ウワミズザクラ ウワミズ桜
Prunus grayana Maxim. (1883)
科 名 : バラ科 Rosaceae
属 名 : サクラ属 Prunus
  サクラ亜属 バクチノキ節
別 名 : ハハカ、クソザクラ、ヨグソザクラ、ナタヅカ
原産地 : 北海道西南部から九州まで
中国の広範囲の省
用 途 : 道具の柄、器具材に使う
つぼみや若い実を塩漬けにしてたものを「杏仁子 あんにんご」と呼んでいる

サクラの学名は 各所、各人でまったく違うため、サクラ属に関しては、米国農務省のデータベース『GRIN Germplasm Resources Infor. Network』 の学名で統一する。

GRINでは サクラ属に広範囲の種を含めている。その場合、下位の分類段階「亜属」として 次の3つに分ける。
  サクラ亜属、 スモモ亜属、 モモ亜属
さらに分類を判りやすくするために、サクラ亜属は多くの「節」に分けられ、ウワミズザクラは バクチノキ節に含まれている。

その特徴は、
  葉は落葉、花は長い総状花序、果実には縦のへこみがない
である。花柄に付く葉に付いては 本文で考察する。

そして、ウワミズザクラの一番の特徴は、ラクウショウやメタセコイアなどのように、秋に小枝ごと葉を落とす 戦略である。すなわち、木が大きくなっていく通常の枝「長枝」と 秋に落ちてしまう短い枝(仮に「落枝」と呼ぶ )がある ということ。


① : 樹 形         2010.10.17.
分類標本園横の 管理地の中に植えられている ウワズミザクラ。

①:幹の様子        2013.8.7.
ずっと以前に横倒しになった状態で そのまま太くなったもの。右側に直立する細い幹はまだ若いが、それでも高く枝を伸ばしている。

② : 50番通りのウワミズザクラ
この写真は10年以上前のもので、発色が悪い。大木だが以前から枯れかかっていた。2012年以降 この道が通行止めになってしまい、現状は確認できない。

筑波植物園のウワミズザクラ    2012.6.2.
自然樹形と思われる。

幹の様子
壮年の様子は筑波の別の木の幹を。太さ 約25センチ。つぶつぶの石目ができるが、表面が荒れるまでにはまだ時間が掛かる。ソメイヨシノだったらこの太さになると、もっと黒く粗くなっている。

「落枝」の様子
春の芽吹き        2011.3.29.
花序を付けたもの、花序のないもの、ともに一斉に枝を伸ばす。赤みがかった中央の枝「長枝」は、昨年に延びた枝。

ウワミズザクラの特徴は、せっかく伸ばした小枝を 秋に落としてしまう事。やみくもに全体を大きくするのではなく、光が当たる場所ならば、毎年一定の長さの小枝を出して葉の量を確保する戦略である。

昨年の長枝から 初めて出た「落枝」     2013.8.7.
昨年の枝から、多数の落枝が出ているが、全ての葉腋から新枝を出すと葉が重なりすぎて効率が悪いため、適度な間隔となっている。
が昨年枝の先端で、それより左は今年伸びた 長枝。

落枝の基部        2012.6.2.
芽鱗痕の部分が 台座のように太く膨らんでいる。脇にあるのは来年用の芽だろうか。

数年前の枝から伸び出した「落枝」   2013.3.17.
イチョウなどの「短枝」の場合は、短い枝の先端の芽が毎年伸びる。
しかしウワミズザクラの場合は、落ちた枝跡の脇にできていた芽が伸びる。
枝が落ちた脇から出ているのがよくわかる。落ち跡にある丸いものは、恐らく 予備の芽。この後 今年の枝はもう少し太くなる。

枝振り         2001.4.7.

花序を付けるものも含めて、落枝の葉腋には「腋芽」ができないか できても大きくならない。秋には落下することが決まっている枝なのだから、「わざわざ来年の芽を用意する必要がない」と省エネを決め込んでいる。
次の写真は ともに 2013.8.7 撮影
落枝の小さな腋芽 長枝の大きくなる予定の腋芽
この枝はおちてしまう。


花序を付けた枝 の様子

花序を含む枝は、昨年伸びた枝 つまり樹冠の外周部から出ることが多い。
花序の下に付く葉は 総苞か?
下部に付くこの葉が 普通葉か 苞葉か、という議論がある。
6~8枚の葉は、花序が付かない普通葉とサイズも変わりなく、また葉の基部には「托葉 」があるので、普通葉と判断できる。

上部のひとつひとつの花(小花)の基部には 披針形の苞が付いているが、開花までには落ちてしまう。


尖った鋸歯
小さな葉が多く、蜜腺が見あたらない。

①:まもなく開花      2011.4.15.

自生の花        2002.4.29.
酒田市 眺海の森 で。これに較べると 東京は暑すぎるためか、花の勢いが違う。

①:開 花        2011.4.15.

花の詳細        2011.4.15.
長い雄しべは 中央部にたたまれていて、バネ仕掛けのように広がる。


筑波では 良く結実する      2012.6.2.
先が尖った卵形。径 6ミリ程度。
色付く実         2013.8.3.
緑から 黄色、橙色、赤、赤黒と熟していくと 甘くなるそうだ。

落枝 と 冬芽       2013.11.2.
筑波植物園。 基部も膨らんで 来年の準備完了。

紅 葉         2012.12.1.

落 枝         2012.12.1.

 
ウワミズザクラ の 位置
写真①: E10 cd 40番通り左側、管理地内
写真②: F10 a 50番通り、太郎神社裏の 崖の上



名前の由来 ウワズミザクラ Prunus grayana

ウワミズザクラ : 裏溝桜の転訛といわれている
太古に行われた「占い」に関係すると言われている。

① ウラミゾザクラ の転訛
「太占 ふとまに」では主に鹿の ”肩胛骨 けんこうこつ” の裏に溝を彫り、それをウワミズザクラで焚いて、割れ目の形状で占いをした。骨に彫る溝を「ウラミゾ 裏溝、占溝」と呼んだ。その後、材を「ウラミゾザクラ」と呼んだことから、それが変化した。
② ウワミゾザクラ の転訛
「亀甲占い」では この材の上面に溝を彫ったものを「ハハカ 波波迦」と呼び、本種の古名も ハハカ であった。

いつ頃からかは不明だが、いずれも 本種をサクラの一種と認識するようになってからの命名である。
 
種小名 grayana : 人名による
アメリカの代表的な植物学者 エイサ・グレイ Asa Gray (1810 - 1888) を顕彰したもの。グレイは北アメリカの植物相を研究した。
A. Gray
命名者の マキシモヴィッチ K. J. Maximowicz (1827 - 1891) はロシアの植物学者で、グレイと同時代の人物である。
助手として須川長之助を雇って、日本各地で長期間の調査・採取を行い、多くの植物に命名した。
牧野富太郎ら 日本の植物学者も標本を送って、種の同定を依頼していた。
日本、中国原産のウワミズザクラになぜ グレイの名を付けたか、グレイとの接点は不明。
Maximowicz

 マキシモヴィッチによる サクラ属の命名
Index Kewensis Ver. 2.0 (1977) によると、マキシモヴィッチは 異名となったものも含めて、サクラ属の種を 13種 も命名している。その中でも 1883年の発表が大半で、本種を含んで 9種となっている。

発表年 学 名 和名・中国名 分布・備考(= は正名)
1856  Prunus granduliforia★    ?  アムール地方 原産
 P. colomikta  マタタビ属の一種  (異名) = Actinidia callosa Lindl. (1836)
1879  P. mongolica ★    蒙古扁桃  モンゴル、中国 原産
 P. pogonostyla    毛柱郁李  中国原産? 詳細不明
1883  P. campanulata ★  カンヒザクラ  中国大陸南部から台湾
 P. ceraseidos    ?  ?
 P. grayana ★  ウワミズザクラ  本種
 P. miqueliana    ?  日本原産? 詳細不明
 P. oxycarpa セイヨウミザクラ、稠李  (異名) = Prunus avium L. (1755)
 P. pedunculata ★    長梗扁桃  東方ロシア、モンゴル、中国 原産
 P. pendula  シダレザクラ  (異名) = P. subhirtella Miq. (1865)
 P. phaeosticta ★    腺葉桂桜  中国、台湾、東南アジア、インドなど
 P. stipulacea ★    托葉桜桃  中国 原産
学名の後に★を付けたものは、GRIN に載っている種。

注目は →印 を付けた Prunus miqueliana で、やはり同時代 オランダの大植物学者 ミクエル (1811-1871) を顕彰したものである。

自分が採取し 命名する植物を、尊敬する植物学者に献名したものだろう。

別名 クソザクラ 糞桜 :
枝を折ると悪臭がするそうだが、落ちた枯れ枝では分からなかった。さらには ヨグソザクラの別名もあり、散々である。

Prunus サクラ属 : スモモ から
ラテン語のスモモ prunum (『植物学名辞典/牧野』によると proumne)に由来する。リンネ以前に、トゥルヌフォール(1656-1708)が命名していた。

「サクラ」の由来は、別項 サクラ・コレクション を参照の事。

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