トウツバキ 唐椿
Camellia reticulata Lindl. (1827)
 本種は栽培品種。

2025.3.30
科 名: ツバキ科 Theaceae、チャノキ連
属 名: ツバキ属 Camellia、ツバキ亜属
中国名: 滇 山茶 diān shan cha
同 別名: 云南山茶
原産地: 中国南西部
用 途: 観賞用、種子から油を採取
備 考: 中国では採油植物としても古くから栽培され、現存する栽培種には、少なくとも明王朝(1368~1644)の時代に遡るとされるものがある。「Flora of China より」
野生種: C. reticulata f. simplex ヤマトウツバキ
栽培品種であるトウツバキが先に命名されたために、野生種であるヤマトウツバキが「品種」として命名されたもの。現在は トウツバキと同種。
最後に参考として掲載している。
タイトルが水色の写真は、10年以上前の撮影(過去の様子)であることを示す。

中国、特に雲南を代表する椿。1820年にヨーロッパに伝えられた。ツバキ節だが、サザンカ節のサザンカなどと同様に子房に毛があるそうだ。筆者自身は未確認。


樹 形                2024.8.25.
左:北方向を見ている。トウツバキは で、通路に面した左の ヤマトウツバキ に隠れて影が薄い。
右写真:右奥に ヤマトウツバキ、手前右にもほかの木があるので全体像が写せない。暑さに弱いためか、次の 2011年の写真と較べて、さほど大きくなっていない。中国では 10~15m にもなるそうだ。
樹形    2011.4.7. 幹  2022.8.25.


10年以上前の姿。まだ周りの木は大きくなく、トウツバキ全体が写っているのだが、葉の数が少なく、奥のツバキが見えてしまっている。日本のツバキ類はとっくに咲いているか(赤いのはユキツバキ) 終わってのに、本種はまだ蕾だった。
右写真:2022年の夏までは、ぶら下げ型の名札だった。根元附近で 約6cm。樹皮は淡い茶色で無毛。

蕾         2025.4.6.
花          2011.5.3.
蕾の状態から間が空きすぎて、最後のひとつを何とか撮影。基部下には咲き終わった花があり、各所で新梢が伸び出していた。花弁の数は 8枚と思われ、トップの写真とは様子が異なる。
トップに掲げた写真ならば、次の図の C. reticulata、17~18枚 に引けを取らない。花弁の数は「flora of China」では 5~7(しばしば もっと多い)であり、『園芸植物大事典』では 5~11枚 と様々である。

『The Botanical register』第13巻、1078図
葉         2022.8.25.
種小名の「reticulata 網目状の」のとおり、細かな葉脈までが凹んでいて、表がに網目がはっきりと見えるのが特徴である。前図でもそれが表現されている。
黄色いのは7cmのサザンカの葉。
表面の詳細 葉 裏
表面に艶はあるのだが、全体がエンボス状になっており、ヤブツバキのようにテカテカと光ることはない。


樹齢 600年 果 実
中国雲南省 楚雄市紫渓山風景区の自生個体。
「古樹名木保護牌」番号 22、「雲南山茶」樹齢 600年とある。
柵に囲まれていて近づけなかったが、葉に較べると、果実がいかに大きいかがわかる。


 
トウツバキの 位 置
B10 c 精子発見のイチョウの右、トイレの手前


名前の由来 トウツバキ Camellia reticulata
 和名:トウツバキ 唐椿
本種がいつ日本に伝えられたかは未確認だが、「中国のツバキ」の意味である。
 中国名:滇 山茶  「flora of China」の標記
「滇」diān は Wikipediaによると〈前漢時代の紀元前3世紀頃から、雲南省東部の滇池周辺にあった滇人による西南夷の国〉で、後に雲南省の別称となった。
つまり 滇山茶は、雲南省を代表するツバキ(中国語は山茶)を意味する。このため本種は、前掲の看板にあるように「雲南山茶」とも呼ばれている。
 種小名 reticulata: 網状の
細かな葉脈までが凹んでいて、表面に網目がはっきりと見えることから。すでに知られていたヤブツバキ(下)との対比だろうが、リンドリーが、赤い大きな花を種小名に使わなかったのが不思議である。

John Lindley (1799-1865) はイギリスの植物学者、園芸家、蘭の研究家。父親の果樹園を手伝っていたが、フッカーの知己を得、さらに植物学者のバンクスを紹介されてその助手となった。その後、生涯に多くの著作・園芸書を著した。
リンドリーが本種を記載したのは 植物雑誌『The Botanical register』第13巻 図版1078(前掲)。
Lindley
『The Botanical Register』について (主にWikipediaによる)
副題は「イギリスの庭園で栽培されている 彩色図による外来植物、その来歴と栽培方法」。
Sydenham T. Edwards (1768–1819) は、カーチスが始めた有名な『The Botanical Magazine』の図版を描いていたが、編集者と仲違いしてやめたあと、1815年に『The Botanical register』の出版を始めた。エドワードの死後、別の編集者が第13巻まで出版し、第14巻からはリンドリーが担当して、タイトルを『Edwards's Botanical Register』とした。なおリンドリーは、第11巻から本文を担当していた。

  編集者   本文担当
『The Botanical Register』
・第1巻 - 第5巻:  1815-1819  エドワード  John Bellenden Ker、エドワード
・第6巻 - 第10巻:  1820-1824  James Ridgway  John Bellenden Ker
・第11巻 - 第13巻:  1825-1827  James Ridgway  リンドリー、本種は第13巻に記載
『Edwards's Botanical Register』  
・第14巻 - 第23巻:  1828-1837  リンドリー  リンドリー/新シリーズ 1~10巻
・第24巻 - 第33巻:  1838-1847  リンドリー  さらなる新シリーズ 1~10巻

第13巻の出版は 1827年。通常の図版は1ページだが、特別に見開きページの図版が まず先行してから、本文が続く。





 英語名:Captain Rawes's Camellia 本文2行目
英語名は本種をイギリスに運んだ、Richard Rawes 船長(1784-1831) に献名したもの。Rawes は、東インド会社の商船 Warren Hastings号 の第6回航海で持ち帰った。
本文に続く解説文(略)によると、本種は ロンドン ブロムリー地区の Thomas Carey Palmer様 の温室に(1820年に)もたらされたが、1826年の春まで開花しなかった。本書の出版は 1827年で、絵に描かれたのは、1824 年に別の商船で運ばれたものだそうだ。
解説文では、ヤブツバキとの違い、特に葉の葉脈の違いを強調している。

解説文の冒頭で splendid 素晴らしいツバキと表現しているのは、本種がピンクの八重咲きであるためで、それまでに知られていたツバキ属6種、チャノキ属1種の中の、ヤブツバキにも勝ると考えたためである。
.1753  Camellia japonica  リンネ  ヤブツバキ  ケンペル 1712
 『廻国奇観』
.1753  Thea sinensis  リンネ  チャノキ  同 上
.1784  C. sasanqua  チュンベリー  サザンカ
.1790  C. drupifera  ルーレイロ  トンキンユチャ
.1818  C. oleifera  C. Abel  ユチャ
.1820  C. kissi  ウォーリッチ  トガリバサザンカ
.1826  C. euryoides  リンドリー  -
.1827  C. reticulata  リンドリー  トウツバキ  本種
ヤブツバキ以外の花の色は白で、サイズも概して小さかったので、本種は大変な評判となったことだろう。


 属名 Camellia:人名による
キンカチャの「名前の由来」の項を参照のこと。


 

 付 録:ヤマトウツバキ
雄しべが花弁に変化した 八重の「栽培品種」である本種に対して、Camellia reticulata の学名が付けられた。
1958年になって Joseph Robert Sealy (1907-2000) が、『ツバキ属の見直し Revision of the Genus Camellia』に
Camellia reticulata f. simplex ヤマトウツバキ
を発表するまでの 130年もの間、栽培種しか知られていなかったことになる。
それはともかくとして、せっかく原種に付けられたこの名前は、APG分類では トウツバキ と同一種となってしまった。遺伝子的には変わりがない、ということである。異名ではないこともあって、GRIN にはもはや simplex の文字は見あたらない。
園芸品種である アジサイ Hydrangea macrophylla に対して、原種である ガクアジサイを H. macrophylla f. normalis としていたものが、同様に「同種」とされたのと同じである。


ヤマトウツバキ C. reticulata ( f. simplex)
 和名:ヤマトウツバキ 山唐椿
先に命名された種 C. reticulata は八重咲きの栽培品種で、その原種に対して命名したもの。山中で発見されたものなのだろうか。
ヤマトウツバキは シーリーが『Revision of the Genus Camellia』に記載したのだが、1958年の出版でまだ著作権が生きており、内容が公表されていないために採取地などはわからない。
 品種名 simplex: 単一の、一重の
小石川植物園の花弁数は、5~6枚。
GRIN や Flora of china には載っておらず、遺伝子的には同一種と見なされているようだ。

樹 形        2024.8.25.
ツバキ園の北側。トウツバキのすぐ手前。高さ 約 2.5m。
冬 芽 ともに 2025.2.4.
蕾は高さ 19mm。開花まであと2ヶ月か。通常の芽鱗は黄緑色だが、中に鮮やかな小豆色になるものがある。
.2011.4.9          花 葉   2022.8.25.


小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ