エンジュ 槐
Sophora japonica Linn. ( 1767 )
科 名 : マメ科 Fabaceae
属 名 : クララ属 Sophora Linn. ( 1742 )
英語名 : Chinese scholar tree ,
Japanase pagoda tree
中国名: 槐樹、 槐 huai
原産地 : 中国北部
用 途 :
 
街路樹、公園樹として植えられる。
蕾は止血・消炎、高血圧の薬用に、また黄色の染料に使われる。樹皮は茶色の染料に。材は床柱や床框などの建築材や、家具・工芸品に使われる。
備 考 : エンジュの分類を Styphnolobium 属 とする見解がある。

植物園には3本のエンジュがある。 
下の段 中島池のほとりのものは昔名札が付いていなかったのだが、2010年頃にエンジュとなった。 上の段の1本は背が高く、花が咲いているのにも気が付かないほどである。 
もう1本 「イチョウトイレ」のすぐ近くの大きな木は、幹が腐ったために近年に切られ、切り株から生えてきたものが5mほどになっている。

                  ① : 島池のほとりのエンジュ           2011.8.4

                       ① : 島池のほとりのエンジュ                 2010.9.20
名札が付いていない時に一度根元から切られたので、雑種なのかと思っていたが、判定作業が行われたのか 晴れて「エンジュ」の名札が付いた。

                        昔の様子                 2002.8.17
たくさんのひこばえが出て株立ち状態となったが、若い幹は真っ青だった。

2010.10.11              ② : シマサルスベリの近くのエンジュ             2007.3.18
この木の手前にあった大きなココノエギリが枯れ死してしまったため、全景を撮れるようになった。 右隣は これも大きなヒトツバタゴ。 

                       ③ : トイレの前のエンジュ                 2011.7.17
ひょろ長い木だったのだが、いつの時か伐採された。 切り株の中央部が空洞になっているので、倒壊の危険があったのだろう。 新たな枝はすでに4m以上になっている。


幹の様子 羽状複葉 の 葉

              蕾の状態        2011.7.17

                             花 のアップ                       2011.8.4
同じ花を 斜め上からと横から。 花弁の中央の大きな「旗弁」は後ろに反り返る。
ひとつひとつの花は小さい。

シダレエンジュの花            花 と 若い実    2010.9.20
花の写真のよいものがないので、ひとまずWikipediaから借りておく。
果実は数珠状になり、長い果柄にぶら下がる。

種子
長さ 8~10mm。

 
エンジュの 位 置
写真① : E7 d 標識75番の先 池のほとり
写真② : C5 a シマサルスベリ並木の左側
写真③ : B9 d トイレの近く

名前の由来 エンジュ Sophora japonica
 
和名: エンジュ : 昔の名前「エニス」が変化したもの
エンジュの原産地は中国といわれている。
漢方で種子を「槐子 (エス・呉音) 」といい、そこから生まれた 「エニス」あるいは「エンス」という名前が古名として使われていた。
それがさらに転訛したのが「エンジュ」ということである。

中国の「呉」は3世紀の三国時代、日本は邪馬台国の時代である。 その頃の音が薬などと共に伝わったのであるから、いかに早い時代に渡来していたかということが伺える。
 
種小名 japonica : 日本の という意味
上記のように 中国から相当古くに伝わっていたエンジュが 野生化していためであろう。 17世紀末に来日したケンペルは『異邦の魅力-廻国奇観/1712』 に(日本の植物として)記載した。
ケンペル著 『廻国奇観』 841ページ
江戸時代の和名は 「カイ (クァイ) または イェンス、クァイ カク」であったことがわかる。 二名法による学名らしきものは書かれていない。

恐らく これをもとに、リンネは『植物補遺/1767』に エンジュ Sophora japonica を記載したものと思われる。 ケンペルが日本で採取した、という意味では間違っていないが、学名には原産地・自生地の名を付けるべきなので、調査不足と言えよう。

リンネはこのほかにも 『異邦の魅力』 を元に、20種以上の新種に命名したということである。

 エンゲルベルト = ケンペル
ドイツの医師で博物学者。 オランダ商館付きの医師として、1690年8月(元禄3年)から1692年9月までの2年間、出島に滞在した。 
2回の商館長の江戸参府にも随行して、街道沿いの植物、生物のみならず、日本の歴史、政治、社会について観察した。
帰国後の1712年には『異邦の魅力』をラテン語で刊行。 その第五部は「日本の植物」にあてられ、スケッチと標本をもとにた植物画が多数載せられている。    一例として 別項「カジノキ」で取り上げている。
『異邦の魅力』
ケンペルは65歳で亡くなってしまうが、死後刊行された『日本誌』(1727) は、鎖国中の日本の様子を本格的に、かつ科学的にヨーロッパに伝えた著作として、英語版のほかにオランダ語訳、フランス語訳、ドイツ語版と多くの種類が出版された。
『The histry of JAPAN』
「日本のアルファベット」として ひらがな・カタカナ・漢字の表まで出ている。 ところが、あいうえお の並び方が違って、あえいおう。


Sophora 属 クララ属 :
『園芸植物大事典』、『朝日百科/植物の世界』 ともに、属名は「クララ属」である。 

属名の和名 クララは本属で日本にも自生する草本の「クララ」による。

学名はリンネが1737年刊行の『植物の属』で命名したものであるが、『園芸植物大事典』によると、マメ科特有の蝶形の花をつける ある種の樹木のアラビア名 sophero または sopheraに由来する、とあり、その木が何という名前かは記述されていない。1753年のリンネによる『植物の種』にはエンジュもクララもまだ命名されていなかった。
 
クララ 苦参 : Sophora flavescens Aiton (1789)
クララ

小石川植物園

本州、四国、九州の山野に普通に見られる多年生の草本で、朝鮮半島、中国、シベリアにも分布する。高さは 80~150cmで、葉はエンジュと同じ奇数の小葉を持つ羽状複葉である。 いかにも洋風の名前であるが、調べてみるとクララの古名「眩草(クララグサ)」が名前の由来であった。

漢方ではクララの根を乾燥したものを、エンジュの根と同じく「苦参(クジン)」といい、アルカロイド(塩基性有機化合物)がいくつか含まれていて、解熱、抗菌作用がある。
口に含むと「目が眩むほど苦い・くらくらする」ために付いた名前である。昔はこの茎や葉の煎汁を便所に入れて、蛆虫(ウジムシ)の駆除に用いたという。
種小名 flavescens は「flavesco 黄色っぽい」という意味で、花が淡い黄緑色であるところから付けられた。
 

不思議なのは、Sophora属の和名をなぜ 一般には知られていないクララ属と名付けたか、である。 和名を名付けた頃はよく知られた植物だったのか?  エンジュが国産ではない事へのこだわりだったのか?

学名に関してはエンジュの方が先に命名され、リンネが折角 japonicaと付けてくれたのであるから、エンジュを代表選手として「エンジュ属」としたら良かったと思うのであるが・・・・。


Styphnolobium 属 エンジュ属 ) :
最近のAPG分類の一環で、エンジュを別の属に分類する考えがある。

今回は大場秀章氏の『植物分類表』によったため、植物園の名札と同様の Sophora属としたが、Mabberlay氏の『MABBERLEY's PLANT-BOOK』や米国農務省のホームページ 『GRIN』では、エンジュを Styphnolobium 属 としている。 その根拠や両属の違いなどはわからない。

  エンジュ Styphnolobium japonicam Schott (1830)

命名年から、この考え方が200年前からあったことがわかる。
属名の和名についても、エンジュが含まれるこちらを「エンジュ属」とすれば、「クララ属」が生かされる。

英語名 Chinese scholar tree : 中国の学者の木
中国ではエンジュは非常に重要な木であった。 漢名の槐 (カイ) は「まるい樹形をつくる木」の意味があり、塊の字が使われることもあるようだ。

周の時代の故事に、朝廷の庭に三本のエンジュを植えて、「三公」(三つの最高官位、秦代では丞相・御史大夫・大尉)がこれに向かって座り、その左右に九卿が並んで執務した、というものがある。 
このことから 三公のことを 「三槐」といい、槐は大臣の代名詞となった。

日本でも律令時代には太政大臣・左大臣・右大臣を 三公と称した。 
鎌倉時代の右大臣であった源実朝は、自分の和歌集に 鎌倉の「鎌」の偏(ヘン)と「槐」を取って『金槐集』(1213) 、つまり 「鎌倉の大臣の和歌集」という名を付けている。
 

漢方薬としては、まず つぼみを 「槐花 (カイカ)」といい止血薬として使われた。 その根は「苦参(クジン)」として健胃・解熱・利尿薬として、くびれて数珠状になる実は、止血薬や痔薬として使われた。

花の色素は黄色、樹皮は栗色の染料として用いられた。
材は堅くて光沢が美しいため、建築材や机、鏡台などの家具、細工物に利用される。
また若葉はゆでて食用とし、茶の代用としても使われたという。 花からはハリエンジュと同じように蜂蜜が採取できる。

マメ 科 : Fabaceae , ( Leguminosae )
クロンキストの分類では花の形態・構造の違いから、ジャケツイバラ科 ・ネムノキ科 ・マメ科 に分けられていたが、APG分類ではそれ以前のようにひとまとめになった。 マメ科は雄しべの基部が合着していることから、他の2つよりも後からできたと考えられているのだが、遺伝子的には大きな違いがなかった、ということだ。
 
ジャケツイバラ亜科
Caesalpinioideae
ネムノキ亜科
Mimosoideae
非常に大きな科で、約 650属、約 18,000種があるという。

 
 トピックス  街路樹としてのエンジュ

街路樹に多く使われているのは「イチョウ」と「プラタナス」であるが、現在ではバラエティに富んだ樹種が使われるようになってきた。
ただし、どんな木でも OK というわけではなく、以下に挙げるようなさまざまな適性条件の中のいくつかはクリアする必要がある。
 
寿命が長い : サクラ類は比較的短い方であるが植裁の実績は多い
排気ガスに強い ○ : 最近は排ガス規制で木も楽になったことだろう
痩せ地でも育つ ○ : 道路の土では養分があるわけもなく、また肥料
               をやる手間は大変である
病気に強い、害虫が付きにくい: 市街地では薬を散布できない
根が張り倒れにくい : 台風にも耐えなければならない
乾燥に強い : たまにおきる異常乾燥時には給水車のお世話になる
強剪定に耐えて枝を出す ○ : 狭い道では大きくすることができない
     ため、また根が発達しすぎると歩道を盛り上げてしまうために、
     どうしても剪定が必要となる。 新しい芽が枝先からしか出にく
     いない樹種の場合は、枯れてしまうことになる
耐寒性がある ◎ : 地域にもよるが、何年かに一回の冷え込みで
     枯れてしまっては困る
耐潮性がある : 海岸地域では必要となる
苗木を作りやすい、移植がし易い ○ : 街路樹として供給する場合
     には、実生や挿し木などでの繁殖が容易な方がよい
樹形がよい、樹皮がきれい ○ : 見た目に美しいことも大切である
     さらには、花がきれい新芽が美しい紅葉がきれい、など
     も歓迎される

東京区部の街路樹は1995年4月の古い資料によると、約 25万2千本、延長 1,776km であるが、区民一人あたりにするとわずか 0.03本であり、大阪市の半分、札幌市と比べると10分の1であった。

植裁本数でのベストテンは、イチョウ、プラタナス、サクラ類、ハナミズキ、トウカエデ、エンジュ、クスノキ、ケヤキ、マテバシイ、ヤマモモとなっている。ベスト5を覚えれば区部の街路樹の50%、10種類を覚えれば73%をカバーできる。

エンジュは6位にはいっているが、先の条件に○印を付けたものが エンジュに当てはまる長所である。
その主な街路をあげると、長いところでは山手通りの豊島区要町から渋谷区代官山まで、環7通りの足立区部分、環8通りの田園調布から矢口まで、などである。 ほかに靖国通りの曙橋付近、内堀通りの一ツ橋付近、銀座電通通り、春日通りの茗荷谷付近などと区部中央から西部方面に多い。
        電通通りのエンジュ並木   1999.7.31



植物の分類 APG II 分類による エンジュ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類) : マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、ヘゴ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、イネ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
  マメ目   キリァイア科、マメ科、スリアナ科、ヒメハギ科
マメ科   アカシア属、ネムノキ属、エンジュ属、 など多数
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ