サルトリイバラ 猿捕り茨
Smilax china Linn. (1753)
科 名: サルトリイバラ科 Smilacaceae
旧科名: ユリ科 Liliaceae
属 名: サルトリイバラ(シオデ)属 Smilax
江戸時代中期の呼び名:山帰来 Sankira(i)、
     Quáquara (ただし この意味は不明)
中国名: 菝葜 ba qia
原産地: 日本(北海道から九州)、中国、台湾、韓国
備 考: 単子葉植物、雌雄異株、実は熟すと赤変
用 途: 根を漢方薬、葉を山菜、茎や果実を花材として利用する

以前はユリ科とされていたが、クロンキストの分類から サルトリイバラ科とされた。本属の一種であるシオデの名をとって、シオデ科・シオデ属と呼ぶこともある。
このホームページでは、樹木としての単子葉植物は初めて。
ユリ科の多くは球根植物で 葉腋に花がひとつつく単頂花序だが、サルトリイバラ科は葉腋に散形花序がつく。

薬草園        2012.4.24.
中央部分に植えられている。雌株の方が、葉が出るのが早いようだ。分類標本園にも植えられていた。

2012.4.13              雄花の芽吹き              2012.4.24
左写真:茎はジグザグになる。前年の鞘が付いた葉柄が残り、冬芽を保護していた。芽鱗は1個。花芽の伸長が進んでいて、まもなく開花する。左の芽には花がついていない。
右写真:1輪開花。茎頂は脱落している。
満開の雄花       2012.4.24.
別の枝では満開も。中央から新葉が伸びているので、花序がつくのは茎頂ではないことがわかる。花被片・雄しべともに6個。
満開の雌花                  2012.4.24.
雌株ではすでに新梢が数節伸びている。雌花は長い花梗でぶら下がって咲く。各花柄の基部に小苞がある。花被片は6個。子房は3室で柱頭が大きく3裂している。花柱のある「ユリ」とはこの点でも異なっている。

新梢の成長 雌株          2012.4.24.
前年に剪定された枝から、勢いよく蔓が伸びている。最上位の枝では花が咲いている。下の枝は栄養枝で、ぐんぐんと成長中。伸びだした第1葉が、丁度向軸側について主軸にぶつかっているのが不思議だ。通常の樹木は背軸側につく。
ジグザグ  2008.7.16
雲南省西部 昔馬地区の サルトリイバラ属の一種。前年枝の葉が青々としている常緑種であるから、本種とは異なる。『Floia of China』のサルトリイバラ属の項には 80種近い名前が載っているので、特定は難しい。
下向きに伸びた蔓なので、葉が上を向くように不自然に捻じれている。巻きひげはすでに枯れて茶色くなっている。

薬草園では 最初の写真のように叢生しているが、分類標本園では地を這っていた。
托葉が変化した巻きひげ   2012.7.10.
葉柄には葉鞘のようなものがあり、基部は茎を半分抱いている。葉身の付け根に1対の巻き髭があり、托葉が変化したものといわれている。この枝には棘がない。
表皮が変化したトゲ    2012.7.10.
茎にランダムにつく。この程度の棘でほかの木などに引っかかることはできないが、滑り止めにはなる。小枝には髭で巻き付き、冬にも残る葉柄が鉤の役目をする。
葉鞘のような薄膜の内側に、冬芽が成長する。
 
葉柄内芽
葉柄内芽:腋芽が葉柄の鞘部に包まれているもの。
ハクウンボクでは最終的には葉柄が落ちて冬芽が見えるが、本種は芽吹くまでほぼ見えないため、「完全?葉柄内芽」と言えよう。
 葉柄内芽 (再掲)   2012.4.13.
2019.2.10 ハクウンボクの葉柄内芽
2017.5.17
右写真:葉が落ちるまで側芽は見えない。茎頂は脱落。
モミジバスズカケノキの葉柄内芽 2011.11.30.
上から、外れかけた葉、脱落後に見えた冬芽、まだ緑が残る太い葉柄。完全にキャップ状になる。

.2017.8.17     幼 果 花材として
ひとつの花序に複数の実が生り、萎れたり裂開せずにいつまでも残るので、花材に使われる。



名前の由来 サルトリイバラ Smilax china
 和名 サルトリイバラ:猿が身動きできなくなる?
和名をまともに解釈すると「猿も身動きできなくなるほどのトゲのある植物」だが、実際にそんな間抜けな猿がいるわけがなく、大袈裟な喩え話として名付けたものだと考えられる。別の説として、「猿を捕えるときにこの枝を使うため」というのもあるが、そもそも猿狩りをすることなど滅多にないだろう。
なにか別の由来が隠れているような気がする。
 属名 Smilax:ギリシア語に由来との説
「smile 削り器」『園芸植物大辞典』、「smile 引掻く」『植物学名辞典/牧野』などとある。棘を手で掴んだら 引っ掻き傷では済まないだろうが、あまりしっくりとしない。
「命名物語」で考えてみたい。
 中国名 菝葜 ba qia:
「抜」と「契」に草冠が付く字はともに特殊で、小学館の『中日辞典』には字義が書かれておらず、本種の名前以外には用例がない。


 
サルトリイバラ Smilax china の命名物語
は正名、 は異名、
  図版は主に、Biodiversity Heritage Library より
は推定事項

サルトリイバラ属は 世界中の熱帯から温帯地域に広く分布し、300種もあるといわれている。今回調べてみてわかったのは、16世紀には サルトリイバラやヒルガオ、インゲンマメが、ともに Smilax と呼ばれていたこと。また 本種の根が China と呼ばれていて、種小名はそれを採ったものだと判明した。

 学名の出発点『植物の種』(1753) 以前の記載  正名・異名の対象外
名 称 著 者 備 考
1583  Smilax laeue major  ドドエンス  オオヒルガオ?
Rembert Dodoens (1517–1585)は フランドルの医師、植物学者。
開業医や皇帝の侍医を務め、晩年にはライデン大学の医学教授を務めた。多くの書物を著し、1554年刊行の『クリュードベック』では薬草を多く扱ったことで、薬学の書物として評価された。
晩年に出版した書『Stirpium historiae pemptades sex』(直訳:506種の歴史の蓄積)の 392ページに、ヒルガオ属の一種が Salixの名で載っている。

別種として Smilax laeue minor もある。
説明文の最後に「ラテン名は laeuis Smilax:滑らかな Smilax」で、その理由が「新芽に棘がないので、laeus と呼ばれる」となっているのが気になる。ヒルガオが「トゲなし Smilax」なのなら、本来の Smilax にはトゲがあることになる。
ヒルガオが Smilax と呼ばれるようになったのは、次のギリシア神話によるものかもしれない。
「クロッカスは ニンフ スミラックスと恋に落ちたが神々に認められず、サフラン(クロッカス)に変えられてしまった。また スミラックスは ヒルガオに変えられた」
ギリシア神話ではクロッカスがスミラックスの虜になったわけだが、これを本種の和名に当てはめると、
 猿がサルトリイバラ(の実?)の虜になってしまった。
  猿が 虜になった 茨
   → サルトリイバラ
となるが、どうだろうか? 
もし猿が、本種の実を食べるのなら可能性がある。
 Smilax aspera  ドドエンス  地中海サルトリイバラ
同書の 398~9 ページ、❶の6ページ後には、サルトリイバラ属の一種 S. aspera が載っている。

のちにリンネが『植物の種』にも記載するが、S. asperaは、地中海沿岸・アフリカ北部・同北東部・シリア・トルコからアジアの亜熱帯地域まで広く分布するよく知られた植物で、英語名は common(一般的な・普通の) smilax である。
その別名のひとつとして rough-bindweed がある。bindweedの意味は 「巻き付く雑草」でヒルガオのこと。つる植物でトゲのあるサルトリイバラを「手触りの荒いヒルガオ」としたもの。上記の神話のヒルガオの代わりに置き換えられたバージョンもあるようだ。
名 称 著 者 備 考
1623  China radix  C. ボーアン  本種の別名
Caspard Bauhin (1560-1624)はスイスの植物学者 ボーアン兄弟の弟。
『Pinax theatri botanici 植物の劇場総覧』で 6,000種以上の植物を記載し、古今の名称が対照されているが図版は無い。『植物の種』の130年前に、すでに学名を2つの名前で表す「二名法」の考えを示した人物。
本種の記載は その 296ページ。
Bauhin

以下略
本書では、このひとつ前の項に S. aspera があり、それに続くのが CHINA で、その最初の部分の記述は「CHINAは、その枝が Smilax asperaに似ており、珍しいツタのように木によじ登り、細い茎でトゲがあるので、この科に分類した」となっている。第1種の名前 China radix は ケンペルの記述にも出てくる、根茎のこと。
 Smilax hortesis  C. ボーアン  参考:インゲンマメ属
同 332ページ。インゲンマメ属も Smilaxだった。

別名 DOLICHIUS、または Phasiolus とあり、現在のインゲンマメ属 Phaseolus属である。
なぜ 全く違う植物を 同じ Smilax と呼ぶようになったのか? ニンフ スミラックスが人気があったのだろうか?
名 称 著 者 備 考
1712  Sankira, 一般に Quaquara  ケンペル  サルトリイバラ
Engelbert Kaempfer (1651–1716) はドイツの医師で博物学者。オランダ商館付きの医師として、1690年8月(元禄3年)から1692年9月までの2年間 出島に滞在した。商館長の江戸参府に二度も随行し、徳川綱吉に謁見。街道沿いの植物・生物のみならず、日本の歴史、政治、社会についても観察した。
帰国後の1712年には『異邦の魅力』(原題:Amoenitatum Exoticarum ~)をラテン語で刊行。その第5部「日本の植物」には、漢字とローマ字的に記された和名があり、植物画もある。

後略
当時の呼び名のひとつに「山帰来」があったことがわかるが、山帰来は「Smilax glabra 中国名 土伏苓 tu fu ling」の根から作る生薬のことで、正確には誤用。現在の事典では別名としても使われていない。
もうひとつの「quaquara かから?」については不明である。
本文の最初 Smilax に続く部分を訳してみると、「棘は少なく、実は赤く、根は有徳(有用)、Chinaeという」で、本種の特徴が書かれている。最後の Chinae は生薬の呼び名 Radix Chinae 中国の根、のことである。
この後に1ページをフルに使っての説明があるが、訳していない。

図は雌株で中央に2年生枝、その葉腋から伸びた今年の側枝に実が生っている様子が、かなり正確に書かれている。また薬用となる「根」も。
右上の漢字は山帰来ではなく「菝葜」で、本種の現在の中国名と同じ。
『植物の種』以降の出版、記載  基準日:1753年5月1日
学 名 命名者 備 考
1753  Smilax china  リンネ  本種の正名
 Smilax  サルトリイバラ属
『植物の種』第2巻 p.1029。

リンネは『植物の種』で Smilaxを、茎のトゲの有無と形で4グループに分け、13種と3変種を記載した。多くの種が現在でもそのまま正名となっている。本種は〈茎が円柱形でトゲがある〉グループ(緑の下線)。
種小名 China は、薬とされる根の名前「Radix China」を意識したもので、原産国を意味するものではない。「Habitat 生息地」には日本も挙げられている。

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ