トチノキ 栃の木
Aesculus turbinata Blume ( 1847 )
科 名 : ムクロジ科 Sapindaceae
旧分類:   トチノキ科 Hippocastanaceae
属 名 : トチノキ属 Aesculus Linn. ( 1740 )
英語名 : Japanese horse chestnut
原産地 : 北海道、本州、四国、九州の山中
用 途 : 大きな種子には多量の澱粉が含まれ、昔深い山村地域では、冬の食料とされた。
現在では 橡の実煎餅や橡餅などに使われるが、トチの含まれる量は少ない。 花からは蜜が採れる。 街路樹、庭園樹として植えられる。
材は建築用材・家具材、また 木彫・盆・椀などに使われる。

                 ① : 樹形 (上部のみ)        2012.3.27

2011.4.26                 ① : 樹形                2011.11.20
前掲写真とは別の角度から。 手前にアオキがあって見にくいが、この位置以外は引きがない。 大きくなると 30mにもなる。 
この木の高さは 約 20.4 m。

          ② : 薬草園 隣      2012.4.5
中央のケヤキを細長くしたような樹形がトチノキである。 売店から南を見ている。

2011.5.13                 幹の様子                 2011.2.3

  2012.3.27                      光る冬芽
芽麟は樹脂で ベトベト している。 
左は落ちていた枯れ枝(全長は50cm)で、乾燥して痩せていると思われる。
芽鱗痕の間隔から、こんな大木なのに一年間に延びる枝の長さは、通常 たったの4cm程度であることがわかった。
 
「芽鱗」とは、光合成を行わず 普通の葉よりも著しく小さくなった葉(鱗片葉)のうちで、芽を蔽っているもの。 芽鱗に保護されているおかげで、零下の北海道でも凍らずに越冬できる。

       分類標本園の芽鱗  2012.4.5                     2012.4.24
芽鱗はまでで、四重になっている。 赤い葉は本葉の前に出る 前出葉(低出葉)。 芽は二重に保護されていることになる。 

           伸び出した枝 と 葉     2012.4.24
枝、葉柄、葉 とも毛に覆われているが、すぐに落ちる。

                   赤い前出葉             2011.5.7
芽鱗が落ちた後も、前出葉は一定期間残る。 大きな掌状の複葉は 対生する。
筑波植物園
葉は掌状複葉、小葉の数は 5 ~ 7 枚
①、② の木では、 手の届く所には葉が無い。
重鋸歯
葉の縁には 二重のギザギザ(重鋸歯)があり、これがない セイヨウトチノキと区別ができる。

                       満開の花                2011.5.13

            咲き始め     2001.4.27
初めは黄色いイメージだが、次第に中心部の紅色が濃くなる。 大森の公園で。
                              咲き進む                       2011.5.13
花が咲いているうちから、小さな果実がたくさんできている。

                     落ちた花              2011.5.13
花序には両生花と雄花が混在しており、花ごと落ちているもののほとんどは 雄花である。 

  2011.7.2           トチノキの実         筑波植物園 セイヨウトチノキの実
トチノキの実にはトゲはないが、つぶつぶのイボがある。 セイヨウトチノキにはトゲがあるのですぐに区別できるが、雑種のベニバナトチノキにもトゲがあるので注意が必要。

2011.11.20                      落ちた 実                      2012.3.27
子房は3室あるのだが、通常はひとつの種子ができる。 果実は3つに割れる。
種子の色の薄い部分は 一部が V字型の模様となる。 胚珠が子房内壁と付着していた部分で「へそ」と呼ばれるが、種子に養分を送り込んだ本当のへそは、楕円形で小さい。

ふたつに割れた実 (右) ひとつの果実内に二つの種子
例外もあるわけで、右の写真は 通常はひとつしかできない種子が ふたつできた例。 (両者は別々の実で、それぞれ1つしか種子が残っていなかった。)

                    種子の断面             2012.4.1
直径 35mm。 落ちてから4ヶ月以上経ったものなので、胚はすでに乾燥してしまっている。 色も変わっているかもしれない。 種皮の厚さは厚い部分で1mm。
右側下部の折れまがっている所が、幼根か芽が出る場所だろう。

動物が食べるために穴を掘って埋め、食べ忘れられたものが発芽して分布域を広げていったと考えられている。

               木の下一面に実生苗          2012.5.5
大きい葉は 2年目のもの。
落ち葉を どけて見る
右は 上下逆さまで発芽したのではないか? すでに側根が出ている。


 
トチノキの 位 置
写真① : B5 a 10番通り 左側、  高さ 約 20.4 m
写真② : E12 c 薬草園手前の 管理区域内
分類標本園
 
名前の由来 トチノキ Aesculus turbinata

トチノキ 、トチノキ属 :
漢字は「橡」のほかに、「栃」が使われ、「栩」も とちと読まれる。
実が大きいために古くから食料として採取され、縄文時代の遺跡からも種子が出土する。

由来は、”ト”は「十」、”チ”は「千」で、実がたくさん生るため。

別に、朝鮮語でドングリの意味である totol トットリ、に由来するという説もある。 トチノキは日本固有種なので、以下の経緯を経る必要がある。
・ 縄文人は朝鮮から渡ってきた。 あるいは朝鮮からも渡ってきた。
・ 倭国に生えているトチノキに、実がたくさん生ることから、自国の
  ドングリの名を付けた。  
・ その後 その呼び名が全国に広まった。

日本全国に自生していて 広く利用されていたわけだから、多くの方言や別名があるのだろう。 別名 七葉樹。 

『花と樹の大事典』には6つの別称が載っている。 その中にアイヌの方言として「トチニ」がある。 アイヌ語で「ニ」は「木」なので 「トチ木」である。 北の地で独自の文化を持っていたアイヌで トチの呼び方をしていたのなら、古くから「トチ」の名が伝わったのか、それとも朝鮮由来説が揺らぐのか? アイヌ語トチニの由来を知りたいところだ。

種小名 turbinata : 実の形から
ラテン語の turben は独楽(こま)で、turbinata は西洋独楽型の、倒円錐形のという意味として使われるが、トチノキの実は球形に近い。
佐世保ごま

Wikipedia より
 
Aesculus 属 : 食べ物 から
ラテン語の esca 、 escula は食物で、esculus = aesculus は槲(かしわ)の一種 Quercus petraea のことである。
Quercus petraea (Wikipedia より)
Quercus petraea は広くヨーロッパに分布するが、ローマ(イタリア)での名が aesculus で、それをリンネが食用となるトチノキ属に転用したものだ。
『植物の属』第一版(1737)では Esculus属 としていたが、『自然の体系』第二版(1840)で Aesculus属に改め、『植物の種』(1753)には セイヨウトチノキ と アカバナトチノキ を記載した。

ムクロジSapindaceae : インドの石鹸 という意味
ラテン語の sapo 石鹸 + Indicus , Indus インドの 。
リンネよりも半世紀前の、トゥルヌフォール (1656-1708) の時代から名づけられていた属名で、リンネはそのまま使用したので現在に至っている。

sapo の名は、ムクロジ属の植物は古くから種皮を石鹸の代りに使っていたのが知られていて、その資料がインドで採取されたためである。
和名 ムクロジについては、別項 ムクロジ を参照のこと。

旧 トチノキ科 Hippocastanaceae :
セイヨウトチノキの別名 ウマグリ 馬栗
ギリシア語の hippos 馬 + kastanos クリ
トチノキの種子が クリ 栗 に似ているためだが、「馬」をどう捉えるか。
英語名の「horse chestnut」はこの直訳であるが、horse には、
   大きな、 という意味のほかに
   粗野な、粗い、粗悪な
という意味もある。 クリの実(種子)は茹でてそのまま食べられるが、西洋トチノキは 長い時間晒しても苦みが残る。 このため「できの悪い栗」という意味で「」を付けた可能性がある。 種子のサイズは 栗と同じか、むしろ小さいくらいであるから・・。

日本語の ウマグリは外国語から。



以下は分類学に関係する余談である。 消滅した「トチノキ科」、その名称 には以下のような「歴史」があった。

年号 科の名称 属の名称 和名 命名者 備考
1700 頃  Sapindus  トゥルヌフォール  (1656-1708)
 Hippocastanum
1719 頃  Pavia  ブールハーフェ  (1668-1738)
1737  Esculus  トチノキ属  リンネ 
   (1707-1778)
 全二者をまとめて新規に命名
 索引は Æsculus となっている
 Sapindus  ムクロジ属  Tourn. ex. Linn.
1740  Æsculus  トチノキ属  リンネ
1753  Æsculus  トチノキ属  リンネ  『植物の種』に二種を記載
1763-4  科の概念の始まり  アダンソン  (1727-1806)
 1,615の属を 58の「科」に分けた
1789 (目の概念)  ドゥ・ジュシュー  ロラン・アントワーヌ
  (1748-1836)
 Sapindaceae  ムクロジ科
19世紀  Hippocastanaceae  トチノキ科  A. リチャード  (1794-1852)
現在  Sapindaceae  Aesculus  ムクロジ科トチノキ属  APG分類による
一度は独立した トチノキ科だったが、分子系統解析の結果、元のムクロジ科に統合された。


表の中で リンネが『植物の種』で記載した二種は、
   Aesculus hippocastanum セイヨウトチノキ
   Aesculus pavia アカバナトチノキ、別名 アカバナアメリカトチノキ
であった。 二種とも 現在も有効な学名である。
アカバナトチノキ
小石川植物園

リンネが提唱した「性分類」は、雄しべと雌しべの数 という特定の部位、しかも に注目したものだ。 (下図)
自然が作った事柄によっているにもかかわらず、特に論証や立証をしなくても明らかで、技術的な側面があるということで 「人為分類」と揶揄されていた。
リンネによる分類 「24の綱」

この分類方法には不都合があることは、リンネ自身も気が付いていた。
トチノキ属に記載された 先の二種が証明している。

トチノキ属は 雄しべが7本の「Heptandria」に分類されている。 Aesculus hippocastanum セイヨウトチノキ は7本でよいのだが、Aesculus pavia8本あるようで、記載の一行目に floribus octandris (雄しべが8本の花)との断り書きがある。 これでは分類の根本事項で例外を生じてしまっている。

子房の位置や葉の形状など、何でも ひとつ あるいは数種の指標を使うだけでは、植物分類は不可能である。 また分類群同士の関連を意識する必要があり、その後は「自然分類法」と呼ばれる体系分類が行われてきた。

ところが、葉緑体のDNARNAの塩基配列情報を用いる「分子系統学」によって、体系が大きく変わった。 最大の変化は「単子葉植物」の位置づけで、今までは最終局面で分化したとされていたものが、多くの双子葉植物よりも前に分化した、とされた。

自然分類 と言いながら、結局これまでは植物の構造や細かな形態を較べて類縁関係などを決めていたわけで、今後は電子顕微鏡でも見えない情報をもとに 解明が進められる。



植物の分類 APG II 分類による トチノキ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類) : マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、ヘゴ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、イネ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
 ムクロジ目  ムクロジ科、カンラン科、ウルシ科、センダン科、ミカン科
以前の分類場所 トチノキ科  トチノキ属、Billia属 の2属のみ    共にムクロジ科となる
ムクロジ科  カエデ属、トチノキ属、レイシ属、ムクロジ属、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           
トチノキ科は無くなったが、分類の位置には変化がない。

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ