フヨウ 芙蓉
Hibiscus mutabilis Linn. (1753)
科 名: アオイ科 Malvaceae
属 名: フヨウ属 Hibiscus Linn. (1753)
中国名: 木芙蓉 mu fu rong
原産地: 九州、奄美・琉球諸島。中国、台湾
用 途: 観賞用。
薬用保存園の名札には、葉や花を解熱・解毒・清肺・涼血 に利用することが書かれている。
撮影は植物園のほかに、文京区、豊島区

ピンクのフヨウは 筆者お気に入りの花のひとつ。
本種には3種類の栽培品種がある。APG分類以前には 品種などとされていた。
シロフヨウ
 H. mutabilis cv. Albiflorus
  フヨウの白花種。
ヒトエスイフヨウ
 H. mutabilis cv. Hitoesuifuyou
  シロフヨウの変色するタイプ
  色の濃いのは前日の花
      右写真、午後1時14分
スイフヨウ
 H. mutabilis cv. Versicolor
  八重咲で変色するもの
  両写真とも、赤いのは前日の花



園内には シロバナ以外の3種が植栽されている。

①:樹 形 フヨウ      2022.7.17.
薬用保存園の中央に2株があり、高さは1m強。開花に向けて伸長中。スペースが無いため、毎年冬には切り戻し(剪定)される。
②:落葉樹 スイフヨウ    2011.1.5.
メインスロープを登り切った所の ヒマラヤスギの右横にある。
植物園ではできるだけ剪定しないのが基本方針のようで、一定量は冬に枯れ戻るが年々大きくなるため、台風や春先の予想外の重たい雪が降ったりすると、幹が折れるような大打撃を受けることがある。
②:枯れ戻り スイフヨウ
2007.1.13
茎頂付近の葉腋に花をつけ、一部の熟果は落ちずに越冬する。先端から40~50 cm ほどが枯れ、翌春にはその下の多くの腋芽が伸び出す。

普通葉

2022.7.5

2022.8.5
伸び始めから花がつくまでは5裂の大きな葉で、葉柄も長いが、腋に花をつけるようになるとほぼ3裂となる。鋸歯は波状で一定しない。幼葉では毛が密となって白っぽく見える。
勢いのある枝では同時枝を出し、主軸と同じように上に伸びて、多くの花をつける。
黄 葉        2022.8.5.
夏のうちから黄葉して脱落するものがある。
托 葉
普通葉の基部には一対の線状の托葉がつく。葉腋に花がついてもつかなくても同じ。茎が成長してもすぐには落ちない。
花柄には屈曲する明らかな「節」がある。
花のつく位置
左:蕾が混んでいるところは総状花序に見えなくもないが、花はほとんどが葉腋につく。『植物用語事典』によると、花を抱く葉であっても、普通葉と変わらない場合は苞とは呼ばない。
右:まれに花を抱く葉が線状となり、正真正銘の「苞葉」となることがある。この場合、その左右の托葉は苞の托葉である。
副 萼
「小苞」とする事典があるがそれは間違いで、5裂する萼片の托葉に由来する10個の「副萼」である。熟果となるまで宿存する。
もう一度『植物用語事典』を見てみると、小苞は「有柄の花では花柄につく」とあり、その数は通常2個。
副萼はフヨウ属に共通する特徴で、ハマボウやオオハマボウでは浅く10裂して、萼が二重になっているように見える。
参考:オオハマボウ H. tiliaceus

ピンク シロ
一日花で、午後になると閉じ始め、夕方には少しだけ色が濃くなって萎れる。白花もよいが、スイフヨウはパス。

両者をミックスして植えるのが理想的。
雌しべ と 雄しべ
5裂した柱頭に花粉がついている。多数の雄しべは花柱の周りで合着。子房が全く見えないので、下位子房かと思ってしまう。
子房上位
子房は花弁の位置よりも下にあるが、雄しべと花弁がつく「花托筒」と子房は離れており、子房の基部につく。開花後は、キャップを外すように花托筒ごと、スッポリと脱落する。
ヒトエスイフヨウ           2022.9.22.
白花フヨウ と ヒトエスイフヨウの相違点。白花の柱頭はフヨウと同じ淡黄色だが、ヒトエスイフヨウの柱頭は色が赤い。花柱の先が上向くのは共通している。

幼果 から 種子散布 まで
早くに咲いたものから順次成熟するので、いつでも様々な状態を観察できる。子房は5室で内部は長毛が顕著。種子にも毛が多い。

花後の伸長      2022.9.12.
フヨウの特徴は、夏の花が咲き終わった後、少しすると再度頂芽が成長して秋花が咲くこと。葉の陰に、夏に開花し、熟して裂開した果実がある。
薬用保存園の秋の開花   2022.9.22.


 
フヨウ・スイフヨウの 位 置
写真①: E 12 a 薬用保存園内
写真②: D 14 a スイフヨウ、本館前ヒマラヤスギの右
F 15 d スイフヨウ、正門を入ってすぐ右

名前の由来 フヨウ Hibiscus mutabilis
 フヨウ 芙蓉:
フヨウは九州・奄美・沖縄に自生すると言われているが、芙蓉という漢字と読みは明らかに漢名である。
白居居の『長恨歌』(806) は平安時代から有名で、源氏物語 桐壺にもその一節の「太液芙蓉未央柳」が登場している。ただし 芙蓉は蓮の花を指す言葉だった。
ビヨウヤナギの項に記載した説明を再掲する。
・・・ 対此如何不涙垂 芙蓉如面柳如眉 太液芙蓉未央柳 帰来池苑皆依旧 ・・・
訳:Wikipediaを参考に。
(安史の乱のために楊貴妃を失った玄宗皇帝が、失意のうちに)
   都に戻ると、池も庭も みな元のまま
   太液池のハスや 未央宮の柳など
   ハス(の花)は楊貴妃の顔のようだし、
          ヤナギ(の葉)は眉のようだ
   これを見て、どうして涙を流さずにいられようか
注) 太液池:宮殿内にあった池の名、未央宮:前漢時代の皇帝の居所


ハス の代わりに 本種がフヨウ へ:
本種が「フヨウ」と呼ばれるようになったのは、花のイメージが ハスに似ているため。
以下のふたつが考えられる。
中国名である「木芙蓉」の名が日本に伝わり、木 が略された 芙蓉 を音読みしたもの。
文学の分野で「芙蓉=ハス」が伝えられた時には、日本に自生するハスには「ハチス 蜂巣」という古名があり、それをやめて、ハスをフヨウと呼ぶ必要性はなかった。このため、木芙蓉 を 芙蓉 としても混乱は生じなかった。
「芙蓉=ハス」が伝えられたのちに、日本で「芙蓉→本種フヨウ」に転用された。
いずれにせよ、本種が「フヨウ」と呼ばれるようになる前には、何らかの呼び名があったはずだ。沖縄では 様々なフヨウの地方名が知られているが、奄美や九州での かつての名前は不明である。
 中国名 木芙蓉 mu fu rong :
本種とハスを区別するために、「木本の芙蓉」としたもの。現在のハスの中国名は 蓮 lian だが、別名として 芙蓉 も残っているために区別している。あるいは、昔からの名称が残っている。
 種小名 mutabilis:変形しやすい、変色しやすい
変形しやすい:一日花なので、蕾から萎れるまでの変化が大きいため。しかし、それはほかの花でも同じこと。
変色しやすい:これはスイフヨウに当てはまるもの。
フヨウでは、萎れた状態になってわずかに濃くなる程度で、変化する というほどのものではない。
リンネはどちらの意味でこの形容詞を選んだのか?
以下の「命名物語」で考えてみたい。


 
mutabilis の命名物語

いつものように、学名の根拠であるリンネの『植物の種』(1753) とその参考文献を見ていこう。

『植物の種』第2巻 694ページ

赤線は筆者が記入
本種の記述は4項からなっている。それまでの名称は「多名法」
で、特徴を列記した名称である。
  ①:葉は5角形の不明瞭な鋸歯があり、木本のヒビスクス
     文献:Ⓔ、Ⓒ、Ⓓ
  ②:木本の Althaea、Rosa sinensis (中国のバラ)、Ⓑ
  ③:Rosa sinensis:文献2冊、ただし具体的な書名は不明
  ④:Hina-pariti (マラバル地方の名)、Ⓐ
Ⓐ ~ Ⓔ は、以下の命名の経緯での記号。
示された7文献のうち 判明した5つを刊行順に並べると、
  Ⓐ 1686 レーデ 『Hortus Indicus Malabaricus』④
  Ⓑ 1715 モリソン『Historia Plantarum Universalis
                 Oxoniensis 第2巻』②
  Ⓒ 1737 リンネ 『クリフォード氏植物園誌』①
  Ⓓ 1740 ロイエン 『ライデン植物誌』①:
      『クリフォード氏植物園誌』によるもの
  Ⓔ 1748 リンネ 『ウプサラ植物園誌』①  となる。
注) ③項で、フヨウに対して Rosa sinensis の名が使われている。当時 Rosa sinensis は他種でも使われており、さらにリンネが 原産地不明のブッソウゲに H. rosa-sinensis の学名を付けたために、今日まで 混乱の元となっている。



内は 推定事項
  図版は、Biodiversity Heritage Library より


 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  正名・異名の対象外
著者 書 名
1686  Hendrik
  van Rheede
インド マラバルの庭園(植物誌)
『Hortus Indicus Malabaricus』第6巻 図38 ~ 41
アデナンセラ や タマリンドでもそれぞれ1枚の図を掲載したが、ファン・レーデは本種に特に興味があったようで、なんと図が5枚、本文は4ページに亘っている。そのうちの3枚を掲載する。

図38:7裂する葉と 鉢に植えられ、庭園用に形作られた幼木 (八重)

図39:丸い八重の花、蕾から幼果まで いくつもの部分図が詳細に描かれている

一重 と 八重。現在われわれがフヨウと呼んでいるのは、左のものだったのだろうか?
名称はマラバル地方の名「Hina pareti」であり、本文中や図の脚注にも mutabilis の単語は無かった。
ただ、本文の「花」の部分を拾い読みすると、Sinensis rosa の色の変化には、初めからピンクのもの、白が穏やかに色づくもの、午前中は幾分白いが紫色になって萎れるものの3つがある とあった。
リンネは当然、これを読んでいる。
1715  Robert Morison 『Historia Plantarum Universalis Oxoniensis 』第2版
 セクション5 図18 の2、本文は p.530
名称は Althaea arborescens Rosa Sinensis 。

1ページに12種の図を並べた中のひとつ。

Ⓐに較べると稚拙だが、八重と一重が描かれている。

本文は Ⓐを参照した気配がある。
1737  リンネ クリフォード氏植物園誌『Hortus Cliffortianus』

同書 349ページ Hibiscus
1行目の自身の呼び名のほかに7項目があり、その中には 一重(flore simplici) と2種の八重(pleno) の記述がある。
8冊の参考文献が挙がっている。
注目は2項目。 Jacob Breyne (1637-1697)の『Prodromus fasciculi rariorum plantarum』(1739) に記載されているという「日本の木本のAlcea、Alcea arborescens japonica」である。「ブドウのような葉はざらつきがあり、花は mutabili、あるいは、色は mutante」とある。
原本を確かめたが、該当する部分の記述はほぼ同じだった。
「花」と「色」の間に s.=sive(あるいは) があるのが気になるが、別々に記述しているのだから「花は変形が多く、色が変化する」だと考えられる。
Ⓓ、Ⓔ は略。


The Linnaean Plant Name Typification Project
正式に植物の命名を行うときは、基準となる標本「タイプ標本」を指定する。昔はこの考え方が無かったため、後から「タイプ」(標本または図)を選定する作業が行われている。
『植物の種』など、リンネの著作に対する上記のプロジェクトは、ロンドンの自然史博物館が中心となって行われており、ホームページでリストが公開されている。
https://www.nhm.ac.uk/our-science/data/linnaean-typification/
そこで H. mutabilis の項を見てみると、タイプは
   Lectotype : Herb. Linn. No. 875.20 (LINN)
とある。リンネアンコレクションで検索した結果、
この標本を見ることができた。花の状態から 一重のようだ。
次に、指定者 あるいは 認定者は
   Designated by :
     Fawcett & Rendle in Fl. Jamaica 5 : 140 (1926)
となっているので『Flora of Jamaica』第5巻を見ると、

花弁数についての記載はなく、赤線部に「花冠は朝の開花時は白かピンクで、夜には濃い赤となる」となっている。


以上から、リンネが mutabilis と名付けたのは、色が変化する ヒトエスイフヨウ だったと思われる。
APG分類となってからは すべて H. mutabilis なので学名上は問題ないが、筆者の結論では フヨウ は、
 Hibiscus mutabilis cv. Rosea
となった。




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