シロヤマブキ 白山吹
Rhodotypos scandens Makino (1913)
← Corchorus scandens Thunb.(1794)
科 名: バラ科 Rosaceae
属 名: シロヤマブキ属 Rhodotypos
   Sieb. & Zucc. (1835)
異 名: Kerria tetrapetala Sieb. (1830)
R. kerrioides Sieb. &
     Zucc.(1835?) (1841)
R. tetrapetala Makino (1903)
中国名: 鷄(鶏)麻 ji ma
原産地: 本州。 中国、韓国
用 途: 庭木

白で一重。大好きな花で、鉢植えで育てている。ヤマブキとは近縁で ともに一属一種だが、色だけでなく 形も違う。
まず 両者の違いから。
白ヤマブキ  ヤマブキ
葉の付き方
対生
互生
萼・花弁の数
4枚

5枚
萼のサイズ

大きい・葉脈がはっきり 小さい
萼の形態
針状の「副萼」がある 副萼は無い
果実
核果で4個 痩果で5個
右側、ヤマブキの実は入りが悪く、5つとも大きくなっているものは ひとつもなかった。2015.6.28 撮影。


場所は分類表本園       2015.4.9.
売店側から9列目 左側。シロヤマブキは数株が植えられているが、いずれも小さい。つぼみは少し付いていた。黄色いヤマブキは花がはっきりとわかる。

根 元         2015.4.9.
手前通路側の一番大きな株。毎年地際から新しい枝が出て、長く伸びる。

芽吹き     2015.3.2.
前年に伸びた枝は、1〜3節が枯れ戻る。対生なので2つずつの芽が伸び出して、先端に花を付ける。

新葉 と つぼみ       2015.4.1.
前年に伸びた4節目につぼみを付けた。一般的に、つぼみを付ける側枝の伸びは短い。地際から 新しく長く伸びる枝は、数十センチとなる。

ふくらんだつぼみ      2012.4.18.
萼には はっきりとした葉脈や鋸歯がある。

満 開        2002.4.27.
山形県で。

2015.4.1.
それぞれの花の開花期間は 一週間程度。

膨らみ始めた果実      2015.4.29.
平らだった花床の上膜を突き破って、4つの果実が膨らみだした。周囲に残る雄しべの葯と、萼片1枚は取り除いてある。次の写真は 同じ日に撮影した別の果実で、雄しべが残っている状態。

若い実         2002.5.5.
ひとつの花の 4個の心皮が別々の果実(分果)となる。

実の様子       2009.7.28.
果実はこの後 艶を保ったまま真っ黒になり、落葉後も長く枝先に残る。

核 果
黒い果皮は極めて薄く、中に網目模様の付いた核がある。サイズの割に核の厚みがあり(約1ミリ)、とても割りにくかった。


 
シロヤマブキ の 位 置
E11 a 分類表本園内、売店から9列目 左側

名前の由来 シロヤマブキ Rhodotypos scandens

和名 シロヤマブキ 白山吹 :
全体として、特に重鋸歯を持つ葉がヤマブキに似ており、白い花が咲くため。 ヤマブキとは別属。

← ヤマブキ 山吹 : Kerria japonica
『大言海』によれば、「細い枝が風に随って揺れるので、山振 の義」だそうだ。この点も ヤマブキとシロヤマブキには違いがある。
ヤマブキの枝は細く長く優雅な弧を描く。花を付ける側枝は短く、遠目には黄色い線に見える。
これがゆらゆらと揺れる様子は、いつでも観ることができる。

『語源辞典』によると、フキ(振)は 動詞フル(振)の古語で、古代だけに使われたそうだ。

種小名 scandens : よじ登る の意味 ?
ラテン語の scando は「上がる、よじ登る」で、牧野の『植物學名辞典』にも「攀縁(よじ登る)の」とある。
シロヤマブキは「よじ登り」とは無縁の植物であるため、チュンベリーがなぜこの種小名を付けたのかを見るために、原著にあたることにした。

Transactions of the Linnean Society of London 2号
BHL(Biodiversity Heritage Library より)
p. 335〜6 に載っている部分を灰色の枠で囲った。
Corchorus属は シナノキ科 (APG分類では アオイ科) ツナソ属であるし、シロヤマブキの一つ前の植物 Corchorus serratus は、ケヤキ (ニレ科)を記載したもので、チュンベリーの見解が不正確なことを示している。
シマツナソ(モロヘイヤ)

緑のアンダーライン scandens に注目して、シロヤマブキの記述を可能な限り訳してみると、

Corchorus scandens: 葉は卵円形、刺状の鋸歯があり 対生、茎は
           分枝し、左右に湾曲して scandentibus
茎: 円柱形、scandens、枝が多い
枝: 対生に付き、similes、広い開度で分かれる
葉: 対生、ごく短い葉柄、基部の丸い卵円形、以下 略
花: 枝の先端に付き、単生、flavus 鮮やかな黄色

花の色が黄色!との記述があるので、これが本当にシロヤマブキなのかと疑ってしまうが、学者の研究の結果なので、心配無用なのだろう。
それはともかく、scandens の使い所からすると、よじ登るではなく 「よじれる」の意味ではないだろうか?
ヤマブキが大きく湾曲して枝垂れるのに対して、シロヤマブキは枝の所々が まさに 捩れることが多い。


Rhodotypos 属 : バラの形 の意味
シーボルトが『日本植物誌』第1巻の最後の時期、第99 図に記載した新属である。ギリシア語の rohdon バラ + typos 形 からなり、花の色やサイズが ノイバラなどに似ているため。ただし、バラは花弁が5枚。
ノイバラ
Wikipedia より

 

 シロヤマブキの命名物語
新属を立てたのはよかったが、シーボルトは 新たに kerrioides (ヤマブキのような)という種小名を付けてしまった。チュンベリーが記載していた種小名 scandens が不適切だと考えたのか、それとも気付いていなかったためか?
シーボルトは 別の名前も付けているので、整理してみた。

命名年 学 名 和 名 命名者 備 考
1735  Corchorus  ツナソ属  リンネ  トゥルヌフォールが命名していた
1775 〜 1776    チュンベリー 滞日
@ 1794  Corchorus scandens  シロヤマブキ  チュンベリー  現在は異名
1817  Kerria  ヤマブキ属  カンドール父  ドゥ・カンドール(1778-1841)
 は スイスの植物学者
 同  Kerria japonica  ヤマブキ  同 上
1823 〜 1828    シーボルト 滞日(チュンベリーの50年後)
A 1830  Kerria tetrapeta  シロヤマブキ  シーボルト  種小名は「花弁4枚の」
1835 〜 『日本植物誌』第一巻の出版が始まる。〜1841  最終はシーボルトの死後の1870年
1841  Rhodotypos シロヤマブキ属  シーボルト 『日本植物誌』ツッカリーニと共著
B  同  Rhodotypos kerrioides  シロヤマブキ  同 上  当初から 異名
C 1903  Rhodotypos tetrapeta  シロヤマブキ  牧野富太郎  Aを訂正した
D 1913  Rhodotypos scandens  シロヤマブキ  牧野富太郎  チュンベリーの命名から119年後
 に、@を訂正し直した
 

















並べてみると、いくつかの事実の確認と「想像」ができる。

シーボルトは 帰国直後の 1830年に、シロヤマブキを「ヤマブキ属」として記載した ( A )。
シーボルトとツッカリーニによる『日本植物誌』は 1835年から刊行が始まった。その途上の研究成果だと思われるが、新しくシロヤマブキ属を立てて Rhodotypos kerrioides とした ( B )。学名の意味は、「バラのような花で ヤマブキ属に似た植物」。
10年前に自分で付けた種小名 tetrapeta とは また違うものなので、学名の先取権の概念は無かったと考えられる。
この学名が 長らく通用していたのではないか?

シーボルトの著作を調べた牧野が Aに先取権があると考えて、シロヤマブキ属に訂正した ( C )。
さらに、100年以上忘れ去られていた チュンベリーの「ロンドン リンネ協会」への寄稿を調べて、@が シロヤマブキであることに気がつき、現在の学名に訂正した ( D )。
今から100年前。植物を採取・研究するするだけでなく、虱潰しに?文献にも目を通した、博覧強記の牧野博士ならではの業績である。

参考までに、シロヤマブキの一つ前の記載「ケヤキ」についてもチェックしてみたら、牧野が訂正するまでは、別名(異名)が通用していたという 同様の結果となった。

命名年 学 名 和 名 命名者 備 考
1735  Corchorus  ツナソ属  リンネ  トゥルヌフォールが命名していた
1775 〜 1776    チュンベリー 滞日
E 1794  Corchorus serratus  ケヤキ  チュンベリー  現在は異名
1841  Zelkova  ケヤキ属  スパック  エドゥアール・スパックはフランス
 の植物学者
F 1861  Planera acuminata  ケヤキ  リンドレイ  当初から異名だった
G 1872  Zelkova acuminata  ケヤキ  プランチ  Fを訂正した
H 1903  Zelkova serrata  ケヤキ  牧野富太郎  チュンベリーの命名から109年後
 に、Eを訂正した
 
ケヤキを訂正したのは 1903年で、シロヤマブキのケースでは、シーボルトの初めの記載を訂正した時期 C である。ということは、そのときに Corchorus scandens も見たはずで、すぐにはシロヤマブキだと決められなかったのではないだろうか? 訂正したのは 10年後の 1913年だった。


中国名 鷄(鶏)麻 ji ma :
シロヤマブキは中国大陸にも分布している。なぜ ニワトリのアサ なのか?
チュンベリーが分類した「Corchorus ツナソ属」の中国名は「黄麻 属」であることと、関係はないだろう。




植物の分類 : APG III 分類による シロヤマブキ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、アウストロバイレア、センリョウ
モクレン亜綱: カネラ、コショウ、モクレン、クスノキ
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群:
バラ亜綱: ブドウ
以前の分類場所  バラ目  トベラ科、ベンケイソウ科、ユキノシタ科、バラ科、など
マメ 群: ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
 バラ目  バラ科、グミ科、ニレ科、アサ科、クワ科、イラクサ科、など
バラ科  モモ属、サクラ属、リンゴ属、カリン属、バラ属、キイチゴ属、など
アオイ群: フウロソウ、フトモモ、アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群:
キク亜綱: ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群: モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           
注) 以前の分類とは クロンキスト体系とするが、構成が違うので、APG分類表の中に表現するのは正確ではない事もある。その場合はなるべく近い位置に当てはめた。

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