イイギリ 飯桐
Idesia polycarpa Maximowicz (1866)
別 名 : イヌギリ、ナンテンギリ、ヤマナンテン
APG分類: キントラノオ目 ヤナギ科 Salicaceae
旧 科名 :  スミレ目 イイギリ科 Flacourtiaceae
属 名 : イイギリ属 Idesia Maxim. (1866)
nom. cons.
中国名 : 山桐子
原産地 : 日本中南部、すなわち本州の温暖な地域から、四国、九州、南西諸島、台湾、中国中南部まで分布する
用 途 : 庭木に使われることがあるが、大きくなるため剪定が必要。
材は箱や下駄に使われた。

私はタチバナモドキ(ピラカンサ)など、緑の葉を隠さんばかりにビッシリと赤い実が生る木が、嫌いである。 しかし イイギリは美しい。
緑と赤のバランスが良いのか.....。
葉が落ちたあとで、冬の青空に垂れ下がる実も美しい。


小石川植物園には雌株・雄株ともに数本のイイギリがあるが、実が生るのは、はるか高いところである。 したがって雌花の写真がない。
トップの実の写真は地面に落ちていたもので、カラスがついばんだものであろう。 (2001年10月20日 撮影)

@ : 冬のイイギリ  2007年12月23日

A : 5月初めの新緑 左と同じ木
主幹は直立し、葉は互生なのに枝は放射状に横に張り出す。ミズキと同じ樹形である。

葉の様子と雄花のつぼみ 雄花


蕚はあるが花弁はほとんどなく、雄しべが目立つ。



 
すっかり成熟した実
左のイイギリの写真は1月に東京 新大久保の線路近くで撮影したものである。

なかにはすべて実が落ちてしまった房もあったが、ずいぶん遅くまで残るものだ。

この木は、道路拡張のために 切られてしまった。

         B : 秋のイイギリ    2011.11.4
40番通り 標識45番の左手、傾斜の途中から斜めに生えている。 赤い実がない状態では、注意深く探しても見つけにくい。

 
イイギリ の 位 置
雌株: C9 b
F9 a
E7 c


シナミズキの裏手
70番通り右斜面(標識74→52への坂道の右側)
40番通り標識45番右手、斜面

:写真@
:写真B
雄株: B4 a
C8 b
E7 a
E9 a
E9 b
E9 b





10番通り奥、標識16 
20番通り 左側
標識46→35への山道 右側
標識43→34への道 左側
50番通り右側 標識52の近く
標識52→43への坂道 左斜面
:写真A
枯れ死 A4 c

名前の由来 イイギリ Idesia polycarpa

イイギリ 飯桐 : 
イイギリの「イイ」は、昔この葉で飯を包んだことから呼ばれるようになったという。
「キリ」の方は、材が白くて軽く、箱材や下駄材なとキリの代用としてつかわれたためである。 薪材としても用いられたということである。

材だけでなく葉も似ているので比べてみよう。

イイギリの葉はハート型で、ホームベース型のキリの葉とは形が違う。
また、イイギリは葉柄の長さも長くて、少し赤みがかっている。
 
キリの葉 イイギリの葉
タイルの大きさは 30cm 角
しかしキリの葉の中には、上の写真・左側のようにハート型をしたものもあり、葉脈のへこみ具合も含めてかなり似ていると言える。

一番の違いは、イイギリの葉には毛が生えていないことである。キリの葉でご飯を包んだら、細かい毛がくっつきそうだ。

次は幹の比較。
キリの幹 イイギリの幹
キリの幹は太くなるとひび割れ模様ができるが、イイギリはこれがなく、いぼ状の小さな突起がいちめんに広がる。
 

さて、「飯(メシ)を包む」ということと「イイギリ」という名は直結しないようにも思うのだが、それはさておき、包むという観点から考えると、
   ・手軽に大量に手にはいる
   ・葉が大きい
   ・葉が柔らかく、しなやかである
   ・毛などが付かない
   ・いやな臭いがしない
などが条件となろう。イイギリの場合はさらに、長い葉柄で結ぶことができるのではないかと実際に試してみた。
中身は現代の日本文化、コンビニおにぎりを使用した。
実際に包んでみて、機能的には問題がなさそうなことを確認した。
 
次は緑の色の濃い表を内側にして、飯を直接包んでみたものである。 葉のサイズが小さめだったが、薄いなめし革のような葉はとても扱いやすい。わずかに青臭いにおいがあるが、包むときに葉を折り曲げてもにおいが強くなるということもなかった。

同じように飯に関係する木の名として「カシワ」がある。 こちらは「カシキハ(炊葉)」または「ケシキハ(食敷葉)」で、飯を炊(カシ)ぎ盛るところから来ている。

地名や人名としては 飯田、飯山 をはじめとして、飯岡・飯島・飯館・飯塚・飯坂 など「飯」を「イイ」と読むものがたくさんあり、重箱読みも多い。

メシを包むので 飯桐・イイギリ もあるような気がしてきた。
 
別名 イヌギリ :
イイギリの材もキリと同じような用途に使われるが、キリに比べると腐りやすいところから、「キリほどの有用性がない」「キリよりも劣っている」という意味で 「イヌギリ」とも呼ばれる。
 
別名 ナンテンギリ :
イイギリの赤い実がナンテンの実に似ているためで、全国的に使われている。
イイギリの実 ナンテンの実

1999.11.22 高知城で
本家ナンテンの実は、初めのうちは直立しているが、実が大きく育ってくると重みで垂れ下がり、イイギリと同じ状態になる。
実の大きさもほぼ同じ、8mmぐらいである。

イイギリにはほかにも多くの別名がある。
後段のトピックス 「イイギリの別名」 にまとめた。
 
種小名 polycarpa :
「数時花アル、数回結実ノ」 という意味。
上記は牧野富太郎による『植物学名辞典』の表記そのままであるが、豊国秀夫の『植物学ラテン語辞典』では「多果の」となっている。

なにしろ雌花の観察は高いところだけにままならず、複数回咲くのかどうか確かめていない。
牧野富太郎が間違いをおかすとは考えられないので、二番咲きするのであろうが、実の様子から「多果の」の方がすんなり納得できる。
 マキシモヴィッチ Carl Johan Maximowicz (1827-1891)
イイギリの命名者マキシモヴィッチは1827年にモスクワ郊外で生まれ、サンクトペテルブルクの帝室植物園(現在のコマロフ植物研究所)に勤めた。

幕末の混乱期 1860年(万延元年)から 64年(元治元年)にかけて、ロシアのアムール河流域および函館、江戸、横浜、箱根、長崎、雲仙などを訪れ、日本の植物の調査を行っている。
当時は開港地から10里以上離れることが許されておらず自由に旅行はできなかった。 このため、マキシモヴィッチは岩手県の農民であった須川長之助を雇い、内陸部の標本採取に当たらせた。イイギリの命名はその2年後の1866年であるから、その時に採取した標本をもとにしたのは間違いないであろう。

明治になって牧野富太郎、谷田部良吉など、草創期の日本の植物学者たちが彼の元に標本やスケッチを送り、鑑定を依頼した。

残念ながら 1891年にインフルエンザで急死してしまい、日本の植物誌を完成させようとしたマキシモヴィッチの研究は未完成となってしまったが、近代日本の植物分類学に大いに貢献した人物である。
 
Idesia イイギリ属 : 人名に由来する
イイギリ属はイイギリ1種のみの、単型属である。

属名は17世紀末に中国を中心に旅行したオランダの探検家・植物学者の E.Y.イデスにちなんでいる。『園芸植物大事典』
しかし、これ以上の情報がない。

ところで 事典によると、イイギリ属 Idesia Maxim. は「保留名」となっているが、「保留名」に対する「正名」がわからない。

マキシモヴッチは1866年にイイギリを発表した時に、イイギリ科ではなく、ベニノキ科 イイギリ属 Bixaceae Idesia として記載した可能性があるが、それが保留名に関係するのかなど、正確なところは不明である。
 
イイギリ科 飯桐科 Flacourtiaceae :
世界に約85属 1,000〜1,300種があるとされる。
イイギリを除いて、一般にはほとんど知られていない。

日本ではイイギリが代表的な種であるために「イイギリ科」と呼ばれているが、学名の基準となっているのはフラクールティアという属である。

その名はフランス人の E.de Flacout氏を記念して付けられたものであるが、どのような人物かは不明である。
 
 参考 イイギリの別名

キリとイイギリはいくつか共通点があり、イイギリが日本各地に自生していて材や葉が利用されたこともあって、本文で書いた「イヌギリ」「ナンテンギリ」以外にも、イイギリには「キリ」をベースにした色々な「地方名」「別名」が付いている。

標準和名のイイギリという名前は後から便宜的に決められたものであり、各地の人々にとってはそれぞれの呼び名がその木の名前である。
 
古名 ケラノキ :
事典によると、イイギリの古い時代 (いつのことかははっきりしない) の名前はケラノキである。

キツツキ【啄木鳥】のことを「ケラ」というが、ケラノキが「キツツキノキ」という意味であるためには、イイギリの幹によく昆虫が付いてそれをキツツキが掘り出して食べるとか、木が柔らかいので幹を掘って巣を作る、などの事実が必要であるが、古名のケラノキについての解説は見たことがない。

イイギリの「飯」にこだわるとすれば、ケラノキの「ケ」は「食」または「笥(食物を盛るうつわ)」と考えられる。「ラ」は「羅(薄く織った絹の布、うすぎぬ)」で「笥羅の木:食物を盛るための薄いしなやかな葉を持つ木」ということになる。
 
トウセンダン : 唐栴檀
センダンは四国、九州に自生するセンダン科の高木で、万葉集にも詠まれるなど古くから庭木として植えられることが多い。
その実は約17mmの楕円形で有毒であり、漢方ではおもに駆虫剤として使われる。

中国原産でセンダンの変種に「トウセンダン」という和名のものがある。イイギリの別名としてのトウセンダンはこれとは関係がなく、葉が落ちた後まで残るセンダンの黄色い実とイイギリの赤い実を対比させて、単に「トウ」を付けたものであろう。

しかし、日本に自生する植物に「外来の、中国産の」という意味になる「トウ」を付けるだろうか...。
「アカミ(赤実)センダン」などならわかるけれど...。
トウセンダン(イイギリ) センダン

 
アオイノキ : 葵の木 (宮城県地方)
ハート形の葉の形から「アオイ」の葉をイメージした名前。
アオイノキ(イイギリ) フタバアオイ
現在「アオイ」という標準和名の植物はなく、ウマノスズクサ科やアオイ科の植物を総称 あるいは略称した名前である。

徳川の葵の御紋に近い、フタバアオイの写真を掲げた。
日光植物園で撮影したもので、白い花が咲いている。
 
ヤマナンテン : 山南天 (新潟)
山に生えるナンテンの意味。
 
サワギリ : 沢桐 (茨城)
ミズギリ : 水桐 (高知)
イイギリは一般的には砂質土壌で排水が良く、風当たりの少ない場所を好むという。

沢は普通湿っておりこれに反するが、実際に生えているので名が付いたのであろう。「水桐」も同様な疑問が残る。
 
カタギリ : 堅桐? (愛媛、高知、島根)
イイギリの材は柔らかいので「堅いキリ」ではおかしいことになる。
イヌギリに対抗して、カタワギリのワが省略されてカタギリというのはひどすぎるだろうか?

一方で忌詞 (イミコトバ) を避け、実際と反対のことばや縁起の良い名前を付ける現象もあり、柔らかいからこそ それと反対の硬いという名前を付けた可能性もある。
 


植物の分類 APG II 分類による イイギリ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類) : マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、ヘゴ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、イネ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
以前の分類場所 スミレ目   イイギリ科、スミレ科、パパイア科、ウリ科、など 24科
  APG分類にはスミレ目がなく、キントラノオ目・アオイ目など
  に移された
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
キントラノオ目  ヤナギ科、スミレ科、トケイソウ科、トウダイグサ科、フクギ科
ヤナギ科  イイギリ属、ハコヤナギ属、ヤナギ属、クスドイゲ属、など
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 ) 
注) 以前の分類とは クロンキスト体系とするが、構成が違うので、APG分類表の中に表現するのは正確ではない事もある。 その場合はなるべく近い位置に当てはめた。

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