ヒサカキサザンカ 姫榊山茶花
Pyrenaria microcarpa H. Keng (1972)
Tutcheria virgeta Nakai (1940)
Tutcheria microcarpa Dunn (1909)
科 名: ツバキ科 Theaceae、チャノキ連
新属名:
(和名)
(仮称) ヒサカキチャノキ属 または
 ヒサカキツバキ属 Pyrenaria Blume
旧属名: ヒサカキサザンカ属 Tutcheria Dunn.
異 名: Pyrenaria virgetaTutcheria virgeta
 ほか 多数
中国名: 小果核果茶 xiao guo he guo cha
原産地: 琉球諸島。中国、台湾、ベトナム
用 途: 観賞用。


学名はアメリカ農務省のデータベース GRIN による。
①~③の個体の名札がつい最近(2022年春以降) 取り替えられて「Pyrenaria virgeta」になった。10番通り奥の④は「Tutcheria virgeta」のまま。
標記のGRINの学名が種小名まで変わってしまう理由は、後半の「命名物語」で経緯を探りたい。


①:樹 形        2022.7.18.
メインスロープを登り始めてすぐのクランクを過ぎた左側。道に面して緑の葉を茂らせている。高さ 約6.5m。
ただし 右側部分 (カーソルを乗せると赤い線が現れる) は、別の樹木 タイワンヤマツバキ 高さ 約4m である。
①:幹
結構な大木で、径20cmぐらいある。茂みの中なので実際はずっと薄暗い。

② ③:メタセコイアの隣    2014.4.15.
メインスロープのクランクで 60番通りを北に向かうと、すぐにメタセコイアが見え、その手前左側に2本植えられている。
④:常緑樹林内     2014.4.10.
10番通りをかなり進んだ 標識15 の先。小道の向かい側には数本のシキミの木がある。日当たりが悪く幹が細いが上には伸びて、現在は4m程度になっている。


冬 芽 芽吹き 共に2014.4.15.
冬芽は典型的な「苞芽」である。
第三の冬芽 と言われる 苞芽 については 別途アップの予定。
前年の最後の高出葉として形成された2枚の「苞芽鱗片」①②が、全体を覆って冬芽を保護している。
芽吹き時に鱗片は成長せず、間もなく脱落する。新梢には低出葉が数枚つき、これも早落性。普通葉は赤紫色をしている。
2014.4.15              同時枝              2014.4.23
苞芽鱗片や低出葉の腋から同時枝が伸び出した。色が濃い、紫イモのような色の葉もある。
花のつく位置   2014.5.8.
新梢の葉腋に単生し、同時枝にも同じようについている。
二度伸び      2014.6.10.
まだ開花前の6月に茎頂が伸び出し、同時枝も伴っている。秋の伸びは別途観察されるので、これは例外的なものかもしれない。
花        2011.7.5.
ごく短い花柄で横向きに咲く。チャノキの花に似ている。
2011.9.19              幼 果              2022.8.18
幼果といっても、すでにかなり大きくなっているが、撮影が1カ月も違うのに、ほぼ同じ状態。年によって成長の差があることがわかる。写真左では、ついたままの萼もまだ緑色。
3室の子房の癒合線が明確。
苞背裂開蒴果             2014.1.21.
早くに大きくなる果実だが、裂開は晩秋から翌年にかけて。春まで残ることもある。
左:中軸胎座で、心皮の背側(中央線)で裂ける。
右:通常はバラバラになって落ちるが、果皮だけが落ちて種子が残ったもの。1室に不定形な3個の種子があるのががわかる。2個のこともある。
2018.11.13        晩秋の二度伸び        2016.12.3
果実が熟す頃に よく二度伸びがある。新葉の色はやはり紫色。


 
ヒサカキサザンカの 位 置
①: E 14 c 薬用保存園内
②③: F13 ab メタセコイア林の手前、
④: B 6 a 標識15番の先左側

名前の由来 ヒサカキサザンカ Pyrenaria microcarpa
 ヒサカキサザンカ 姫榊山茶花:
ヒサカキに似た サザンカ の意。
事典には「葉の形がヒサカキに似ていて、サザンカのような花をつけるため」とされている。
本種の葉は確かに ヒサカキ に似ている。
ヒサカキサザンカの落ち葉(茶色)を、ヒサカキの上に乗せたもの。葉の形が少し違うが、大きさや先端の形、鋸歯の状態も似ている。ただし、葉の厚みは ヒサカキの方が薄い。また、樹形や花と果実は全く違う。
「サザンカ」に関しては、一般的な品種では本種と似ているとは言えないだろう。
ヒサカキサザンカ サザンカ(品種名 不明)
似ているのは 多数の黄色い雄しべがあることぐらいで、サイズ・花弁数・花弁の形など、イメージが違う。白花品種なら、少しは近づくかもしれない。むしろ チャノキの花の方が似ている。
 属名 Pyrenaria:分核の の意味
1826年に ブルーメ(1796-1862) によって、モッコク科として定義された属名。
モッコク属の胚珠の数は通常各室に2個だが、本種(本属)はその数が多いので属名としたのだろう。
 中国名 核果茶属 he guo cha shu:
属名の意味を反映している。
 旧属名 Tutcheria:人名による
イギリスの植物学者、William James Tutcher (1867 - 1920)を顕彰したもの。下記の 命名物語 参照。
 種小名 microcarpa:小形の果実の の意味
大小には基準、比較の元が必要で、命名者が何と較べたかが重要だが 不明。
 旧種小名 virgeta:多條の『植物學名事典/牧野』
條 とは枝のことで、枝が多い の意味
本種の側枝はすべて「同時枝」で、全体に枝の伸びが短いため、ツバキなどよりも枝が密集することを表現したものと考える。


 
ヒサカキサザンカの 学名の命名物語

Pyrenaria microcarpa ← Tutcheria virgeta
特にAPG分類になってから、科名や属名が変更されることがよくあるが、これまで使われていた種小名が変わってしまうとは、どんな経緯があったのだろうか?


は正名、 は異名
内は 推定事項
  図版は、Biodiversity Heritage Library より


『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
学 名 命名者 属名・備考 など
①P 1826  Pyrenaria  ブルーム  当時のモッコク科として記載
Carl Ludwig von Blume (1796-1862) はドイツ生まれの植物学者。ジャカルタに派遣されて多くの植物標本を採取。ライデン大学教授、オランダ王立植物標本館館長を務め、多くの著作を残した。
Pyrenaria 属は『Bijdragen tot de flora van Nederlandsch Indië』p. 1120に記載。
バラ科とされていたものを「萼 および 雄しべが合着している構造から、モッコク科とすべき」と、当時の Ternstroemiaceae に P. serrata を記載したが、その種は現在は有効ではないようだ。
②T 1908  Tutcheria  ダン  モッコク科として記載
Stephen Troyte Dunn (1868-1938) はイギリスの植物学者で、中国、香港の植物に詳しい。そのほかの地域でも採取を行い、韓国や日本のコレクションもある。Tutcheria 属は『Journal of botany』第46巻 324ページに Ternstroemiaceae モッコク科の新属として記載した。
属名は同世代のイギリスの植物学者で、(仮称)香港植物森林局の副長官を17年間務めた William James Tutcher (1867-1920)を顕彰したもの。共著を出版したこともある。
1909  Tutcheria microcarpa  ダン  本種の異名 basionym
翌年のジャーナル 第47巻 197ページに、本種を新種として初めて記載した。この種小名が「先取権」を持っている。
中国や香港の山中で採集したもの。ページ後半の掲載は割愛したが、ダンに本種の存在を教えてくれた 植物学者 Tutcher に属名を献上したことが書かれている。
日本では、この記載の存在が確認されていなかったようだ。
1918  Thea virgata  小泉  本種の異名
小泉源一 (1883-1953) は山形県出身の植物学者。日本植物分類標本園学会の創設者。京都大学教授。
本種の記載は『植物雑誌』第32巻、「Contributiones ad Floram Asiae Orientalis」の 252~253 ページで、新種としている。
伊藤篤太郎が Camellia eutyoides か、としていた種を、新たにチャノキ属として種小名とともに記載した。
T. Ito (1866-1941)は愛知県出身の植物学者で、本草学者 伊藤圭介 は義理の祖父。
伊藤篤太郎による「ヒサカキサザンカ」の和名があったためか、②が知られていなかったためか、この学名が支持されたようだ。
1931  Camellia virgata  牧野 & 根本
『日本植物総覧』第2巻 に記載したようだが、詳細は不明。
1940  Tutcheria virgata  中井  本種の異名
『植物研究雑誌』第16巻 708ページに記載。③を訂正したもの。
その後 この学名が、長い間使われることになった。
同ページに、別種として②Tutcheria microcarpa Dunn (1909) が載っている。この時に、同種であることに気が付くべきだった。
1972  Pyrenaria microcarpa  ケン  GRINによる正名
②を訂正したもの。命名者の正式な発音は未確認。
Hsüan Keng (1923-2009)は現代の植物学者。国籍はわからないが、1972年当時にはシンガポール大学に所属。
『The Gardens' bulletin, Singapore』第26巻に、マレーシアで発見した2種の Pyrenaria属の新種を発表するとともに、Tutcheria 属が Pyrenaria 属の異名であることを指摘して、既存の9種を Pyrenaria 属に変更することを提案した。
すでに 50年前には訂正されていたのだ。
 Pyrenaria virgata  ケン  本種の異名
その9種の中には T. virgata を訂正したものも含まれており、異名のひとつとなっている。

植物園では 長らく ④の名札が付いていたのだが、今回の付け替え作業で、なぜ 正名⑤が見落とされて ⑥ P. Virgata になってしまったのだろうか?
それとも、別の根拠があるのだろうか?


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