テンダイウヤク 天台烏薬
Lindera strychnifolia Fern.-Vill (1880)
← Daphnidium strychnifolium
          Siebold & Zucc. (1846)
科 名 : クスノキ科 Lauraceae
属 名 : クロモジ属 Lindera
Thunb. (1784) nom. cons.
中国名 : 烏薬 wo yao
原産地 : 中国中南部(安徽・福建・広東・広西・貴州・海南・湖南・江西・浙江の各省)、台湾、フイリピン
用 途 : 紡錘形に膨らむ根を乾燥させ、健胃・整腸薬として利用。 日本には江戸時代 享保年間(1716 - 36)に伝わり、各地で野生化しているそうだ。

テンダイウヤク その他のクロモジ属は常緑樹で 雌雄異株 である。 植物園には「薬草園」に、雌雄一本ずつがランドマークとして植えられている。 
トップの写真は 開花中の雄花。 白い尖ったものは毛で覆われた新葉である。

                        @ : 樹 形                2012.1.28
薬草園の奥から売店方向を見ている。 常緑低木で 高さは4m弱。 中央の植え込みの両端に一本ずつ植えられているが、入口側である奥の木が雌株で、写真手前が雄株である。

        株立ち状の樹形 雄株  2012.1.28 樹皮の様子
幹の太さは、太いもので直径 4cm弱。

                よく繁る小さな葉 雌株          2012.1.28
                     葉の様子             2012.1.28
3本の葉脈が目立つ 艶やかな葉。

               新芽の脇に多くの蕾み 雌株       2012.2.16
葉腋に付いているように見えるが・・・。
つぼみは短枝に
短い枝の先端に冬芽があり、その下につぼみが付いている。
つぼみの状態では 雌雄はわからない。

A : 雌株 A
ひとつの株なのだが、完全に雄しべの葯が退化した「雌花」が咲く枝と、雌しべ雄しべの両方がある「両性花」が付く枝があり、まちまちである。

                 雄しべが退化した 雌花         2012.4.10
半透明の白いのが雌しべの柱頭、花のサイズは 約 7mm。 詳細は不明だが、萼6枚だけで 花弁はないようだ。

正常な雄しべのある 両性花
雄しべは外側に6本、内側に3本。 ただし、この花粉に結実能力(稔生)があるかどうかまでは、判らない。 密を出す腺体もある。

                     雄花の様子             2004.4.3
                   雄花の詳細             2012.4.10

新 葉
開花と同時に 毛深い葉が伸び出す。

                 雌株にできた実           2012.7.4
3ヶ月 経ったがなかなか大きくならず、長さ 6mm 程度。

落下した果実            2012.7.31
油断していたら、真っ青のものも含めて 7月末には落果していた。 

 
テンダイウヤク の 位 置
写真@ : E12 c 雄株、薬草園入口からは 奥側
写真A : E12 a 雌株、売店側
 
名前の由来 テンダイウヤク Lindera strychnifolia

和名 テンダイウヤク 天台烏薬 :
「烏薬」 は漢名、漢方薬名を音読みしたもので、黒い薬の意味となる。 根を乾燥した「烏薬」そのものを見たことがないが、それが黒いのだろうか、由来は不明。
「天台」は中国の三霊山のひとつで、上海の南に位置する浙江省天台県にある。 テンダイウヤクは中国各地に自生するが、天台山が名産地なのか確認できていない。 
日本に導入された後で、効き目を現す修飾語として霊山の名を付けた可能性もある。
 
種小名 strychnifolia : ストリキニーネの葉に似た という意味
ストリキニーネはマチン科のマチン Strychnos nux-vomica Linn. (1753) の種子などから採れる猛毒である。 
マチン
葉脈の数は違うがイメージは確かによく似ている。

命名者のシーボルトは マチンが薬として使われる事を知っていたはずであるから、漢方のテンダイウヤクに命名する時に この種小名を採用したのだろう。




         Wikipedia より
マチンの学名 Strychnos nux-vomica の規約上の命名者はリンネであるが、『植物の種』には参考文献として すでにNux Vomica の名があがっている。 記載していたのは、ボーアン弟『植物の劇場総覧』(1623)と、ジョン・レイ 『Histoire des Plantes』(1686,1704)である。 
意味は「nux 堅果・クルミ」+「vomica 吐き気を催す」 であるが、ストリキニーネには嘔吐作用は無い。

Lindera 属 : 人名による
スウェーデンの植物学者で医師の ヨハン・リンデル(1676 または1678 - 1723)を顕彰したものである。 命名者のチュンベリー(1743-1828)も スウェーデン人だが、世代は違う。

クロモジ属 : 室町時代の女房詞による
室町時代の頃 宮中に仕える女房たちは衣食住に関する言葉を直接口にするのをはばかって、いわゆる女房言葉で呼んだ。 その言葉には「もじ」を付けたものが多く、「しゃもじ」「かもじ(髪の毛)」「ひともじ(き・葱)」「ふたもじ(韮)」「ゆもじ(浴衣)」などで、現在も使われている言葉も多い。

そこで 一説として、クロモジの由来は皮を付けたまま削って爪楊枝にすることから「黒(楊枝)」に 「もじ」を付けたもの。 『花と樹の大事典』より
                 クロモジ 雄花          2011.5.7
花が下向きに咲くため、写っている葉は裏側。      筑波植物園

クスノキ科 Lauraceae
クスノキ科の基準になる属は「ゲッケイジュLaurus」である。
このため 科名はラテン語と和名が一致していない。

クスノキ属の 50種に対して、ゲッケイジュ属は世界に2種しかないが、地中海に自生するゲッケイジュ Laurus nobilis は、ギリシア・ローマの時代から「勝利・栄誉」の印であったのだから、西洋では代表となるのも当然である。

その名の由来は、ケルト語の「blaur あるいは laur 緑」 ということで、ごくありふれた「常緑」ということが根拠だが、ゲッケイジュの冠を優れた詩人に送って不朽の名声をたたえる、という風習への思い入れがあったようである。

ゲッケイジュクスノキ については 別項を参照。


 テンダイウヤクの もうひとつの 学名

植物園の名札表記に従って テンダイウヤクの学名を Lindera strychnifolia としたが、アメリカ農務省のホームページ 「GRIN」 や eFloras.org の「Flora of China」では、
   Lindera aggregata Koster. (1974)
を 正名としている。
根拠があっての事だろうから、命名の経緯を整理してみた。

命名年 属名 種小名 命名者 備考
@ 1824  Laurus  aggregata  Sims  ゲッケイジュ属として記載
A 1846  Daphnidium  strychnifolium  Siebold et. Zucc.
B 1880  Lindera  strychnifolia  Fern.-Vill.  植物園の名札 ほか。 これが一般的
C 1974  Lindera  aggregata  Kostermans  Laurus aggregata をクロモジ属に訂正
Lindera aggregata を正名とする理由 (推定)
B Lindera strychnifolia の元となる標本(タイプ標本)である Aは、(DNA判定の結果?)、@と同じものだった。
@の方が命名が早いので、@の属名を訂正した Cが正式な名前となる。



植物の分類 APG分類による テンダイウヤク の位置
原始的な植物
緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
シダ植物 : 維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など          
大葉植物(シダ類) : マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
種子植物 : 維管束があり 種子で増える植物
裸子植物 種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
被子植物 種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
クスノキ目 ロウバイ科、モミニア科、クスノキ科、ハスノハギリ科 など
クスノキ科 ニッケイ属、ゲッケイジュ属、クロモジ属、タブノキ属 など
単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
進化した植物 (後から分化した植物)
クスノキ科は 単子葉植物以前、早くに分化した植物のひとつである。

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