カイドウバラ 海棠薔薇
Rosa spp. バラ属 の一種
Rosa x uchiyamana Makino (1908)
R. multiflora var. Uchiyamana Makino (1905)
科 名: バラ科 Rosaceae
属 名: バラ属 Rosa Linn.
別 名: サクラバラ 桜薔薇
原産地: 日本
用 途: 庭木
備 考:
最近、植物園の名札の和名が「サクラバラ」から「カイドウバラ」に、学名も R. uchiyamana から 交雑種 R. x uchiyamana に変更された。
GRIN では「出自がはっきりしない」とのコメントがある。

植栽位置は、30番通りの売店の少し先。道の両側にふたつの株がある。明治時代から栽培されているもの。
備考に書いたように、学名には不確かな要素がある。
満開の姿          2011.5.17.
サクラバラはサクラ園の中に植えられている。売店前の十字路から北方向を見ており、左奥が分類標本園。
蕾     2009.5.5. 枝垂れる枝  2011.4.29.
花は今年枝の茎頂につく。小葉は5枚が多いが、7枚のことも。
数花の円錐花序。ひとつだけの単頂花序となることも多い。
トゲ     2009.5.5.
勢いよく伸びる徒長枝にはトゲが多いが、周囲に広がる側枝にはあまりつかない。
幼果    2012.9.25. 熟果   2011.12.28.
バラ属は通常、萼、花弁、雄しべがつく「花托筒」の中に、複数の心皮がある。赤い部分は花托筒が発達したもので、頂部は塞がっている。この中に真の果実(痩果)があるはず。
  参考:ハマナスの果実と種子 (筑波植物園)
筑波植物園の観察会で。ハマナスの場合は 口を閉じない。


 
サクラバラ の 位 置
D11d、E11 b: 売店の先、30番通りの両側に1株ずつ


名前の由来 サクラバラ Rosa uchiyamana

 和名 カイドウバラ 海棠薔薇:
牧野富太郎が、『本草図譜』のカイドウバラの図を見て、本種ではないかと推定して和名としたもの。
「命名物語」参照のこと。なお同書には、別名の サクラバラ も載っている。
 別名 サクラバラ 桜薔薇:
周囲がピンク色を帯びる花を、サクラに喩えたもの。
江戸時代後期の本草学者 岩崎 灌園(1786-1842) が1828(文政11)年に出版した『本草図譜』に載っているものがこれに相当すると考えられ、近代の命名ではない。
 バラ 薔薇、茨 :
いばら うばら ( 茨 ) の一文字目が省略されたもの。
茨には「かや」の訓があって くさぶきの意味もあるが、現在はトゲのある灌木の総称としても使われる。
薔薇 がバラを表すことになった由来は不明。漢名からきているのだろうが、別々になると「薔」が ミズタデ、「薇」はゼンマイやノエンドウの意味であるのが不思議。
日本での音読み「そうび」は平安時代の『古今和歌集』『源氏物語』『枕草子』にも見られるという。薔薇 は 襲(かさね)の色目にもなっており、表は ”紅”、裏は ”紫”。
 種小名 uchiyamana:人名による
命名者 牧野富太郎が東大理学部植物学科の助手だったときに命名したものだが、当時の小石川植物園の園庭 内山富次郎に献名したもの。 命名物語 参照のこと。


 
Rosa uchiyamana は牧野富太郎の命名だが、本ホームページが参考にしている GRIN*) では バラ属の一種 Rosa spp. で、正式な学名が確認できない種 となっている。
サクラバラは主な事典類には載っておらず、栽培している植物園も少ない。本園以外では、皇居東御苑と筑波植物園に植えられている。

サクラバラ の命名物語

和 名 著 者 備 考
1828  カイドウバラ
 サクラバラ
 岩崎灌園  『本草図譜』
岩崎 灌園(1786-1842) は 江戸時代後期の本草学者。本草学を小野蘭山に学び、若い時から本草家として薬草採取を行った。
20年を掛けて準備したという『本草図譜』を 1828(文政11)年に出版した。92巻からなり、2000種の図を、李時珍の『本草綱目』にしたがって配列した。
カイドウバラ と サクラバラは 27巻「蔓草類」に載っている。
岩崎灌園
図A:かいどうばら
図B:さくらばら
かいどうばら の説明文
(図内 左上、部分拡大):
「前略。 初め開く時は白く微かに紅を帯びる。漸く淡紅色の後に深紅色となる。 後略」


さくらばら(左図)の説明文:「葉は大小で五葉。花は単瓣で淡紅色。形は櫻花色の如し」
国立公文書館
 デジタルアーカイブ より
学 名 命名者
1895  Rosa multiflora var. fl. roceo  牧野富太郎
明治
28年
東大の助手となって間もない頃の投稿。日本植物学会の機関誌『The botanical magazine 植物學雑誌』第9巻 「雑録」の項に「繇條書屋植物雑記」なるタイトルで様々なメモ書きを載せている中のひとつ。
112ページ
●薔薇の諸事
本草図譜所載の かいどうばら(注 図A)はノイバラの一品で、紅弁単輪なるもの。
帝国大学植物園で「さくらばら」と称するものは、この品に属す。是れ ~ なり。

中略

○同書 さくらばら(注 図B) は チョウシュン 即ち コウシンバラの一品なり

後略
・ノイバラ:Rosa multiflora Thunberg、multiflora:花が多く、小さい
・コウシンバラ:R. chinensis Jacquin、花色:淡桃色 → 紅色
ノイバラ コウシンバラ

原種は一重
コウシンバラの「花色が変化する」という性質は、灌園の図A「かいどうばら」の説明と共通するところがある。ただし コウシンバラの小葉数は3~5個である。
灌園の図A「かいどうばら」を、植物園に植えられている 本種 カイドウバラ としたのは、どうも納得がいかない。
その理由は、本種は、図Aの説明書きにあるような開花後の花色の変化は無い。また、図中の葉の小葉数は7個だが、本種は通常5個である。そもそも、どう見ても 図Bの方が植物園のバラであり、なぜ図Bとしなかったのかが不思議である。
牧野は両者を取り違えたのではないだろうか? 和名は本来、サクラバラ とすべきだった。筆者としては、サクラバラ の名札が コウシンバラ に変わってしまったことを残念に思っている。
学 名 命名者
1905  Rosa multiflora var. Uchiyamana  牧野富太郎
明治
38年
その後牧野は『植物學雑誌』で「Observation on the Flora of Japan」というシリーズでの掲載を行っていた。第19巻 151ページ~に カイドウバラの学名を正式に記載し、詳しい説明を載せている。

カイドウバラを ノイバラの新変種として記載した。
中略、詳しい説明が 約1ページ分ある

和名を カイドウバラとし、変種名は、助手だった当時の植物園の主任園丁 内山富次郎氏に献名したもの、と明記されている。
学 名 命名者 備 考
1908  Rosa Uchiyamana  牧野富太郎
明治
41年
さらに3年後の『植物學雑誌』第22巻 163ページに、同じタイトル「Observation on the Flora of Japan」の中でカイドウバラの学名を訂正して、種に格上げした。

属性についてはすでに③で述べているためか、省略されている。

本種は ノイバラ と コウシンバラの交雑種だという説がある。その両親を否定するわけではないが・・・、
ノイバラは日本全土に自生するが、コウシンバラは中国原産である。③によると、牧野が 1888年に採取したのは秩父 武甲山であるため、 自然交雑するためには、たとえ古くに伝わっていたとしても、コウシンバラが山中にまで広がっている(逸出していた)ことが必要となる。
サクライバラ 筑波植物園
筑波の名札は サクラバラで、交雑種を示す「 x 」がついている。

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