ユキツバキ 雪椿
Camellia japonica var. rusticana T. L. Ming (1998)
Camellia rusticana Honda (1947)
科 名: ツバキ科 Theaceae、チャノキ連
属 名: ツバキ属 Camellia、ツバキ亜属
異名?:  C. japonica
  var. decumbens Sugimoto (1936)
中国名: 短柄山茶 duăn bĭng shān chá
原産地: 日本海沿岸の山地:秋田、山形、福島、新潟、長野、富山、石川 など。
中国 浙江省(舟山島)
備 考: ヤブツバキとは形態上、色々な違いがあるため、GRIN では ヤブツバキの変種となっている。両者の違いについては後半に記載。

小石川植物園では 少なくとも 2022年までは 異名の項に掲げた 「C. japonica var. decumbens」だったが、最近新しいものに取り替えられて、C. rusticana となった。
しかし 筆者が参考にしているアメリカ農務省のデータベース GRIN では、標題のように ヤブツバキの変種 である。
もし旧名札の C. japonica var. decumbens (1936) が有効な命名だとしたら、先取権があるのでこれが正名となるはずだが、後から名付けられた C. rusticana や var. rusticana が採用されている理由がわからない。



ユキツバキの位置
ツバキ園の北側の入口から東方向を見たところ。ユキツバキは少し進んで、ヤマトウツバキの裏側にある。写真右側の柵のさらに右に、精子発見のイチョウがある。
樹 形         2024.8.25.
よううやく開花       2025.3.18.
2024~25年は開花が遅かった。剪定されているのだろうが、10年前(次の写真)よりも少しだけ横幅が広がっている。
2013.1.27.

幹     2024.8.25.
灰白色で滑らかな印象。
葉の様子        2024.8.25.
上部に乗せてあるサザンカ(濃緑色7cm)に較べると大きい。

蕾       2025.2.16.
ようやく色付いてきた。苞片の先が尖っている。
蕾        2012.3.30.
咲く前の方が美しい? 苞から萼へと次第にサイズが増す。
開き始めると 花弁の周囲が波打ちだす。
花       2025.3.18.
ヤブツバキよりも平開し、雄しべも開き気味となる。小石川の個体の花弁は、事典に載っているものよりも波打っている。


 
ユキツバキの 位 置
B10 c 精子発見のイチョウの右、トイレの手前


名前の由来 ユキツバキ C. japonica var. rusticana
 ユキツバキ:雪椿
本州北部から中部の降雪地帯に自生するため。
 ユキツバキの学名:
本種はヤブツバキの変種とされているが、別種
C. rusticana とする考えがあり、現在の小石川植物園の名札はこちらである。

そこで、学名の採用状況を一覧にした。
学名 命名年  事典・データベース名 備考(発行年)
C. japonica var. rusticana  1998  GRIN  アメリカ農務省
 Flora of Chna  
 World Plants  ドイツ
 Global Core Biodata Resource  デンマーク
C. japonica ssp. rusticana  1950  『植物の世界』  朝日百科(1997)
C. rusticana  1947  小石川植物園  2023年頃変更か?
 Plants of the World Online  キュー植物園
 World Flora Online
 『原色樹木大図鑑』  北隆館(2016)
 『YList』(2014)  米倉浩司・梶田 忠
 『園芸植物大事典』  小学館(1988)
 『牧野新日本植物圖鑑』  北隆館(1961)
C. japonica var. decumbens  1936  筑波植物園 植栽リスト  最新 2018年版
 『樹に咲く花』  山と渓谷社(2000)
 元 小石川植物園  2022年8月以前

 属名 Camellia:人名による
キンカチャの「名前の由来」の項を参照のこと。
 変種名 rusticana
牧野の『植物學名辞典』によると「農夫の、野に植えた」であり、研究社『羅和辞典』では「いなかの、田園の」となっている。
命名者の本田正次は、なぜこの名を山中に咲くユキツバキに宛てたのか、解明できていない。
 異名:Camellia rusticana Honda (1947)
本種を別種として記載したのは、小石川植物園 第5代園長を務めた 本田正次 である。
本田正次 (1897-1984)は 熊本県出身の植物学者。東京帝大教授、東京大学名誉教授。
本種を記載したのは『Biosphaera』第1巻だが手掛かりが無く、詳細は不明。ただ『植物の世界/朝日百科』に命名に関するエピソードが載っていたので、以下に引用する。
ユキツバキを独立した種として C. rusticana と命名した本田正次は、イタリアの作曲家マスカーニの歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』と語呂合わせをし、洒落て、「カメリア・ルスティカナ」としたという。
この説明では、肝心の「洒落」の意味がよくわからない。
歌劇の原作はイタリアの小説家 ジョヴァンニ・ヴェルガ による同名の小説「Cavalleria (騎士) Rusticana (田舎の、素朴な)」で、兵役帰りの若く貧しい男と、元許婚者だった人妻やその夫との関係で、夫に決闘で殺されてしまうという悲話である。このため、命名が歌劇の内容に基づいているとは考えられない。
カヴァレリア Cavalleria → Camellia カメリア、は単なる語呂合わせと考えてよいだろう。しかし「田舎のツバキ」では、山中で雪に耐えて咲くユキツバキに失礼である。『植物の世界』では rusticana に「人里離れた」の意味があるとしているが、それでは「洒落」にならない。
冬の間は雪の下に埋もれて見えなくなる。そこで、
 「留守 かな~?」
というのは どうだろう。

 中国名 短柄山茶 duan bing shan cha:
ヤブツバキよりも「葉柄」が短いため。


本田が本種を別種としたのは、ヤブツバキとは様々な違いがあるためだと考えられる。以下に できるだけ写真を並べて説明したい。
ユキツバキ と ヤブツバキ の相違点
部位 ユキツバキ ヤブツバキ (赤と白)
 折れにくい。耐雪で進化だろう。  折れやすい。
葉の厚み  ヤブツバキよりも薄手。
葉柄
短く、毛がつくことが多い。  長く、無毛。(スケールは異なる)
鋸歯
深くはないが 鋭い。  葉によってはもう少し鋭い。
 撮影時期が違うが、気持ち楕円形
苞と萼
わずかに毛があるが 少ない。  毛が多い。シロヤブツバキ。
ヤブツバキよりも平開する。  ヤブツバキも さらに開くことも。
雄しべ
開き気味。花糸は黄色で短く 離生。  環状、花糸は白、基部は合着。
これだけ違いがあれば、ヤブツバキとは別種と考えてもおかしくない。APGでは「変種」となった。


 
ユキツバキ の命名物語
は正名、 は異名、
  図版は Biodiversity Heritage Library より

『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
学 名 命名者 備 考
1753  Camellia japonica  リンネ  本種の母種 ヤブツバキ
Carl von Linné (1707-1778) は、スウェーデンの博物学者、植物学者。

『植物の種』第2巻の記載はたった1行のみで「山中あるいは森林生、花は赤い一重」。β (変種)として八重の種を挙げている。
リンネが日本のヤブツバキを記載できたのは、1731年にケンペルが出版した『Amoenitatum exoticarum ~』のおかげ。ケンペルが日本を訪れたのは 1690(元禄3)年から1692(同5)年で、徳川綱吉にも謁見した。
それでは、と『異邦の魅力(廻国奇観)』のツバキの項を見ると、

なんのことはない、ツバキの項の1行目を丸写しにしただけだった。
それよりも和名に注目。最初に書かれている漢字は中国でのツバキの呼び名「山茶 Sán Sa」 (現代中国語では shān chá)である。ケンペルはこれを誰から聞いたのだろうか?  それに続くのが、
「または (vulgò) ヤマツバキ,すなわち (i. e.) ツバキ」である。リンネが 『植物の種』で Tsubakki と表記したのは、ケンペルの図版の名称が
Tsubaki だったからだろう。元禄当時、ツバキの漢字は「椿」が使われていた。


花弁に模様があり、何か異様な感じがする。
園芸品種だろうか?
学 名 命名者 備 考
1936  C. japonica
  var. decumbens
 杉本順一  無効な記載か?
杉本順一 (1901-1988) は静岡県の植物学者。代表的な著書は『静岡県植物誌』(1984)、その他多数。
この学名は『Key Trees Shrubs Japan』(1936) に記載されたのだが、著作権が切れるのは 2058年であり、まだ販売されているために内容を検索することはできない。
そして
もしこれが有効な記載であるのなら、③よりも前の命名なので、現在「正名」となっているはず。
植物園の名札に、長い間採用されていた。
変種名 decumbens は「傾臥する」の意味。自生地の山中で押しつぶされながらも、雪に埋もれることによって低温と乾燥を免れる、本種の特徴を表している。
1947  C. rusticana  本田正次  GRIN では異名
本田正次 (1897-1984) は 熊本県出身の植物学者。東京帝大教授、東京大学名誉教授で、小石川植物園 第5代園長を務めた。
本田が本種を ヤブツバキとは別種として記載したのは『Biosphaera』という雑誌? 第1巻 だが、公開されていなくて情報が全くない。学術的な記載だから、名前の由来の項で引用した、命名に際しての語呂合わせのエピソードが書かれているとは思えないが、見てみたいものだ。
最近新しくされた小石川植物園の名札は、この学名が使われている。
学 名 命名者 備 考
1998  C. japonica
   var. rusticana
 T. L. Ming  GRIN での正名
Tien Lu Ming 閔 天禄(1937- ) は中国の植物学者。
ミンが本種を記載したのは 雑誌『雲南植物研究 Acta Botanica Yunnanica』第20巻 2号 で、論文の標題は「山茶属山茶组植物的分类,分化和分布」だが、内容を見るためには PDFを購入する必要があるため、チェックしていない。
GRIN がこれを正名とするには何らかの根拠があるはずだが、Ming が、③が種ではなくヤブツバキの変種と断定するための遺伝子の分析を行ったのかどうか、などの詳細はわかっていない。
そもそも ① リンネの「タイプ」は、もとはケンペルの図(前掲)のはずだが、『植物の種』のタイプを選ぶプロジェクト「The Linnaean Plant Name Typification Project」で、新しいタイプ標本が決められているかもしれない。


小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ