ヒマラヤスギ ヒマラヤ杉
Cedrus deodara G. Don (1830)
← Pinus deodara Roxb. ex D. Don (1824)
科 名 : マツ科 Pinaceae
属 名 : ヒマラヤスギ属 Cedrus nom.cons.
         Trew (1757)
中国名 : 雪松 xue song
英語名 : deodar cedar, Himalayan cedar
原産地 : インド北部 (ヒマラヤ、カシミール)、アフガニスタン、パキスタン、チベット
用 途 : 明治時代初期に導入。庭園樹、公園樹、ときに神社や寺の境内に植えられる

マツ科なのに スギ の名。アジア原産だが 洋風のイメージが強い常緑樹。

①:樹 形          2013.7.19.
小石川植物園では2カ所にヒマラヤスギが植えられている。
本館前は10mほどの間隔を空けて3本と別に1本 計4本あるのに対して、養生所の井戸の横は1本。すぐ横のモミジバスズカケノキと共に大木となっていて、自然樹形に近いように見える。しかし冬に確認すると、スズカケノキ側の伸びが極端に小さく、その反対側に大きく張り出していることがはっきりする。
①:冬の様子        2011.2.3.

本来の樹形   2009.7.28.
東北大学(仙台)の構内。けっこうな大木で、20m近くあっただろうか。低い位置にも枝が残り、円錐形の樹形がよくわかる。
大枝は上部では斜上するが、伸長するに伴って次第に重くなるために、中央部は水平、下部では少し下向きになっている。枝の先端や長い小枝は枝垂れる。
枝垂れた枝   2011.2.3.
長く枝垂れるのは下部の小枝で、特に北側や地面に近い所に多い。

②:本館前の4本スギ        2011.11.3.

②:冬の様子        2011.2.3.
葉が落ちたツツジ(右下)が無いと 冬だということがわからない。
本館前の4本は いずれも あるところで主軸がなくなっている。大木になるのを防ぐために芯を止められたのか、大風で折れたものかも知れない。無くなった主軸を補うために、水平だった下部の枝が途中から曲がって、何本も真上に伸び出している。

不自然な枝振り
この木は約4mの所で主幹が無くなっている。意図的に芯を止めるには低すぎるので、やはり折れたのだろう。
台杉ならぬ 台ヒマラヤ杉である。
参考:台スギ
もともとは、一本の木から効率よく何本もの材を 何回も収穫するための育て方だったが、現在は もっぱら観賞用。

前掲の木の 枝の様子
一番下の枝は 高さ1mもない位置で、水平部分は共に縦長になっている。これは建築物の梁と同じ形状で、力学的な理屈に合っている。
そして、針葉樹では主に枝の下側が発達する。

枝の断面
本館側に伸びてしまい、通行の邪魔になったために切られた大枝があり、切断面を見ることができる。
左写真:古くに切断されたもので、その年輪の中心はずっと上にあり、下側が発達した状態がよくわかる。
右写真:2011年に切られた枝は、長手方向の直径で わずか 17 センチなのだが、年輪は約70年。枝は幹よりも太るのに時間が掛かるのかもしれない。中心は上から3分の1位の所にある。
 
長枝 と 短枝
針葉は、長枝には螺旋状につき、短枝には15~20枚が束生する。葉は細くてさほど固くないが、葉先が鋭く尖っているために掴むと痛い。
長 枝       2001.11.3      短 枝
小枝はごく細くて枝垂れることが多い。
葉の寿命は2~3年、時にそれ以上 と一定していないが、数年すると短枝が明瞭になる。
1年目には単葉だけがつくものと思い込んでいたが、よく見ると、左写真の中央部には束生した葉が混じっている。

芽吹き           2023.4.13.
が年枝境で 9センチほどの前年枝。右端は頂芽。たくさんの単葉がついているが、伸び出した7か所の側枝の基部には、すべてに束生した葉がついている。

短枝の伸び
これは前年のうちに短枝の伸びがあったことを示しており、今年の伸びは2度目ということになる。2年目の伸びは、1年目に伸びた短枝の茎頂に限られ、それ以外の葉腋から伸びることはない。束生する1年目の葉の数はまちまちで、5~8枚。
はこれらの短枝の蓋葉(母葉)を示している。1年目の伸びが「同時枝」かどうかは未確認。
 蓋葉:芽の下側にあって腋芽をいただく葉。

短枝の冬芽        2014.1.21.
3年目?の短枝の冬芽。先端は丸い。茎の伸びはごく短い。

新 緑                2013.4.23.
新緑は黄緑できれいなのだが、落葉樹あるいは広葉の常緑樹ほどには目立たない。注目していなかったせいかもしれない・・・。

6年目の短枝  2013.4.28.
葉の落ち跡から 6年目と推定。

落ち葉         2011.5.24.
ヒマラヤスギの葉には 発芽阻害物質があるそうで、木の周囲は雑草が生えにくい。

長枝化した短枝      2014.1.21.
初めは短枝ばかりで、長枝として枝分かれする数は少ない。数年後に何本かの短枝が長枝化していく。

開花から種子撒布まで

①:雄花の様子         2013.10.30.
花は大枝の先の方には付かず、元の方の短枝の先にひとつずつ付く。下枝に付くことはまれで、アップの写真が撮りにくい。雄花ばかり目立つが、雌花もたくさんあるはずだ。
球花には、軸の周りに無数の雄花が螺旋状に付く。一番下の花序の下半分は茶色く変化していて、成熟状態。

①:軸ごと落下する雄花序          2010.11.21.
針葉樹は一般的に「風媒花」。飛ばなかった黄色い花粉がプラタナスの葉の上にたまっている。

②:本館前の一本 雌花を発見         2012.12.9.
雄花と同じように 短枝の先端に付いている。緑の部分の高さ 約15ミリ。開花中かすでに受粉後なのかは不明。球果は 一年かかって成熟する。

2ヶ月後         2013.2.5.
種鱗が黄緑になってきたが、サイズは変わらず。

4ヶ月後         2013.4.3.
少しだけ膨らんできた。サクラの花弁が添えられている。

片方は枯れ死       2013.4.13.

6ヶ月後         2013.6.7.
2ヶ月間で 信じられないほど大きくなった! 高さ 8センチ。
5月までは、新梢を伸ばすのに栄養を使っていたのだろう。

観察終了        2013.6.18.
誰かに 引きちぎられてしまった。


2009.6.30           ぐんぐん大きくなる球果           2009.7.28
まだ 緑が残っている。

②:淡い茶色に       2012.9.25.
左のコンクリートは 本館の一角。

11ヶ月後       2012.10.31.
一部の松笠 (種鱗) が開いてきている。

大量の落下物       2010.2.13.
枝の広がりは ずっと広範囲なので、掃き集められたものだろう。
ヒマラヤスギの球果は、マツ属とは違って すべて落下するため、松ボックリができない。

軸だけが残る       2008.2.10.
京都植物園、フラッシュ使用

落下した種子など        2012.12.9.
中央の塊は 球果の先端部分。バラバラにならないことが多く、バラの花のように見える。種子鱗片(種鱗)の腹面(軸側)ⓐに翼の付いた種子が2個ずつ付く、ⓑは種子鱗片(種鱗)の背面。
種鱗の幅・長さは 35~50ミリ。種子に翼が有るが、強風が吹かない限り遠くへは飛ばない。
 
ヒマラヤスギ の 位 置
写真①: D9 bd 30番通り 標識33 井戸の後ろ
写真②: D13 c 本館前 計4本

名前の由来 ヒマラヤスギ Cedrus deodara

ヒマラヤスギ : 
意味はヒマラヤ地方原産の杉だが、マツ科に分類される。松笠ができないのが、マツの名を付けなかった原因の一つだろう。

筆者としては、マツ科にもかかわらず「スギ」と呼ばれているヒマラヤスギを、かねてから 「ヒマラヤマツ」と呼びたいと思っていたのだが、ヒマラヤマツの和名はマツ属の、
  Pinus roxburghii Sarg. (1897)
に付けられているために、今更変えようがない。
ヒマラヤマツは 国内では見かけたことがないが、かつて パキスタンで見たことがある。

種小名 deodara : 現地で「神木」とされていた
牧野富太郎ほかによる『植物學名辞典』には、「神木」とだけ書かれている。

もともとはサンスクリット語で「聖なる木」という意味で、原産地では高さ40~50m、時に60m、直径3mにもなるという巨大な樹木を神格化したものである。

最初の命名者は イギリス人の植物学者 ロクスバラ (1751- 1815)であるが、発表したのは同じスコットランドの植物学者 デイビット・ドン(1799-1841)で、マツ属に分類した。
William Roxburgh
Wikipedia より
ロクスバラはエジンバラで植物学も学んでいたが、初めは船医助手の資格で東インド会社の航海に参加していた。30歳で船医となるが マドラスで植物学に目覚め、後半生はインドの植物園管理者・植物の研究者として植物図を本国に送るなど、多くの業績を残した。

命名の経緯はこの後で述べたい。

Cedrus 属 :
リンネ(1707-1778)よりも半世紀前のフランスの植物学者,トゥルヌフォール(1656-1708)が立てていた属のひとつ。
樹脂を出す樹木に付けられたギリシア古名 kedros に由来する という説と、ヘブライ語あるいはアラビア語の「力」に由来するという説がある。    『園芸植物大事典/小学館』

リンネは Cedrus属を Juniperus属にまとめてしまったため、一種も命名していない。

和名はヒマラヤスギ属で数種しかないが、レバノンスギ、アトラススギ など、「スギ」の名が付いている。和名でも スギの代わりに 「cedar シーダー」と呼ぶこともある。マツ や ヒノキと区別するために 「スギ」と呼んでいると考えれば、納得ができる。

マツ科 : Pinaceae
 ① マツが長寿・常緑・切っても葉が長持ちする所から
  「タモツ」の略転。
 ② 同上、「モツ」の意味
 ③ 行く末を「待つ」の意味
 ④ 神を「待つ」の意味
など、いくつもの説がある。

Pinus 属 : 瀝青に由来する
ラテン語の古い名前による。その語源はラテン語の pix , picis で意味は「瀝青」(レキセイ) である。
瀝青とは、天然アスファルトやコールタール、原油の残りカスである ピッチなどである。人造物も同じように呼ぶ。

成分は違うと思うが「マツヤニ(テレビンチナ)」からの連想だろうか。

ヒマラヤスギ の 命名物語

命名物語と銘打つほどの経緯ではないが、Cedrus が保留名となっている経緯と、Cedrus が属名と種小名に入り乱れていた事を。

命名年 学名 命名者 備考
1735  Pinus リンネ  『植物の種』(1753)で種を記載しており 有効
1737  Cedrus ミラー  『植物の種』(1753)よりも前
 CONIFERAE(仮称 針葉樹科) として定義
1753  Pinus cedrus リンネ  レバノンスギに命名、その後 レバノンスギは
 Cedrus属となり、属名と同じになって無効に
1755  Cedrus Duham.  Cedrusの 最初の有効定義
 ヒノキ科の属として定義。種が記載されなかった
 ようで、広まらなかった
1757  Cedrus Trew  マツ科として後から定義。保留名だが 正名
1759  Cedrus ミラー  センダン科の属として定義
 Crdrus mahogani マホガニーを記載
1814  Pinus deodara Roxb.  理由は分からないが 有効とならなかった
1824  Pinus deodara Roxb. ex D.Don  最初の命名、マツ属 とした
1830  Cedrus deodara G. Don  ヒマラヤスギ の正名、Don兄が ④の属を変更
1838  Cedrus deodara Loudon  レバノンスギに命名、すでに同名があるため無効
1893  Cedrus cedrus Huth  ①を訂正したもの。現在は重複名は 無効
 当時は命名規約が確立していなかったのだろう
なお レバノンスギの学名は、Cedrus libani A. Rich (1823)


トピックス

円錐形の樹形         2010.12.26.
立教大学正門の二本のヒマラヤスギ。丁度クリスマスが終わった時で、カラフルな装飾電球が残っていた。洋風な建物にぴったり。
毎年の剪定と 電球の取り付け取り外し作業は、クレーン車が出るに違いない。

自然樹形?       2014.1.12.
上野寛永寺。事典に「時に寺院に植えられる」とあるのを読んだ時には「ほんとうだろうか?」と思っていたが、本堂正面に二本「植えた」のは間違いない。やはり 違和感がある。



植物の分類 : APG II 分類による ヒマラヤスギ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
マツ科  マツ属、モミ属、ヒマラヤスギ属、カラマツ属、カラマツ属 など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱: ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群: ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群: アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱: ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群: モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ