夢の島 熱帯植物館
シクンシ 使君子
Combretum indicus DeFilipps (1998)
← Quisqualis indica Linn. (1762)
科 名 : シクンシ科 Combretaceae
属 名 : シクンシ属 Combretum Loefl. (1758)
旧属名 :  シクンシ属 Quisqualis Linn. (1762)
英 名 : Rangoon creeper
中国名: 使君子
原産地: 熱帯アフリカ、熱帯アジア、中国南部
用 途 : 観賞用のつる植物。 芳香がある、らしい。
撮影地: パキスタン・ラホール
セネガル , 日本 温室

200年以上続いたシクンシ属の学名 Quisqualis属 は、新しい分類方法では Combretum属に統合されることになった。


仕事でパキスタンに出かけた事がある。 パキスタンの中では北部であり、カシミール山脈にもほど近いラホールの町、緯度も 32度で 日本では熊本あたりに位置するため、もっと寒い所かと思っていた。 ところが、動物園の柵にシクンシが絡んで きれいに咲いていた。 

    パキスタン ラホール 2005.10.23 12 : 46
撮影時間は 12時46分。 花が開いた直後は「白色」であるが やがてピンク色になり、最後は写真のような濃い色となる。 

ラホールと同緯度の 熊本の一月の平均気温は5度ぐらいなので、冬でも13度を必要とするシクンシの 露地栽培は不可能だ。

シクンシの根際 東京夢の島熱帯植物館
何本ものツルが地面から生えている。 フラッシュ使用。
木質化した部分には トゲ状のものが残る。 葉が落ちた後の葉柄の一部のようだ。


熱帯のセネガルでは首都ダカールの植物園で見かけた。 小さな管理小屋の白い壁に沿って伸びていた。 
      セネガルの シクンシ 2003.10.11 11 : 21
撮影は 11時21分。
高さは 3m 程度。 事典には、大きくなると高さ 7〜8m になる とある。
花の色が赤くなっても、この木の花は 外側が白いままである。 上を向いていたつぼみは 開花すると下を向く。 長く伸びるのは 花の下部の「萼筒」で、子房は最下部にある。

葉の様子


東京では当然、温室栽培となる。

夢の島の熱帯植物館 15 : 45
撮影は 15時45分だったが 真っ白の花がない。 毎日新しい花が咲く、ということを前提とすると、咲き始めに白かった花は その日の内に色が付く事になる。

解説文にも、
花は、咲き始めは白いが、その日のうちに赤色に変わっていく。 夜になると独特の甘い香りを発する。
とあった。

どのくらいの時間で色が付くのか?  熱帯植物館の解説では はっきりしない。 いつ開花するのかの説明がない。 近くにいた係の人に聞いても「わからない」という返事。

私自身も長時間温室にいるわけにもいかないために、長い間 不明であったが、熱帯植物館の夜間解放日に訪れて、ようやく純白の花を見ることができた!
開花直後の花 夢の島の熱帯植物館 2012.8.17 19 : 43.
確かに良い香りがする。 ボランティアの話では、6時半頃に咲き出したそうだ。 そして、左上の花にハエが留まっている。
淡いピンク色がないところからすると、まる一日で この濃さになってしまうのだろう。 前掲の熱帯植物館の説明にも 「夜の香り」が入っているが、この説明では、昼に咲いて 夜に香ることになるので正確ではなかった。


開花が夕方 という点を ようやく自分で確認できた。

また、東山植物園のボランティア・ガイド 鈴木さんからいただいた海外文献の文章をきっかけに、ネットで見つけたイスラエルでの観察報告を加えて、シクンシの咲き方を以下にまとめた。

花は1日目の夕方6時から7時半頃に開花する。
ステージ →
↓観察項目
1日目夕方 2日目 3日目
花の色 ピンク → バラ色 → カーマイン
花の向き 斜め上向き 横向き 下向き
花のサイズ 花冠の長さ 花弁 ともに成長する
花 密 開花と共に発生 朝に一番多くなる
花粉の媒介者 スズメ ガ ハチ、ミツバチ、ハエ、sunbird

色を見れば、何日目の花かが一目瞭然というわけである。 昼間に撮る写真には白い花が無いわけだ!

「それぞれの花の開花期間は3日間」とあるが、3日目の夜に萎れるのか、それとも4日目(72時間後)に散るのか、はっきりとした記載がない。

色の変化は、まず白い色と香りで最初の晩に夜行性の「ガ」を誘い、ガによる受粉ができなかった場合に備えて、赤い花となって昼間に「ハチ」を誘うという 両刀遣いの裏技だった。

色が変わるところから、スウェーデンには「酔っぱらった水夫 Drunken-sailor」という別名があるそうだ。 「スイフヨウ 酔芙蓉」と同じ発想でおもしろいが、2晩も飲み続けるわけで、「シクンシ」という言葉のイメージとは対極にある、本種には似つかわしくない名前である。

若い実 熱川バナナワニ園                   2012.8.27.
長い花が落ちた後 子房が膨らんでくるが、4〜5 の翼があり、小さなゴレンシの実のようだ。 事典によると 種子は1つ。



 
名前の由来  シクンシ Combretum indicus

シクンシ : 使君子
熱帯アジアの原産であり、沖縄には野生化しているとはいえ日本の植物ではない。「シクンシ」の名は中国で付けられた名の音読みである。

中国では古くから漢方で「駆虫薬(虫下し)」として使われていた。
「子」は本来、漢方では種子を指すものだと思うが、シクンシは「実」を利用するようだ。

「使君」は「四方の国に差し遣わされる天子の使者」である。 この名を付けた理由は、シクンシが使いやすい良薬で、まるで「天子が使わす使者のようなありがたい薬」 とでもなるのだろうか。

台湾国立 臺南大学のホームページに以下の主旨の由来説明があった。 人名が由来となっている。
伝え聞くところによると北宋年間に、四川省の潘州(現在の松潘県)に 郭 使君という医者がいた。 薬の採取で山にはいっていた時、ツル植物に実が生っているのを見付けた。 木樵はそれを「留球子」だと言った。
家に帰って鍋で煎っているとよい香りが立ちこめ、ニオイを嗅ぎつけた子供がそれを4 ・5粒飲んでしまった。 すると何匹もの蛔虫が便に出て、郭 使君は留球子が駆虫効果があることに気がついた。 これが世間に知れ渡り、郭使君は小児科医の称号が与えられ、留球子はやがて「使君子」とよばれるようになった。
この説明では 種子が使われた印象を受けた。

 過去に考えた いろいろな案
熱帯アジアの原産であり、沖縄には野生化しているとはいえ日本の植物ではない。「シクンシ」の名は中国で付けられた名の音読みであろう。
『広辞苑』や『園芸植物大事典』には、中国名として「使君子」があがっているが、その意味は?

まず 中国名を尊重するが、漢字から考え直してみる必要もあろう。

まずは 使 + 君子
花の色が白から赤紫に変わるところに注目した。「白」が召使いあるいは使いであり、「紫」が君子である。
同じ房に、白と紫が同居している、白が紫に変わる、という珍しい花に付けられた名前である。
聖徳太子が定めた「冠位十二階」でも、色の位のトップが「紫」であり、「白」は下から二番目、黒の上である。
ただし、中国で最も高貴な色は、皇帝以外は使えなかった「黄色」であるため、この説には今ひとつ自信がない。

次に 使君 +
この説はうまく説明がつかないのだが、このような区切り方もあり得る、という事で挙げておきたい。
「使君」は四方の国に差し遣わされる天子の使者である。
使君に「子」を付けて何を意味するのか、色の変化とどう関係させるのか、未解決である。

さらには 士君子
士と君子の意味で、社会的な地位や学問が有り、身持ちの良い点で世人の模範となる人、のことである。
品の良い、香りの良いシクンシの花になぞらえたものである。

最後に 四君子
中国風の絵で、他の草木よりもずば抜けて気品が高いといわれる、4つの植物 蘭・竹・梅・菊 を「四君子」と呼ぶが、シクンシは白からダーク・カーマインまで、4つの色を持つところから。
これが 私の筆頭候補だった。


種小名 indicus : 「インド産の」という意味。
アメリカ農務省の GRIN によると、インドも原産地に含まれている。

以前の学名 Quisqualis indica だったのが、新しい学名では種小名が indicus となっている。 これは Quisqualis属の性が「女性」だったに対して、Combretum属は「男性」であるために、形容詞である種小名の語尾が変化したもの。

Combretum シクンシ属 : 
由来は 不明。
綴りからすると conbine と関係がありそうだ。 色を組み合わせる といったところだろうか? しかし、シクンシ属の花が すべて色変わりするわけではないだろう。

旧属名、Quisqualis シクンシ属 : 誰?何?という意味
ラテン語の quis (だれ?なに?どんな?) と qualis (どのような?どんな種類の?) というふたつの疑問詞を並べたもので、花の色が開花中に変化していくことに対する、素朴な驚きにちなむと言われている。             『小学館 園芸植物大事典』による

この属名とシクンシは『植物の種』第二版(1762)に記載されたもので、ほかの多くの属名とは違って 以前から定義されていたものではない。 リンネが一種のユーモアを込めて命名したものだろう。

遺伝子解析に基づく APG分類 では、残念ながら Quisqualis属は統合されたために消滅してしまった。



植物の分類 APG II 分類による シクンシ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類) : マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、ヘゴ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、イネ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
 フトモモ目  フトモモ科、ノボタン科、アカバナ科、ザクロ科、シクンシ科、等
  シクンシ科 モモタマナ属、コンブレトゥム属、シクンシ属、ヒルギモドキ属、等
以前の分類場所 シクンシ属  Quisqualis属 ← 消滅
シクンシ属  Combretum属 を シクンシ属 と呼ぶことになった
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           

小石川植物園の樹木 −植物名の由来− 高橋俊一 五十音順索引へ