ムクロジ 無患子
Sapindus mukorossi Gaertn. ( 1788 )
パキスタン 、日本
科 名 : ムクロジ科 Sapindaceae
属 名 : ムクロジ属 Sapindus Linn. ( 1753 )
英語名 : soap nut tree , Chinese soap-berry
原産地 : 本州(中部以西)、四国、九州、台湾、中国、インド、ネパール
用 途 : 種を炒って食べることができる。
また 数珠や羽つきの羽の重りに使われた。
 
種皮にサポニンが含まれるため、古くから石鹸の代りに使われた。
 

パキスタン、ラホールのジーナ植物園で見たものだが、 mukorossi の学名は一度聞いたら忘れられないもので、ムクロジは日本で見たことのある植物であり、先を急いだせいもあって、ほんの数枚の写真しかない。
 
写真がないと記憶が薄れるもので、植物園のどこに植わっていたかもあやふやになってしまった。
 
残りの写真は、主に小石川植物園のムクロジである。
 
葉の様子 説明看板
葉は大きな小葉を持つ複葉であるが、この木の葉軸には「翼」があり、変種かもしれない。
 
看板の説明内容は、「仏教徒が種子を数珠にする。果実はヘア・シャンプーとして使われる。」と書かれている。
 
小石川植物園のムクロジ 高さ 約 17m
昔は手前にもう一本、地面から1.5m のところからの3本立ちであったため、この2本には手前側 (右の写真では左手前側) に枝がない。
 
樹皮が剝がれる


次第に剝がれていった跡が、縞模様になっている。
小葉の数は偶数なのだが、最後の2枚のうちの1枚がまっすぐに付くことがある。
 
きれいに色付く

 


黄色に少し褐色が混ざるまで、なかなか落ちずに残る。

右の写真は、12月1日 京都植物園
 
3月初めの 実の様子
低い所に枝がないため、手の届くところには実がならない。
 
低い枝を残してほしいのだが、安全のためか みな切られてしまい、花や実を手にとって観察できない木が多いのが残念だ。

3月にもなると、実はすっかり乾燥して淡い黄褐色から飴色になる。
落ちていた実を拾い集めた。

 

 
円錐花序なので複数の果実が付いている。  直径は 約2cm
 
果実の付け根に2つの突起があり、乾燥すると剝がれてくるが、なかなか取れずに残っている。
穴が開くわけではない。
 
n実の中の様子 種子の直径は 13~15mm
当然のことながら、種子は内部で果皮と繋がっているが、付け根の部分の周囲には長く白い毛がある。しかし全体はきれいに果皮から離れていて、艶消しの真黒な丸い種子となっている。

中央は 果実を半分剥いて中が見えるようにしたものである。
果実には「稜」(出っ張り) があるが、自然に割れることはない。
ただ さらに乾燥すると種子が中で外れて、振ると カラカラ音がする。
 
試しに 乾燥したこの果実を水につけて混ぜてみたが、やはり「泡」は出なかった。
今年は 青い実の石鹸で頭を洗ってみよう。
 
名前の由来 ムクロジ Sapindus mukorossi
 
ムクロジ 無患子
『図説 花と樹の大事典』を見ると、「同じ科の樹木 モクゲンジの漢名 木欒子 が誤用されたことに由来する。」とある。これだけでは訳がわからない。
 
『日本大百科全書』によると、モクゲンジの中国名 木欒子 を誤ってムクロジに充てたために、木欒子の日本語読み「モクロシ」が転じてムクロジになった とあった。
これらなら納得できる。

「欒」は団欒のランで、漢和辞典で確かめたが音読みは「ラン」以外にない。
読みが「モクランシ」であっても、 ムクロジに転訛するのは不自然ではない。
 
無患子は、古い漢名および現在の中国名「無患子」にムクロジの読みを充てているだけである。
中国名 無患子 の由来は、これも『日本大百科全書』によると、『植物名実図考 長編』 (注:清朝末期・呉其濬著、初版1848年) の出典で、「昔、神巫がこの木で作った棒で鬼を殺したので、鬼を追い払い、患(ワザワ)いを無くすと伝えられたから」とあった。
 
昔 ムクロジの果皮、種子、根や樹皮が、止血、解熱、咳止め、健胃、駆虫などの薬に使われたことによるものと思われる。
無患樹がムクロジの木を意味し、無患子はムクロジの種子のことになる。
 
木患子とも書くようだが、これはモクゲンジの中国名である。
種小名 mukorossi : 和名 ムクロジから といわれている。
ドイツの医師で植物学者、サンクト・ペテルブルグ植物園の園長を務めたこともある ヨセフ・ゲルトナー(1732 - 1791) によって命名された。
 
ゲルトナーはイギリスやフランス、イタリアには行ったようだが、日本には来ていない。
18世紀に日本にやってきたケンペルやチュンベリーの文献にも、ムクロジは載っていない。
 
「ムクロジ」の名が日本で古くから使われていたとしても、その名がインドあたりまで広まっていたとは考えにくいため、種小名 mukorossi が、和名の「ムクロジ」に由来する という説明には疑問が残る。

むしろ無患子などの中国名・発音に由来するのではないだろうか。
ゲルトナーがどこで採取した標本・資料をもとに命名したのかがわからないと、本当の由来はわからない。
Sapindus ムクロジ属 : インドの石鹸 という意味
ラテン語のsapo(石鹸)+ Indicus , Indus(インドの) 。
リンネよりも半世紀前の、トゥルヌフォール (1656-1708) の時代から名づけられていた属名である。
 
リンネの『植物の種』 367ページにも、
Sapindus saponaria という記載がある。どんな種かはわからないが、ムクロジ属の植物は古くから種皮を石鹸の代りに使っていたのが知られていて、その資料がインドで採取されたためである。
ムクロジ科 Sapindaceae : 
世界の熱帯から亜熱帯を中心に、約150属 2,000種。
 
 参考 モクゲンジ
学名は Koelreuteria paniculata Laxm. (1772)
 
同じムクロジ科で、モクゲンジ属。
原産地は中国、朝鮮半島南部であるが、古くから日本に伝わり、寺院の庭に植えられていた。
 
中国名はムクロジの由来で述べたように「欒樹」である。
 
種小名 paniculata は円錐花序の という意味で、花の付き方に由来するが、モクゲンジ固有の特徴ではない。
今から200年以上前の命名であるから、同属の種の数も少なく、いたしかたのないことである。
 
モクゲンジ モクゲンジの花

 


golden rain tree の名の通り、丸い樹冠いっぱいに黄色い花を咲かせる。
ボストン アーノルド樹木園
 
モクゲンジの名の由来も『日本大百科全書』を参考に と調べて見たのだが、驚いた。
それによると 今度は、ムクロジと間違えて、中国名「木患子」を充てたため、その読み「モクカンシ」がモクゲンジに転訛したというのである。

整理すると、
 
ムクロジ : 中国の木欒子 (モクゲンジの種子)と勘違い
モクランシ → モクロシ → ムクロジ
 
モクゲンジ: 中国の木患子 ( じつはムクロジの種子 )
モクカンシ → モクゲンジ
 
という事になるが 本当であろうか?
 
 参考 オオモクゲンジ
 
小石川植物園には モクゲンジ は無いかわりに、もっと大きくなる オオモクゲンジが何本もある。
下の写真は正門を入ってすぐ右手にある3本のうちの2本である。
 
昔は左の写真のように、手の届くところに枝があり、実の写真も撮れたのであるが、大きな塊がバッサリと切られ、今は右の写真のように、花や実ははるか彼方である。
 
ここは通路でもないのだから枝を残せないものか...。
我々は脚立や梯子を架けるわけにはいかないし...。
 
2枚の写真は ともに結実期のものである。
1999年11月 撮影 2001年10月 撮影

 
学名は Koelreuteria bipinnata Franch. (1886)
bipinnata 、2回羽状複葉の という意味である。
 
原産地は中国雲南省で、モクゲンジが 10m程度であるのに対して、オオモクゲンジは 20mにもなるところからこの名が付いた。
 
ところで、植物園のラベルの和名は「フクロミモクゲンジ」となっている。
『植物の世界』には別名として「マルバモクゲンジ」、『園芸植物大事典』の和名は「フクワバ モクゲンジ」で、フクロミモクゲンジは見当たらない。
 
モクゲンジの実も同じように、紙質の袋の中に種子ができるので、フクロミモクゲンジよりも「オオモクゲンジ」の方がよいと思う。
 
オオモクゲンジの花 ラベル

 
オオモクゲンジの果実

 
参考文献 : Index Kewensis Ver.2.0/Oxford University Press、
        園芸植物大事典/小学館、
        週間朝日百科/植物の世界・朝日新聞社、
        植物学名辞典/牧野富太郎・清水藤太郎、
        図説 花と樹の大事典/植物文化研究会 編、
        日本大百科全書/小学館
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