オオバタイワンツバキ 大葉台湾椿
Polyspora speciosa B.M. Barthol. & T.L. Ming (2005)
Gordonia acuminata H. T. Chng. (1983)
Gordonia axillaris var. acuminata E. Pritz (1900)
Thea speciosa Kochs (1900)
科 名: ツバキ科 Theaceae、チャノキ連
属 名: タイワンツバキ属 Polyspora
異 名: Thea speciosa
中国名: 四川大頭茶 si chuan da tou cha
原産地: 中国南部、ベトナム
用 途: 日本での植栽は少ない
備 考: 花は新梢の葉腋につく



100年以上前に付けられた種小名が無視され、つい最近まで、さほど「近縁」とは言えない Gordonia属 とされていた。



樹 形      2022.9.1.












中央が本種。タイワンツバキはすぐ左に植えられているために、写真上部で枝が交錯している。タイワンツバキは左奥に もう1本見えている。
周囲の木も成長しているために樹冠の頂部が見えず、高さを計測できない。奥に見えている柵は御殿坂に面した敷地境界。
参考:タイワンツバキ
古くなってコルク化した表皮が薄く剥がれ落ち、黄土色の内部の木肌(周皮)が露出する。中央写真は左写真の上部で、地上 2.5mほどのところ。 
右 参考:タイワンツバキの木肌はさらに赤い。
葉の形       2012.10.31.
先の方は粗い鋸歯、下半分は全縁で、先端は尖ることが多い。
ただし、タイワンツバキと似たような葉も多い。
参考:タイワンツバキ
先がもう少し尖る葉もある。
蕾        2012.10.31.
ツバキ属とは異なり 今年枝の葉腋に単生する。花柄はごく短いか ほとんど無い。数枚の苞葉は開花前に脱落するようだ。緑色の萼片や、黄緑色の周囲に位置する花弁の先は黄土色。苞葉から萼、花冠へと次第に変化していて、完全には分化していない。
花        2012.10.31.
樹冠上部にはたくさん咲くようだが、写真を撮れるような手近な所にはごく少ない。
落 花        2011.11.4.
ツバキと同じように花弁と雄しべが一体で落下する。写真は落ちていたものを集めて並べたもの。開花中はさほど平開しないが、萎れかけて広がっているために、大きな花では 径10cm近くなる。
幼 果        2017.12.16.
残った萼片の一部は蕾の時と同じように淡褐色。冬芽は「苞芽」である。
昨年の果実       2011.11.4.
熟して裂開する時期は不明だが、1年後の開花時期に落ちていたもの。5室の子房はゴードニア属とと同じで、翼のある種子はとっくに散布済み。


 
オオバタイワンツバキ の 位 置
E15 d メインスロープ、最初の角の右側奥




名前の由来 オオバタイワンツバキ
 オオバタイワンツバキ:
タイワンツバキ P. axillaris よりもさらに大きな葉をつけるため?
小石川植物園では両者が隣り合って植えられており、枝が交錯していて同時に見ることができるのだが、決して本種の葉の方が大きいとは言えない。
手前:左から伸びている枝が オオバタイワンツバキ。
右上:右からの枝が タイワンツバキだが、葉の大きさはあまり変わりがないし、注意しないと形も同じに見える。
そもそも 樹木の葉のサイズは、樹齢・シーズン中の生育時期・生育場所の環境 などによって同個体でも異なるが、このように、生育環境がほぼ同じの成葉で比較しても、本種が大きいとは言えないことがわかる。
G. acuminata の種小名を参考にして、トガリバタイワンツバキ とした方が、まだよかったのではないか?
タイワンツバキ 本種 (仮称)トガリバ タイワンツバキ

Polyspora axillaris

Polyspora speciosa (異名 Gordonia acuminata)
タイワンツバキの落ち葉(黄色)を、それぞれの幼葉に添えて撮影。右写真:オオバタイワンツバキの先端が尖っている。

 属名 Polyspora:子房(の数が)多い
命名者は、イギリスの園芸家で植物学者の ロバート・スウィート (1783-1835)。なぜそのような属名としたのかは、命名物語で。
 種小名 speciosa:美しい、美形の
最初の命名で、チャノキ属に分類したため、他種よりも大きな花を「美しい」としたものと思われる。
 ツバキ科 Theaceae:nom.cons. 保留名
元々は Thea チャノキ属 を基準属とする「チャノキ科」だった。Thea属 は Camellia ツバキ属 に内包されたが、科名はそのまま 保留名とされたもの。


 
オオバタイワンツバキ の命名物語

概要:本種は1900年に命名された "新しい" ツバキ科の植物で、現在の学名に訂正されたのは 2005年。その訂正だけならば、以下のように単純なものである。
Polyspora speciosa B.M. Barthol. & T.L. Ming (2005)
Thea speciosa Kochs (1900)
その間が100年も空いたのは、本種が Gordonia属とされていたためである。その原因は 恐らく「真の」ゴードニア属の種が少なかったために比較検討がおろそかになり、本種やタイワンツバキをゴードニア属として信じて疑わなかったことだろう。その命名の経緯を調べてみた。
今回は Thea・Gordonia・Polyspora の3属と、本種と同属のタイワンツバキも登場するので、少々混乱する。

は正名、 は異名、 は非合法名
は 本種の元の学名 (異名のひとつ)
内は 推定事項
  肖像写真は Wikipediaより
  図版は、Biodiversity Heritage Library より

『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
学 名 命名者 属名・備考 など
1771  Gordonia  エリス  保留名 nom. cons.
 Gordonia lasianthus  正名
John Ellis (1710頃-1776) は、イギリスの布地のリネンを販売する商人で、博物学者。王立協会の会員に選ばれて、西フロリダやドミニカの王室調査官に任命された。北アメリカから植物や種子を移入し、リンネを含む多くの植物学者と文通を行っていた。
ゴードニアが記載されたのは協会のジャーナル『Philosophical transactions of the Royal Society of London』第60巻 (1770年版、出版は1771年) p.518~で、1770年12月にリンネに宛てた手紙を掲載したもの。
その前文には「(本種は)ミラー氏の言う Hibiscus でも、リンネ博士が提唱する Hypericum でもなく、エリス氏の新しい Gordonia属になるもの」と紹介されている。
1826  Polyspora  スウィート  正名 タイワンツバキ属
 Polyspora axillaris 種小名は「腋生の」  正名 タイワンツバキ
ゴードニア属が記載されてから半世紀。
Robert Sweet (1783-1835) はイギリスの園芸家・植物学者で、図版入りの図書を何冊も発行し、学名の命名も多い。
『Sweet's Hortus britannicus』はイギリス各地の庭園で栽培されていた植物を、自然の法則 すなわち ドゥ・カンドールの分類順に配列したもので、記述内に" DC " の名が多いのはそのためである。
スウィートは、カンドールがモッコク科に 「?(仮に)」設けた5つ目の「ゴードニア連」に、新たに ポリスポラ属を加えた。
モッコク属の子房は2~3室、ナツツバキ属・ゴードニア属と本属は5室だが、両者とは異なるために「子房の室数が多い」意味の Polyspora属として新設したもの。そして Camellia axillaris (1819) を 現在のタイワンツバキの正名である P. axillaris に訂正記載している。
1842  Gordonia axillaris  エンドリヒャー  タイワンツバキの異名
Stephan Ladislaus Endlicher (1804-1849) は、オーストリアの植物学者。ウィーン大学の教授となり、ウィーン植物園の園長を務めた。『Horti Academici Vindobonensis』第2巻で、同じく Camellia axillaris (1819) を、ツバキ属やポリスポラ属ではなく、ゴードニア属であるとして訂正記載した。
分類は モッコク科・ゴードニア連・ゴードニア属。
エンドリヒャー
参考文献として、元の名称であるツバキ属と、正名の ② を挙げている。
.タイワンツバキ2種のゴードニア属としての誤認が ここから始まった。
1854  Gordonia acuminata  ツォリンガー  種の実態は不明
Heinrich Zollinger (1818–1859) はスイスの植物学者。農家の生まれで努力の人だった。オランダ領東インドに渡り、現 ボゴール植物園で働きながら雑誌に寄稿し、『Systematisches Verzeichniss der im indischen Archipel in den Jahren』を著した。

acuminata は「鋭尖の、先が尖った」の意味。
ツォリンガー
ゴードニア属に2種を記載。
脚注(20)で、G. excelsa との違いを述べている。学名の記載としては有効のようだが、どんな種なのか はっきりしない。
もしこれが 本種 オオバタイワンツバキの最初の記述ならば、種小名acuminata が有効になったはずである。
学 名 命名者 属名・備考 など
1900  Thea speciosa  Kochs  本種の元の学名、異名
2月
23日
Julius Kochs (1900年に活躍) についての詳細は不明。
本種の最初の記載。Kochs が記載したのは、かのエングラーが 1881年から主宰していた『Botanische Jahrbücher fur Systematik, Pflanzengeschichte und Pflanzengeographie 植物年鑑』27巻の5号、597ページで、論文のタイトルは「Über Gattung Thea und den chinesischen Thee チャノキ属と中国茶について」。
n. sp. 新種としている。
本種をチャノキ属としたのは、花のつくりがよく似ているため。そして、チャノキ属 あるいは チャノキと較べてサイズが数倍大きいために、これを「speciosa 美しい」と表現したものと考えられる。
しかし、もし本種の種子を見れば チャノキ属とは異なることはすぐにわかる。恐らく、種子の資料(標本)がなかったために見誤ったのだろう。
1900  G. axillaris var. acuminata  E. Pritz (& Kochs)  本種の異名
12月
4日
⑤と同年、『Botanische Jahrbücher 植物年鑑』29巻 第3&4合併号に、Freidrich Ludwig E. Diels (1874-1945) は「Die Flora von Central-China 中国中部の植物誌」の続編を寄稿し、その 473ページに G. axillaris③ の変種として var. acuminata の記載がある。⑤を訂正したもの。命名者は E. Pritzel (1875-1946) となっている。
Kochs (同論文でチャノキ属を担当) と E. Pritz (その他の属を担当) は、本種をゴードニア属の新変種として記載し直した。
ただし、数行の記述は 葉についての属性だけが書かれているのみ。
Thea speciosa に対して訂正を行っているのだから、現在の規約では G. axillaris var. speciosa とすべきところだが、新しい変種名 acuminata を付けてしまった。
「国際命名規約」は 1867年に「ド・カンドル法」と呼ばれる第1版が制定されたのち、1900年にパリ会議が開かれたものの規約改定は無く、まだまだ浸透していない時代だった。
1983年までは、変種名⑥が使われていたものと推定される。なぜなら、次の変更⑦でも Thea speciosa がパスされ、⑥に対する訂正が行われたのだから。
1983  Gordonia acuminata  H. T. Chang  nom. illeg.
『Acta Scientiarum Naturalium Universitatis Sunyatseni 中山大学学報 自然科学版』1983年版に記載されたものだが、同学報の記載号を見つけることができなかった。
⑥を、変種 から「種」としたもの。
ところが!、結果的に ④と同じ名称を後から付けたことになり、無効な命名だった。過去の学名のデータベースが整備されていなかった当時、命名者は100年以上前の ④に気が付かずに命名したものだ。しかも本種の学名として広く認められて、植物園でも最近まで使われていた。
無効名が見過ごされたことよりも、200年前にPolyspora属がたてられ タイワンツバキ② が命名されていたにもかかわらず、それが Gordonia属にすり替わってしまったことの方が問題である。
かつては事典でも、Gordonia属をタイワンツバキ属としていた。
旧 名札  2017.12.16.
2005  Polyspora speciosa  B.M.Barthol. & Ming  本種の正名
21世紀になってようやく間違いが訂正された。
命名者については未調査。
『Noven』はミズーリ植物園の刊行物で、詳細な記述や図版・標本・写真が載せられることで知られている。
本種の正名は その第15巻 265ページに掲載された。タイプ標本は ⑤で指定された1891年採取のもの。
本書の解説には 1900年以降の命名の経緯が詳しく書かれている。


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