツバキ 参照。
参考 その3:
 Gordonia  Stackebrandt ほか  バクテリアの属
植物・菌類(カビやキノコ)・藻類とは別物である「細菌」は、「国際原核生物命名規約」に従って命名されるため、同じ属名が存在しうる。


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