ニワトコ 庭 常
Sambucus racemosa L. subsp. sieboldiana Hara (1956)
← Sambucus racemosa Linn. var. sieboldiana Miq. (1866)
古 名 : ミヤツコギ
APG分類: レンプクソウ科 Adoxaceae
旧科名 :  スイカズラ科 Caprifoliaceae
属 名 : ニワトコ属 Sambucus
   Tourn. ex Linn. (1735)
中国名 : 接骨木  jie gu mu
原産地 : 本州、四国、九州
朝鮮半島南部
用 途 : 庭木。
漢方で半開の花を干したものを「接骨木花」と呼び、発汗・利尿剤に用いられる。茎・根・葉は打撲骨折などの消炎やリューマチに効くとされる。

APG分類で スイカズラ科から 「レンプクソウ科」に移された ニワトコ属。連福草は 別項のガマズミを書くまで、全く知らなかった植物である。科についての記述は重複するが、再掲する。


昔 カワセミ池の西側に一本あったが 10年前から勢いがなく、いつのまにか枯れて無くなってしまった。その生まれ変わりか、カワセミ池のふちに実生と思われる若木が生えている。
 
@:カワセミ池のニワトコ    2011.4.17.
高さ4m弱の落葉樹。低木で 枝先が湾曲して円弧を描くのは、旧スイカズラ科に共通した樹形だ。

A:60番通りのニワトコ       2011.4.17.
園の奥から入り口方向を見ている。斜面に生えているので 少し大きく見えるが、高さは3m強。奥の木立はメタセコイヤ。

@ : 幹の様子             2011.3.27.
太さは根元で6センチ程度。もっと太くなるとコルク質が目立つようになる。
枯れてしまった木の樹皮
2000.3.18撮影。幹の太さは 20センチ弱だったと思う。
幹には白い随がある。
@:細い枝にも随がある     2011.3.27.
この枝の直径は3センチ。この程度の太さでは コルク層はほとんどできていない。真ん中の白い随は、植物学の実験で 顕微鏡用の切片を作る時に、この随に試料を挟んで薄く切るのだそうだ。柔らかく しかも崩れない ということだろう。


        B:分類標本園             2012.2.16.
花を含んだ冬芽が 大きく膨らんできた。右の芽は花が無い。

すぐに花序が見えてくる     2012.3.6.
新葉の裏は赤紫色。ブロッコリーのような花の集合 (花序) 。

大きくなってきた花序     2011.3.27.
葉は、旧スイカズラ科では極めて珍しい 奇数羽状複葉。

前図の部分拡大

伸びた新枝と花序      2001.3.18.

満開の様子        2001.4.8.
黄緑だった蕾は 咲くと淡い黄色がかった白 となる。雌しべの先端(柱頭)は暗い赤色。               ↓ 2011.4.10

花の詳細        2011.4.10.
花は合弁花で、5つに裂け 全体に反り返る。雄しべは5本。

赤い実 あおい実      2011.5.24.
花序・果序の様子
二股 ふたまたに分かれながら広がる 二出集散花序。軸には毛があるように見えるが、乳状の突起だそうだ。

熟した実        2011.6.11.
実は疎らにしか付かないこともあるが、これは多い方だ。鳥が好むという。 フラッシュ使用。


 
ニワトコ の 位置
写真@:
写真A:
写真B:
F8c-9a
F12 a


カワセミ池のほとり
60番通り 標識62の先 右側
分類表本園

名前の由来 ニワトコ 
Sambucus racemosa L. subsp. sieboldiana

和名 ニワトコ 庭常 : 古名から変化したもの?
代表的な古名は @「ミヤツコギ」 で、これは A「ニワツコギ」が転訛したもの、あるいは 古名を意識して新たに付けられたもの。
では「ニワツコギ」は何かというと、「ニハツウコギ」が短くなったものと考えられる。庭(ニハ)+ツ(連体助詞)+五加木(ウコギ) で、ニハツウコギ → ニハツウコ → ニハツコ と短縮された後 → ニワツコ → ニワトコ と変化した。
参考:『語源辞典 植物編』/吉田金彦

ウコギはもともと中国原産で、古くに渡来して各地に植栽されたという。トゲがあるために、垣根にも使われた。ニワトコとの共通点は
  ・落葉低木
  ・形は違うが複葉で 小葉に鋸歯がある
  ・若葉が食用になる
  ・薬用になる
などである。
外来種のウコギに対して、日本に自生するニワトコを「庭の五加木」と呼ぶのはおかしな事であるが、ウコギの利用が一般的になった後で、古名@ミヤツコギの代わりに Aニワツコギの名が使われるようになったと考えられる。
ウコギ    2012.4.1.
上記の説でよいかと思っていたが、これだと 庭に植えらるようになってから付いた名、ということになる。

有用な植物には その発見・利用開始とともに、各地方で、特徴を捉えた様々な名前が付けられたはずである。標準和名は 近代になって、そのなかでも最も普及している名、あるいは由来がはっきりしている名が選ばれたのだと思う。

大昔に使われていた「古名」と (標準)和名 がまったく違うものもある。その場合の和名は近世に新しく名付けられて広まったもので、由来も別々に考えなければならない。

ニワトコの場合は、古名の「@ ミヤツコギ」と「Aニワツコギ」に似たところがあるために混乱したが、「@ ミヤツコギ」の由来を 別に考察する必要がある。

古名 ミヤツコギ 造木
日本最初の漢和辞書である『倭名類聚鈔』(源 順/10世紀末)は、音・意義を漢文で注し、万葉仮名で和訓を加え、文字の出所を考証・注釈している。
ミヤツコギについてはいくつかの本に「接骨木 美夜都古木」(倭名抄)とあるばかりで、説明が不十分だ。原典にはあたっていないのでわからないが、もしそれだけの記述なら「(中国名の)”接骨木” という木の呼び方は ミヤツコギ」という事実を述べただけで、由来には言及していない。

現代の辞書では「木」は「ニワトコの事」となっている。
みやつこ」は古代の姓(かばね)のひとつ であり、「宮つ子」は 神官、神主 のことである。

『図説 花と樹の大事典』には、地方名のひとつとして 千葉県に「アボ」という名が載っている。アボは「粟棒 あわぼう」の略で、小正月に豊作を祈願して「稗棒 ひえぼう」とともに飾り付ける作り物であり、ヌルデが使われることが多かった。ニワトコもこれに使われたために「ミヤツコ木」の名が付いた、というのはひとつの説となろうか?
「粟棒・稗棒」は広く民間で行われていた行事であり、神官が行う神事とはつながらない。それとは別に、ニワトコが神事でよく使われたのであれば 十分に由来となりうる。

中国名 接骨木 :
ニワトコの漢字として「接骨木」が使われることがあり、読みとしても セッコツボクの別名がある。中国に原産しないようなので、中国名の逆輸入となる。

その由来は、材の黒焼き あるいは 茎・根・葉が 打撲骨折に効くといわれるためだが、別の説として、葉の落ち跡が目立つ若木の幹の様子が 骨を接いだように見えるため、というものを付け加えたい。遠目には 竹の節(ふし)のようにも見える。


亜種名 ssp.(=subspecies) sieboldiana : 人名による
いうまでもなく シーボルト (1796-1866) を顕彰したものである。19世紀に 変種 var. として記載されたものだが、現在は亜種に訂正された。
 亜種 とは
分類の「種 (しゅ)」よりも下のランクをおさらいすると、
・亜種 ssp.:



・変種 var.:
種の下の階級。すでに記載されている種とは違いがあるものの、独立させるほどの違いではなく、変種とするには相違点が多いもの
「種」と部分的な違いがあるもの
亜種にするか変種にするかなどの厳密な定義は、以前もはっきりしていなかったようだが、APG分類では どうなっているのだろう? 
遺伝子の違いの度合いによるものと思うが、筆者にとっては専門外で詳細はわからない。
これまで 変種などとされていた植物が、APG分類では「同一種」、すなわち 部分的な見た目の形態などが違っていても、遺伝子は変わらないので「栽培品種」扱いとなってしまうケースが多い中で、本種は「亜種」として生き残っている。

1866年に 変種として記載したのはミクエルである。関係する命名や事柄を年代順に記してみる。
年号 学名 命名者 和 名 備 考
1753  Sambucus racemosa  リンネ  西洋赤実ニワトコ  ニワトコの基本種
1823-28 シーボルトの滞日
1835-41 『日本植物誌』第1巻 シーボルトとツッカリーニの共著
1842-44 『日本植物誌』第2巻 1-5分冊 刊行 シーボルトとツッカリーニ
1848  ツッカリーニ 死去
  その後はミクエルが遺稿を整理し、シーボルトの死後の1870年に第2巻後半を刊行
1859-62 シーボルト 再来日 
1866  シーボルト 死去  10月18日
1866  S. racemosa var. sieboldiana  ミクエル  ニワトコの元の学名  GRIN*による
 S. racemosa var. sieboldiana  ブルーメ ex ミクエル  IPNI* による
1870  『日本植物誌』第2巻 6-10分冊 ミクエルによって刊行
1956  S. racemosa ssp. sieboldiana 原 寛 ニワトコ  現在の正名
* GRIN:Germplasm Resources Information Network、IPNI:The International Plant Names Index

 ミクエルによる命名 の意味
シーボルトとツッカリーニの『日本植物誌』には、第2巻を含めて ニワトコが載っていない。ニワトコを記載したのは、ツッカリーニの死後に『日本植物誌』の出版に係わった ミクエルである。
ミクエル(1811-1871)はオランダのフローニンゲン大学で医学を学び、後に医師養成大学の植物学教授となり、ライデン国立標本館の館長を務めた。
        写真は Wikipedia より
ミクエルがニワトコを記載したのは Annales Musei Botanici Lugduno-Batavi.の第2号(1866年)で、同じ年にシーボルトが死去している。
雑誌の発行月日の調べがついていないために その前後がわからないのだが、日本に自生する植物にシーボルトの名前を付けて記載したのだから、シーボルトの資料や標本を元にしたのは明らかだ。
ほかにもあるだろうと Index Kewensis で検索したところ、ミクエルが種小名にシーボルトの名を付けたものが 25種もあった。

 シーボルトとブルーメの確執問題
ここで気になるのは、もうひとつの学名データベース IPNI による学名の「命名者」が、Blume ex Miq. となっている事。

ex はラテン語の前置詞で 由来を示す「〜より」という意味である。ブルーメが命名したが、発表していなかったり 記載を伴っていないので、ミクエルが代わりに発表したことを示す。

木村陽二爭大場秀章解説の『シーボルト「フロラ・ヤポニカ」 日本植物誌』には、シーボルトとブルーメの間に確執があった事が書かれている。 大意は、
シーボルトの帰国時に彼が送っておいた標本などは、ライデンではなくブリュッセルの国立植物標本館に収容されていた。当時 ベルギーのオランダからの独立運動が火を噴いたため、シーボルトは文部省と掛け合って、全標本をライデンに移した。それが標本館長であったブルーメの留守中だったために、二人の間がしっくりしなくなった。
別の悶着(詳細は省略)もあって、
「ブルーメは私とツッカリーニを骨抜きにし、国立標本館からは 編集のためにほんの貧弱な資料しか渡さなかった」とシーボルトは憤慨していた。
シーボルトは様々な官職の誘いを断ってまで、植物に関する研究と もっと多くの著作をしようと意気込んでいたのに、ブルーメの意地悪にあって 十分に果たせなかった可能性があった、ということだ。

IPNI が正しいとすると、当時ライデン国立標本館長だったブルーメが、シーボルトの標本をもとに命名したものを、ミクエルが発表したことになる。
同じく Index Kewensis で検索したところ、ブルーメがシーボルトの名を付けたものが 12種あった。(現在は異名となったものも含む)


種小名 racemosa : 総状花序の
セイヨウアカミニワトコ Sambucus racemosa は ニワトコの基準種である。ニワトコとの違いは不明。
リンネは『植物の種』(1753) で Sambucus属に4種 3変種を記載したが、S. racemosa の名は、リンネ以前にボーアン(1560-1624) がその著作『植物の劇場総覧』(1623)に記載している。
Sambucus racemosa
Wikipedia
より
当時の「総状花序」の概念なのだろう。現在の植物用語では 花柄が枝分かれしないのが 総状花序。
総状花序 ヨウシュヤマゴボウ

属名 Sambucus属 :
本属のラテン語古名に由来するといわれているが、詳しいことは不明である。
 
科名 レンプクソウ科 連福草科 :
レンプクソウには地下に根茎があるのだが、それが たまたま隣にあった「福寿草」につながっているのを見て命名された、 という嘘のような話である。  『図説 花と樹の大事典』

中国名は「五福草」なので、その影響があったのかどうか・・・ 。

恐らく レンプクソウは草花愛好家の間では有名な植物なのだろう。
属名 Adoxa のとおり 小さくて目立たない花だが、頂部に付く 5つの花の「付き方・構成」が変わっている。 自分では見たことがないので、写真は福岡教育大学 福原准教授にお借りする。 (商用でなければ引用してもよい事になっている)
レンプクソウ Adoxa moschatellina
(C)福岡教育大学 福原准教授の HP、植物形態学テキスト より

5つの花は ひとつの頂生花と、それを四方から取り囲むように4個が横向きに付く。(側生花
そして、頂生花と側生花は花の作りが違う。
レンプクソウの 超アップ写真
頂生花

四数性
 花冠:裂、

 雄しべ:2裂 計本、

 花柱:
側生花

五数性
 花冠:裂、ときに6裂

 雄しべ:2裂 計10本、
     ときに12本

 花柱:
写真の花弁は6裂。(C)福岡教育大学 福原准教授のホームページ、植物形態学テキスト より

科名 Adoxaceae科 :
adoxa は、ギリシア語で 「顕著でない」、つまり注意を引かない、目立たない という意味である。そんな野草はいくらでもあるだろうが、花の色が黄緑色なので、咲いても目立たないのは確かだ。


植物の分類 : APG II 分類による ニワトコ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱: ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群: ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群: アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱: ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群: モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
マツムシソウ目  レンプクソウ科、スイカズラ科
レンプクソウ科  レンプクソウ属、ニワトコ属、ガマズミ属
以前の分類場所  スイカズラ科 ツクバネウツギ属、スイカズラ属、オミナエシ属、タニウツギ属、
ニワトコ属、ガマズミ属、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           

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