ヤツデ 八手
Fatsia japonica Decne. et Planch. (1854)
← Aralia japonica Thunb. (1780)
科 名 : ウコギ科 Araliaceae
属 名 : ヤツデ属 Fatsia
   Decne. et Planch. (1854)
英語名 : fatsi , fatsia , paperplant
中国名: 八角金盤 ba jiao jin pan
原産地 : 本州から沖縄までと、朝鮮半島
用 途 : 庭木

誰でも知っている「ヤツデ」。これほどわかりやすい由来はないかと思いきや、じつは「八つ手」は珍しいのである。そのわけは、後半の名前の由来で。
園内には林内の日陰に 何カ所か生えている。

①:常緑樹林内のヤツデ     2014.1.21.
20番通りの右側の林内で、背が低いので気がつかない。
幹の太い所は7センチ。横に伸び続けて、5m以上になっている!
名札があるのは、ここと 分類表本園たげのような気がする。

②:標識37番  2014.10.29.
上の段のかなり奥。ヤマザクラの根元に生えたヤツデ。

③:島池のほとりのヤツデ    2014.5.15.
新しい芽が伸びて、すべての葉が大きくなった状態。

④:分類表本園  2014.5.15.
ほとんど枝分かれしないヤツデの樹形は まさに このイメージで、常緑樹林内の ①のように、枝分かれしながら太い「幹」が横に伸びている姿は 予想外だ。

幹の様子              2013.4.23.
今年枝は緑色で毛が付いている。次第に落ちるが色も褐色になっていく。葉の基部は 托葉が葉柄と合着して鞘状に変化し、茎を抱く。

二年目の葉の基部       2014.3.16.
幹に付く部分は線状(三日月型)だが、二年目になると基部が木質化したように褐色になり、外観は異様な状態となる。

2014.4.4             毛の多い 新芽            2013.4.4
次の写真も同じ頃に撮影したものだが、年によって、また 場所や個体によって早い遅いがあるのは当然。

仮軸分枝
ヤツデの花序は幹の先端に付く(前掲写真左の縦の軸、右写真の左下にある軸)。 そのため、新しい芽は直下の葉腋から伸び出す。腋芽が伸びるのだから「側枝」なのだが、やがて ほぼ真っ直ぐ上に伸びて、主軸の代わりになる。 これを「仮軸分枝」と呼ぶ。

主軸が折れたり切られた場合に、先端に近い腋芽が伸び出す現象は普通に見られ、これも仮軸分枝である。

より上が今年伸びた新しい「側枝」。まだ 昨年の花序軸が残っている。芽鱗の落ち跡が明瞭なので、一年間の伸びが判りやすい。

2014.4.4             毛だらけの新葉            2013.4.4
数枚の葉が、ほぼ同じ大きさのまま一斉に伸び出す。

展 葉         2011.4.15.
葉の裏だけではなく、初めは表側にも少し毛が付いているが、やがて落ちて艶のある葉となる。     次の写真も同じ日の別の個体。

伸びが止まった状態      2014.7.18.
初めに出る葉が大きく 葉柄も長くなって、順次 小さく・短いままとなる。どの葉にも日が当たるような工夫である。

ゆずり葉    2014.4.4.
昨年の伸びから丁度1年が経った状態。2年間付いていた葉は垂れ下がり、黄色くなり始めている。

二年後の葉の基部 再掲     2014.3.16.
幹に付く部分は線状(三日月型)だが、1年を過ぎると次第に基部が木質化したように褐色になり、外観は異様な状態となる。


伸びた花序  2013.11.2.
秋になると枝の先端に花序が付く。たくさんの丸い散形花序が円錐状に集まった複合花序で、それぞれ「小苞」に包まれている。

総 苞         2011.11.3.
花序全体を包んでいた 2枚の総苞には、「三手」の葉が付いていた。苞は葉が変化したもので普通は葉身が無いが、これなら、その由来がよくわかる。また それぞれの散形花序は、「小苞という葉」の腋に付いている、と考えることができる。
ヤツデの場合、総苞は長く残るが小苞はすぐに落ちる。つぼみも茶色の毛に覆われている。

伸び出した花序      2013.10.30.
この株は幼木で、思いの外 すべての葉柄が伸び、ぽっかりと空いた中央に小さな主役が登場してきた。

小苞葉         2013.11.2.
つぼみの毛は ひとつひとつの小花に付く「小苞葉」であった。

開 花    2014.10.29.
花は花序の先端から咲き出す。

開花の様子        2011.11.3.
形は円錐形になるが、大きな花序では複数回 枝分かれする。順次咲いていくので、つぼみ・雄花期・雌花期・結実済み が同居する。

雄花期        2008.11.24.
萼は基部の黄緑の部分だそうで、分かれてはいない。5枚の白い花弁はすぐに反り返る。雄しべも5本。黄色い「花盤」にキラキラとした蜜がしみ出していて、これにハエやアリなどがたかる。この時点では、中央の雌しべは伸び出していない。

花弁が落ちると一時的に無性期になる。

雌花期         2012.12.1.
5本前後に分かれた柱頭が伸び出して雌花期になると、ふたたび蜜がしみ出てくる。                 筑波植物園で

結 実        2004.12.23.

果実序         2014.2.23.
2月14日の大雪で折れてしまった果序。実が付くのは主に軸の先端部である。細かく側生していた花序は 雄性であるため。

まだ未熟の果実   2013.4.4.
成熟大となって果実の重みで垂れ下がった果序。冬に咲くだけに、色はまだまだ緑色。すでに今年の芽が動き出している。5月には成熟して黒くなる。


 
ヤツデの 位 置
写真①: C6 ab 20番通り 左側
写真②: E78 標識37手前 左側
写真③: C4 b 標識75 右側 島池のほとり、エノキの下
写真④: E10c 分類表本園 井戸側 中央から2列目 右側
 その他 各所

名前の由来 ヤツデ Fatsia japonica

ヤツデ 八つ手 : 葉の切れ込みが多い の意味
「八」は 数が多いことを示し、「八面六臂」「七転び八起き」「四方八方」などと使われる。また「末広がり」であるために縁起のよい数とされる。

実際には 「八つ葉」のヤツデを探すのは、四つ葉のクローバーほどではないかもしれないが、難しい。葉には「中央脈」があるので切れ込みの数は偶数、裂片数は奇数となるためだ。筆者が見かけたのは、これまで一度だけ。

小さな葉でも7裂であり、通常は9裂 (切れ込みの数は8つ)となる。特別に小さな葉の場合は5裂もある。

試しに、前掲 ② の近くの日陰に生えるヤツデで、葉の切れ込みの数を数えてみた。
高さは 約1.5m。 外側ほど大きい     2014.7.15.
2014年に出た普通葉の19枚のうち、9割以上の18枚が 9裂(葉脈9本)で、7裂はわずかに1枚だけ。普通葉とは別に、花芽を抱いている極めて小さい葉(高出葉)が2枚あり、2センチ程度しかないその片方だけが 5本の葉脈だった。(の葉)


前年に出た葉は概してサイズが大きく、さらに 落ちずに残っていた前々年の葉には、幅 50センチ以上、11裂片の大きなものが、3枚もあった。


別名 テングノハウチワ 天狗の羽団扇
「オオテングのハウチワは、羽根を集めて作った物」ということなので、この名前は 形が似ているための比喩的な表現である。

種小名 japonica : 日本原産の
初めてヤツデを記載したのは、1775年-76年に日本に滞在した、スウェーデンの植物学者 C. P. Thunberg (1743-1828) で、タラノキAralia 属に分類した。朝鮮半島にも自生するそうだ。

ヤツデ属 Fastia : 日本語の 八 に由来する
それを 新しい属に訂正したのは、ブリュッセル生まれのフランス植物学者 Joseph Decaisne (1807-1882) と、同じくフランスの植物学者 J. Émile Planchon (1823-188) の二人である。
Joseph Decaisne Émile Planchon
発表したのは 『Revue Horticole』の シリーズ4. 第3巻 (1854) で、フランス国立園芸協会の機関誌のようだ。その 105 ページに ひとつのセンテンスとして記載されている。
HATHI TRUST より。カリフォルニア大学の本を Google がスキャンしたもの。

記述は7行だけ。フランス語なので完全に理解できない所があるが、ツュンベリーの Aralia japonica が タラノキ属とは違う旨が述べられ、「この植物を Fatsia japonica と呼ぶ。”Fasti" の名前に由来する。」と書かれている。
                 (赤線は筆者が加筆)

ツュンベリーがどこかに記述していない限り、上記のような説明はできないので、このRevue Horticole の75年前に出版されたツュンベリーの原著 『 Nova Acta Regiae Societatis Scientiarum Upsaliensis 』に、「Fasti に由来する」と書かれていたものと推察される。ただし、確認はできていない。

では なぜ「 八 Hachi 」ではなく「 Fasti 」なのか?

手がかりはツュンベリーの著書『日本植物誌』(1784)にある。

日本植物誌 の Ha と Fa


1784年に刊行された『日本植物誌』では、「Ha」を「Fa」と表記している。

『日本植物誌』では 多くの植物の項目に「和名」が書かれているばかりでなく、序文の中で 5ページにわたって名前(和名)についての説明がある。

ミネソタ大学セントポール・キャンパス図書館の本を Googleがデジタル化したもの

これはその序文(PRAEFATIO)の29ページだが、最初の部分には「かずら」に関する具体的な植物名が列記されている。その中で 「ヘクソカズラ」を「Fekuso Kadsura」と表記している。また 二段目は「花 ハナ」 についての説明で、「Fanna」は「Banna」に変化すること(濁音変化)が書かれている。

Ha の音を、全く考慮していなかったわけではなく、ハスについて Hachis が Fastis に変化する、との記述もある。しかし、本文の ハスの項では、Ren または Fastis としか書かれていない。

調べてみると、「江戸時代には ” は ” を ” ふぁ ” と発音していた」ことは、定説となっているようだ。


来日にあたってツュンベリーが参考にしたのが、ケンペルの『異邦の魅力』である。ドイツ出身の エンゲルトベルト・ケンペルは、チュンベリーが来日する 85年も前に長崎にやってきて、二度の江戸参府で 徳川綱吉にも謁見している。
帰国後に著した『廻国奇観』 Amoenitates Exoticaeの第5章を 日本の植物に当て、何種類もの和名・別名だけでなく、漢字まで書かれている。
『廻国奇観』 Amoenitates Exoticarum
リヨン市図書館の本を Googleがスキャンしたもの

この本のおかげで、ツュンベリーは事前に日本の植物について、かなりの知識を持っていた。自書『日本植物誌』で和名にこだわったのも、ケンペルの影響が大きいだろう。


ウコギ科 Araliaceae
ウコギ科の基準属 Aralia はタラノキ属である。なぜ タラノキ科としなかったのかは 不明。
Aralia はカナダでのフランス語の名 aralie から付けられた、と事典にあるが、言葉の意味の解説はない。

タラノキには、細くて尖った刺が無数に付いている。
タラノキの葉 タラノキの幹 直径4cm

ウコギ科 五加木 科 :
ウコギは中国原産で 古くに日本に伝わった といわれているが、『 GRIN 』には原産地が書かれておらず、『 Flora of China 』にも ウコギ(ヒメウコギ)の記載が無い。つまりは、原産地は判らない ということだろう。もちろん 「五加 wu jia 科」や「五加属」はあり、多くの種が並んでいる。

平安時代初期の 和漢薬名辞典である『本草和名』(918年)には、和名は 「ムコギ 牟古岐」となっている。漢名「五茄・五加」に「木」をつけたもの、といわれている。
薬草園のウコギ ウコギのトゲ
葉の付け根の外側に1~2(3) 本の棘がある。

なお、現在のウコギ科の中国名は「五加科 wu jia ke」だが、データベース『eFloras.org Flora of China』(中国の植物) には ウコギ Eleuthercoccus sieboldianus が載っていない。中国原産ということが確かめられていないからだろうか?


植物の分類 : APG II 分類による ヤツデ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱: ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
以前の分類場所  セリ目  ウコギ科、セリ科
マメ 群: ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群: アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱: ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群: モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
 セリ目 セリ科、ウコギ科、トベラ科、など
ウコギ科 タラノキ属、ウコギ属、フカノキ属、ヤツデ属、ハリギリ属、キヅタ属など
後から分化した植物 (進化した植物 )           
注) 以前の分類とは クロンキスト体系とするが、構成が違うので、APG分類表の中に表現するのは正確ではない事もある。 その場合はなるべく近い位置に当てはめた。

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ