ヤマグルマ 山 車
Trochodendron aralioides
       Sieb. & Zucc. (1839)
科 名: ヤマグルマ科 Trochodendraceae
属 名 : ヤマグルマ属 Trochodendron
      Sieb. & Zucc. (1839)
別 名: トリモチノキ
英語名 : wheel tree
原産地 : 本州、四国、九州、南西諸島
朝鮮半島南部、台湾、中国南部
用 途 : 樹皮からトリモチが取れる。材は器具材として用いる。

ヤマグルマは かなり早くに分化した植物で、しかも細胞組織が特殊である。植物用語がいろいろと出てくるが、解りやすく説明したい。

2000.3.25              全 体 像              2011.5.12
場所は 常緑樹林の奥で、由緒ある「サネブトナツメ」の横。その看板側から見て丁度 後ろにある(次の写真 )。昔は 左の写真のように株立ちになっていたのだが、サネブトナツメ側がすべて切られて東側の二本が残された。これは、由緒あるサネブトナツメの成長を優先させるためだ。

植栽の位置は サネブトナツメの後ろ
植物園は2014年に「国指定の名称および史蹟」に指定された。このサネブトナツメは、江戸時代の1727年(享保12年)に植栽されたという来歴が明らかで、樹齢約300年。二度の台風で倒れながらも生きながらえている株を、なんとか元気にしようという配慮である。

幹の様子              2011.5.13.
伐採された時に 切り株の年輪を数えなかったのが残念。今では不明瞭だが、2015年になんとか数えてみたら 70年程度あった。戦後に植えられたものということになる。

運搬経路 の話  導管 と 仮導管組織
シダ植物と種子植物は「維管束」を持つ。
維管束とは:植物のあらゆる部位(根・幹・枝・葉)にある管状の通路で、水や栄養などのさまざまな物質を運搬する。動物では血管に相当し、木部(もくぶ)と 篩部(ふるいぶ、しぶ)からなる。
ノビル の維管束
福岡教育大学/福原達人 植物形態学のページより。次の写真とも掲載許可 取得済み
維管束
木 部 篩部(師部)
水液の通路や植物体の支持、
部分的には物質の貯蔵も行う

構成組織:仮導管組織、導管
  繊維組織、木部柔組織
  細胞は死んで木化している


水分
無機塩類
など



有機養分
など

枝・幹
果実など
 光合成でできた糖などを含む
 水溶液が移動する。
 貯蔵や植物体の支持も行う

 構成組織:篩管(師管)、
  篩部柔組織、篩部繊維組織
  細胞は生きている
仮導管組織と導管の違い:
両者は同じ働きをする。仮導管では細胞同士を仕切る壁が残っているのに対して、導管要素の仕切りはなくなって貫通しているため、輸送効率がよい。

英語で仮導管は tracheid、導管は vessel(解剖学では"体内の管の意)と、別の用語になっている。
裸子植物は仮導管しかもたず、一時的なもの・仮のものではないので、「仮」導管は不適切な用語だと思う。では何と呼んだらいいのか。旧導管・前導管・プレ導管・不完全導管・原導管?
篩管の名前の由来:
管状細胞の上下の接続部は、導管のように貫通しているわけではなく、小穴がたくさん開いている様子が「篩 ふるい」に似ているために名付けられた。

コピーライト:福岡教育大学/福原達人

仮導管から進化した導管
シダ植物と裸子植物には「仮導管」しかない。一方被子植物は両方を持っていること(導管の割合が多い)、また形態的な理由からも、仮導管から導管が進化したと考えられている。

今からでは遅いが、仮導管を「導管」、導管を「完全導管」とすればよかったかもしれない。



冬 芽          2014.4.5.

筑波実験植物園
茎頂に大きな芽がひとつ。花序と枝葉が含まれている。

花序と枝の展開             2011.4.26.
同じ日に別の枝を撮影。芽鱗や花の苞はすぐに落ちる。花序は茎頂に付き、新しい枝は低出葉の腋から出る。左の写真では手前に新葉が見え、右写真では1本の枝が伸び始めている。

伸び出した花序と新梢     2002.4.20.
花には萼や花弁(花被片)が無い。花序が無くて 枝だけが伸び出すところも多い。

花序無しの新梢      2003.5.17.
3本の枝だけが伸び出したもの。
③は短枝的な性格で、次年度以降の伸びの量も少なく、同じ位置に葉を展開する。① ②は水平の伸びを続け、遠目には平面的な枝の伸びで重なりが少ないように葉を配置する。
横から見た枝       2011.5.12.

枝の伸び方・葉の付き方について観察した結果は、別項にまとめた。


雌しべ先熟       2003.5.17.
雌しべの先が反り返って充実している。雌花期の終わり頃だろう。

雄花期         2014.5.20.
外側の雄しべが花粉を出している。小さな虫が何匹か。

幼 果          2012.6.2.
雄しべが落ち 果実が膨らみ始めている。

秋の紅葉        2013.11.2.
筑波植物園。まる2年経った春に一部の葉が落葉し、その秋 つまり2年半経った葉のほとんどが紅葉して落葉する。小石川では こんなにきれいには紅葉したのを見たことがない。

赤い車輪        2013.11.2.
筑波植物園。落ちた葉を拾っての再現。直径 約40センチ。白いのは葉裏。

熟した果実             2015.2.11.
放射状についている 茶色い筋の部分が裂けて、種子が落ちる。

種子を散布し終えた果実      2015.2.7.
筑波植物園。3本の枝に 冬芽が付いている。このあと、果序は軸ごと落下する。

落ちた果序を切り株に載せて   2012.3.27.
小さな種子が残っていた。


 
ヤマグルマ の 位 置
B5 a 柵で囲われたサネブトナツメの裏側

名前の由来 ヤマグルマ Trochodendron aralioides

和名 ヤマグルマ 山車 : 属名 科名 とも
1科1属1種の特別な植物(スイセイジュ属をヤマグルマ科に含める見解もある)。事典には例外なく、「葉が枝先に集まって 車輪状に並ぶため」とある。一方で 属名(学名)の由来では「雄しべと雌しべ(心皮)が車輪状に並んでいるため」との説明がある。『園芸植物大事典/小学館』
どちらが「車輪」に似ているかは 一目瞭然だが、花の時期は短期間。常緑樹なので、葉の車輪はいつでも見られる。
併記しておくのが親切だろう。

種小名 aralioides : タラノキ属 (またはウコギ科)の
シーボルトは『日本植物誌』の付記に「形態からすると、日本のウコギ類に似ている」と書いている。この種小名はシーボルトの見当違いだ。ヤマグルマ と タラノキとは全く関係がない。
ウコギ科は 分類学上最後に分化したグループ(セリ目)で、ヤマグルマ科とは はるか遠く離れている。(ページの最後に掲載している「分類表」を参照)。このため見た目にも 植物学的にも、少なくともタラノキとの共通点は無い。
タラノキ
薬草園では タラノキ(左)と ↑ウコギ が隣り合わせに植えられている。

シーボルトはなぜこの種小名を付けたのだろうか。ふと思い出したのが「カクレミノ」である。
カクレミノ
ウコギ科で、先端付近に葉が輪生状に葉が付き 枝先に花序を付けるところが、ヤマグルマに似ている。

カクレミノを最初に命名したのはツュンベリーで、1783年に『日本植物誌』に記載した。葉が切れ込んでいたためか、ウコギ科に「カエデ Acer 属」を立てて Acer trifidum とした。命名規約が確立していなかった18世紀ならではの命名と思われる。話が脱線するが、同時にウコギ科の「ハリギリ」も Acer septemlobum とし、そのほかに本来の カエデ属に ハウチワカエデ と イロハモミジ を記載した。

約50年後に来日したシーボルトは、ヤマグルマがカクレミノに似ているとして Trochodendron aralioides としたのだろうか?

Trochodendron 属 : 和名 ヤマグルマに由来する
属名はシーボルトが初めて記載したもの。
ギリシア語 trochos 車輪 と、dendron 樹木 の合成。葉が輪生状に付くこと、雄しべと心皮が車輪状に並ぶことにちなむ。

シーボルトが来日したのは 1823年~1828年、江戸時代後期だった。和名がヤマグルマであることを聞き、属名を「車輪の木」 とした。『日本植物誌』の本文に「yama kuruma」の和名が書かれており、命名の理由も解説されている。
図版は 39図40図の 二枚ある。(京都大学図書館の図にリンクしている。)


 

植物の分類 : APG III 分類による ヤマグルマ の位置
『日本植物誌』の付記の最後には「花や果実の構造がシキミモドキ科の特徴とは違うので、本誌に記載することにした。」とある。
タラノキは見当違いだが、シキミモドキとは似ていると思われる。シキミモドキの写真がないので、シキミで代用する。
ヤマグルマの実 シキミの実
多数の雄しべ、多数の心皮が輪生状に並ぶ雌しべ など、よく似ている。
ヤマグルマは木部に導管や木部繊維がなく、仮導管だけであることから、以前は、非常に早くに分化した 裸子植物に近い植物と考えられていた。その点からも、シキミモドキに近いと考えたのは当たっていた。

しかし最近の遺伝子分析による分類では、原始的な被子植物にはすべて導管があることが明らかになった。ヤマグルマその他の 導管を持たない植物も、進化の初期には導管を持っていたのが、何らかの理由でなくなったのだと考えられている。『植物の世界/朝日百科』
現在の分類では少し離れた位置にある。
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物 (シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、ヘゴ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している、木部は仮導管のみ
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、アウストロバイレヤ、センリョウ、など
参考 アウストロバイレヤ目  シキミモドキ科(シーボルトが近縁と考えた科)
モクレン亜綱 : カネラ、コショウ、モクレン、クスノキ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、イネ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
ヤマグルマ目  ヤマグルマ科・ヤマグルマ
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱 : ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群 : ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群 : アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱 : ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群 : モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
参考 セリ目  ウコギ科・タラノキ
(シーボルトが似ているとして、種小名にした araliaの位置)
後から分化した植物 (進化した植物 )           

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ