カジノキ 梶の木
Broussonetia papyrifera Vent. (1799)
Morus papyrifera Linn. (1753)
科 名: クワ科 Moraceae
属 名: カジノキ属 Broussonetia
L' Her. ex Veenten. (1775) nom.cons.
英 名 : paper malberry , tapa-cloth tree
中国名: 构樹 gou shu
原産地 : 中国中南部、台湾、韓国、東南アジア、マレーシア、インド
用 途 : 樹皮から採れる繊維を紙の材料とした。
日本でも古くから栽培されており、自生のように見えるのは、それが野生化したものということだ。南太平洋諸島やハワイでは樹皮を、棒で叩き延ばして作る「タパ布」の材料とする。

カジノキは雄株と雌株が異なる 雌雄異株である。
小石川植物園にはカジノキの雌株は無いものと思っていたが、 園内に1本と、もう1本 職員宿舎の敷地内に生えていた。
また、果実が甘いために鳥がよく食べ、排泄して種子をばらまくので、園内でもあちこちに生えてきている。

① : 70番通り左の雄株 ②:宿舎の雌株

上部の濃い色の葉は 別の木のもの。

道路拡張工事のために伐採された。
幹の様子
太くなると 樹皮が縦にひび割れる。

枝振り 春の芽吹き     2001.4.22
昔のカメラで 画質が悪い・・

新緑の産毛       2007.5.12
葉が大きくなっても 毛は残る。 葉は先が尖った卵形のもの以外に 深く切れ込む事も多く、切れ込みが複数になることもある。
こんな形まで!

裏は白

尾状に垂れ下がる 雄花花序    2009.5.5
まだ つぼみの状態 咲き始め 花弁・雄しべの数は4個
すべて 2009年5月5日

雄しべが出た状態      009.5.2

満開状態の雌花      2007.5.12
雌しべが透明なピンク色をしている。                京都植物園

ほぼ咲き終わった雌花    2009.5.21
京都植物園

果 実          ともに 2010.10.3
球状の集合果の中で種子が育ち、熟すとそれぞれ橙色の「肉質の柄」で飛び出してくる。 直径 2cm強。
種子は柄の中ではなく 先に付いている。  糸状の花柱は最後まで残る。

種 子
直径 1. 5 mm

 
カジノキ の 位 置
雌株: G11 b
G10 a

職員宿舎 道路際、伐採
イチョウの近く
:写真①
 
雄株: F8 b
F7 d
D15 b


70番通り左手、標識75手前 
 同上 ニッサボクの裏
立入り禁止区域 土手
:写真②

名前の由来 カジノキ Broussonetia papyrifera
 カジノキ
カジノキとは別種の ヒメコウゾ や コウゾ の古名を「カゾ」と言い、似た種類の本種も「カゾノキ」と呼ばれたものが訛ったもの。
昔から 日本でも中国でも、「カジノキ」と「ヒメコウゾ」 、その雑種である「コウゾ」が混同されていたようだ。 
 梶の木
「梶」の音は「ビ」だが、『角川漢和中辞典』によると訓読みは無い。
意味としては「①こずえ、②かじ」があり、「かじ」には例として、「船のかじ(舵)」と荷車などの前にある手を掛けて引く「梶棒」が載っている。
そこで、由来の別案:『語源辞典 植物編』吉田金彦 より
「梶の木は 櫓や櫂などの船の用材にも使われ、船のカジ、カジの棒をいう。梶の字義は尻尾のような細い木である。カジの語源は カキ(掻き)+モチ(持ち)で、カキモチ→ カイモチ→カイジ→カジ と変化した。カジノキの材がこれらに用いられたため、カジ が樹名に転用された。」
 種小名 papyrifera:紙のある という意味
つまり、繊維のある、紙の原料となる、ということ。
カジノキの学名について、植物名規約上の最初の命名者は リンネ ということになっている。
記載されたのは『植物の種』(1753) 986ページで、クワ属 Morus に分類されているが、その項には、参考文献のひとつとして ケンペル による『廻国奇観』(原題:Amoenitatum Exoticarum) があがっている。
『植物の種』/復刻版 1934 赤線は筆者が加筆
Kaempf. amoen. が ケンペルの『廻国奇観』
ケンペル および『廻国奇観』については、「カジノキ属 Broussonetia の命名物語」を参照のこと。

カジノキ(書中の項目名は Kaadsj)については図版があり、その図版内には「楮」の漢字と ”Morus papyrifera” という現在の学名に相当する文字の記載まである。 
 Broussonetia 属:人名による
18世紀 フランスの博物学者ブルソネ P. M. Broussonet (1761-1807) を顕彰したもの。
保留名となった経緯については「命名物語」を参照のこと。
 クワ科 Moraceae:mor (黒の意) から。
クワに対するラテン古名に由来する。そのもともとの語源はケルト語の mor で、熟した時の黒いクワの実からきている。
 
 参 考 ツルコウゾ と ヒメコウゾ
『植物の種』には記載されなかった「ツルコウゾ」と、もう一種 日本に自生する「ヒメコウゾ」の学名は、ともにシーボルトが命名している。
 
ツルコウゾ 蔓楮:Broussonetia kaempferi Sieb. (1830)
『廻国奇観』に載っていることを知っていたシーボルトが、ケンペルを記念して名付けたものである。
ヒメコウゾ 姫楮:Broussonetia kazinoki Sieb. (1830)
本州、四国、九州の山地などにごく普通にある木で、古くは製紙の原料とされた。

種小名 kazinoki は、シーボルトが間違えたのか、教えた人の間違いか。
カジノキは雌雄異株、ヒメコウゾは雌雄同株というはっきりとした違いがあるのだが、一般の人にとってはどちらが「カジノキ」でも、「コウゾ」でも 問題はなかったためだろう。
残念ながら 両種共に写真がない。
コウゾ 楮:Broussonetia kazinoki × B. papyrifera
現在栽培されているのは、雑種の中から選別されてきたもので、様々な種類があるそうだ。
コウゾ
小石川植物園

 
カジノキ属 Broussonetia の命名物語
2022.11.7 追加掲載
は正名、 は異名、
は棄却名
  図版は主に、Biodiversity Heritage Library より

カジノキ属 Broussonetia は保留名となっている。ところが 棄却名も Broussonetia である。その経緯を調べてみた。
まず参考に、ケンペルの記載から。

 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  正名・異名の対象外
名 称 命名者 属名・備考 など
1712  Papyrus legitima
 Morus papyrifera
 ケンペル p.471 右側
p.472 図版内
Engelbert Kaempfer (1651–1716) はドイツの医師で博物学者。オランダ商館付きの医師として、1690年8月(元禄3年)から1692年9月までの2年間 出島に滞在した。2回の商館長の江戸参府にも随行して、街道沿いの植物・生物のみならず、日本の歴史、政治、社会についても観察した。
帰国後の1712年には『異邦の魅力』(原題:Amoenitatum Exoticarum )をラテン語で刊行。その第2部13章(RELATIO XIII) は「日本の紙」についての記述で、その第2項は紙の作り方、第3項には原料のカジノキ と ツルコウゾ、漉くときの 'つなぎ' に使われる サネカズラ と オクラについての説明が載っている。カジノキの記載は 471~473ページ(図は472ページ) 。また、第5部 「日本の植物」にも植物画が多数ある。
図の左側が「楮」(カジノキ)、右はツルコウゾ。
カジノキが、すでに当時栽培されて紙の原料として使われていたため、ケンペルは papyrifera という名前を付けた。
ツルコウゾ に対しては漢字の表記は無く、Kaadsj Kadsira , Kago Kadsira の読みだけが載っている。
『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
学 名 命名者 備 考
1753  Morus papyrifera  リンネ  本種の元の名
『植物の種』第2巻 p.986。
その命名は、ケンペルほかの記述を参考にしたものだろう。
学 名 命名者 備 考
1798  Broussonetia  オルテガ  nom. rej.
 B. secundiflora  Sophora secundiflorum とされていたが、
 現在は → Dermatophyllum secundiflorum
命名者 Casimiro Gómez de Ortega (1741–1818) はスペインの医師で植物学者。マドリード植物園の設立に関与し、初の教授となった。
フランスの博物学者ブルソネ (1761-1807)が、革命時に国を追われてスペインに亡命して来たときに彼を受け入れた。その後『Novarum aut Rariorum Plantarum Horti Reg』で、マメ科の植物にブルソネを顕彰して Broussonetia属と名付けたものの、すでに命名されていた Sophora エンジュ属の異名の扱いとなった。

つい最近、新しい属に変更された。
Dermatophyllum secundiflorum
flickr creativ commons / by Cabo Neri
右は『Novarum aut Rariorum Plantarum Horti Reg』の第7図。
学 名 命名者 備 考
1799  Broussonetia レリティエ ex ヴァントナ  カジノキ属 nom. cons.
 B. papyrifera  ヴァントナ  カジノキの正名
Charles Louis L'Héritier de Brutelle (1746–1800) はフランスのアマチュア植物学者。裕福な出身のおかげで、公務員のかたわらに植物学を研究した。多くの学者と交流があり、その一人にブルソネも含まれていた。
レリティエ が提唱した Broussonetia属 は、フランスの植物学者 ヴァントナ による『Tableau du règne végétal,~』第3巻 p.547 に記載された。
なお p.548の、本種の学名 B. papyrifera の記述の部分にはレリティエの記載が無いため、GRINでの命名者はヴァントナ単独となっている。
ここにもケンペルの文献が挙げられており、日本原産となっている。
ブルソネの存命中に、彼を顕彰する属名が ③はスペイン、④はフランスで ほぼ同時に出版されたことは、注目に値する。
保留名に関するメモ:
現在の命名規約では、一度 ③で異名となってしまった Broussonetia は、その後にたとえ正規に記載されたとしても、そして別属であっても、使用することができない。
このため本来 ④も異名だが、1930年に保留名の提唱がなされ、審議の結果認められた。


植物の分類: APG II 分類による カジノキ の位置
原始的な植物
 緑藻: アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物:  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物: ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類) : マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、ヘゴ、オシダなど
 種子植物:  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物:  種子が露出している
ソテツ 類: ソテツ、ザミア、など
イチョウ類: イチョウ
マツ 類: マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物:  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱: コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類: ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、イネ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類: キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
以前の分類場所 イラクサ目  イラクサ科、アサ科、クワ科、ニレ科、など(イラクサ目はなくなる)
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群:
バラ亜綱: ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群: ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
バラ目 バラ科、グミ科、ニレ科、アサ科、クワ科、イラクサ科、など
クワ科 パンノキ属、カジノキ属、イチジク属、ハリグワ属、クワ属、など
アオイ群: アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群:
キク亜綱: ミズキ、ツツジ、など
シソ 群: ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群: モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           

注) 以前の分類とは クロンキスト体系とするが、構成が違うので、APG分類表の中に表現するのは正確ではない事もある。 その場合はなるべく近い位置に当てはめた。

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