イヌガヤ 犬榧
Cephalotaxus harringtonia K. Koch (1873) 広義
← Taxus Harringtonia Knight ex Forbes (1839)
科 名 : イチイ科 Taxaceae
旧科名 : イヌガヤ科 Cephalotaxaceae
一時期、イヌガヤは「イヌガヤ科」として独立する考えが主流だったが、最近の遺伝子解析に基づく分類では「イチイ科」に統合された。
属 名 : イヌガヤ属 Cephalotaxus
     Sieb. & Zucc. (1842)
英語名: Japanese plum-yew
原産地 : 本州は岩手県以南、四国、九州
朝鮮半島、中国、台湾、東南アジア
用 途 : まれに植栽される
昔は種子から採油し、灯火用とした

学名について: Cephalotaxus harringtonia は 広義ではイヌガヤを指すが,雄花序の花梗が短い本種は 狭義のイヌガヤ,C. harringtonia var. drupacea である。

学名の命名経緯については,後段で詳しく説明する。

雌雄異株。小石川植物園には雄株しかないと思っていたが、実生株らしきものがあるので、雌株もあるのかもしれない。
トップの種子の写真は 筑波植物園で撮ったもの。裸子植物なので果実ではなく,種子である。

①:60番通りの雄株     2015.6.28.
売店へと登っていく階段がある標識63番の少し手前 右側。右の斜面から中央に張り出している低木がイヌガヤだが、緑一色でわかりにくい。 次の写真は もう少し進んだ位置から撮ったもの。
   ↑ 標識63番            イヌガヤ ↑
通り越して 正門方向を振り向いて撮ったもの。斜面に生えている幹が完全に倒れてしまったのだが、生きながらえている。

なお、現在のこの木の名札は「Cephalotaxus harringtonia イヌガヤ科」だが,1999年の時点では C. harringtonia f. drupacea と、品種扱いだった。




②番の木を見に行くために、標識47番で右に橋を渡って梅林の南の端を登って行くと、柵の右側に何本かの実生が成長していた。

②:イヌガヤの実生      2012.3.12.
園外から運ばれたという可能性もあるが、立ち入れない林内に雌株があるのかもしれない。
上の写真の部分拡大。主幹が直立している状態では、枝は3~5本が輪生する。

③:梅林の外れの雄株            2015.5.5.
小さな橋を渡って坂を上り,ロープが途切れる突き当たりにある。これも雄株。右の写真は,突き当たりを右に曲がって,崖線を少し登って振り返って見たところ。やはり幹が斜めに生えている。
幹の様子    2015.6.28.
フラッシュ使用

冬芽の様子        2013.1.29.
頂芽と頂側芽2つが並ぶ典型的な形。新梢の伸び方は頂芽1本だけのケースから 5本まで様々だが、このような「3本」の枝が伸び出す形が 一番多い。
5本が伸び出した例            2016.1.28.

前年にできている花序(雄花)   2015.11.3.

膨らみ始めた雄花      2012.3.22.
雄花は前年枝の葉腋に付く。枝が水平だと花序は葉裏にぶら下がるが、枝が枝垂れていると、表側にも飛び出す。一つの花序には6~10個の雄花が付いている。
花序の柄(花梗)の長さは5ミリ程度と短い。このため本種は野生種の
 Cephalotaxus harringtonia var. drupacea
である(『園芸植物大事典』による )。
学名の命名経緯については,後段で。

開花中の雄花       2012.4.10.
葉の裏面を写している。丸く固まっていた花序が 展開した。
葉の裏に二筋の気孔帯があるところは カヤ属のカヤに似ているが、イヌガヤの葉は軟らかくて先が鋭くないために、触っても痛くない。
参考:カヤの葉裏

春の昨年の種子       2016.4.2.
一年近く前に受粉した花序が、ほとんど大きくなっていない。雌花の開花・受粉後に,同じ芽から枝が伸び出す。枝先では今年の冬芽がほぐれている。

芽生え        2014.4.23.
ほとんどの枝で,先端から3本の新梢が伸び出す。葉は螺旋状に付いているため、伸び始めは枝の周囲に均等に並んでいる。
伸長・展開すると葉柄の部分でねじれて、左右二列に並ぶ(写真の 前年枝,次の写真も)。
展葉し始めた葉       2015.5.2.
少し伸び出した状態だが,すでに「二列互生状」になっている。
葉が枝に付いている部分の直下が 隆起していて、これを「葉枕」と呼んでいる。枝が太くなると 次第に目立たなくなる。

垂直の枝では、葉が二列に向きを変えることはない。

5月の種子        2015.5.2.
筑波植物園。受粉から一年を経て、ようやく大きくなり始めた種子。サイズはまだ長さ1センチ程度。

今年の雌花序        2013.6.8.
筑波植物園。雌花は冬芽から春に伸び出す。枝が伸びた後は,枝の基部に付く形となるが,この芽ではシュートが出ていない。
6月のこの時期の雌花序は,すでに受粉し終わって幼果となっているだろう。種子は 1年半かけて翌年の秋に成熟す。バックに写っているのが、昨年春に受粉したもの。(同日の 次の写真も参照)

6月の種子        2015.6.8.
雌花序が新梢の基部に付く様子が よくわかる。ひとつの花序に多くの胚珠があるが、受粉・成長するのは多くても3個で、まったく種子ができない花序も多い。

8月の様子        2013.8.3.
ほぼ成熟大。種皮には縞模様が付いている。

12月の種子       2013.12.7.
筑波植物園。長さ2センチ強。すでに熟しきって 落下しているものが多数あった。
中央下の二つ(黄土色)は 種皮を除いた「核」の状態。銀杏のような二本の稜がある。


 
イヌガヤ の 位 置
写真①: F11-12 60番通り右側、雄株
写真②: D5-6 山側梅林の南端、雄株
写真③:  実生と思われる株があった所


名前の由来 イヌガヤ(狭義)
Cephalotaxus harringtonia var. drupacea

イヌガヤ : 劣ったカヤ の意味
様子が近縁の「カヤ」に似ているが、生でも食べられるカヤの種子と違って、悪臭や苦みがあって食用にならないため。

 ← カヤ種 榧 :
① 葉を蚊遣(かやり)につかったので、カヤリ → カヤ
② 古名のカエ(カヘ)は カヒ(蚊避)から来たものか?
   という 似たような二説がある。

種小名 harringtonia : 人名による
Earl of Harrington ”ハリントン伯爵” を顕彰したもの。

本種は学名上は「変種」となっているが、実際は 広く野生している「基本となる種」である。原因は、ヨーロッパに導入されて初めに命名された学名 Taxus harringtonia が、本種ではなく、本種が変異したものだったため。それが学名上の基準種となってしまったために、後から命名された本種が 学名としては「変種」となった。

なお 最近の遺伝子解析の結果を受けて、両者は「同一種とすべき」とする考えもある。

 
イヌガヤの命名経緯

イヌガヤの学名は命名の経緯が込み入っているので、まずそれを整理する。混乱を少なくするために、初めに命名された基準種 と 後から命名された本種 (学名上は変種で狭義のイヌガヤ)を、分けて表にする。
両種ともシーボルトが発見したものだが,有名な著書である『日本植物誌』への記載は非常に遅れてしまった。同書は1835年から刊行が始まったが,1848年には共同執筆者であるツッカリーニが死去,シーボルトも1866年に死去して,出版を引き継いだミクェルが本種の図を含んだ部分を出版したのは,1870年だった。

基準種 (実際は変異した種):  Cephalotaxus harringtonia
正確には Cephalotaxus harringtonia var. harringtonia
命名年 学名 命名者 備 考
1823 - 1828 シーボルトの日本滞在
1837  マレーシアのペナン山地で採取されたものが、ヨーロッパに導入された。
1839  Taxus Harringtonia  Knight ex Forbes  導入されたものを イチイ属に
 分類して 命名した
1842  Cephalotaxus  Sieb. & Zucc. ex Endlicher  属名だけを記載したようだ
1870  Cephalotaxus pedunculata  Sieb. & Zucc. 『日本植物誌』図 132
 種小名は「花梗のある」
    解説:シーボルトは 雄花序の柄が長い本種を独立した種とし、新しい属名 Cephalotaxus
       として命名したが、 3年前にナイトが①として命名済みなので、異名となってしまった。
       また,雄花序の柄が短い方を別種と考えて 別の名 Cephalotaxus drupacea を付けた。
       『日本植物誌』図130,131 。種小名は「核果の」で、図番号からしてもこちらが本家の
       名称だろう。
1873  Cephalotaxus harringtonia  K. Koch  ① を訂正した 正名
 GRINでも 正名となっている

①の原著『Pinetum Woburnensis: or, a Catologue of Coniferous Plants , in the Collection of the Duke of Bedford』を探したところ、HATI TRUST に掲載されており(原本はハーバード大学所有)、英語の本文とは別に カラー図版があった(著作権フリー)。

2ページに分かれていた図を 筆者が繋ぎ合わせたもの。
芽生えから少し時間が経って新梢が伸び出した状態である。Forbes による本文には 以下の記述がある。
(前略)この植物はシーボルト博士の発見になるものの一つで、ペナン島の山地に生えていた。(中略)イギリスには ナイト氏によって 1837年に導入され、何本かの若木が育てられている。氏によって、ハリントン伯爵を顕彰した Taxus Harringtonia という名が付けられた。伯爵は この yew (イチイだが本種のこと)にとりつかれ、Elvaston Castle に広大な街路や様々な「像」を作らせた。
(後略)
*筆者注) 「ハリントン伯爵」は グーレート・ブリテイン貴族の伯爵階級のひとつで、1742年に創設された。
ここに登場するハリントン伯爵とは、第4代の Charles Stanhope (1780-1851、在位 1829-1851) を指すものと思われる。氏は W. Barronという庭師を雇い、居宅である Elvaston Castle の庭の大改造を行った。
               (Wikipedia による)
原著には導入時期が 1837年 とあり、『園芸植物大事典/ 小学館』に記載されているヨーロッパへの導入年 1829 年とは,10年近い差がある。
命名者は、ヨーロッパで初めてプロテア属類の栽培に成功したといわれている園芸家 Joseph Knight (1778 -1855)だが、ナイトに代わってフォーブスが発表した。

花や種子ができていない「若木」だったために、Taxus イチイ属との差異の判別が難しかったものと思われる。
広く野生している C. harringtonia var. dupacea と較べて雄花の柄(花梗)が長い本種は、野生ではほとんど見あたらないそうだ。


本ページに掲載の種:  Cephalotaxus harringtonia var. drupacea
命名年 学名 命名者 備 考
1823 - 1828 シーボルトの日本滞在
1842  Cephalotaxus  Sieb. & Zucc. ex Endlicher  属名だけを記載した
1870  Cephalotaxus drupacea  Sieb. & Zucc.  『日本植物誌』図 130, 131
  現在は ④ の異名
    解説:雄花序の柄が短い方も別種と考えて 別の名 Cephalotaxus drupacea を付けた。
       『日本植物誌』図130,131 。
       種小名は「核果の」で、図番号からしてもこちらが本家の名称だろう。
1873  Cephalotaxus harringtonia  K. Koch
1930  Cephalotaxus harringtonia
       var. drupacea
 小泉 源一  ③ を訂正したもの
 GRIN による 現在の正名
    解説:④が正名ということは、シーボルトが名付けた C. drupacea は長い間 異名の
       まま使われていた、ことになる。
1974  Cephalotaxus harringtonia
       f. drupacea
 北村 四郎  ④ を品種としたもの
 植物園の名札はこれだった
『日本植物誌』では図版番号は前だった本種だが、先に変異した種に名前が付けられたために、結果的には、広く野生している本種が学名上は「変種」となった。

記述が重複するが、両者の違いは雄花の花梗の長さだけで、遺伝子的にはほぼ同じで 変種としない、つまり「同一種」とする考え方もあるようだ。


なお、種小名を ” harringtonii ” とする見解がある。
新しい命名規約では、個人名を種小名などに使う場合の法則が決められており、相違している場合は修正される。Wikipedia などが harringtonii の立場を取っている。
しかし GRIN の見解は、「Earl of Harrington ハリントン伯爵 は個人名ではないので、命名者のナイトが使った形容詞 harringtonia のまま使っている。」とのことである。



変種名 drupacea : 核果の
上表のように 初めにこの学名を名付けたのはシーボルトで、『日本植物誌』の図版 第130・131 として記載されている。
その後変種とされて、シーボルトの種小名が変種名に使われたもの。
「核果」とは本来、内果皮(果実の内側の皮)が木質化したものを言い、その中に「種子」が入っている。イヌガヤの場合は全体が種子で果皮が無いので、本来の核果ではなく「核果状の」と呼ぶべきである。しかしイヌガヤに限らず、内部に固い殻を持つ形状の果実・種子を 慣例的に 広く「核果」と呼んでいる。

属名 Cephalotaxus :
前表のように、属名も シーボルトがたてたもの。
ギリシア語の ”hephale 頭の + Taxus イチイ” の合成語で、全体にイチイ属に似たために、花の付き方から名付けられた。

イチイ科 :
古代に イチイの木で高官が使う「笏(しゃく)」を作ったために、朝廷から「一位」の名を賜った、というのが定説。
イチイ
赤い仮種衣は液質で、種子を完全には包んでいない。

一時期、イヌガヤは「イヌガヤ科、Cephalotaxaceae」として独立する考えが主流だったが、最近の遺伝子解析に基づく分類では「イチイ科」に統合された。


植物の分類 : APG III 分類による イヌガヤ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
マツ目  マツ科、ナンヨウスギ科、マキ科、イチイ科、ヒノキ科、など
以前の分類場所 イヌガヤ科  イヌガヤ属
イチイ科  イヌガヤ属,イチイ属,カヤ属
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、アウストロバイレア、センリョウ
モクレン亜綱: カネラ、コショウ、モクレン、クスノキ
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群:
バラ亜綱: ブドウ
マメ 群: ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群: フウロソウ、フトモモ、アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群:
キク亜綱: ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群: モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           
注) 以前の分類とは クロンキスト体系とするが、構成が違うので、APG分類表の中に表現するのは正確ではない事もある。その場合はなるべく近い位置に当てはめた。

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