シキミ 樒 (梻) 
Illicium anisatum Linn. (1759)
APG分類: マツブサ科 Schisandraceae
旧科名 :   シキミ科 Illiciaceae
属 名 : シキミ属 Illicium Linn. (1759)
異 名 : Illicium religiosum Sieb. et Zucc. (1835)
英語名 : Japanese anise , sacred anisetree
原産地 : 本州(宮城-石川 以南)、四国、九州、沖縄
朝鮮半島南部、台湾、中国
用 途 : 枝を仏事に使う。 寺やときに神社に植えられる。 香気があるため、葉や樹皮を乾燥して抹香や線香に使う

シキミは被子植物の中では非常に早くに分化した種であり、花の形態が原始的なのが特徴である。
植物園では2箇所にあるが、ともに木が密生しており、樹形はわからない。
植物園以外の写真も交えて掲載する。 

             ① : 常緑樹林内のシキミ         2011.2.3
付近に 計9本あり、葉の量も多いので一体化している。 高さ 約7m。

② : 分類標本園近く
立ち入り禁止の柵内に 大きい木が2本、小さな木が1本。 さらに左側に「アカバナシキミ」がある。

幹の様子
肌は割れることはないが、縦皺が目立つ。 古くなると キズのような横線が多くなってくる。 葉痕(葉の落ちた跡)だけではないようだ。なぜこのようになるのだろうか。
2011.2.3                    次第に膨らむつぼみ                   2011.3.6
枝先の葉は輪生のように見えるが、シキミは対生である。 花は葉腋にひとつずつ付く。
多数の苞?で蔽われていた蕾の中から、次第に花が伸びてくる。 萼から花弁まで、サイズが少しずつ大きくなっているため、どこまでが萼かの区別は難しい。

                   開花した花             2009.4.16

                    花の詳細           2010.3.16 谷中
シキミは以前「モクレン目」に分類されていたが、APG分類でさらに早くに分化した「アウストロベイレヤ目」に変更された。

すべての要素が「一本の軸」の回りに構成されているところに、原始的な植物の姿が現れており、最も古くに分化したもののひとつ、スイレンの花の構造に似ている。 すなわち 多数の萼・花弁があり、雄しべは「螺旋状」に付く。 心皮も「輪生」しているために、雌しべの先が8つに分かれているように見える。 良い香りがある。

後半の「植物の分類」を参照の事。

                   たくさんの花            2011.3.20
シキミは ハナシキミ とも呼ばれる。

                           新葉は 開花後に                  2008.4.28 所沢

2009.4.16    花弁が落ちた直後                   大きくなってきた果実   2011.5.24
果実は王冠印。 シキミの果実は、それぞれ雌しべを持つ独立した子房が8つ並んでいるのがよくわかる。

2011.8.4    太ってくるとブローチに                    種子が充実    2011.10.12
花の器官である雌しべも 「葉」が変化したものと考えられている。 
シキミの果実は、「1枚の心皮(葉)が内側に丸まって子房ができ、それが円形に並んでいる」という理屈を確認しやすい形態である。 種子が膨らむと、くっついていた合わせ目の線(内縫線・腹縫線)が裂けて、種子が落下する。

                  種子はつやつや          2011.10.12
開いた果実の直径は 3 cm、種子は 7 × 5 mm。


 
シキミ の 位 置
写真①: B6 a 10番通り 標識15の右。 計9本
写真②: E9 ab 40番通り 標識43の手前左。 柵の中

名前の由来  シキミ Illicium anisatum

シキミ
: 
通説は、木全体 特に果実に毒があるために 「悪しき実 : あしきみ」が短くなって「シキミ」となった、というもの。

しかし 現在でも仏事に使われ、古くはサカキ(賢木・栄木)として神事に使われていたという。 「悪しき実」という名の木を神事には使わないだろう。
私は 次の説をとりたい。
木全体に芳香があるため、「臭き木、臭き実」の意味から 「臭実 : く しきみ」という名が起こり、それが「シキミ」となった。
それを裏付けるひとつの根拠が、エンゲルベルト・ケンペル(1651-1716)が 1712年に刊行した『廻国奇観』にある。 ケンペルが来日したのは 1690-92年(元禄3-5年)で、同書第5部を日本の植物にあて、多くの図と 漢字や読み方も載っている。

シキミの項の記述は1ページ半に渡っていて、ラテン語であるためにとても全部を読むことができないが、以下に最初の部分を掲げる。
『廻国奇観』 880ページ シキミの記述
『廻国奇観』/国際日本文化研究センター所蔵
資料利用許可 取得済み(日文研資利第194号)
重要なのはその名前で、初めに漢字があり、鼠莽 「そも」となっている。(右から)
鼠 はネズミの意味で、莽 の読みは「モウ、ボウ」があり、意味は「くさ、雑草、草深いさま」で現在でも「草ぼうぼう」として使われる。 しかし「ソモ」の意味するところはよく分からない。 「ネズミのように取るに足りない葉が多い木」というのでは、賢木として使われた木にそぐわない。

次に続くのが、「一般に シキミ、ハナ・シキミ そして ハナ・シキバ」

注目すべきは「Fanna Skiba」である。 意味は「花がたくさん咲く臭き葉 しきば」であり、「く しきは」 が 「Skiba シキバ」になったものと考えられる。

そこで、同じように 「シキミ」 は 「臭き実 : く しきみ」から転訛したと考えられよう。

最初のセンテンスだけ 意訳してみた。
森林生の樹木、樹皮に香気があり、葉はゲッケイジュに似ている。 花はスイセンの香りがし、種子は Ricini (トウゴマ?)のようだ。 朔果は8つでニシキギ属のように裂開し、円形にくっついている。

エンゲルベルト・ケンペル『廻国奇観』の シキミ
『廻国奇観』/国際日本文化研究センター所蔵
資料利用許可 取得済み(日文研資利第194号)


 : 字義は「沈香 : じんこう」であり、 「しきみ」は国訓となっている。 シキミの葉や樹皮を 沈香などの代わりに抹香に用いたので、香りの代用品として、樒の字を当てたのであろう。
 
梻 : 日本で作られた国字である。 中世以降シキミが仏事に限定して使われるようになって、「仏の木」という字が生まれた。

種小名 anisatum : アニスの香りがある という意味
シキミの葉を軽く揉むと わずかに甘い香りと樹脂(ヤニ)の臭いがする。 揉みすぎると青臭さが勝ってしまうが、その臭いが「アニスに似ている」という事で命名された。
アニス ( Pimpinella anisum )はセリ科の植物で、乾燥させた果実 (aniseed または anise seed)を芳香剤、香辛料として使う。 地中海東部沿岸の原産で、古代ギリシアから使われているそうだ。
Wikipedia より
アニス・シード
購入品の原産地はスペインとなっている。 香りだけでは 下記の八角ほどの匂いはないが、一粒食べてみると 甘さと刺激で口の中がいっぱいになる。 この匂いは、精油に含まれる「アネトール」という成分による。


シキミの実は猛毒だが、不思議なことに、中国南部原産の「トウシキミ Illicium verum」の実は 同じ形をしているのに無毒で、甘い香りが 一層アニスに似ているので、「スター・アニス」 あるいは8個の袋果から「八角、八角茴香(ういきょう)」などと呼ばれて、中華料理によく使われる。
八 角
シキミの英語名 Japanese anise , sacred anisetree も、アニスにもとづいているが、知識のない外国人が シキミの種子を食べる恐れがあって、極めて危険だ。


リンネが種小名 anisatum を記載したのは『植物の種』(1753)ではなく、『自然の体系』第十版 二巻 である。

Illicium  シキミ属 : 誘惑する の意味
ラテン語の illicio (おびき寄せる、誘惑する) にもとづいている。 

花の香りや全体の芳香に由来するのだろうが、その香りで邪気を払ったり、毒で獣を寄せ付けない、などの使い方とは逆の意味である。 シキミにまつわる文化を理解せず、標本やスケッチだけに基づいて名付けられた結果だと思う。 ケンペルの 1ページ半の記述の中に、ヒントがあるのかも知れない。

なお、ミカン科の「ミヤマシキミ」に基づいて、次の来日者 ツュンベリーが 「Skimmia ミヤマシキミ属」を命名している。
 
マツブサ科 : 
クロンキストの分類では マツブサ属とサネカズラ属の2属だけであったが、APG分類ではシキミ属が含まれることになった。

マツブサの名は、茎にマツの香りがあり 果実が房状になることから。
マツブサ
石川県のホームページ『いしかわ樹木図鑑』より
石川県林業試験場の掲載許可 取得済み
マツブサは花の時点では「普通の」形状だが、花が終わると「花床」が著しく伸びて房状の集合果となる。 ブドウと違って、房全体がひとつの花からできている。 つまり ひとつの花に多数の心皮があることが、大きな違いである。

シキミの異名 Illicium religiosum Sieb. et Zucc. (1835)
religiosum は「宗教的な」の意味で、仏事に使われているのを見たシーボルトが、『日本植物誌』に記載した。 リンネが記載していた種とは別のものと考えたのかも知れない。

シーボルトが日本からの帰国後刊行した本書の図版は すべてにおいて各植物の特徴をよく捉えている。 京都大学のデジタルアーカイブは「リンク自由」となっているので、ご覧いただきたい。

   ・ 第 1 図 シキミ

 

植物の分類 APG II 分類による シキミ の位置

シキミの花
多数の雄しべは螺旋状に付く。 雌しべの先が8つに分かれているように見えるが、心皮が輪生しているためである。

シキミは以前「モクレン目」に分類されていたが、APG分類でさらに早くに分化した「アウストロベイレヤ目」に変更された。 最も古くに分化したもののひとつである、スイレンの花の構造に似ている。
熱川バナナワニ園のスイレン  ホワイト・パール 自宅のスイレンの断面
多数の花弁、多数の雄しべ、多数の心皮が輪生状に並ぶ雌しべ など、すべてにおいてよく似ている。 特にスイレンの子房の様子はシキミの実が大きくなってきた時にそっくりである。 ただし、シキミの種子はそれぞれにひとつ。
シキミの若い実


原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類) : マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、ヘゴ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、アウストロベイレヤ
スイレン目 スイレン科、ハゴロモモ科、など
アウストロベイレヤ目   アウストロベイレヤ科、マツブサ科、トリメニア科
マツブサ科   シキミ属、サネカズラ属、マツブサ属
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
以前の分類場所  モクレン目   シキミ科(変更↑)、モクレン科、バンレイシ科、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )
注) 以前の分類とは クロンキスト体系とするが、構成が違うので、APG分類表の中に表現するのは正確ではない事もある。 その場合はなるべく近い位置に当てはめた。
 
小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ