リュウケツジュ 龍血樹
Dracaena draco Linn. (1767)
← Asparagus draco Linn. (1762)
科 名: キジカクシ科 Asparagaceae
属 名: ドラセナ属 Dracaena Vand. (1768)
(リュウケツジュ属)
原産地: カナリア諸島、マデイラ島、南モロッコ、ベルデ岬諸島。絶滅危惧種で野生のものはほとんどないそうだ
用 途: 幹と葉から採れる赤い樹液を、塗料の着色剤・写真製版・薬として利用した。
観賞用として栽培される。
撮影地: 小石川温室、ポルトガル 、スペイン

単子葉植物には「樹木」のイメージが薄いが、ヤシ目(もく)(シュロを含む)とタコノキ目、そしてキジカクシ目キジカクシ科に数10mになるものが多数みられる。そのひとつが このリュウケツジュ。

小石川温室 第1室
リュウケツジュの成木は無数に枝分かれしているが、「幼樹」はある高さまで、このように真っすぐに立ち上がるという。


樹 形 ①        2009.10.1.
リスボンの市街地、丘の上にあるリスボン大学植物園に植えられていたもの。土手の下の道を通りかかった時にはその大きさに気が付かず、離れて見て 改めて驚いた。
高さはさほどではないが、一本の木である。人と較べるとその大きさがわかる。普通の樹木なら驚くこともないが、鉢植えの観葉植物としてなじんでいるドラカエナ属に、こんな木があるとは。
朝日百科『植物の世界』や『MABBERLEY'S PLANT-BOOK』によると、かつて高さ20m、幹周り12mの大木が存在し、樹齢 6,000年といわれていたが、1868年に大風で倒れてしまったそうだ。
樹 形 ②       2009.10.2.
リスボン郊外の熱帯植物園のもの。こちらの樹高は4m弱で、確かに「主幹」がある。
根元 と 幹
傾斜地に生えている①の木の根元。普通は植物園の鉢植えのように、まず地面から直立するようだがが、この木は地際で枝分かれしてしまっている。成長は極めて遅く、枝分かれするのは10年に一度とのこと。すでに何十年も経っている幹・枝は、埃にまみれて?茶色くなっている。
幼木の幹             2022.3.3.
下部は、葉痕は残っているものの時間が経って、大理石のような肌になっている。右はそれに続く上部。根が詰まったり水分が足りなくなったりすると、生育が悪くなって幹が細り、葉の厚みもなくなる。
幼木の幹の上部              同上.
葉は螺旋状に付く。維管束痕はひとつ。古くなった葉は枯れて褐色になり、比較的速やかに脱落する。葉の基部が「龍血」を思わせる色になっているが、ほかの2個体はそれほどでもない。これが正常の範囲なのかどうかは、わからない。

葉の様子        2022.3.3.
長さ60センチ程度、幅は25~30ミリで、裏表ともに白い。
花序 と 小花        flickr より.

ともに creative commons, 撮影 Tim Waters
ドラカエナ属に共通の花序の形で、全体では円錐形となる。小花は一箇所に束になってつく。
若い実 熟した実
ポルトガル ①の木。緑色から完熟まで、たくさんの実が生っており、熟した実が無数に地面に落ちていた。
乾いた実と 種子
実の直径は 15mm、種子の直径は7~9mm。



名前の由来 リュウケツジュ Dracaena draco
 リュウケツジュ 竜血樹:
葉や幹から採れる暗赤色の樹液が dragon's blood(竜の血)と呼ばれているところから。
種小名 draco や属名が「竜」の意味であり、その木から採れる赤い樹脂に「竜の血」という名が付けられた。
属名も リュウケツジュ属 である。
 Dracaena 属 ドラカエナ属:
ギリシア語 drakaina, または dracaena 雌の竜。意味はわかっても、なぜ本種にその名が付けられたかは、想像もつかない。
ポピュラーな観葉植物 D. fragrans 'Massangeana' を昔から育てているが、ドラセナが竜の意味だったとは・・・。
 種小名 draco:
そのものずばり「竜」の意味。このため、本種の学名は「竜のなかの龍」となる。
draco と名付けたわけは、命名物語で。
 クサスギカズラ科、キジカクシ科 または アスパラガス科:
単子葉植物、クサスギカズラ目(もく)。根茎をもつ多年草で、クサスギカズラ Asparagus cochinchinensis、キジカクシ A. schoberioides ともに日本に自生する。
クサスギカズラ Asapragus cochinchinensis  flickr より.

撮影 Shih-Shiuan Kao

撮影 Bahamut Chao
樹形は半つる状になる。葉のように見えるのは枝が変化したもの(仮葉)で、葉はその基部で極小に退化している。グリーンアスパラに付いている小さな鱗片が、茎についている葉である。
「クサスギカズラ」は、ツル状に繁茂し、柔らかく尖った葉を草のようなスギと表現したもの。
 Asparagus アスパラガス属:
『園芸植物大事典/小学館』にはふたつの説がある。
①アスパラガスの仲間に鋭いトゲを持つものがあるところから、ギリシア語の asparasso 刺す に由来する。
②ギリシア語 asparagos 甚だしく裂ける。
『植物学名辞典/牧野』では、a 甚だ + sparasso 裂く、刺す とふたつを括っている。
我々が食べている野菜のアスパラガスは、A. officinaris。原産はアジア温帯域、ヨーロッパなど。和名はオランダキジカクシ。1.5mになる茎が 20センチ程度の時に収穫する。以前は同種の変種 var.altilis とされていたが、APGの時代になって変種扱いではなくなった。


 
リュウケツジュ Dracaena draco の命名物語

本種の学名は、最初の学名をリンネ自身が訂正したため、 Dracaena draco ( L. ) L. である。そのわけと、なぜ draco 竜 という種小名になったのかを探ってみた。
次に、属名 Dracaena の命名者は近年までリンネとされていたが、今は Vandelli である。なぜ変更されたのか?
は正名、 は異名
内は 推定事項
  肖像写真は Wikipediaより
  図版は、Biodiversity Heritage Library より
 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  正名・異名の対象外
学名の出発点に定められたリンネの『植物の種』には、その種を掲載している自書とともに、既刊の書名と著者名(略称)が挙げられており、これによってリンネ以前の命名の様子を覗うことができる。
さらには、その文献内にも同様な記載があり、リンネよりも200年以上前の状況を知ることができた。ただし ラテン語が一部しか訳せないために、十分な説明はできていない。
発刊順に掲載するため、筆者が調べて遡っていったのとは逆になる。
学 名 命名者 属名・備考 など
1576  Draco arbor  クルシウス  ?
Carolus Clusius (1526-1609)はフランス生まれでフランドルの医師・植物学者。ライデン大学付属植物園の設立に尽力。一般の植物のみならず、高山植物の研究や園芸植物の品種改良も行った。
本種の記載は『Rariorum aliquot stirpium per Hispanias observatarum historia 非常に珍しい幾つかのスペイン植物の観察』。➋の1行目に既刊の文献として挙がっていたために、見つけることができた。
クルシウス
本書の11ページ、巻頭に位置する「巨大な樹木」第1章に掲載されており、次のページに大きな図版(右)があった。
まさに リュウケツジュ であり、葉の形状や花、実もリアルに描かれている。
Draco という言葉は植物名以外にも、Draconis, Draconem, Dracone などがあり、「巨大な、大きな」という形容詞として使われていると思われる。
またリンネよりも200年前に「二名法」による植物名の記載(欄外 赤線 Draco arbor)を行っている。
クルシウスは16世紀には非常に影響力のあった学者であり、リュウケツジュは奇怪な樹木として広く知れ渡ったに違いない。
1623  Draco arbor  ボーアン 弟  ?
Gaspard Bauhin (1560-1624)はスイスの植物学者。リンネよりも100年以上前に、一部「二名法」で植物名を表していた。
『Pinax theatri botanici 植物の劇場総覧』p.505。記載した位置は本の最終盤で、PICE トウヒ、ABIES モミ、TAXUS イチイの次で、さらに PALMA ヤシ(属)が続いている。前掲 1576年のクルシウスの本(❶)の名称をそのまま受け継いでおり、DRACO に 'ARBOR' が付いているのは本書内のほかの項目には無い特徴である。
また、ほかの命名例として「草本の Draco」もあった。
サトイモ科 Dracunculus 竜のしっぽ(尻)属 の項に、「Draco herba 草の竜」の名がある。そこには、ボーアンよりもさらに100年前の、ドドエンス Dod. (1517-1585)の時代から使われていることが示されている。
Dracunculus属は現在も健在で、葉は鳥足状、花は暗紫紅色の仏炎苞。これに似ているのがテンナンショウ属のウラシマソウ。
参考:ウラシマソウ Arisaema urashima

2011.4.20 小石川植物園
西洋の dragon のイメージは、東洋の龍とは違って右図のような ヘビ~翼竜 だったので、葉(翼)の間から突き出る付属体を Dracun-culus 竜の尻・しっぽ と名付けたものと思われる。
『牧野辞典』には「龍の縮小形」とあるが、これは間違い。
草本の draco は具体的な竜が由来のようだ。
1720  Palma folis longissimis  ブールハーフェ  ヤシ科
Herman Boerhaave (1668-1738)はオランダの医師・植物学者。
『Hortus Lugduno Batava』p.169に記載。
リンネが参考文献として①に記載。
1735  Asparagus 属  リンネ  ユリ科
『自然の体系 第1版』
1740  Cordyline folis inermibus  ロイエン  ユリ科?
リンネと同時代の植物学者 Adrian van Royen (1704-1779)が『Florae Leydensis prodromus』p.22 に記載したもの。ユッカ属から切り離して新属としたようだ。リンネが参考文献として①に記載。
『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
様々な形で記載されてきた植物の名前を「属名と種小名」で表す二名法に統一するためには、どこかに線を引かなければならない。一部では以前から使われていたが、『植物の種』で記載の全ての種について定めたことが、後に学名の出発点として選ばれた最大の理由である。
学 名 命名者 属名・備考 など
1753  Asparagus 属  リンネ  ユリ科アスパラガス属
リンネは『植物の種』(第1版)のアスパラガス属に10種を記載し、現在でも正名となっているものが多数ある。
1762  Asparagus draco  リンネ  異名 本種の元の名
Carl von Linné (1707-1778) はスウェーデンの博物学者。
『植物の種 第2版』第1巻の p.451。
リンネはこの本でアスパラガス属に14種を記載した。その最後が本種だが、属名に疑問符?が付いており、自信が無かったことを示している。脚注には、(未確認だが?)スペイン産、花はアスパラガス属に似ている、などが書かれている。
❹ ❸ ➋ は『植物の種』以前の記載(前掲)。
1764  Draco-arbor  ガルソー  学名の対象外?
フランスの植物学者・動物学者の François A. P. de Garsault (1691- 1778)は『Les figures des plantes et animaux d'usage en medecine』に記載したが、ハイフンで繋げられているため、属名と種小名とはならず、もちろん異名だが Draco属の命名者にもならなかった。
1767  Dracaena 属  バンデリー  命名時は ユリ科
筆者が基準としている GRIN-Global のデータやその他のサイトでは、ドラカエナ属の命名者を Domenico A. Vandelli (1735-1816) としている。バンデリーはイタリアの自然科学者で、おもにポルトガルで活躍した。
ところがこの年に、バンデリーがこれを記載した気配は無い。ではなぜバンデリーがドラカエナ属の命名者とされるのか?
その解答は、リンネの1767年の著作『Mantissa plantarum 植物補遺 第1版』p.9 にあった。
バンデリー
リンネが初めて Dracaena属を記載したものだが、属名に続けて
 authore Vandelio (赤線部分) とある。
authore は auctor 命名者のことで、Dracaena属の命名者がバンデリーであることを明記しているためだった。
1767  Dracaena draco  リンネ  正名、命名時はユリ科
『自然の体系 第12版』第2巻の p.246。
これまでに記載した数種を Dracaena属に変更したもので、1. が本種。各記述は極めて短く、参考文献としてAsparagus Draco が『植物の種』451ページに記載されていることが示されている。
相変わらず頭文字を大文字 D にしている。人名ではないから、地名あるいは何らかの固有名詞と考えていたのかもしれない。
1768  Dracaena yucciformis  バンデリー  本種の異名
リンネの2つの著作の翌年、バンデリーは Dracaena属についての40ページほどの冊子を書いた。タイトルは、正確ではないかもしれないが、『巨木(リュウケツジュ)についての論文 あるいは ドラカエナの詳細論文』といったところだろうか。
リュウケツジュについてのこれまでの記載履歴、生態、薬の効果、経済効果、栽培法、属性、流通などについて述べている。これはリュウケツジュの樹液が、塗料や薬として使われていたためだろう。折込の図は、❶のクルシウスの図版と違って実物を忠実に描いている。
 Draco 属  クランツ  Dracaena属の異名
 Doraco dragonalis  本種の異名
Heinrich J. N. von Crantz (1722-1797)はルクセンブルグ生まれの医者・植物学者。新たに Draco属を立てて本種を記載したものだが、さすがに Draco draco とはしなかった。
 Palma draco  ミラー  本種の異名
スコットランドの植物学者 Philip Miller (1691-1777)は、②をヤシ属として命名し直した。
1771  Dracaena yucciformis  バンデリー  本種の異名
1768年出版の数年後に、同じ図を『Fasciculus plantarum cum novis generibus, et speciebus』に載せている。
着色はのちに施された可能性があるが、葉の付け根が赤く塗られているので、これは本種の本来の性質と思われる。
1836  Drakaina draco  ラフィネスク  本種の異名
Constantine S. Rafinesque (1783-1840)による命名。


 
リュウケツジュの 分類の変遷

当初はユリ科やユリ目に分類されていた本種は、近年になって分類の位置が何度か変化した。その経緯を整理してみた。

分類名称
1753  (リンネ)  ユリ科  アスパラガス属
1767  (リンネ)  ユリ科  ドラカエナ属
1768  (ミラー)  ヤシ科  Palma属
Palma属 は Phoenix属の異名
1859  (カリエール)  リュウゼツラン科
   Agavaceae
 ユッカ属
1964  新エングラー  ユリ目  リュウゼツラン科  ドラカエナ属
1988  クロンキスト  ユリ目  リュウゼツラン科  ドラカエナ属
センネンボク属 Cordyline は別属とされた
1997  (マバリー)  クサスギカズラ目
1998  APG
2003  APG II  クサスギカズラ目  クサスギカズラ科
   Asparagaceae
 ドラカエナ属
2009  APG III  クサスギカズラ目  クサスギカズラ科  ドラカエナ属
2016  APG VI  クサスギカズラ目  クサスギカズラ科  ドラカエナ属


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