ディプテロカルプス・オブツシフォリウス
Dipterocarpus obtusifolius
       Teysm. ex Miq. (1863)
科 名 : フタバガキ科 Dipterocarpaceae
属 名 : フタバガキ属 Dipterocarpus
Gaertn. f. (1805)
英 名 : dipterocarp
原産地 : 属としては、インドから広く東南アジアにかけて。
本種は事典に記載がないため、不明。
用 途 : その材は、他のフタバガキ科の樹木と同じように、建築材・合板材として使われるものと思われる。
 
撮影地:
タイ

タイ チェンマイ郊外のシリキット王妃記念植物園で、運良く花や美しい実を見ることができた。


フタバガキの仲間は、国内の植物園では温室で栽培されており、大きな羽根が付いた実は、種子の展示場ではいつも「目玉商品」のひとつである。

しかし、そこで展示されている果実の色は必ず「茶色」であり、これまで、羽根( 萼 )に色が付いているなどとは、微塵も考えなかった。


今回東南アジアに出かけるに当たって、『朝日百科/植物の世界』のフタバガキ科のページを見たら、「翼」が紅色となる種があることがわかった。

ところが、シンガポール植物園のガイドブックには「花は何年かに一度しか咲かない」とあったし、見られなかった時の落胆の方が大きいので、過度の期待は禁物 と思っていた。


今回の幸運な結果を、神に感謝すべきか?

いいえ。
シリキット植物園、ボゴール植物園 ともに、偶然案内してくれることになった、親切な園の職員のお陰である。

植物園の様子については別項「シリキット王妃植物園」参照。


シリキット植物園は山の中の植物園で、平らなところがまったくない。

国道に面した入口から温室までの距離は1.5キロぐらいあるし、しかも大変な標高差(約 180m)である。
入園者のほとんど全員が、入園料とは別料金の「シャトルバス」に乗り、運転手のガイドを聞きながら温室まで登っていく。もちろん往復切符である。

この植物園には3日間 通ったが、それでも全部は見きれなかった。

1日目はバスに乗らず、ゆっくり歩いて写真を撮りながら温室まで行った。
帰りは、坂を歩いていたら、作業を終えたワーカーがバイクの後ろに乗せてくれた。

2日目は、バスに乗って途中で下ろしてもらうつもりで切符を買った。
しかし平日で「お客さん」は少ない。運転手が「何人かが集まるまでは出発しない」と言うので、歩き始めてしまった。
前日と同じ道を歩いても、また新たな発見があったりで、ついにその日はバスに乗らずじまい。

3日目は「絶対に乗るぞ」と出かけたものの、やはり観光客は ゼロ。

ところが運転手は貸し切り状態のバスを出してくれた上に、普段は行かない、ルート外の道まで、特別に走ってくれたのである。

入口の切符売り場 貸し切りバス !

乾期で連日カンカン照りであったため、私は熱射病にならないように、水をかぶりながら(帽子やシャツを濡らしながら)歩いていた。
恐らく運転手は、そんな姿の私を何度も見て、植物に関心があることを理解してくれていたのであろう。

そして山の奥の方の道で、この「フタバガキ科」の木を目撃した。
温室まで送ってもらった後で あらためてその場所に戻り、じっくりと観察した。


じつは、この出会いには伏線があった。 つり下げられた模型
前日、園内の国立科学博物館のエントランスホールに、フタバガキの実の巨大な模型がぶら下がっていたのである。

あまりに巨大であり、そしてこの色! である。
初めに見た時は、カラフルにデザインした「オブジェ」に違いないと思ってしまった。

ところがそれは「実物どおり」 だったのである・・・。

高さ 20m弱 幹の様子


メインの道ではないので、道路幅は5m程度。

側溝もない。
事典によると、フタバガキ属の木は、多雨林地帯では高さ 60〜70mにもなるそうだ。マンションなら20階建ての高層ビルである。
それならば、この木はまだまだ「小さな木」である。

道路側にスペースのあるこの場所なら、幹の下の方にも枝を残しても良さそうなものだが、上部だけに丸く茂るのが樹形の特徴である。

梢を見上げると、あの、ピンクの羽根!
ホールの模型とは上下が逆で、ぶら下がってなっている。
ぶら下がる 実


花が咲いている

花が咲いているところが高すぎて、はっきりとはわからないが、どうやら初めから下向きに咲いているようだ。

ピンクの羽根のサイズは長いもので、15cm強。
そして、きれいなピンク色と黄緑色の状態の実が、たくさん落ちていた。

葉のサイズは 18〜20cmで、「洗濯板」のようにでこぼこしている。

葉 ピンクの花 ピンクの羽根 と 黄緑の実
全開した状態の花のサイズは 約 3cm。
キョウチクトウのようにねじれ、さらに先端部分が巻いている。

上の写真で、葉の中央にある実には、萎れて褐色になった花が残っている。
種子の位置、すなわち子房の位置は、萼や花弁よりも下であることがわかる。(子房下位)

2枚の大きな羽根は、5枚の萼のうちの2枚だけが特別に大きくなったものである。
下の写真で、実の出来はじめはその2枚の萼もとても小さくて、その後にどんどんと大きくなっていくようなので、花が咲く前から長いということはなさそうだ。

 
名前の由来 Dipterocarpus obtusifolius

和名 
: なし

種小名 obtusifolius : 鈍形葉の の意味 
そのまま素直に受け取れば、葉の先端部が尖らずに丸みを帯びている状態を表したものである。
しかし、旅行前に見た事典の、別種の葉も似たような形をしている。

そこで別案として考えたのは、本種の発達した萼の先端が、ほかのものよりも丸い事である。
この写真の中には、ピンク色をした本種以外に、同じフタバガキ属と思われる別種が 2種ある。

 ・ 右側の茶色く枯れたもの。
   実が大きく、明らかに先端が尖っている。
 ・ 左下、羽根の長さが短く、反っているもの
   これも、本種よりは先が尖っている

正確には「葉」ではないが、2枚の翼の先端の形に由来する可能性も、あるのではないだろうか・・・。

Dipterocarpus フタバガキ属 : 2枚の翼がある果実 の意味
フタバガキ科 Dipterocarpaceae
フタバガキ科を代表する属がフタバガキ属であるため、両者は同じ語である。

事典には単純に、「2枚の羽根を持ったカキ」と説明されていることが多い。
しかし Dipterocarpus は、ギリシア語の dis 「2」+ pteron「翼」+ karpos「果実」 であって、どこにも「柿」の意味は含まれていない。

ほかのフタバガキ科の実に、柿にそっくりなものがあるためだと思われる。
私がシンガポール植物園で見たのは ウァティカ属の Vatica rassak である。
Vatica rassak の実
ぶら下がって生っている様は、カキの実そっくりである。
「ヘタ」は大きくならず、中の種子は1つだけのようだ。

カキにそっくりな実が生る仲間で、2枚の萼が大きくなって翼となるので 「フタバガキ」である。

フタバガキ属には 約60種。
フタバガキ科は約15属 600種があるという。


フタバガキ科ショレア属では、5枚のすべての萼が大きくなることが多い。3枚のものもあるようだ。

Shorea guiso Shorea pinanga
右の Shorea pinanga は、5枚のうちの2枚は長さが少し短くて、写真ではほとんど見えていない。
Shorea leprosula
この3枚の写真は、インドネシア・ボゴール植物園。

右下に写っているのが、案内してくれた庭師のMUKTI 氏。

木の高さは、高すぎて不明。


ショレアの属名は、18世紀の終わりに、イギリス東インド会社の総督であった Sir Jhon Shore を顕彰したものである。


参考文献 : Index Kewensis Ver.2.0/Oxford University Press、
        園芸植物大事典/小学館、
        週間朝日百科/植物の世界・朝日新聞社、
        植物学名辞典/牧野富太郎・清水藤太郎、
        Wikipedia、
        Merriam-Webster OnLine
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