ポドカルプス・ネリイフォリウス
Podocarpus neriifolius D. Don (1824)
科 名: マキ科 Podocarpaceae (1847)
属 名: マキ(イヌマキ)属 Podocarpus
   Pers (1807) nom. cons.
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中国属名: 羅漢松属 luó hàn sōng 属
中国名: 百日青 bai ri qing
原産地: インド、ネパール、インドネシア、
ラオス、タイ、フィリピン、
パプアニューギニア (GRIN による)
用 途: 材、植木
備 考: 命名時は neriifolia。 側枝は同時枝。
イヌマキと同様に 雌雄異株で間違いなさそうだ。その場合、以下の写真は数枚を除いて、雌株となる。

小石川植物園では、台地の上下を繋ぐ「崖線」をメインスロープが上っていくが、それに沿う部分にツツジの生垣で囲われた区画があり、比較的 裸子植物が多く植えられている。本種はその西端、一番低い位置の角にあり、広い通路からよく見える。


①:樹 形   2022.9.22.
↑ 60番通り
 
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夏に伸びたばかりの鮮やかな緑色の葉が、周囲の濃緑色から浮き上がって見える。雌球果をつけた生殖枝が多く、雌株と考えられる。高さは 8m 強。
①:幹       2022.3.1.
径 約12cm。12年前は6cm強だったので倍増しているが、成長は遅い。陽当りは最良。
①のうしろにもう1本、同じ名札の木(点滅する)がある。
②:雄株 ?    2022.10.8.
一部はクズに覆われ、上部はうしろのモチノキの繁みと交錯している。高さは①より若干低い。右下の黄緑の葉は ①の枝の一部。植物園で雌雄異株の種を2本植える場合は、雌雄それぞれ1本ずつが普通だが・・・。
②:雄株 ?       2022.10.8.
葉だけでは、雌雄の別はわかりづらい。

植物についての啓蒙・教育の観点からは、雌雄異株の種の「雄株・雌株」の別を明記することは重要なことだと思うのだが、小石川植物園の名札でそれが書かれているのは、ほんの数枚しかない。テープを張るなどして、追記してくれるとありがたい。


冬芽 から 新梢へ
晩 秋
2022.9.22 2013.11.14
左:今年枝の茎頂につく冬芽。頂芽だけで腋芽はできない。
  多数ある芽鱗の先は鋭く尖る。
右:外側の芽鱗の腋に別の芽が膨らんできた。
  全体に充実して、横幅が増した。
翌 春 同時枝
2022.3.1 2014.5.20
左:周囲に4個のはっきりとした芽があるが、頂芽はあくまでもひとつだけ。冬の間は葉も黄色くくすむ。
右:初夏に葉芽が伸び出す。虫に食われてしまっているが、芽鱗の腋から2つの同時枝が伸長。芽鱗は褐色で、内側のものは低出葉として少し伸びている。
新 梢 前年枝
2014.5.20 2014.5.20
左:伸び出した新梢(栄養枝)。
右:この時期に伸び出していない冬芽も多い。
同時枝              2014.5.20.
主軸と2本の同時枝。多数の芽鱗と低出葉の落ち痕がはっきりと残る。この主軸も5月末の時点でまだ伸び出しておらず、3本の枝は前年枝である。

雌花 から 幼果へ
夏の伸び               2022.8.25.
初夏の伸びの3カ月後、樹冠全体で新梢が伸び出す。
二度伸びではなく、5月に伸びなかった頂芽だと思われる。
雌 花          2022.8.25.
新梢のすべてにではないが、低出葉の腋や葉腋に雌花が単生するので、夏に伸びる芽は「混芽」である。
球 果      2022.9.22.
マツ類の球果とは異なるが、『園芸植物大事典』ではこれも球果と呼んでいる。葉腋に単生する雌球果には長い柄があり、2個の種鱗片にそれぞれ1個の胚珠をつける。ふたつのセットがつくので、花序ととらえることができる。ただし、片方の胚珠を欠くことも多い。
脱 落       2022.10.8.
ほとんどすべての球果が、成長せずに萎れている。
雄株の生育環境が悪いとは思えないのだが、前年枝に雄花をつけた気配が無いため、花粉が飛ばずに受精しなかったのではないだろうか?


 
ポドカルプス・ネリイフォリウス の 位 置
 E14 d    メインスロープ クランク部、60番通り入り口右側
 E14 d    ①から数m 北寄り。雄株と推定される。


名前の由来 Podocarpus neriifolius

 和 名:無し
「ヤママキ」なる和名があるようだが、植物園の名札は学名のみ。
 Podocarpus 属: nom. cons. (保留名)
ギリシア語で pous 足 と、karpos 果実 からなり、果柄のある果実の意味。
本種やイヌマキの果実ではピッタリの名だが、最初に命名された種はどんな状況だったのか、また 保留名となった経緯については、次の命名物語を参照のこと。
 種小名 neriifolius
キョウチクトウのような葉の、の意味。
実際のキョウチクトウの葉と較べると、比率的には幅が狭くて細長い。また、葉脈の様子もちょっと違う。
本 種 キョウチクトウ
 仮 名:キョウチクトウバ マキ
種小名からは「キョウチクトウバマキ」となるが、発音しにくい。「ヤナギバマキ」がよいと思ったのだが、すでにPodocarpus salignus に使われていた。
ヤナギバマキ
flickr creative commons
by Leonora Enking
原生地はチリ


 
マキ属 Podocarpus の命名物語

属名 Podocarpus は「保留名」だが、調べてみると「却下名」でもあった!
そうなったのは、以下のように Podocarpus属と Phyllocladus属、および Nageia属と Podocarpus属の間で別々に生じた事象であるためで、ふたつの Podocarpus属は 命名者や命名年も異なる。

1806  Podocarpus La Billardière  却下名
1825  Phyllocladus Rich. ex Mirbel  保留名  エダハマキ属
 
1788  Nageia Gaertner  却下名  現 ナギ属
1807  Podocarpus Persoon  保留名  マキ属
どんな経緯だったのか? それぞれ別に掲載する。
は正名、 は異名、
は却下名
内は 推定事項
  肖像写真は Wikipediaより
  図版は、Biodiversity Heritage Library より


初めに 却下名 Podocarpus属 (1806)、
    保留名 Phyllocladus属 (1825) の命名経緯。
現在のエダハ-マキ属の種に対して命名された Podocarpus属 ① に先取権があったが、後から記載された Phyllocladus属 ② が保留名とされ、Podocarpus属は却下名となったもの。

学 名 命名者 属 名
1806  Podocarpus  ラビヤルディエール   却下名 nom.rej.
 P. aspleniifolia   Phyllocladus aspleniifolia の元の名前
Jacques-Julien Houtou de La Billardière (1755- 1834) はフランスの博物学者。
商家の生まれだったが博物学に興味を持ち、イギリス・フランス・中東・ギリシアで植物調査を行った。18世紀末に南西オーストラリア・タスマニア・ニュージーランド・インドネシアの調査を行った成果を『Novae Hollandiae Plantarum Specimen』にまとめ、様々な新しい植物を記載した。
La Billardière

写真は
Wikipediaより

P. aspleniifolia
その第2巻 71ページ および 図221 に、現在はマキ科 Phyllocladus エダハマキ属とされる植物に対して、Podocarpus属と名付けた。葉のように見えるのは枝(葉状枝)で、葉は退化しているそうだ。
この Podocarpus属の命名は②よりも前で、先取権があった。
前図下部に小さく描かれている図。同書の説明によると 5 が果実で、確かに「足、柄」 の先に「実」がつく形である。 6 は種子。
Phyllocladus aspleniifoliaの果実
赤色は肥大した複数の苞鱗片、白色は種子鱗片 と思われ、黒いのが種子。
Wikipedia より
ミニ 名前の由来 Podocarpus :果柄のある果実
ギリシア語の pous 足 と、karpos 果実 を合成したもの。
命名は19世紀初頭であり、ラビヤルディエールは当時 CONIFERAE と呼ばれていた「マツ科」に分類したものと思われる。マツ類の毬果には「果柄」が(ほとんど)無いのに対して、上図のように短いながらも果柄があることに着目して、属名を決めたものと考えられる。
今回、マキ属の命名経緯を調べなかったら、このような変わった植物の存在を知ることはなかったろう。

学 名 命名者 属名・備考 など
1825  Phyllocladus  Rich. ex ミルベル  nom. cons. エダハマキ属
 Phyllocladus billardieri  nom. illeg.
Charles-François Brisseau de Mirbel (1776-1854)はフランスの植物学者。植物を顕微鏡で観察し、細胞でできていることを発表した。
1805年に Société Philomatiqe学術協会の会員、1809年にフランス科学アカデミーの会員に選ばれ、ソルボンヌ大学の植物学の教授となった。
ミルベル
1825年には『Mémoires du Muséum d'histoire naturelle』第13巻に ESSAI (随筆) として 「La Distribution Géographique des Conifères」を載せ、膨大な数の裸子植物(毬果植物)について記述している。
48ページでは、新しく Phyllocladus属を定義し、①の Podocarpus aspleniifolia (緑線)を、その命名者を顕彰するために、Phyllocladus Billardieri (赤線)とした (現在の命名規約では非合法・不適)。
新しい属名は ギリシア語の phyllon 葉 + klados 枝 を合成したもので、②の写真で示した「葉状枝」に基づいている。しかし、後からの定義なので先取権は無い。
また、継承すべき種小名 aspleniifoliaを変更してしまったこと、この記述が植物の記載様式を整えていないことで、Phyllocladus billardieri は正規の学名とは認められていない。
1845  Phyllocladus aspleniifolia
 ダルトン・フッカー  正名
Joseph Dalton Hooker (1817-1911) はイギリスの植物学者。南極とインドへの長期間の探検で実績をあげた。1865年に 父 W. Jackson Hooker (1785-1865) の後を継いで キュー植物園の園長となり、20年間務めた。チャールズ・ダーウィン (1809-1882) の「自然選択説」を、著名な科学者としては初めて支持したことで知られている。 Fooker f.
フッカー主宰のジャーナル『The London journal of botany』第4巻に寄稿した「On the Huon Pine, and on Microdachrys, a New Genus of Coniferae from Tasmania」の中で、Rich. が提起したPhyllocladus属② にふれ、改めて Phyllocladus aspleniifolia として記載した。
元の記載 ①も明記している。
ここでフッカーは、Phyllocladus属の2種の葉を "Podocarpus" の葉と比較している。
これは、マキ属として Podocarpus が一般的になっていたことを示すものである。
この後、Phyllocladus が エダハマキ属として使われるようになったことから1892年に最初の提案がなされ、先取権のある Podocarpus① を却下名とし、Phyllocladus② を保留名とすることが決定された。
ただし、それがいつ決定されたのかはわからない。


次に 却下名 Nageia属 (1788) 、
   保留名 Podocarpus属 (1807) となった経緯。
学名のスタートである『植物の種』(1753)以前にケンペルが記載していたナギに対して、新しい属名 Nageia❶ がたてられて先取権が生じる。
時期はわからないが、Nageia属が Podocarpus属と統合されたとき、後から定義された Podocarpus属が保留名とされた。
一度は却下名となった Nageia属だが、APG分類で復活した。

学 名 命名者 属 名
1788  Nageia  ゲルトナー  ナギ属 nom. rej.
 注):一度「却下名」となったが、現在は正名として復活
Joseph Gaertner (1732–1791) はドイツの医師で植物学者。
Wikipediaによると、1770年頃から執筆を始めた『De fructibus et seminibus plantarum 植物の果実と種子』では顕微鏡も使って1,000以上の種を正確に記述し、180の銅版図が添付されている とある。
Gaertner
彼は同書で、過去にチュンベリーが Myrica nagi としていた「ナギ」を新属 Nageia に分類した。
属名は「先取権」を確保したのだが、種小名 N. japonica (赤の下線)は現在の命名規約に沿っていないために、認められていない。
ゲルトナーとしては、「nagi」は属名に取り込んだので、 種小名は原産地の「 japonica」の方がよいと考えたのではないだろうか?
ナギがマキ属として命名される 1854年までは、N. japonica が使われていたかもしれない。
ナギ の命名経緯の詳細は、ナギ の項に記載している。
1789  Taxus elongata  エイトン  Podocarpus elongatus
  のもとの学名
William Aiton (1731–1793) はスコットランド出身の植物学者。1759年に新設されたキュー植物園の園長に若くして任命され、終身務めた。就任の30年後に『Hortus Kewensis、キュー植物園植栽のカタログ』を著し、現在の Podocarpus elongatus Taxus イチイ属として記載した。 Aiton
2. が、今回の命名経緯に関係する T. elongata(現 P. elongatus) で、南アフリカ喜望峰産。
なお、1. セイヨウイチイ の記述の大半は省略している。
ミニ 名前の由来 elongata :伸長した
エイトンは 現在の Podocarpus elongatusを、Taxus イチイ属 として記載した。
イチイ Podocarpus elongatus
イチイ属と較べると、葉が大きく長く、果実に柄がある点を捉えて、「伸長した」と名付けたと思われる。(P. elongatus の写真はWikipedia より)
学 名 命名者 属 名
1806  Podocarpus  ラビヤルディエール  却下名 nom.rej.
 P. aspleniifolia   Phyllocladus aspleniifolia の元の名前
注) 前半の ①に掲載したもの。
①で説明したように、この Podocarpus属は現在のマキ属ではなくエダハマキ属で、却下名となったもの。 紛らわしいが、あえて再掲した。
1807  Podocarpus  ペルズーン  マキ属 nom. cons.
 P. elongatus  和名なし nom. cons.
Christiaan Hendrik Persoon (1761–1836) は、南アフリカ生まれ 主にオランダで活躍した医師で、菌類や植物の研究も行った。
❸が刊行された約1年後『Synopsis plantarum,seu Enchiridium botanicum, ~』第2巻 p.580 のPodocarpus属 に、現在のマキ属の種 elongatus を追加記載した。
Persoon
ここには、今では別属となったふたつの種が Podocarpus属として記載されている。
1. (緑の下線)は ラビヤルディエールが ❸で記載した種だが、この後 エダハマキ属となる。
Wikipediaには「ペルズーンは医師の仕事の余暇に植物学の研究を行った」とあるが、わずか1年前の出版を踏まえたこの記述には驚かされる。
2. が 新しく追加した種で、エイトンが ➋で Taxus イチイ属としていた種を Podocarpus属に訂正したもの。現在のマキ属の種が初めて記載された。
ただし、Podocarpus属はエダハマキ属としての「先取権」はあるが、マキ属としては有効ではない。
解説:
Nageia属❶ と Podocarpus属❹ が併存していた時は問題なかっただろうが、多くの人によってナギが P. nageia、あるいは P. nagi と記載され、マキ属として認識されるようになる。
牧野富太郎も 1903年に Podocarpus nagi と記載している。
その結果 Nageia属が Podocarpus属に含まれることになった。注)
Nageia 属に先取権があるので、本来 全体を Nageia属とすべきところだが、このとき Podocarpus属が 「保留名」となった。
注) 『園芸植物大事典』(1994年、コンパクト版)、『植物の世界』(1997年)、『樹に咲く花』(2001年)ともに、ナギは マキ(イヌマキ)属で、P. nagi だった。

前項で述べた Podocarpus属① と 保留名 Phyllocladus エダハマキ属② に関するものと同じ年、1892年に最初の提案が行われ、1904年に再度の提案がなされて保留が決定したようだ。

両属の統合の時期、また 最近のナギ属の復活の時期は不明。




植物の分類 : APG IV 分類による マキ属 の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ綱 (球果植物綱)は マツ目 のみ
マツ目 マツ科、マキ科、コウヤマキ科、イチイ科、ヒノキ科、など
マキ科 マキ属、ナギ属、エダハマキ属、ほか 和名の無い属 多数
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
基部被子植物 : アンボレラ、スイレン、アウストロバイレア
モクレン類 : カネラ、コショウ、モクレン、クスノキ
 独立系統 : センリョウ
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ
中核真生双子葉類: グンネラ、ビワモドキ
バラ上群 : ユキノシタ
バラ類 : ブドウ
マメ 群 : ハマビシ、マメ、バラ、ウリ、ブナ
 未確定 : ニシキギ、カタバミ、キントラノオ
アオイ群 : フウロソウ、フトモモ、アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク上群 : ナデシコ、ビャクダン、など
キク 類 : ミズキ、ツツジ
シソ 類 : ガリア、リンドウ、ムラサキ、ナス、シソ、など
キキョウ類 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物(進化した植物 )           

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