ナツメ と その変種
Ziziphus jujuba Mill. (1768) nom. cons.
Z. jujuba var. inermis Rehder (1922)
Z. jujuba var. spinosa Hu. ex Chow (1934)
科 名 : クロウメモドキ科 Rhamnaceae
属 名 : ナツメ属 Ziziphus Mill. (1754)
中国名 : 棗 (枣) zao、ほか
原産地 : 中国 あるいは 栽培種
用 途 : 果実を生食し、乾燥したものを菓子や料理に使う。
漢方では利尿、滋養強壮のために、ほかの薬に混ぜて処方される。 薬用酒は冷え性、不眠症、病後回復に。
材は非常に硬く、かつては 車軸、印材、家具材として使われた有用な樹木。 

小石川植物園のナツメは分類標本園に植えられている。その個体には刺がある。
上の段の奥には、看板商品のひとつである 竹垣内の「サネブトナツメ」と、すぐ近くにも大きく育った同種がある。サネブトナツメは「ナツメの変種」Z. jujuba var. spinosa だが、トゲナシナツメ Z. jujuba var. inermis は植えられていない。
筆者が参考にしている GRIN* のリストには
  ・Ziziphus jujuba (Z. jujuba var. jujuba)
  ・Ziziphus jujuba var. inermis (刺の無い)
  ・Ziziphus jujuba var. spinosa (刺の有る)
の3種が載っている。最近の遺伝子鑑定で、それまで別種や変種だったものが「同一種」となるケースがあるなかで、このナツメ3種はいまだに独立している。
アメリカ農務省の Germplasm Resources Information Network

ナツメ の和名
事典、データベースによって、ナツメの学名が異なる。
資 料 名  Ziziphus jujuba  Z. jujuba var. inermis  Z. jujuba var. spinosa
小石川植物園  ナツメ  - (植栽されていない)  サネブトナツメ
筑波植物園 2018  ナツメ サネブトナツメ:Z. vulgaris var. spinosus Bunge.
『園芸植物大事典』  サネブトナツメ  ナツメとする見解がある  サネブトナツメの異名
『植物の世界』  ナツメ  - (記載 無し)  サネブトナツメ
『樹に咲く花』  ナツメ  - (記載 無し)  - (記載 無し)
『APG樹木大図鑑』  ナツメ  サネブトナツメ
Flora of China  枣  无(無)刺枣  酸枣
GRIN  同上(中国名で判断した)  同上(中国名により判断)  同上(中国名による)
YList  ヤマナツメ  ナツメ  サネブトナツメ
 このページ  ナツメ  トゲナシナツメ  サネブトナツメ

幸いにも、小石川植物園の名札と GRIN は一致しており、本ページでも Ziziphus jujuba を ナツメ とする。
Z. jujuba var. inermis の和名は、本家の中国名に倣って (仮名)トゲナシナツメ とする。

3種の違い・特徴
次に それぞれの違いを較べる。記述・数値などは『Flora of China』による。
部 位  Ziziphus jujuba  Z. jujuba var. inermis  Z. jujuba var. spinosa
長い棘は直立、短い棘は反返る
刺が無いこともある
 刺は無い  刺がある
 長さ3~7、幅1.5~4 cm  小さい
果実  長方形または長楕円形
 長さ 2~3.5 cm
 直径 1.5~2 cm
 直径は1.5~2cm  ほぼ球形または短い長方形
 直径0.7〜1.2cm
 両端とも鋭形または鈍形  両端は鋭い  両端は鈍形
果肉  厚く、甘い  甘みがある  薄く、酸味がある

果実・核 の違い       2014.2.1.

筑波植物園の観察会で 落ちた実を拾って
最も顕著なのは果実の違い。中央寄りのふたつが 核。

各地の植物園の名札や 植物図鑑の名前があやふやで、確実な上記の「3種」、特にトゲナシナツメを観察できていない。

食料・薬用として有用な樹木だけに、中国で 実が大きくて甘いものや 刺のない扱いやすい個体が古くから選別され続け、栽培されてきたのだろう。
それが西方に伝わって、中東で Ziziphus 、Jujubier などと呼ばれていたものが、1753年を起点に学名で呼ばれるようになった。 筆者の推定は、
.Ziziphus jujubaZ. jujuba var. inermis は栽培品種
.・後になって原種に近いものが発見されて
     「変種」 Z. jujuba var. spinosa とされた
である。



名前の由来 ナツメ Ziziphus jujuba
 和名 ナツメ:夏芽の意
ナツメの新葉は初夏になってから出るため、「夏芽」の名が付いた。
ナツメは日本原産ではないが、『本草和名』(918年)や『延喜式』(927年)に記載があり、6世紀には中国から伝わっていたとされる。このため 初めは中国名の「棗」(当時の日本での読み方は判らない)が使われていたはずだが、10世紀初頭の『本草和名』には、すでに和名として「オオナツメ於保奈都女」が記録されている。
オオナツメ があったということは、その元である 単なる「ナツメ」(小さなナツメ)もあったはずだ。
また 植物園の「サネブトナツメ」は説明板によると、 1727(享保12)年に導入されたもの。奈良時代の6~8世紀からすると千年も後のことである。その名は ナツメよりも(相対的に) 種子(核)が太いことを指す。野生に近いといわれている。
 漢名 棗:棘のある の意
朿 (キ) の字は訓が無く、現在では使われることはないが、四方に トゲが出ている様の象形文字に由来する。
本種の漢名「棗 (枣) zao」は 朿 を縦に並べたもので、トゲが多い事を示している。日本語の音「ソウ」は、中国語の「zao」からきている。
朿 を横に並べたのが 「棘 キョク・とげ」であり、つくりに 刀を並べた字が 「刺 さす」である。
訓の「なつめ」は日本で付けられた本種の和名であり、その実の形が似ているために「茶入れ」の呼び名にもなっている。
奈良時代以前に日本に伝わる前に中国で長い栽培の歴史があり、栽培品種として選抜され、薬や甘味料として利用されていただろう。トゲが無く、果実の大きいものが選ばれ続けたうえで、それが「棗」として日本に伝わった可能性もある。
中国には 300 あるいは 400 ものナツメの品種があるそうなので、(品種も含めて)複数の種が伝えられたかもしれない。だからこそ、その一つが「おおなつめ 於保奈都女」の名前で呼ばれたのだろう。
 種小名 jujuba:
本種のアラビアでの呼び名に由来する。
『植物の種』(1853) でリンネが種小名として使用する以前から属名(グループ名)として使われていた。
 後半の「命名物語」参照。
 属名 Ziziphus:意味は わからない
Ziziphus lotus のアラビア名「zizouf」に由来する。
             『園芸植物大事典/小学館』
ペルシャ語でナツメを表す zizfum ジズフム あるいは zizafun ジザフン に由来する。『植物の世界/朝日百科』
などの説明があるが、意味は書かれていない。

 クロウメモドキ:黒い実の生る ウメモドキ の意味
モチノキ科「ウメモドキ」と較べると、葉の付き方が違うので、「モドキ」とはいえ あまり似ていない・・・。
クロウメモドキ

3枚とも 日光植物園分園
 クロウメモドキ科 Rhamnaceae / Rhamnus属 Linn.
クロウメモドキ属 Rhamnus は Rhaphithamnus の短縮形で、ギリシア語の raphis 針 + thamnos 灌木、つまり「針のある低木」を意味する。
クロウメモドキのトゲは枝が変化したものだが、ナツメの刺は托葉が変化したもの。


 
Ziziphus jujuba の 命名物語

1768年にフィリップ・ミラーが名付けた Ziziphus jujuba は、つい最近の2011年に「保留名」として認められた。
以前に掲載していた命名経緯が不正確だったので、もう一度考え直して再掲載する。

は正名、 は異名
  肖像写真は Wikipediaより
  図版は、主に Biodiversity Heritage Library より

 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  正名・異名 の対象外
名 称 命名者 属名・備考 など
1583  Zizyphus  ドドネウス  ナツメ属
Rembert Dodoens (1517–1585)は フランドルの医師、植物学者。
開業医や皇帝の侍医を務め、晩年にはライデン大学の医学教授を務めた。多くの書物を著し、1554年刊行の『クリュードベック』では薬草を多く扱ったことで、薬学の書物として評価された。
『Stirpium historiae pemptades sex』(直訳:506種の歴史の蓄積)、806~7 ページに ZIZYPHUS と図版が載っている。

本文には色々な国での呼び方についても書かれており、ギリシア語、ラテン語 Zizyphus、イタリア語 Zizyphi、ほかに Zizipha もある。

見出しは「ZIZYPHUS」だが、図版では Ziziphus が使われている。左の図には主軸の各節に刺がある。
名 称 命名者 属名・備考 など
1623  Ziziphus  ボーアン 弟  ナツメ属
Caspard Bauhin (1560-1624)はスイスの植物学者。
『Pinax theatri botanici 植物の劇場総覧』で 6,000種以上の植物を記載し、古今の名称が対照されている。また『植物の種』の130年前に、すでに学名を2つの名前で表す「二名法」の考えを示している。
Bauhin

446ページ、右側と下部 略。
属名は ZIZIPHUS または(seu) JUJYBE。
第1種の Jujube majorres oblonge には9つの引用があるが、Jujube の数の方が多く、Jujuba や Zizipha もある。
名 称 命名者 属名・備考 など
1700  Ziziphus  トゥルヌフォール  ナツメ属
Josephi Pitton Tournefort (1656-1708)は『Institutiones rei herbariæ』第1巻 p.627 に Ziziphus属を記載。第2巻の 403図には花と実の図を載せている。

タイトル行「Ziziphus、Jujubier」の後者は、恐らくフランス語の呼び名で、種の記載は2種のみ。
前半の4行 A~Iは 403図の説明である。
名 称 命名者 属名・備考 など
1712  Naatsme  ケンペル  ナ-ツメ
Engelbert Kaempfer (1651–1716) はドイツの医師で博物学者。オランダ商館付きの医師として、1690年8月(元禄3年)から1692年9月までの2年間 出島に滞在した。2回の商館長の江戸参府にも随行して、街道沿いの植物・生物のみならず、日本の歴史・政治・社会についても観察した。
帰国後の1712年には『異邦の魅力』(原題:Amoenitatum Exoticarum )をラテン語で刊行。その第5部 「日本の植物」に多数の植物といくつかの植物画を記載した。名称は和名の読みで載っており、漢字が併記されているものも多いが、ナツメに関しては3行の記述だけで、刺についての説明は無い。

記載内容は「果実は栽培されているプラムほどの大きさで、果肉は硬く、砂糖が加えられることが多い。核の両側に鋭い角があるオリーブのような形をしている」のようだが、最後の部分は枝の刺のことかもしれない。
名 称 命名者 属名・備考 など
1737  Rhamnus  リンネ  クロウメモドキ属
Carl von Linné (1707-1778) はスウェーデンの植物学者、博物学者、生物学者。リンネは植物の分類の基礎が花の「雄蕊と雌蕊」にあると確信し、『Systema Naturae 自然の体系』(1735)の初版を出版。すべての種を二名法で記載した『植物の種』(1753)は、学名の起点となっている。分類には「綱」・「目」・「属」・「種 (および変種)」の4つの階級を用いたが、しべの数による分類は、現在の分類方法とは異なっていた。 Linnaeus
クロウメモドキ属を記載したのは『Genera plantarum 植物の属』。

リンネは トゥルヌフォールら先人が用いていた
 ・Frangula:GRINによると 恐らく Rhamunus の異名、
 ・Cervi:不明、・Paliurus:ハマナツメ属、・Alaternus:不明
 ・Ziziphus:ナツメ属
の5属を、クロウメモドキ属ひとつにまとめてしまった。
なお 引用している属名の Ziziphus Tournef. に 403 とあるのは、ページ数ではなくて 図番号だと思われる。
『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
様々な形で記載されてきた植物の名前を「属名と種小名」で表す二名法には一部で以前から使われていたが、『植物の種』で記載の全ての種についてこれを定めたことで、後に学名の出発点として選ばれた。
学 名 命名者 属名・備考 など
1753  Rhamnus  リンネ  クロウメモドキ属の正名
 R. zizyphus  ナツメの異名
植物の属での考え方は『植物の種』にも引き継がれ、「PENTANDRIA 5体雄しべ」の綱に分類されている。

中略

後略
このため 現在のナツメ属は無く、RHAMNUS属に 11種 2変種を記載したが、それらを3つのグループ (緑の下線)
  * Spinosi:刺の多い:1種
  ** inermes:刺が無い:3種、1変種
  *** Aculeati:針の有る:7種、1変種
に分けている。Spinosi と Aculeati は同じ意味なので、第1種を確認すると、
R. catharticus  セイヨウクロウメモドキ クロウメモドキ属
注) クロウメモドキ属は短枝が多く、小枝の先が刺化する。そこで ここでの「Spinosi」は葉の基部につく刺ではなくて、枝先の刺と考えることができる。現在の学名は R. cathartica
なお、クロウメモドキ属は4数性で、リンネの分類では「例外」となり、同属内で分類の基本に矛盾が生じている。
続いて 肝心のナツメに関係する記載は *** Aculeati にある。


現在 GRIN では、
第8種  R. Jujuba  → Ziziphus mauritiana Lam.
 ・単独の反り返る刺がある、との説明がある
第9種  R. OEnopolia  → Ziziphus oenopolia Mill.
第10種  R. Zizyphus  → Ziziphus jujuba Mill. var. jujuba
 ・1対の真っ直ぐな刺がある、との説明
 ・種小名は ziziphus ではなく、zizyphus
第11種  R. Spina-Christi  → Ziziphus spina-christi Desf.
となっている。
ここで、ナツメの命名者 Philip Miller (1691-1771) に注目。
学 名 命名者 属名・備考 など
1757  Ziziphus  ミラー  ナツメ属
1768  Ziziphus jujuba  ミラー  ナツメの正名(保留名)
Philip Miller (1691-1771) は、スコットランドの園芸家、植物学者。長くロンドンのチェルシー薬草園の園長を務めた。リンネの「自然分類法」に批判的で、1731 年から始めた『The Gardeners Dictionary 園芸事典』では、トゥルヌフォールなどの属名を用いた。このためリンネの『植物の種』に無かったいくつかの属名が、ミラーの命名となっている。 Miller
ミラーは『植物の種』の翌年 1754年発行の『園芸家事典』第4版に合計 308 にものぼる属を定義し、その後も新しい属名を発表し続けた。種については1759年以降のに名付けていった。
近年になって、学名の出発点が『植物の種』とされたために命名者としてはリンネの名を冠する属が多いが、クロウメモドキ属のように リンネがいくつかの属をひとまとめにしたケースでは、ミラーの「再定義」が有効になっている。このほかのよく知られている属としては、リンネがミモサ属にまとめてしまった アカシア属がある。

中略

後略
4種が記載されているうちの 第1種がナツメで、緑の下線「各節に一対の強いまっすぐなトゲがある」が、後半に書かれているそれぞれの種の説明でも特徴のひとつとして書かれている。
ミラーが リンネ『植物の種』の種小名 zizyphus を継承しなかったのは、まず ミラーが アンチ・リンネだったこと、そして当時は「学名の先取権」という概念がまったく無かったこと、が挙げられる。
「重複名」にも制約が無かったはずだが、Ziziphus Zizyphus を意図的に避けた、ということでもなかっただろう。
現在では正名となっているものの、当時はリンネの方が主流であり、この Ziziphus jujuba が使われていたかは疑問だ。
学 名 命名者 属名・備考 など
1789  Ziziphus vulgaris  ラマルク  ナツメの異名
Chevalier de Lamarck (1744年-1829)は、18世紀から19世紀のフランスの生物学者・博物学者である。
パリの自然史博物館で昆虫などの研究を行い、無脊椎動物の専門家になってその分類を発展させた。
1802年に「biologie 生物学」という用語を作り、脊椎動物と無脊椎動物を初めて区別した。植物学の百科事典である『Encyclopedie methodique Botanique 』にナツメ属についてが記載されている。
Lamarck

②の記載よりも後に、同種に別の名前を付けたもの。
種小名 vulgaris は一般的な の意味で、記載した12種の中でもよく知られたものということだろう。既刊の書物を網羅?しており、5年前に発刊された チュンベリーの「日本植物誌」(1784) も挙げられている。
遅くともこの時までには「ナツメ属」が認知されていたことになる。
1867
学名の命名法の国際基準化が試みられ、第4回植物学年会(パリ年会)が開催される。
学 名 命名者 属名・備考 など
1882  Zizyphus Zizyphus  カールステン  現在は非合法名
Karl Hermann Gustav Karsten (1817- 1908)はドイツの植物学者、地質学者。
ベネズエラ、ヌエバ・グラナダ、エクアドル、コロンビアで研究した後、ベルリン大学で植物学の非常勤教授、1868年からはウィーン大学の植物学教授を務めた。その後、ベルリンに植物生理学研究所を設立した。              (Wikipediaより)
Karsten
本種を記載したのは『Deutsche Flora』870ページ。

記載した学名は属名と種小名が同じ「反復名 tautonym」で、現在は認められていない。
属名を Zizyphus としたが、トゥルヌフォールの『Institutiones rei herbariæ』❸を見る限り、属名は Ziziphus で、なぜ Zizyphus を採用したのかがわからない。
このことは、後に 1977年にミクルが指摘している。
学 名 命名者 属名・備考 など
1977  Ziziphus Zizyphus  ミクル  本種の元の名、棄却名
Robert Desmond Meikle (1923–2021) はイギリスの植物学者。キュー植物園標本館に勤務した。『Flora of Cyprus』2巻の著作が有名。
その『Flora of Cyprus』第1巻 358ページに、Z. Zizyphus を記載したが、近年の著作であるために一般公開されていない。
③ を訂正したもので、トゥルヌフォールの属名は Ziziphus であり、そうすれば 一文字違うので「重複名」にもならない、ということになる。
2005
第17回 ウィーン国際植物学会議
命名規約上いつ決まったことなのかはわからないが、③の属名
ZizyphusZiziphus に読み替える措置がとられ、本種の正式な学名は、 Ziziphus zizyphus (L.) H. Karst. ,
     Deut. Fl.: 870. Sep 1882 (‘Zizyphus zizyphus’).
となった(2行目は付記)。
2011
第18回 メルボルン国際植物学会議
学 名 命名者 属名・備考 など
2011  Ziziphus jujuba  ミラー  保留名となる


2009年にミラーの学名 Ziziphus. jujubaを保留名にする提案がなされ、2011年に承認されて、Z. Zizyphus⑤ は棄却名となった。
理論的には リンネの Rhamrus Zizyphus ① に先取権があり、それを訂正した カールステンの Zizyphus Zizyphus ③ → Ziziphus Zizyphus が正名となってもおかしくはないが、長い間使われてきた Ziziphus jujuba を保留名と認めたものである。


ナツメの変種 の 命名経緯
Ziziphus jujuba var. jujuba のふたつの変種
  Ziziphus jujuba var. inermis (仮称)トゲナシナツメ
  Ziziphus jujuba var. spinosa サネブトナツメ
の命名の経緯はこれまでのものと年代的に交錯するので、別に掲載する。
学 名 命名者 属名・備考 など
1753  Rhamnus zizyphus  リンネ  ナツメの異名
『植物の種』にクロウメモドキ属として記載。改めてその記載を見ると


「まっすぐな一対の棘、雌雄異株、卵形長楕円形の葉を持つ」。たったこれだけである。194ページの引用文献はあまり参考にならず、やはりドドネウスの図が参考になる。


植物園のものとの違いは、鋸歯が粗いこと。筑波植物園で撮った写真の実の数は少ないが、たくさん生ることも多い。
学 名 命名者 備 考
1768  Ziziphus jujuba  ミラー  ナツメの正名(保留名)
1789  Ziziphus vulgaris  ラマルク  ナツメの異名
学 名 命名者
1833  Ziziphus vulgaris var. spinosa (Zizyphus)  ブンゲ
 Z. vulgaris var. inermis  記載は Zizyphus
Alexander Georg von Bunge (1803-1890)は、ドイツ系ロシア人の植物学者。アジア、シベリアへの植物探検などで知られている。
このふたつの変種は 1830年から31年に、ロシア正教会の中国宣教団に同行して北京に行った時に採取した植物をまとめた『Enumeratio plantarum quas in China boreali collegit 中国北部で採取した植物のリスト』(1882) の 88ページに記載したもの。
Bunge

変種 α. spinosus の記述は「灌木。2本の棘があり、1本は非常に長く真っ直ぐで、もう1本は短く湾曲している。果実は 大きなエンドウ豆ほどの大きさの長楕円形」
サネブトナツメ
これでようやく、サネブトナツメの側枝につく特異な刺の形に行き着いたが、この刺はナツメにもある。
・変種 β. inermis は「刺が無く、果実はプラムほどのサイズ。栽培種」
学 名 命名者
1922  Ziziphus jujuba var. inermis (Zizyphus)  レーダー
Alfred Rehder (1863-1949)はドイツ生まれで、アメリカに帰化した植物学者。公園の監督官だった父の許での見習いに始まり、ヨーロッパのいくつもの植物園で働いたのち、1898年にボストン アーノルド樹木園に出向した。園長のサージェントの目に留まり、以後はアメリカで活躍した。
レーダーが トゲナシナツメを記載したのは、サージェントと共に刊行した樹木園の機関誌『アーノルド樹木園ジャーナル』第3巻 220ページ。

後略
ⓑの種小名を jujuba に訂正したもので、種についての説明は全くない。
なお 文中の属名はすべて Zizyphus となっているが、命名規約によって Ziziphus に読み替えられている。
5行目以降の解説の中で、「100年以上使われてきたラマルクの名前(③) が、別の種に移されるのは確かに残念なことだが、我々の命名規則ではこれを避ける方法はないと思う。」と述べている。
やはり、ミラーの学名 Ziziphus jujuba は使われていなかったようだ。
レーダーが なぜ var. spinosa を見落としたのかはわからない。
学 名 命名者
1934  Ziziphus jujuba var. spinosa  胡 ex 周
ⓐの種小名を変更したもの。
命名者 胡 先瓊(hu xian qiohg)に代わって、周 漢帆 (chow? han fan) が『河北普通樹木図説』に記載したものだが、詳細は不明。

変種名 spinosa にとらわれすぎて、ナツメよりも刺が鋭い、あるいは ナツメには刺が無いのでは、などの先入観があった。
両者ともに似たような刺があるようなので、落葉時は特に区別しにくく、果実で確認する必要がある。

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