セキザイユーカリ 赤材ユーカリ
 Eucalyptus camaldulensis
Dehnhardt (1832) nom.cons.
科 名: フトモモ科 Myrtaceae
属 名: ユーカリノキ属 Eucalyptus (1788)
英 名: red gum, river red gum
原産地: オーストラリア ほぼ全土
用 途: 蜜源、燃料材、鑑賞樹
備 考: 新しいタイプ標本によって保留された種
 (conserved with a conserved type)
2024.6.15 命名の経緯を改定
トップの写真はメインスロープの途中から。
サクラ園を目指して上っていくと、園内では異色の巨木が正面に現れるのだが、このあと左にカーブすると視野から消えしまうためか、あまり注目されないようだ。
立ち入り禁止区域内に生えていることや、背が高すぎで間近に観察できないために写真の枚数が少ない。
命名の経緯に紆余曲折があり、さらに 実際は「セキザイユーカリ」ではない標本に対して命名されたために、別の標本が後から指定された 「typus conservandus」であるので取り上げる。

ユーカリ属の特徴はいくつもあるが、特に
 ・花被(萼と花冠)が合着してキャップ状になった部分が
  脱落して開花する。
 ・成葉は互生葉序だが、幼木・徒長枝では無柄の対生葉が
  数対出る。
が挙げられる。後者は別項に掲載した、名札のない もう1本のユーカリ(下の段)で取り上げる。

①:樹 形     2024.2.28.
本館の前から。高さ 約 23m。3本が一体となって見える。手前左の落葉樹はイヌザクラ、右はソメイヨシノだったか?

.2011.10.6     風 害  旺盛な成長力    2024.2.28.
左:2011年9月の大風で上部が折れて(割れて?)、途中から伐採された。左下に玉切りされた丸太がある。
右:12年後の姿。切断面付近から、数本の徒長枝がかなりの高さまで伸びており、成長の早さを示している。

赤材ユーカリ
切断面        2011.10.6.
和名は、心材が赤いためにつけられた。
この個体も確かに「赤い」が、Wikipedia に載っているピンク色のものとは随分違って、朱赤である。
参考:Wikipediaのセキザイユーカリ

剥がれる樹皮 基 部
上部の枝の樹皮はそっくり全部剥がれ、太い幹ではまだら模様となる。ただし、地面近くはかなりの樹皮が残る(右)。
ところで、ユーカリ属の種はみな樹皮が剥がれるものと思われがちだが、剥がれない種群(堅皮性 ironbark)も たくさんある。
参考:堅皮性 ironbark:E. crebra

2枚とも Wikipedia より
参考:剥皮性 stringybark:E. deglupta


ハワイ オアフ島 ワヒアワ植物園 植栽
E. deglupta は樹皮が剥がれた幹が美しいことで有名で、通称レインボー・ガムと呼ばれる。オーストラリアには分布しない。


葉と花序      2024.2.28.
手の届く位置には枝がないが、大風で落ちた小枝があった。
花序は短い花梗の散形で、葉腋につく。小花の数は5~8個。
蕾     2024.2.17.
落ちていた花序を 乾ききった葉の上に置いて撮ったもの。小花の高さ 約1cm。キャップ状の花被が特徴。
花 E. camaldulensis
Wikipedia
より
蕾と葉の形状が前掲の小石川のものとよく似ているので、多分間違っていないだろう。雄しべが成長して、丁度、キャップ(萼と花弁が癒合したもの)を押し上げているものや、咲き終わって雌しべだけになった状態も写っている。


 
セキザイユーカリ の 位 置
写真①: D15 a 裏門への道の管理地内、右手前、3本
別掲載: F8 c 不明種、ラクウショウを過ぎた右側
 別項で掲載予定



名前の由来 セキザイユーカリ Eucalyptus camaldulensis

 和名 セキザイユーカリ:赤材ユーカリ
心材が赤いため。前掲の本文の写真参照。
 属名 Eucalyptus: ギリシア語 eu + kalyptos
euは「よく well」あるいは「よい good」、kalyptosは「覆う、隠す」で、well covered の意味。
ユーカリ類の蕾は、萼と花弁が癒合して蓋(キャップ)の形になっていることにちなむ。
 種小名 camaldulensis:庭園の名による
命名者のレリティエが庭師を務めた、ナポリの個人庭園 「L'Hortus Camaldulensis di Napoli」に植えられていたユーカリに名付けたため。 命名物語も参照のこと。
 フトモモ科 Myrtaceae:
基準属は Myrtus ギンバイカ属 で、その中のある種に付けられた ギリシア古名 myrtos に由来するという。
フトモモ科に共通する一番の特徴は、雄しべの数が多いことで、蕾の状態では内側に曲がって納められている。
ギンバイカ
小石川植物園
「ギンバイカ 銀梅花」は5枚の白い花弁を持つ小さな花を「銀の梅」としたもの。地中海から南西ヨーロッパの原産で、常緑の葉と良い香りが古代人に尊ばれて、様々な神話や伝説に登場する。
科名をギンバイカ科としなかったのは、ギンバイカ属の種が日本には自生しないためで、南西諸島と小笠原諸島にフトモモ属が自生しているので、フトモモ科とした。
各国それぞれ自国語の科名や属名を付ける時に、その科や属を代表する植物(基準属、基準種)が自国にない場合、代わりに その国に自生する植物を代表として命名する事は普通に行われる。
例えば フトモモ科の中国名は「桃金娘 tao jin niang 科」である。これは中国・東南アジア原産の 桃金娘(和名 テンニンカ 天人花 Rhodomyrtus tomentosa)を、フトモモ科の科名としたもの。
桃金娘 テンニンカ
小石川植物園
 和名 フトモモ科 蒲桃 pu tao :
フトモモ Syzygium jambos は熱帯アジアの植物。
フトモモ
京都植物園
和名の「フトモモ」は 中国名 蒲桃 に由来する。
「蒲」の字は通常「ガマ」として使うが、柳の一種である「カワヤナギ」の意味もある。「蒲桃」の由来ははっきりしていないが、葉が細長く、甘くてバラに似た香りのある果実が生る植物を、「川柳の葉を持つ 桃」 としたのかも知れない。
蒲桃 の発音は「pu tao プ タオ」で、
「プータオ → プートオ → フト」と変化したのだろう。蒲桃は「フト」だけでよいのに、理論的には不要な「モモ」が付いていて、桃が重複している。
「フト」だけでは物足りなかったのか?、漢名を見て「モモ」を付け足したくなったのか?



 
Eucalyptus camaldulensis の命名物語
は正名、 は異名、
  図版は主に、Biodiversity Heritage Library より
肖像写真は Wikipedia より

命名の経緯の概要
学 名
1789  Eucalyptus レリティエがユーカリノキ属を定義
1832  Eucalyptus camaldulensis デーンハルトが最初の命名を行ったが、
広く認知がなされなかった
1847  E. rostrata シュレヒテンダールが ④の存在を知らずに
新たに命名して、使われるようになった
1856  E. longirostris ミューラーが ⑤を訂正
1917  E. rostrata メイデンは本種を再度 ⑤として記載、
④の先取権については言及せず
1934  正名 E. camaldulensis ブレイクリーが ④の記述に先取権がある
ことを指摘した
④のタイプ標本に疑義が生じる
2008
 Eucalyptus camaldulensis nom. cons.
新しい標本のもとに、保留名となる
以下は その詳細


『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
学 名 命名者 備 考
1789  Eucalyptus  レリティエ  表紙では '1788'
Charles Louis L'Héritier de Brutelle (1746-1800)はフランスの公務員で植物学者だった。
26歳でパリの河川森林局の監督官となって以来、樹木についての研究を行った。リンネの分類法の熱心な支持者であり、自然分類法を提唱していたジュシューやアダンソンと対立した。
自身の財産と給与収入のおかげで、1785年以降に新種に関する本を自費出版した。
ユーカリ属を初めて記載したのは『Sertum Anglicum, seu, Plantae rariores quae in hortis juxta Londinum』p.11 および 第20図。
標本は1777年、クックの第三次航海で David Nelsonがタスマニアで採取して、ロンドン博物館に届けられたもの。
これを当時ロンドンにいた レリティエが記載した。
第20図
Eucalyptus obliqua

1789  Eucalyptus obliqua  レリティエ  ユーカリ属のタイプ種
種小名 obliqua は「歪んだ形の、斜めの」の意味で、ユーカリの葉の基部が左右でずれていることに因んでいる。なお、この図は 後にバラの絵で有名になる ルドゥテ Pierre Joseph Redouté (1759 -1840) が描いている。図版の左下を拡大するとその記名が読める。
学 名 命名者 備 考
1795  Eucalyptus robusta  スミス  本種とは別種
James Edward Smith (1759–1828) はイギリスの植物学者。リンネ (1707-1778)の次の世代で、1788年にロンドン・リンネ協会を設立、初代会長となった。
E. robusta を記載したのは『A specimen of the botany of New Holland オーストラリアの植物標本』39ページ と 第13図。
Smith
後に本種②の異名として命名される ③ E. rostrata が、セキザイユーカリに関係するために掲載する。
E. camaldulensis の命名経緯とは直接関係がないので詳細は省くが、「強い」という意味の種小名 robusta について、著者のスミスは後半の英語での解説で、「この木の大きさと強さは、ヨーロッパガシと呼ばれる Quercus robur のように、まさに robusta の名を証明しているように思われる」と書いている。
学 名 命名者 備 考
1797  Eucalyptus rostrata  カヴァニレス  E. robustaの異名
Antonio José Cavanilles y Palop (1745-1804) はスペインの植物学者・博物学者。哲学・神学を学んだが、パリでジュシューらの指導を受け、スペインで初めてリンネの分類法を導入した。1901年からは現マドリード植物園の園長となり、園を発展させた。
E. rostrata を記載したのは『Icones et descriptiones plantarum』第4巻 23ページ および 342図で、現在は E. robusta ② だとされている。
Cavanilles

種小名 rostrata は「嘴状の」の意味で、蕾の「キャップ」の先が曲がっている状態を、鳥の嘴にたとえたもの。右図では顕著ではないが、スミスの ②の図ではそれがうかがえる。



すでに命名済みの種②に別の名を付けたため、E. rostrata は異名となる。
学 名 命名者 備 考
1832  Eucalyptus camaldulensis  デーンハルト  本種の正名
Friedrich Dehnhardt (1787–1870) はドイツ中部ゲッティンゲン近郊の Buhle 生まれの庭師で、イタリア ナポリの Camaldoli侯爵だった フランチェスコ・リッカルディの個人庭園の園芸主任を務めていた。
本種を記載した『Catalogus plantarum Horti Camaldulensis』第2巻はネット上に見あたらないため、参考に 第1巻をチェックした。
第1巻にもユーカリノキ属の記載があるが、単なる庭園の植栽リストで種の特徴などの記載が無く、もしも第2巻もこれと同じ内容ならば「正式な記載」とは言い難い。
第2巻を見ることができず、肝心の本種の記載部分を確認できないので何とも言えないが、ウィーンにタイプ標本があるようだ。
Wikipedia によると、デーンハルトによるこの記載は、約1世紀の間、植物学者のあいだには知られることがなかった、とのことである。
イタリアの地方都市で発刊された 20数ページ(ただし第1巻。第2巻のページ数は不明) の冊子だったことが原因だろう。
学 名 命名者 備 考
1847  Eucalyptus rostrata  シュレヒテンダール  本種の異名
セキザイユーカリとして命名され、④の代わりに 一定期間広く使われた学名のようだが、③(=別種②)と同じ種小名を後からつけたものであるため、異名である。
Diederich F. Leonhard von Schlechtendal (1794 - 1866)はドイツの植物学者。
ベルリンで学び、1819年から王立ハーバリウム(現在のベルリン・ダーレム植物園の前身)の学芸員になった。1833年からは、生涯 マーティン・ルター大学の教授ならびに大学附属植物園の園長となった。
1826年から 植物雑誌『Linnaea』を発行。海外から送られてくる植物の記載を行った。
Schlechtendal
本種を記載したのは その『Linnaea』第20巻 655ページ。
中 略
図版は無い。ドイツ語による最後の2行は「小川や河川の岸に生える。(植民地のホワイトガム)白い樹皮の巨木」で、産地の記載は無い。

Wikipedia より
Wikipediaのセキザイユーカリのページによると、種小名「rostrata 嘴状の」は、標本を採取したオーストラリア東南部のマレー・ダーリング盆地産のもののキャップが、鳥の嘴を想起させることに由来する。
学 名 命名者 備 考
1856  Eucalyptus longirostris  ミューラー  本種の異名
E. rostrata が later homonym で無効であることを知ったミューラーは、「長い嘴状の」という別名で訂正したが、本種の正名④ はすでに記載済みだった。ミューラーに代わってこのことを記載したミクエルも、④の存在には気がついていなかったようだ。
Ferdinand J. H. von Müller (1825–1896) はドイツ生まれの植物学者・医師・地理学者で、オーストラリアに移住して活躍した。
ビクトリア州で政府に雇われてオーストラリアの植生を調べ、多くの新種を発見した。
E. longirostris は、ミクエル(1811-1871)によって『Nederlandsch kruidkundig archief』第4巻、125ページに記載された。
Müller

2行目で、シュレヒテンダールの E. rostrata ⑤ を訂正したもので、同名の カヴァニレスが命名した ③ではない (haud)、としている。
オーストラリアの4カ所採取地や 1品種が記載されている。
1917  Eucalyptus rostrata  メイデン  本種を⑤として記載
近代のユーカリの権威メイデンは、本種を改めて E. rostrata とし、④ E. camaldulensis および ⑥ E. longirostris を本種の異名とした。
ウィーンにある ④ デーンハルトのタイプ標本をチェックしていたにもかかわらず、その学名の先取権については言及していない。
Joseph Henry Maiden (1859-1925) はイギリス生まれでオーストラリア シドニー植物園の園長となった植物学者。ユーカリ・アカシア類などの、多くの植物を記載し、『A Critical Revision of the Genus Eucalyptus』は長い間ユーカリの基準書となった。
その本の 第4巻 第3部、第 XXXIII 部に、以下の記述がある。
Maiden
中 略
異名として 1. 本種 E. camaldulensis および 2. E. longirostris の2種を挙げている。ウィーン標本館の本種の標本は、蕾の状態であることが書かれている。
1934  正名 E. camaldulensis  ブレイクリー  正名を見い出す
命名から100年後、オーストラリアのユーカリを研究したブレイクリーによって、デーンハルトの E. camaldulensis ④ に先取権があることが指摘された。
William Faris Blakely (1875–1941) はオーストラリアの植物学者で植物採集者。1913年から40年まで、ニュー・サウス・ウェールズの国立標本館に勤め、ユーカリについては前記 メイデンとともに研究を行った。

Wikipedia によると、E. camaldulensis については『A Key to the Eucalypts: ~』に記載されたとあるが、この本はいくつかのサイトで現在も販売されていて、その内容はネット上には公開されていない。
Blakely
これ以降、E. camaldulensis がセキザイユーカリの学名として使われるようになった。
ところが、タイプ標本に疑義が生じる
ウィーンに保管されていた標本の「蕾」を調べたところ、本来垂直方向に6~8列あるべき胚珠が4列しかないため、セキザイユーカリではないという疑いが生じた。
そうであれば、E. camaldulensis は無効な命名となってしまうが、すでにセキザイユーカリの学名として普及していたため、保留名の手続きが取られた。
2008  Eucalyptus camaldulensis nom. cons.
2008年2月14日に、南オーストラリアのカレンシー・クリークで採取された標本を新たなタイプとして、E. camaldulensis は正名として保留された。


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