山手線 が 渡る橋 ・くぐる橋
大 塚 → 巣 鴨
地図については 脚注参照
- 架道橋 (ガード) ・跨線橋 -

2. 王子電車 跨線線路橋
2010年2月 掲載、 2021年1月 改訂と写真追加

この桁橋は建設から90年以上経つが、線路数の確定後に造られたため、増線や架け替えなどの変化が無い。
JRという会社は古い歴史を尊重するためか、一度決めた名前は変更することなくそのまま使っている。東京の街の名前は何度も変わり、それどころか日本では市の名前まで変わってしまうが、施設名や町会名に昔の名前が残っているのが、せめてもの救いである。
都内に唯一残る都電 荒川線。JR線をくぐる場所、そして乗り換え駅としては、もう一カ所 王子がある。

全 景 (山手線 内側より、2009年12月)
すぐ隣は「大塚架道橋」。
都電の歴史は山手線よりずっと新しいが、架道橋の現在の桁は大塚架道橋の方が少しだけ先輩である。
山手線 外側より
王子電車跨線橋にはホームが掛かっている。
よく見ると、緑の桁の上に ホーム用の青い桁があり、「上下二段」のように見える。
上と同じ写真のアップ。
ホームを延長した時に線路用の桁の無い部分に架けたものなので、「ダブル」ではない・・・・。
山手線の内側
イチョウのマークが付いた金属製の 一種のパラペットによって、鋼製桁はほとんど見えない。構造は、2本のI型の鋼製桁の上に ␣型 のコンクリートのスラブを打った「合成桁」で、電車通過時の音が軽減される。コンクリートの上に砂利を敷いているため、上からは架道橋の位置がわからない。

ホームから山手線の内側を見る
が 桁Aの位置を示す。



王子電車跨線線路橋の歴史

1903(明治36)年:山手線 池袋-田端 開通、大塚駅開業
.1910(明治43)年4月:池袋 - 田端間 複線化
1911(明治44)年:王子電気軌道 飛鳥山上-大塚間が開業
         終点は駅の北側で、線路はくぐっていなかった
1913(大正2)年:市電16系統が大塚まで乗り入れる
         終点は駅の南側で、現荒川線とは別系統

地図A 1921年:南北に路面電車
                   王子電気軌道 飛鳥山へ
早稲田 /
1921(大正10)年
第二回修正測図
大日本帝国
  陸地測量部
国土地理院
                   市電 本郷方面へ

.1924(大正13)年:池袋-巣鴨 複々線化
1925(大正14)年:山手線の内側に、大塚-鬼子母神間が開業
線路をくぐって繋がる前に、南北に王子電車の大塚駅があったことは、次の地図によって明らかである。
地図B 1927年:南北に路面電車

1927(昭和2)年4月発行:西巣鴨町東部 事情明細圖 / 東京市事情研究會

1928(昭和3)年12月:王子電気軌道の南北2線がつながる

地図C 1929年:南北がつながる

早稲田 / 1929(昭和4)年第三回修正測図 / 大日本帝国陸地測量部 / 国土地理院 に加筆
軌道が変更されて、王子道にあった大塚駅は新しい架道橋の下になった。橙色が以前の駅。

開通当初の 王子電車跨線線路橋

『王子電気軌道株式会社二十五年史』1935(昭和10)年 / 豊島区立郷土資料館 所有
資料館より利用許可 取得済み
豊島区立郷土資料館でこの写真を見た時には驚愕した。鉄桁の架道橋(次の写真)を見慣れていたので、「初めはコンクリートアーチだったのか!」と思ってしまったためだ。
そうだとするとこれまでの記載は間違っていて、後年に、どこかで使っていた「昭和2年」の桁を転用したことになる。

ほぼ同じ位置からの 現在の状況
ページを修正しようとしていた時、これは「張りぼて」だったことに気が付いた。
著作権の関係で掲載はできないが、東京都交通局が2011(平成23)年に発行した『都営交通100周年 都電写真集』に、それと解る写真が載っていた。架道橋の外に突き出しているアーチ形の庇が空襲で焼けたまま使われ続け、上部中央の「王電マーク」の横の4つの四角が、空洞になっていたために判明した。現在のアーチ形の化粧ファサードは、一種のオマージュと言えよう。
ガードの下は全面的に天井や化粧壁が張られているため、桁の下面や橋台の内側は見えないが、山手線の外側の桁に付いている銘鈑だけは見ることができる。

桁の銘板 : 一行目に昭和二年
昭和二年へへへへへへへへ
横河橋梁製作所東京工場製作
活荷重 E - 40
鉄  道  省
L.八 幡 製 鉄 所
材料 鋼?.○ ○ 製 作 所  
鋲.○○小倉製鉄所


ふたつの架道橋
右側の大塚架道橋の(銘鈑による)製作年は本架道橋の数年前で、並べて見れば「瓜二つ」。塗装履歴によると支間(スパン)も同じで、同じ図面によって製作されたものと思われる。




位 置 (戦後の様子)
1947(昭和22)年8月の空中写真/国土地理院

  大塚駅                          巣鴨駅
王子電車跨線線路橋 データ
位 置: 豊島区南大塚三丁目
 品川から 17K 266M
管理番号:  -
線路の数: 4線:山手線、湘南新宿ライン
1線目(山手線の内側)のレールは撤去されている
支 間: 12 m 90
構 造: プレートガーダにコンクリートの床版を載せた合成桁
竣工年: 1928(昭和3)年 頃
桁E(山手線の外側)の製作年:
 1927(昭和2)年
跨ぐ線路: 2線: 都電 荒川線
備 考: 桁Eの製作は 横河橋梁製作所
ほかの4つの銘鈑は未確認
名前の由来:
架橋時の路面電車の名前「王子電気軌道」による。一般に「王子電車・王電」と呼ばれていた。


周辺の状景

二時間まで無料の駐輪場
かつて大塚駅周辺は 名だたる駐輪無法地帯だった。
自由通路の整備に合わせてちょっとしたスペースに多くの駐輪設備が作られ、南口地下にも広い駐輪場ができた。二時間までは無料なのでとても楽になった。代わりに、舗道上の自転車は「即刻撤去」がうたわれている。


脚注、タイトルの地図について : 地図サイズ 299×93
 明治42(1909)年測図 大正5(1916)年第一回修正測図 1万分の1地図「早稲田」
 大日本帝国陸地測量部 / 国土地理院 発行 に加筆

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