キリ


キ リ 
Paulownia tomentosa Steud. (1841)
←異名 Paulounia imperialis Sieb. et Zucc.(1835)
← Bignonia tomentosa Thunb. (1784)
科 名 : キリ科 Paulowniaceae
旧分類:   ゴマノハグサ科 Scrophulariaceae
属 名 : キリ属 Paulownia
Siebold et Zuccarini (1835)
異 名 : Paulownia imperialis Sieb. et Zucc.
英 名 : princess tree , empress tree
原産地 : 中国原産といわれるが、解明されていない。
用 途 : 材を取るために栽培される。
軽いが燃えにくく、狂いも少ないため、家具・建築の装飾・漆器用の木地・琴・下駄などに使われる。

小石川植物園には キリは植えられていない

同じキリ属の「ココノエギリ Paulownia. fortunei」 があったが、枯れてしまった。 南東の管理区域内に ココノエギリがあるようだが、日本史においても重要な木のひとつである「桐」が無いのは、ちっょと不思議な気がする。

キリは古くから日本でも栽培され、昔から高貴な花として皇室の紋章にも使われてきたが、原産地は解明されていない。  日本の一部には野生状態のものも見られるが、ほとんどが材を使うために栽培されていたもの ということである。

樹形 と 花
2009.5.11 高知県

ゴマノハグサか ノウゼンガズラ か
まず キリを何科の植物とするか、という問題から。

ひと昔前までの分類方法では、キリを 互いに近縁のゴマノハグサ科と
ノウゼンガズラ科のどちらに分類するかは植物学者の見解によって異なっていた。

図鑑、植物事典、百科事典など 20 の書物を調べた結果では、12 : 8でゴマノハグサ科が優勢であった。
ちなみに、牧野富太郎の『原色植物大圖鑑』 (1982年初版) はゴマノハグサ科である。
朝日百科『植物の世界』での大場秀章博士の記述では、「子房が2室に分かれていることと、種子に胚乳 (種子の発芽の際に養分を供給する組織) があることなど」をゴマノハグサ科の根拠としている。

ここでは大勢に従って、キリをゴマノハグサ科として扱う。

なお、遺伝子解析による APG分類 では、上記の 両科と同じグループ 「シソ目(もく)」の中で、独立した「キリ科 Paulowniaceae」となっている。
 

葉の様子 7月
都内で、アスファルトの隙間から芽を出したキリ。 
高さ わずか90cmなのに 巨大な葉を付けていた。 その幅は 約55cm。
次の写真の方が大きさが分かり易い。 サイズは縦横とも60cm。


幹 (市ヶ谷のお堀端) 若い実とつぼみ


8月中旬に撮ったもの
まだ若い果実は今年できたもの。 その右側は翌年咲く花のつぼみである。

花が咲くのは翌年の5月であるから、なんと 約9か月も前に しっかりとしたつぼみができている。 秋・冬・春をやり過ごして新緑時に咲く。 なぜこんなに早くから準備する必要があるのだろうか。

サクラなどは、冬芽からつぼみが出てきて咲くまで、早ければ1週間程度だろう。
もっとも 冬芽の中で見えないところにつぼみができるのは、ずっと前のことであるが・・・。

花の詳細
5月に ほんのりとした香りの 花を咲かせる。
萼には細かな毛、花の外側にも粗い毛が生えている。長さは 7〜8cm。

果実 と 翼のある種子
この写真は 都下神代植物園で 11月はじめに撮ったもの。

キリの実の直径はせいぜい3cm。 いかに種子が小さなものかが分かる。
花が咲いてから半年経っているが、まだ青い実と すでに割れて種子が出てきた実。 まさか昨年の実ということはないだろう。
 
名前の由来 キリ Paulownia tomentosa

キリ 
 : 切る に由来する
キリの名の由来の一つ目は「切る」の名詞形である。
キリは成長が早く、また切ってもすぐに芽を出すために、箪笥用材の場合には植えて2・3年目にわざと根元から切ってしまい (台切りという)、出てくる強い芽を育てる方法をとる。


写真は、民家の裏庭のキリを切ったところ、一年間で 5m以上も伸びに伸びた状態である。
もうひとつの由来は木目(モクメ) が美しいところから「木理 (キリ) あるいは肌理」の意味で、それを生かして家具・箱・楽器・下駄・火鉢・羽子板・釣りの浮き・デッサン用の木炭など、さまざまな木工品に使われている。
 
漢字の「」という字は「同 (ドウ、トウ)」 が音を表し、「木目がまっすぐ通っている木」の意味の「通 (トウ)」が語源であるという。
さらに別の説は「中に空洞のある木」という意味で、大きくなると幹に空洞ができることによる。
写真上は、樹齢10年、直径17cm程度にも関わらず中央に穴のあいたキリ材の断面。  
次は直径40cmはあった大きな木が伐採された跡。

 
種小名 tomentosa : 密な綿毛のある という意味
30cm以上、時には50cmにもなるキリの葉に、ビロードのような毛が生えていることによる。

命名者はツュンベリーで、来日時に観察したキリを 1784年刊行の『日本植物誌』に、ツリガネカズラ (Bignonia) 属の植物として記載した。

ツリガネカズラ属はノウゼンカズラ科の基準属である。
5角形の キリの葉

タイルは30cm角
Paulownia キリ属 : 人名に由来する
キリ属の学名は シーボルト と ツッカリーニ によって1835年の『日本植物誌』に新しく発表された。
当時のオランダのアンナ・パヴロナ大公女 ( ? -1865) に捧げられたものである。

シーボルトがキリを新しい属として定義したのは間違っていなかったが、ツュンベリーの『日本植物誌』にあった Bignonia tomentosa に対して、シーボルトは種小名まで新しく付け直してしまった。
このためシーボルトが命名した Paulownia imperialis は、後になって決められた学名の命名規約に合致せず、キリの「異名」となってしまった。
   詳細については後半の「シーボルトの来日」の項で述べる。

東南アジアに数種が分布する。
 
ゴマノハグサ科 胡麻の葉草科 Scrophulariaceae :
分類の考え方によって大きく異なるが、世界に約190属 約4,000種があるとされる。

花が美しく観賞用に栽培される。多くはその名の通り草本(ソウホン)であるが、まれに低木あるいはキリのように高木となるものがある。
特徴は花弁が唇状にふたつに分かれている点である。 シソ科の花に似ているが、ゴマノハグサ科は種子がたくさんできるという違いがある。
系統的にはノウゼンカズラ科、ゴマ科、キツネノマゴ科、イワタバコ科、ハマウツボ科などに近縁で、これらの先祖的な科と考えられている。 
ゴマノハグサ
名前の由来はゴマノハグサの葉が、
ゴマに似ているところから名付けられた。紛らわしい名前である。

ゴマノハグサの写真は、いつも日本の植物の写真で助けていただいている、春日健二氏 (kasuga@mue.biglobe.ne.jp) のホームページ「日本の植物たち」の中からお借りした。

高さは 1.5m 程度ということである。
撮影およびコピーライト:春日健二

われわれにもっともなじみ深いゴマノハグサ科の植物は「キンギョソウ」であろう。また古くから強心利尿薬に利用されている「ジギタリス」も有名である。
キンギョソウ ジギタリス
属名 Scrophularia の由来は、この属の S. nodosa (和名なし)の根から 「るいれき」 (scrofula 瘰癧:結核性頸部リンパ節炎) を直す薬が採れたことによる。
 
 
キリの異名 Paulownia imperialis Sieb. et Zucc. について

必要な記述内容と標本を伴って、最初に論文発表された「正名」に対して、それ以外をすべて「異名」と呼ぶ。 具体的には 以下のようなものがある。

 ・同じ植物にあとから付けられた違う名前 : 例えば 異なる地域に
    分布する同一植物に、複数の研究者が別の学名を付ける事が
    ある。 先に発表されたものが 正名となる
 ・命名規約に則っていない学名
    例えば 記載内容が不十分だったり、標本を伴わないもの
 ・旧分類の学名
    新しい属が認められて分類し直された植物の、元の学名
 ・自分が提唱する新しい学名
    現在認められている学名に対して、自分の分類学上の考え方で
    名付けた学名。 学会で賛同する意見が多ければ、正名になる
    可能性もある

シーボルトがキリに対して 「Paulownia imperialis」 という名前を付けた経緯を説明するために、少し長くなるがまず当時の様子を概説したい。
 
ページ最後に記載した文献を参考にしながら記述した。
 
 
シーボルトの来日
ツュンベリーの離日(1776年) から47年後の1823年(文政6年)、27歳のドイツ人医師のシーボルトが長崎を訪れたのは11代将軍 家斉の晩年期であった。

この半世紀の間にアメリカの独立、フランス革命、皇帝ナポレオン誕生など、世界情勢はガラリと変わっている。
東インド会社はすでに解散しており、「長崎の出島」の管轄は現在のインドネシア ジャワ島のバタビアにあった東インド政庁が行っていた。

各国は植民地化と貿易活動の拡大を目指してアジア地域、特に日本の正確な情報を掴もうとしていたのである。鎖国を続けている幕府に対して、ロシアやイギリスも貿易を要求してくるがこれを拒否する。

『解体新書』(1774)に始まったオランダ医学への関心が次第に高まり、1811年には幕府 天文方に「蛮書和解御用掛」が設置された。
杉田玄白の『蘭学事始』は1815年。

日本全国を測量して歩いた伊能忠敬が『大日本沿海輿地全図』を完成させたのが1821年であり、これは、かのシーボルト事件と関係する。
 
カナ書き特別小図/北海道・樺太 『忠敬と伊能図』より
医学の知識を修めてオランダの軍医となっていたシーボルトは、地理、動植物、民族学にも関心を持っていた。
オランダ東インド政庁の医師として長崎に到着すると翌年には鳴滝塾を開講し、当時長崎に集まっていた進取の気性に富む秀才たちを門下生とした。
さらには彼の名声を伝え聞いて全国から集まってきた熱心な研究志望者をも子弟とし、それぞれの得意分野ごとの課題を与えてオランダ語でレポートを提出させたりもしたという。

つまりシーボルトは長崎に居ながらにして日本全国の情報を手にすることができたわけである。また ケンペルやツュンベリーと同じように江戸への参府も行っている。

残念なことに、幕府ご禁制の江戸城内の地図や北方の地図を高橋景保らから入手したことが発覚し、シーボルト事件として1年間の幽閉後、1830年暮れに国外追放となってしまう。

その後1853年にペリーが浦賀に来航し、シーボルトの離日後約40年で日本は明治維新を迎えることになる。
 

2つの日本植物誌
シーボルトは来日にあたってツュンベリーの『日本植物誌』(1784) を持参した。

江戸参府の途中、愛知県熱田で会った伊藤圭介を長崎に誘い、伊藤の師である水谷豊文が著した『物品識名』と 『日本植物誌』を対照して日本の植物の研究をした。
またシーボルト本人と日本の弟子たちのみならず、宿泊した宿の主人にまで依頼するなどして集めた膨大な資料と生きた標本植物は、インドネシア経由で本国に送られた。
帰国後にミュンヘンの植物学者ツッカリーニと共同して、1835年より『フローラジャポニカ(日本植物誌)』の刊行を始め、1850年に『日本動物誌』、1854年には『日本』も完成させた。

『日本植物誌』は彼の死後の1870年に完成するが、そこには151点の図版が収録され、ほとんどが右図のような芸術的ともいえるすばらしい彩色画である。

 
『日本植物誌』復刻版より
そして、シーボルトの『日本植物誌』でのキリの学名はキリ属の説明で述べたように Paulownia imperialis となっている。

属名はオランダのアンナ・パヴロナ大公女を記念して命名されているが、そればかりでなく、この『日本植物誌』そのものが、パトロンであった大公女に献上されている。シーボルトが来日にあたって大公女の恩義を受けたのか、あるいは帰国後に本を出版する際に援助を得たのか、そういったことがあったのであろう。

imperialis は「皇帝の」という意味で、これはパヴロナ大公女がロシアのロマノフ王家出身で、エカテリーナ女帝の孫娘にあたることと、日本でも後醍醐天皇以来、皇室や将軍太閤秀吉、大名たちがキリを家紋として使っていた事による。シーボルトとしては日本で最も高貴な植物を献名する事で、感謝の気持ちを表したのである。

当時は学名に「二命名法」を使うという考えがすでに固まってきており、少し後の1867年にパリで開かれた第1回国際植物学会で、正式に二命名法の採用が決定された。
またその規約のなかには、ひとつの種に対しての「正名」:正しい名前 はただひとつだけで、複数の学者が別の名前を付けていることがわかった場合には、一日でも早く命名した名前、種小名が採用される、という「先取権」の法則がある。
 

キリの場合は、ツュンベリーが1783年にツリガネカズラ属 Bignonia tomentosa として命名していたわけであるから、Paulownia という新しい属に分類し直す場合には Paulownia tomentosa とすべきであった。

そうすれば Paulownia tomentosa (Thunb.) Siebold et Zuccarini として、キリの命名者にシーボルトらの名前が残ったのであるが、シーボルトとしては、先人が付けた学名を尊重するなどということよりも、パヴロナ大公女へ 新しい名前 Paulownia imperialis を献上することに意味があったわけであるから、いたしかたない。
 

Empress Tree
キリの英語名は図鑑・事典によると Paulownia, princess tree,  Royal paulownia などがあがっているが、アメリカのいくつかの植物園では上記の由来によって 「Empress tree」 という名称を使っている。
「皇后の木」あるいは「女帝の木」というところである。
ニューヨーク
ブルックリン植物園
 
中国や日本での名前「桐」は、自生している木を育て、利用することからおこったものであり、アメリカの名前 「Empress-tree」 は、近年になって外国から渡来し、学名やそこに秘められた逸話に基づいて付けられた名前で、由来に大きな違いがある。



植物の分類 APG II 分類による キリ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類) : マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、ヘゴ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、イネ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
以前の分類場所 ゴマノハグサ目  モクセイ科、ゴマノハグサ科、ゴマ科、キツネノマゴ科等
 シソ目  モクセイ科、イワタバコ科、ゴマノハグサ科、キツネノマゴ科、
 ゴマ科、クマツヅラ科、ノウゼンカズラ科、シソ科、キリ科、など
キリ科  キリ属
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           
注) 以前の分類とは クロンキスト体系とするが、構成が違うので、APG分類表の中に表現するのは正確ではない事もある。 その場合はなるべく近い位置に当てはめた。


キリ に関する メモ へ
・桐箪笥
・12月のキリ
・紫式部と清少納言
・桐紋
・金庫とキリ
  
参考文献 : Index Kewensis Ver.2.0/Oxford University Press、
        アメリカ農務省/GRIN Taxonomy for Plants、
        園芸植物大事典/小学館、
        週間朝日百科・植物の世界/朝日新聞社、
        植物学名辞典/牧野富太郎・清水藤太郎、
        春日健二氏のホームページ「日本の植物たち」、
        リンネとその使途たち/西村三郎、
        文明の中の博物学/西村三郎、
        日本の植物/シーボルト・瀬倉正克 訳、
        日本植物誌・復刻版/植物文献刊行会
        桐箪笥 相徳 のホームページ、
        日本大百科全書/小学館 ほか
小石川植物園の樹木 −植物名の由来− 高橋俊一 五十音順索引へ