カイノキ 楷の木
Pistacia chinensis Bunge (1833)
科 名 : ウルシ科 Anacardiaceae
属 名 : カイノキ属 Pistacia
別 名 : トネリバハゼノキ
英 名 : Chainese pistachio
中国名 : 黄連木 huang lian mu
台湾名 : 爛芯木 ランシンボク
原産地 : 中国、台湾、フィリピン
用 途 : 庭園木、街路樹。 雌雄異株

二度にわたる 台風被害

2011年9月21日の台風15号で半壊、2012年9月30日~1日の台風17号で 完全に折れてしまった カイノキの大木。残念ながら昔の全体写真は撮っていなかった。

①:黄緑 黄色 赤       2001.12.2.
古いデジカメで 発色が悪い。最初の被害で 左下の所で裂けた。
二股に分かれているところに腐れがはいっていたようだ。


2011年9月21日の 台風15号

①:半分がなくなった  2011.10.25.
一回目は 丁度この真後ろ方向に倒れた。左側に見えるコブシの、別の大枝が折れてしまった。

幹が裂けるかたちで 片方の大枝が折れてしまった。

流れ出た脂(ヤニ)        2011.11.1.
二回目に折れた位置は高かったので、この部分は現在も残っている。

後にできた空間(ギャップ)

①:2010年の台風後の様子         2011.10.20.
二回目は のところで折れた。 こうやって見なおしてみると、上部のボリュームに対して 残った幹が 細すぎた。


2012年9月30日~1日の 台風17号

①:折れたカイノキ        2012.10.3.
残った北側の片方は少し斜めに傾いていた事もあって、今回の南風に耐えきれずに 高さ2mの所で折れてしまった。
写真は、すでに枝は片付けられて 太い幹だけの状態。

折れた場所
中央右後方には枝が全部落ちたハナミズキ(アメリカヤマボウシ)がある。もしかすると アメリカからサクラのお礼に贈られた、貴重な一本かも知れない。右奥には斜めになった木も。

その他の木には 共倒れのような致命的な被害はなかったようだが、今回もコブシの大枝が折れ、ツツジなどが押しつぶされた。

広い空間が
もともとカリン林側は空いていたせいもあって、広大な空間ができた。



①:半分になった状態   2011.10.25.

②:高さ 4mの幼木 2本    2011.11.25.
↑一本は幹が写っていない。           もう一本↑
近くに 二本の幼木があり、手に取れる位置に枝がある。

①      幹の様子       ②
右の若い木の直径は 10センチ強。

②:新葉の様子     2011.4.26.
新葉は枝先に付く。花が咲く場合は新葉の展開と同時に花序が出てくるのだが、若い木ではまだ見たことがなく、花が咲くまでは 雌雄どちらの株かが わからない。
大木の方は雌株だったが、高いところで しかも花弁のない小さな花だったために 花の写真はない。

葉の様子       2011.10.25.
偶数羽状複葉の葉が多いが 植物園の若木には 奇数の葉がある。5%ぐらいだろうか。湯島聖堂の4本でもすべてに「奇数」の葉が観察された。
奇数羽状複葉も  2012.10.5.
小葉は先が尖った楕円形(狭長卵形)、もっと細長い葉も見かける。葉には 青臭い独特の香気がある。お茶にするというが どうだろう?

落ちた枝葉と未熟な実    2011.10.25.
まだ白い部分が残っている果実が落ちていた。赤が鮮やか。
これまで、植物園のカイノキに実が生ったのを見た記憶がなかったので雄株かと思っていたが、一回目の台風の2011年に 大量の実が生った。2012年は生っていなかった。
カイノキはどこにでもある木ではない。仮説だが、湯島聖堂の雄花から 花粉がうまく風に乗てきて、受粉したのではないだろうか?

①:無数の赤い実        2011.11.24.
それにしても、今回の倒壊を予想したわけではあるまい。

核          2012.10.5.
湯島聖堂の雌株から早い時期に落ちたもの。長さ6ミリ。

あらためて 湯島聖堂で拾った果実        2012.11.25.
すでに木には残っていなかった。どれも核はしっかりしているのに、乾燥したのか 遅すぎたのか、核の中の種子は萎んでしまっているものが多かった。なんとか数個は種子の形があり、種皮を剥ぐと 同属のピスタチオそっくりの黄緑色の種子が見られた。

黒ずんで落ちた果実     2011.12.28.
遠目には赤黒く見えたのだが、部分的に青く変化していた。
下半分が青白い色になっていた。果実の直径は7ミリ程度。中には黄土色の核果がある。

②:黄色くなった幼木 2011.11.21.

橙色に        2011.10.8.
筑波植物園。前掲写真と同じ年なのに、冷え込むせいかやはり小石川よりも早い。
色に関しては、赤くなる木と 黄色くなる木があるそうだ。


ベンチに生まれ変わったカイノキ   2012.10.8.
偶然に見かけたのだが、彼女はまっすぐここに歩いて来て、迷わず カイノキの倒木に座ってサンドイッチを取り出した。まだ一週間も経っていないのに・・・・。
数人が座れ、ベンチとしての高さもピッタリ。
残った本体(右端)から芽が出ることを期待した。

再 生    2013.9.21.
基部から芽が伸び出したのだが、誰かが折ったのか、うまく成長しなかった。また 木陰の丸太ベンチは新名所となったが、次第に朽ちてきて10年後には元の形がなくなってしまった。


 
カイノキの 位 置
写真①:  C4 d    30番通り 標識37番の手前 左側、雌株
写真②:  C4 c    20番通り 右手に2本、雌雄は不明

名前の由来 カイノキ Pistacia chinensis

 和名 カイノキ 楷の木 :
現在 カイノキの中国名は「黄連木」が主流だが、別名として「楷樹」もあがっている。日本に導入されたのは大正時代なので、「楷の木」の名も中国から一緒に伝わったものだろう。

では 「楷」の由来はなんだろうか?
図書館で 手当たり次第に漢和辞典で 「楷」 を見てみると、比較的新しい出版では 「孔子廟に弟子の子貢(シコウ)が植えたとされる木」という説明だけが載っている。もちろん断定はしていない。なにしろ 2,500年以上前の事なので、不確かである。

そして カイノキの説明として、「まっすぐ」 だの 「枝が直角に出る」 などと書かれているが、それがまったく当たっていないことは、カイノキを見ればすぐにわかる。
湯島聖堂のカイノキ(雌株)
これは孔子廟に植えられたとされる カイノキの 価値を高めるための作り話である。なぜそうなったかについては、訳がありそうだ。

カイノキ以外のことが書いてあった辞典としては、『大字源』に、音(オン)を表す旁(ツクリ)の部分 「皆」は ” 曲がらずにまっすぐの意=檜 クワイ。枝や幹が曲がらずにまっすぐ伸びる木の意” があった。
これは、音が似ている 檜 の意味を借りたもの、となる。

また『角川漢和辞典』には、” 檜 ヒノキ に似た常緑喬木。幹がまっすぐに立っている ” があった。この角川は 1959年(昭和34年)発行で、孔子廟に関わる記述がない。つまり 現在のカイノキに触れていない。
ヒノキの主幹はまっすぐであり、その枝は水平に出るのが特徴である。「楷」が もとは ” 檜 ヒノキ に似た常緑喬木 ” だったのなら、もう一つの字義「書法のひとつ。字の画を正しく直立した形に書く」のを楷書と呼ぶのも納得できる。

楷書が字体の標準になったのは、中国の南北朝から随・唐にかけて、ということであるから、5世紀から9世紀となる。
                   (Wikipedia)
ヒノキ
気になる文献がある。
『五雜俎/謝在杭』(17世紀前半) の巻十に、「餘於曲阜見孔子手植 及子貢手植、(中略) 楷木巳朽腐断折、獨留根幹」とあり、孔子は檜を植え 弟子の子貢(シコウ)が楷を植えたが、楷は腐って折れてしまい 切り株があるだけ、という内容だ。

カイノキは心材が腐りやすいために、台湾では「爛芯木 ランシンボク」と呼ばれているぐらいなので、この文章のカイノキについては内容が間違っておらず、孔子廟に子貢が実際に「カイノキ」を植えたことになる。とはいっても この文献も、孔子からは 1,600 年後。

カイノキには様々な長所もあるのだが、孔子廟に植えられた カイノキをさらに美化するために、もともと檜の一種に当てられていた「楷」の字をあてて、いっそう素晴らしい木だということにしたのではないだろうか。(個人的な推測)

日本への導入

都立林試の森公園の説明板 その他によると、
中国原産のカイノキが日本に導入されたのは1915年(大正5年)のことで、当時の農商務省林業試験場の初代所長であった白澤保美博士が、孔子廟から持ち帰った種子を試験場で育てたもの。その後その苗を 湯島の聖堂・岡山の閑谷学校・栃木県の足利学校などに寄贈した。
ということである。
今回折れた小石川植物園のカイノキも、同じ時に寄贈を受けて植えられたものではないだろうか。年輪がほぼ 100 年 を確かめられればいいのだが。

 別名 トネリバハゼノキ:トネリコの葉に似たハゼノキ
カイノキはウルシ科の樹木。
ウルシ属のひとつに、(日本)・沖縄・中国・台湾・その他に分布する「ハゼノキ」があり、葉の形や付き方、実の付き方などがカイノキにとてもよく似ている。
ハゼノキ カイノキ
カイノキが導入されて和名を付ける時に、オウレンボク や ランシンボク では木のイメージがわからないので、違う名を付けたかったのだろう。頭に浮かんだのが、葉の様子が似ているハゼノキを取って「○○ハゼノキ」。
ハゼノキの羽状複葉は「奇数」、これに対して カイノキの複葉は「偶数」が原則である。「グウスウバハゼノキ」では様にならないので、偶数羽状複葉が原則の トネリコを冠して「トネリコバハゼノキ」とした、と考えたのだが 残念ながら トネリコも奇数だった。
となると、なぜトネリコを持ち出したのか、理由がわからない。葉の様子は ハゼノキの方が似ている。
トネリコ? (Wikipediaより) シマトネリコ
Wikipedia の写真はトネリコではなく シマトネリコのようだ。トネリコの葉は 葉の形が長い卵形で質感は柔らかく、艶も無い。カイノキの葉が もっと丸みを帯びていれば、トネリバハゼノキも納得できるのだが・・・・。

それはともかくとして、『園芸植物大事典/小学館』にはカイノキの名が無く、和名はトネリバハゼノキ、別名ランシンボク、漢名が「楷」となっている。属名もトネリバハゼノキ属。1988年(昭和63年)発刊だからそれほど古い本ではない。

また 2000年発行の『樹に咲く花/山と渓谷社』では、属名・和名ともに ランシンボクで、別名としてカイノキ・トネリバハゼノキがあがっている。

牧野富太郎は「孔子木 コウシボク」を提唱したそうだ。以上の事から、カイノキは比較的最近に定着した名と言えよう。

 別名 ランシンボク 爛芯木:芯が腐りやすい木 の意味
台湾での名前。カイノキは辺材と心材がはっきりしている。
 
芯材: 中心部の年輪は完全に死んでおり、硬度を増して支持機能だけをもつ。細胞壁には リグニンや色素が沈着して、細胞内には油脂・樹脂・タンニン・珪酸・炭酸石灰などを含むことが多い。そのため 樹種によって様々な色が着く。
辺材: 軸方向の柔組織や 放射組織などの生きた細胞を含み、水分通道・養分貯蔵と支持の機能を併せ持つ。物質の沈着が少ないために色が薄く、俗に白太(白材)とも呼ばれる。
倒れた時の切り口では心材が腐っていなかっが、ベンチとしての寿命が短かったことで、この名が証明された。
地上6メートルぐらいの断面で、直径35センチ。

 中国名 黄連木 :
想像であるが、薬草のひとつ「オウレン 黄連」に関係するのではないか?
キンポウゲ科のオウレンは重要な薬用植物で、その根茎にはベルベリン系アルカロイドが含まれる。漢方でも「黄連」と呼ばれて 主として健胃薬に使われる。
一方 カイノキの樹皮は黄檗(キハダ 黄膚)の代用品となり、材も黄色いところから名付けられたものと考えられる。

 種小名 chinensis:「中国の」という意味
原産地を表している。GRIN によると、中国内の自生地は20 もの省にわたっている。
ほかに、台湾とフィリピンに分布する。
 
 属名 Pistacia :
ナッツの ピスタチオでおなじみだが、原産地は中央アジアで 紀元1世紀にはローマに伝わったという。イタリア語では pistacchoで、由来は ギリシア名 pistakion、ペルシャでの呼び名 pistah などだが、意味は説明されていない。
『園芸植物大事典/小学館』、『Merriam Webster』
カイノキの種子
赤は果実、黄色が核、緑が種皮の一部を剥いた種子。
ピスタチオの実 Pistacia vera

Wikipedia より
ピスタチオ・ナッツ
核は自然に割れる。中の仁(ジン)の表面が緑色。50%以上の脂質が含まれることもあるそうだ。おつまみ用は軽く塩をして煎ってあるので、そんな感じはしない。

 ウルシ科 漆 科:
ウルシル(潤汁・潤液)の略されたもの。ヌルシル(塗る汁)が変化したものという説 その他 がある。紅葉が美しい。筆者は ツタウルシは見たことがあるが、ウルシは 見たことがない。
ウルシの紅葉
Wikipediaより
 
中国のウルシ科は「漆樹科」。
「漆」の字は、もともと旁の部分が「木から出るしる」うるしを意味する字で、さんずいを付けて川の名を指していたのだが 元の字がすたれ、漆がウルシの木の意味として借用された。
                 (角川/漢和辞典)

基準属は カシューナッツが採れる アナカルディウム属。
ウルシ科の有用植物としては本種のほかに、果物としてマンゴー、樹脂を利用するものとしてウルシ、蝋を採るハゼノキがあるが、かぶれやすい人は、マンゴーでも発疹が出るそうだ。


湯島の聖堂のカイノキ

孔子ゆかりの湯島聖堂には 4本のカイノキがある。その1本、正門に一番近い雌株に説明板があり、白澤博士の導入の経緯が書かれている。「当廟にあるものは曲阜の樹の正子に当たる聖木であることをここに記して世に伝える」 とあるので、4本とも 樹齢 約100年なのだろう。

唯一の雌株

が雌株、●が3本の雄株
杏壇門横の雄株2本


次の写真も
入徳門内の雄株
上の段の2本は 並んでいる。遠くにニコライ堂が見える。聖堂とニコライ堂を結ぶ道に架けられた橋の名が「聖橋」。


植物の分類 : APG II 分類による カイノキ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱: ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群: ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群: アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
ムクロジ目  ムクロジ科、カンラン科、ウルシ科、センダン科、ミカン科など
ウルシ科  カシューナット属、マンゴー属、カイノキ属、ヌルデ属、など
キク目 群 :
キク亜綱: ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群: モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           

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