ハマベブドウ 浜辺葡萄
Coccoloba uvifera Linn.(1759)
← Polygonum uvifera Linn.(1753)
科 名: タデ科 Polygonaceae
属 名: ハマベブドウ属 Coccoloba
      P. Browne (1756)
 原著:Coccolobis P. Browne (1756)
英 名: seaside grape, sea grape,
platterleaf
中国名: 海葡萄
原産地: アメリカ南部からメキシコ、中央アメリカ、西インド諸島、コロンビア
用 途: 果実は甘味、酸味があってそのまま食べたり、ゼリーなどに加工されるという。
撮影地: 小石川温室、セネガル、ドミニカ共和国
特記以外は 筆者の撮影


中肋が赤みがかった丸い葉が特徴。本種が草本である アイ・イタドリ・ソバ・ミズヒキなどと同じ科というのがわからないが、300百年も前から、タデ科に分類されているのだから、専門家にとっては不思議でも何でもないのだろう。

小石川温室 第4室


樹 形 ドミニカ      2006.5.26.
ドミニカ共和国は自生地のひとつだが、これは海岸の遊歩道に植えられたもの。高さ4m弱で、新葉が伸び出している。もともと砂浜や砂礫地に生える強健な植物。
幹  セネガル ダカール大学植物園.
樹皮は ひび割れることはない。
冬 芽        2021.12.21.
自生地でも雨季乾季で成長と休眠があるが、冬芽とは言わないだろう。芽は薄手の托葉に完全に包まれている。新梢はそれを突き破って伸び、托葉鞘となってすぐには落ちない。宿存期間は未確認。
新葉 ドミニカ  2006.5.26. 葉 裏
新葉は銅色。順次開葉だが、右側では立て続けに2枚が開いている。葉の形はほぼ円形、先が少し尖ることもある。基部は小さな心臓形で、葉柄は短い。表裏とも中肋が濃いピンク色になることが多い。このため、観葉植物として鉢植えにされる。
花序 と 小花
Wikipedia
より
複総状花序が通常は茎頂について直立するが、葉腋にもつくようだ。右の写真は開花終了期。単花被花で萼は5裂。なお、『植物の世界/朝日百科』では、本種を雌雄異株としている。
幼 果 ドミニカ     2006.5.26.
萼や雄しべがついていた「花托」が肥大して子房を包み込む「偽果」。初期の果実は倒卵形で「ブドウ」とは言い難い。果実の重みで果序は下垂する。
球形に成長 ハワイ     2013.7.6.
成長するにつれて球形となり、熟すと液果状になる。
痩 果
USDA
GRIN-Global
   提供
一見 種子のように見える果実。痩果は本来1心皮からなり、1種子を含むもの。



名前の由来 ハマベブドウ Coccoloba uvifera
 ハマベブドウ: 浜辺葡萄
海岸地帯に生え、葡萄のような房が垂れ下がって生るためで、生食できるし加工もされるので、よい名前と言える。
ところで「ハマ」の付く植物は、ハマエンドウ、ハマギク、ハマナス、ハマビワなど、索引を数えてみると40種近くあるが、「ハマベ」は本種だけである。なぜ「浜ブドウ」ではなくて「浜辺ブドウ」となったのだろうか?
「ハマ~」は、海岸地帯に生える ということで、必ずしも海の間近を意味するものではない。
ドミニカの浜辺ブドウ
自生ではないかもしれないが、波打ち際で育つこの木を見ると、浜辺の名に納得する。
 英語名: sea grape、 中国名: 海葡萄
和名で「海~」の付く植物にはウミウチワ・ウミショウブ・ウミヒルモ・ウミミドリなどがあり、高い濃度の塩分に耐える植物(塩生植物)に付けられている場合が多い。
ハマベブドウは海中で育つわけではないので、中国名の意味するところも「海辺葡萄」であり、英名の「seaside grape」がまさにこれにあたり、300年以上前からその名が付けられている。
 Coccoloba 属:
牧野の『植物学名辞典』にはギリシア語の「kokkos 漿果(液果)」と「lobos 莢」の合成語となっているが、莢では意味が通じない。
ラテン語の「lobocarpus」が「裂片のある果実の」であることを参考にして本種の果実をよく見た結果、萼の痕が残る液果を表した「裂片のある液果」の意味ではないかと解釈した。
Wikipedia より
 種小名 uvifera: ブドウ状の部分を有する
ラテン語の「uva」がブドウの房であり、「uvifer」はブドウの実を持っている、ブドウを生ずるの意味。
学名では、属名・種小名を合わせて「ブドウ状の液果がなる木」という意味になる。
 タデ科 Polygonaceae: たくさんの膝
ギリシア語の poly , polys (多くの) と gony (膝 ひざ)からなり、タデ属の多くの植物にふくれた関節があることに由来している。
ミズヒキ

タデ科 イヌタデ属 Persicaria filiformis


 
ハマベブドウ Coccoloba uvifera の命名物語

以前は ハマベブドウ属の学名は Coccoloba Linne だったが、最近、命名者が P. Browne となった。しかも、元の綴りは Coccolobis だったことがわかった。ハマベブドウの学名、属名の命名経緯を探った。まずは学名(属名+種小名)から。
属名については最後に掲載する。

目 次:この項では 次の学名について詳しく調べた結果を掲載している
植物名 命名者 科名・属名・備考 など
 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  異名の対象外
1576  Populus Novi Orbis  ロベル  多名法による
1696  Uvifera littorea  プルークネット.  ウウィフェラ属
1696  Prunus maritima racemosa.  スローン  プルヌス属
1731  Prunus maritima racemosa  ケイツビー  同上
1735  Polygonum 属  リンネ  タデ科・タデ属
 (1753)『植物の種』以降の出版、記載
1753  Polygonum 属  リンネ  タデ科・タデ属
1753  Polygonum uvifera  本種の元の学名
1754  Guaiabara  ミラー  nom. rej. 異名
1756  Coccolobis 属  ブラウン  ハマベブドウ属の異名
1759  Coccoloba uvifera  リンネ  現在の正名
1766  Coccolobis uvifera  クランツ  本種の異名
は正名、 は異名、肖像写真は Wikipediaより



植物名 命名者 科名・属名・備考 など
 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  異名の対象外
学名の出発点に定められたリンネの『植物の種』には、それ以前に掲載していた自書とともに、参考文献が挙げられている。これによってリンネ以前の命名の様子を覗うことができる。
1576  Populus Novi Orbis  ロベル  多名法による
Mathias de Lobel はフランドル地方の医師・植物愛好家で、イギリスに渡って国王 ジェームス一世の侍医となった。
ロベルによる植物誌『Plantarum seu stirpium historia』は葉の形で分類され、過去の著作物から2千以上の図版が掲載されている。図には、あたかも Populus(ハコヤナギ)属のようなタイトルがついているが、ハコヤナギ属は数ページ前に別に記載されている。
ロベル

(1538-1616)
上図は本種を記述した部分の一部だが、欄外に記載した多名法による植物名(赤のアンダーライン)は「Praegrandis folio rotundo novi orbis populus」で、始めの3語は「極めて大きい丸い葉、」。次の3語がうまく訳せないが、
 葉の形を「円形のポプラのように見える」と表現したものと思われる。
 
1696  Uvifera littorea  プルークネット  ウウィフェラ属
Leonard Plukenet はイギリスの植物学者。珍しい植物を集め、王室植物官になった後は、ジョン・レイの『植物史』第2巻などの出版を協力。彼が集めた標本は、自然史博物館のコレクションとなっている。
Unifers littorea は『Almagestum Botanicum』 p.394 に4種のUnifers属を記載したうちのひとつ。属名は現在の種小名、「ブドウ状の部分がある」の意味、littorea は「海浜性の」であり、まさに「ハマベブドウ」でる。さらに「Sea-side Grape」の別名も載っている(右側の赤線)。
また同書には無数の参考文献が列挙されており、古くからよく知られた植物であることがわかる。
プルークネット

(1642-1706)

1696  Prunus maritima racemosa.  スローン  プルヌス属
Sir Hans Sloane (1660-1753) は アイルランド出身の医師・博物学者・収集家で、その7万1千点ものコレクションはイギリス政府に遺贈された。それらを基に大英博物館が開かれ、後に自然史博物館の基礎となったと言われている。
❷は『Catalogus Plantarum quae in Insula Jamaica』p. 183 に記載したもの。その意味は「総状花をもつ海のプルヌス属」。小さなスモモのような実が総状につく様を表したものだろうか?ここにも無数の参考文献が列挙されており、のちにミラーが記載する Guaiabara の名称が多数みられる。
スローン



スローンの命名時にはまだ「二名法」が確立しておらず、複数の形容詞を列記して植物名としていたのだが、本種の特徴である「海辺」が ❶ ❷ともに、300年以上前の時代から付けられていたことがわかる。
1731  Prunus maritima racemosa  ケイツビー  同上
Mark Catesby (1682-1749) はイギリスの博物学者。自然史を学んだあと 二度アメリカに渡り、動物・植物・鳥類・爬虫類などの標本を本国に送った。その後カロライナ植民地の採集計画に参画し、標本はハンス・スローンに送られた。
帰国後にカラー図版入りの『Natural History of Carolina, Florida and the Bahama Islands』2巻を出版した。スローンとの関係からか、本種の名称は❷と同じである。
同書による t.96 ハマベブドウの図
1735  Polygonum 属  リンネ  タデ科・タデ属
Carl von Linné (1707-1778)は『自然の体系 第1版』(1735) および『植物の属』(1737) にタデ属を記載した。『植物の属』では、トゥルヌフォール (1656- 1708) をはじめ、多くの先駆者の名称を参考にしながら、独自のものも合わせて1,105属を記載した。ただし、この本は命名基準前の刊行。
 
学 名 命名者 科名・属名・備考 など
1753  『植物の種』以降の出版、記載
様々な形で記載されてきた植物の名前を一本化するためには、どこかに線を引いて基準を定めなければならない。名前を「属名と種小名」で表す二名法は、一部ではそれ以前から使われていたが、『植物の種』では全ての種について定めたことが、後に学名の出発点として選ばれた最大の理由である。
1753  Polygonum 属  リンネ  タデ科・タデ属
 Polygonum uvifera  本種の元の学名
『植物の種 Species Plantarum』第1版 p.365 に記載したもの。
属名が有効となっているのは学名の出発点である『植物の種』に記載があったため。❶~❸ は筆者が加筆したもので、前掲の参考文献を示している。
リンネはタデ属として26種を記載しており、その最後に「木本 (Caule arboreo 茎は樹木)」として本種を載せている。本種はのちにハマベブドウ属に変更される。
種小名は ❶で プルークネットが属名としていた、そしてすでに自身が『クリフォード氏植物園誌』(1737) で使っていた uviferum を採用し、200年前の ロベルのスタイルで、欄外(右の赤線部 筆者加筆)に記されている。
1754  Guaiabara  ミラー  nom. rej. 異名
Philip Miller (1691-1777) はスコットランドの植物学者・園芸愛好家で、ロンドン チェルシー薬草園の園長を務めた。植物をアルファベット順に並べた『園芸事典 The Gardeners Dictionary』を刊行し、改定を重ねた。その第4版に本種を別の属名 Guaiabara で記載した。
ミラーは当時隆盛だったリンネに対抗心があったか、あるいは保守的な考えだったようで、『園芸事典』では、トゥルヌフォールやジョン・レイなどの先人が決めた属名を使っていた。このため『植物の種』の翌年に刊行された『園芸事典 第4版』に記載された学名のうち、『植物の種』で使われていなかった属名だけに「先取権」が生じ、たとえば Acacia属、カラマツ Larix属、バニラ属 などにミラーの名が付いている。
本書では明確な二名法は使われていないが、後半の解説では、ロベルの植物名も見受けられる(右側の赤線)。Guaiabara は新たに「ハマベブドウ属」として記載されたものなので、正名とされるべきと思われるが、現在は採用されていない。
これは、国際植物学会議の 2017年 深圳会議で、再度?「heterotypic synonym 異タイプ異名」ととして却下されているためである。
なお Guaiabara属は もともとプルミエ(1646-1704) が提唱していたものだが、その意味は不明。
1756  Coccolobis 属  ブラウン  ハマベブドウ属の異名
Patrick Browne (1720-1790)は、アイルランドの医師で植物学者。1746年にジャマイカに移り住み、『The civil and natural history of Jamaica』p.209 に、Coccolobis属の第1種目として本種を記載した。
丸付き番号は筆者の加筆。 参考文献は限られた数だけだが、リンネの『植物の種』やそれに載っていた ❶~❸、その他がある。しかし二名法による明確な種小名を記載しておらず、ブラウンとしての種小名は無いように見える。
この本には 104もの新しい属名が挙げられているそうだが、現在も有効な名がどれだけ残っているかは不明。ブラウンはリンネと連絡を取っていたようだ。
すでに ② Guaiabara属の発表後だが、結果的に保留名のきっかけとなった。
1759  Coccoloba uvifera  リンネ  現在の正名
ロンドンで1756年に出版された前記ブラウンの著書『The civil and ~ of Jamaica』は、リンネのもとに送られた可能性がある。
穿った見かたかもしれないが、これを見て ハマベブドウがタデ属でないことに気が付いたリンネは、ブラウンの属名をそのまま使わずに、あえて少し綴りを変えた Coccoloba属としたのではないだろうか。
『自然の体系 第10版』第2巻の p.1007。
リンネは『植物の種』でタデ属としていた属名を COCCOLOBA に直して、A. ~ E. の5種を記載している (A.が本種)。ここで注目すべきは、COCCOLOBA には頭に「通し番号」が振られていないことである。次の PAULLINIA属(ムクロジ科ガラナ属)には 446.の属番号があり、ひとつ前の POLYGONUM が 445.となっている。つまりリンネは、ハマベブドウ属を正規の属とは見なしていなかったことになるが、のちに学名は広く使われ、現在も認められており、ハマベブドウは
  Coccoloba uvifera ( L. ) L.
と表記される。
1766  Coccolobis uvifera  クランツ  本種の異名
Heinrich Johann Nepomuk von Crantz (1722-1799) は、ルクセンブルク生まれの植物学者・医師。ブラウンが記載した Coccolobis属に、正式に種小名が載っていないので、『Institutiones Rei Herbariae juxta nutum Naturae Digestae ex Habitu』第1巻 p.132 にこれを記載した。


ハマベブドウ属 Coccoloba の命名物語

 『植物の種』以降の出版、記載
1753  Polygonum 属  リンネ  タデ科・タデ属
 Polygonum uvifera  ハマベブドウの元の学名
リンネは『植物の種』で、ハマベブドウをタデ属として記載した。
1754  Guaiabara  ミラー  nom. rej. 異名
ハマベブドウ属としての最初の記載。『 The Gardeners Dictionary』。
二名法による種の記載はなかったが、ハマベブドウ属としては有効な学名と考えられる。Coccoloba を保留名とするにあたって棄却名とされた(nom. rej.)。
1756  Coccolobis 属  ブラウン  正名の元になった学名
   ↓
 Coccoloba 属
ハマベブドウ属としてのふたつ目の記載。
『The civil and natural history of Jamaica』p.209 。
以前は棄却されていて、〈Coccoloba Linne〉が保留名だったが、2017年の深圳国際植物学会議で審議された結果、〈Coccoloba P. Browne〉が正名となった。ただし Coccoloba は、元の綴り Coccolobis に対して conserved spelling (orth. cons.) となっている。
1759  Coccoloba 属  リンネ  現在の正名
ⓑを受けて、リンネは綴りを変えて『自然の体系 第10版』第2巻の p.1007 に記載した。これが一般に普及して長らく使われてきたため、恐らく戦後すぐに、保留名とされて Coccoloba L. となっていたが、現在は Coccoloba P. Browne。


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