タイワンイスノキ 台湾イスノキ
Sycopsis sinensis Oriv. (1890)
科 名: マンサク科 Hamamelidaceae
属 名: タイワンイスノキ属
   Sycopsis Oriver (1860)
中国名: 水絲梨 shuǐ sī lí
原産地: 中国南部・中部 (安徽・福建・広東・貴州・湖北・湖南・江西・四川・雲南 など)、台湾
備 考: 雌雄同株、写真は雄花。日本の事典には載っていないのではないか。以前の名札には和名が無かった。

日本庭園の西側あたり、塀際に植えられている 印。
 
タイワンイスノキ の位 置
タイワンイスノキ: F4d 70番通りのずっと左、塀際
参考:イスノキ: F4c 日本庭園の「小池」のほとり

常緑で高さもあるのだが、園路 70番通りからは離れているために、認知度が低めである。むしろ 道路からよく見える。
西側の道から   2025.3.27. 塀工事の前  2012.2.21.
ちょっとわかりにくいが、昔(右の写真)よりも樹高が高くなっている。工事の時に枝が大幅に切られたが、その後にまた伸びたもの。11m強。樹冠周辺では枝がよく伸びている。この辺は以前から道幅が広めだったため、塀の後退量は少なかった。
右写真の、周囲が錆びた白い鉄扉は大昔の「通用門」の名残。この奥に植物学教室の集会室があったためだろう。工事でも作り直されて残っているが、ほとんど使われない。
タイワンイスノキと門扉の位置関係 遺構の保存
扉は新しくなったが、昔の石段はそのまま残されている。

幹 の 様子 反対側から  2025.3.27.
左写真:北方向を見ている。陽当たりは良い。株立ちが本種の性質なのかどうかは不明。幹の太さは 地際で 約50センチある。
右写真:反対側から南方向を見る。塀に近い。低い位置の枝が分かれながら上に伸び、多くがそれなりに太くなっている。
参考:イスノキ(別属)は、もっと枝葉が密生した樹形となる。
日本庭園のイスノキ
柵の中が「小池」で、タイワンイスノキはこの後ろ側にある。


雄 花
完全に時間差で咲く雄花・雌花はともに前年枝の葉腋につくのだが、観察不足で、
 ・別の枝につく あるいは
 ・同じ枝の上下につく
のどちらなのかが不確かだが、別の枝につくような気がする。
雄花の花芽       2013.1.9.
年を越した「前年枝」の葉腋から出ている丸いものは蕾のように見える。しかし、中には複数の「花」があるため、「花序の花芽」となる。総苞は2枚だが、落ちてしまっているものも多い。
花芽の詳細       2013.1.9.
この枝では、総梗の基部の「総苞」や「蓋葉」は すでに落ちてしまっている。
開き初め 満開の雄花群      2013.3.8.
雄花が先に咲く。芽がほころんだ後、花糸がぐんぐん伸びる。
芽鱗を兼ねていた焦げ茶色の「小苞」が幾重にもなっている。そのひとつひとつが「花」で、団散花序となっている。花糸の先の長いオレンジ色の葯ばかりが目立ち、葯の数は6~9個。
花被片は無いように見えるが、本種の記載図には雄しべの基部に萼片(次の図の)が書かれている。

1.が 蕾の状態の ひとつの雄花。その基部に小さな萼片(拡大図 2. )があるようだ。筆者は未確認。
雄しべばかりの花は、カツラ や フサザクラを思い起こさせる。
参考:カツラ 雄花  2012.4.6. 参考:フサザクラ 2016.3.18.
雌雄異株。マンサクと同じユキノシタ目。 両性花。ひとつの芽に複数の花、は共通。

雌 花
総状(団散)花序      2025.4.11.
前年の葉腋につく。雄花の開花とは 約1ヶ月の差がある。頂芽が伸び出している。この1週間後で、別の枝でまだ咲いていた。
結実しにくいのは、時間差がありすぎるためではないか。
花序の拡大
雄花の項で見た学名記載書の図では、4個の萼裂片がはっきりとしているが、小石川のものは裂片が不規則で、長い芒(のぎ、髭状の突起)が顕著だった。『Flora of China』の解説では「両性花」となっているが、上図では雄しべは見あたらない。
開花終了     2025.4.11.
同じ日の別の枝。開花中に花梗が伸びて、総状というよりは花柄の無い穂状花序になる。


冬芽は、最後の葉の1対の托葉が芽鱗化した「托葉芽鱗*)」である。
*) モクレン属の開花生態に関する新知見 / 渡邉途子・八田洋章 (2014)
新 梢    2025.4.11.
まだ雌花が咲いている最中だが、花がつかなかった枝では葉芽が伸び出していた。頂芽、頂側芽ともう一つ下の側芽も伸びている。早落性の托葉が自身の葉と次の芽を包む。
新 葉        2025.5.11.
伸びが抑えられている下枝では、各側枝の葉の数は1・2枚。
幼 果        2025.5.11.
開花終了後の写真の1ヶ月後で、まださほど大きくなっていないが、多くの果実が生長している。

成 葉       2012.3.18. 2022.10.8.
前年の葉で、白いのは葉裏。葉脈が裏側に出る。ほぼ全縁だが、刺のようにわずかに飛び出すこともある。



名前の由来 タイワンイスノキ Sycopsis sinensis
 和名:タイワンイスノキ
最近になって和名が付いた名札に変更された。
「タイワン~」の和名を、だれが いつ 何を根拠に付けたのかは不明。「イスノキ」 は、別属 イスノキ Distylium racemosum と近縁であるため。
1891年に学名を付けたのは ギリスの植物学者オリバー。
Daniel Oliver (1830-1916)は キュー王立植物園植物標本室の司書および館長を務めた。またロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの植物学教授を務めた。
オリバーが本種を記載したのは『Icones plantarum or figures, with brief descriptive characters and remarks, of new or rare plants, selected from the author's herbarium』で、キューの標本庫の中から、新種や珍しい種の図版と解説を載せたもの。図 No.1931。
  
標本はヘンリー博士(イギリス生まれのアイルランド人植物学者・採集家 1857-1930) が中国 湖北省と四川省で採取したものであるため、オリバーは学名を sinensis と名付けた。
台湾にも自生するとはいえ、なぜ和名を「台湾の」イスノキ としたのか? 普通なら「シナイスノキ」だろう。
これは、ずっと後の 1938年になって、金平亮三(1882- 1948) と 初島住彦(1906-2008) が、本種を
   Sycopsis formosana (台湾の)
と名付けたことが関係しているのだろう。
 属名 Sycopsis:イチジクに似ている の意
syconus:イチジク(ラテン語) または sykon:イチジク(ギリシャ語)、+ opsis:似る、顔
本種 タイワンイスノキの命名の30年前、1830年に 同じオリバーが新しい属名を立てて、Sycopsis griffithiana を記載したもので、その中に次の一節がある。

上の段の2行目「The young ~」から。
若いほぼ卵形の果実は狭く、(乾燥しているせいか?)下部が多かれ少なかれ溝状であり、植物全体の外観と相まって、より狭い葉を持つ東インドの Fici (フィカス属)の種を彷彿とさせる。
とあるのが「イチジクに似ている」の根拠のようだが、似ていると考えたイチジク属は何なのか?
S. griffithiana の葉と雌花 本種の葉
S. griffithiana よりも更に狭い葉のイチジクとはどんな種なのか? その葉腋につく小さな果実を、単純にイチジク属の壺状肉質の果実に擬えたものなのか?
たとえば イヌビワ ならば 1786年に命名されている。
参考:イヌビワ
しかし、複数の果実はつかない。

 中国名 水絲梨:
属名以上に、この由来は 皆目 検討がつかない。
 絲:絹糸、 梨:ナシ だが、
小学館の『中日辞書』には、「水絲」や「絲梨」、「水絲梨」も見あたらない。
本種の自生地は『Flora of China』によると、「標高 1,300~1,500mの山の茂み、常緑樹林」であり、水とは縁がない。
「糸」は雄花の花糸ぐらいしか思い浮かばないし、「梨」についてもまるで手掛かりがない。
 科名 マンサク科:
マンサクの由来には2つあるが、
   ① まず咲く の意味
   ② 満作 の意味
と、まるで異なる説である。
①「まず咲く」説は、開花が現在の暦で2月~3月、つまり旧暦では正月を迎えてから「真っ先に咲く」、あるいは 葉が出る前に「まず咲く」ところから名付けられた、というものである。
②「満作」説は農民の「忌み言葉」によるものである。
春の山に早くから咲く花は美しいが、ほとんどの花は実を付けないために「シイナ花」とも呼ばれた。
「シイナ・粃」は実の入らないモミのことで、「凶作」に通じるということから嫌われて、反対の言葉である「満作」と呼ぶようになった、というものである。
果実は皆無ではなく、少しは結実して黒い種子ができるのだが、咲く花の数からすると 1%もなさそうだ。マンサクの黄色い花が、黄金色に実った稲穂を連想させることも 関係しているのかも知れない。

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ