同時枝 と 先発枝

植物用語の事典としては、清水建美氏による『植物用語事典』がバイブル的な本となっている。

その IV章 茎に関する用語の「枝」の項には,様々な枝の名称・呼び方が解説されているが、その一つとして、
同時枝 sylleptic branch
先発枝 proleptic branch
がある。
ここでの重要なことは、この二つの用語は「主軸と側枝の関係」を考えた上での「側枝」の名称であること。

私 (筆者)は「先発枝」という用語を初めて知った時以来、違和感を感じ続けている。私の結論は「先発枝 は誤訳」である。
 

まず 同時枝 の定義はとても判りやすい。
主軸の側芽が休眠することなく、主軸と同時に側枝を伸ばすとき、
この側枝を 同時枝 という。
腋芽は休眠することなく伸び出すため、通常は側枝の基部に芽鱗痕が無い。
主軸の伸びが止まった後に側枝が伸び出すこともあるため、それが同時枝かどうかは、主軸の伸びが止まるまで観察を続けていないと判定できない。
クスノキ科 タブノキ ハイノキ科 クロキ バラ科 モミジイチゴ
このタブノキでは 同時枝は5本。
タブノキとクロキは、冬芽の中にすでに側枝ができている。
モミジイチゴでは主軸が
1m程度伸びてから。


次に 先発枝 だが、
主軸の側芽が休眠期を経た後、主軸に遅れて側枝を伸ばすとき、
この側枝を 先発枝 という。(原文通り)
なぜ、遅れて伸びるのに「先発」なのか、いくら考えても理屈に合わない。先発しているのは主軸であって,側枝は「後発枝」である。

この本は 2001年の発行である。用語の多くは清水氏が定義したのではなく、以前から使われていたものだろう。一度普及してしまった言葉を、後から訂正するのは不可能に近い。

先発枝の英語を見ると「proleptic branch」とある。小形の英和辞典には載っていないが、その意味は決して「先発の」ではない。英英辞典を引くと、
prolepses : the representation or assumption of a future act or development as if presently existing or accomplished.
とあった。直訳すると「将来の行動や展開を、あたかも現在存在し あるいは完了したかのように表現・想定すること」

しかし、現実は主軸が先に伸びているわけで、proleptic の意味を生かすとすれば、(現在は伸びていないが、将来)「伸びた枝」ということになろう。なぜこれを「先発枝」としたのか?

恐らく定義者は「主軸と側枝の関係」であることを忘れてしまい、心が翌春の、芽吹き時・新梢に移ってしまったのだろう。

日本の温帯域以北の落葉樹・針葉樹とも、たいていの側枝は 先発枝である。

この項の参考文献
『植物用語事典/清水建美』
『冬芽と環境/いろいろな冬芽の使い分け/八木貴信』
『Merriam-Webstre』
小石川植物園の樹木 高橋俊一 五十音順索引へ