山手線が渡る橋・くぐる橋 | − 架道橋 (ガード) ・跨線橋 − |
3. 佐久間河岸 高架橋 |
佐久間架道橋 と 神田川橋梁との間の短い高架橋で、長さは 約40m。 両側に道路がないため、横からの写真は撮れない。 |
秋葉原駅 2番線ホームから (神田方向を見る) | |
鉄板のカバーが掛かっている部分で、車両2両分。 小規模なパーツ屋などが入居している。 3 ・4番ホームは一部高架橋まで延長されている。 このためホームから、東北縦貫線工事中の高架橋の上を直接見ることができる。 |
秋葉原駅 4番線ホームから (神田方向を見る) |
リフトアップされた佐久間架道橋の手前が 佐久間河岸高架橋。 東北縦貫線が高度を上げる部分であるため、解体されて作り直される。 |
秋葉原駅 4番線ホームから (神田方向を見る) |
手前 山手線外回りと新幹線に挟まれている。 右端には神田川橋梁↑が写っている。 すでに一部は解体済み。(2010.10.22撮影) |
位 置 (終戦後の様子) |
1947年(昭和22年)の空中写真/国土地理院 |
秋葉原駅 中央線 神田駅 |
■ 佐久間河岸 高架橋 | |||
位 置: | 神田佐久間町一丁目 | ||
管理番号: | − | ||
線路の数: | (下記 ABC は仮の呼び名) | ||
竣工時 | A〜B: 計3本、 C: 3本 秋葉原駅で、当初からホームが2本使われていたかどうか、未確認。 | ||
現在 | A: 1本: 京浜東北線北行、 B: 2本: 山手線 C: 3本: 京浜東北線南行き、 東北縦貫線2本は解体中 D: 2本: 新幹線 新設 |
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橋 長: | 40 .8 m | ||
橋脚の数: | 10本 | ||
竣工年: | A、B: 1925年(大正14年) C: 1927年(昭和2年)頃 D: 1990年(平成2年)頃 | ||
備 考: | |||
名前の由来: | 町名による | ||
町名の由来: | 神田川に面した神田佐久間河岸 および神田佐久間町は、材木商の町であった。 そのひとり 佐久間平八の姓に由来する とされている。 | ||
ワイヤ・ソー |
現在でも、 ビルの解体では「クラッシャー」が バリバリとコンクリートを砕いていくが、騒音・振動・粉塵などを少なくするためには、ワイヤソーで切断する工法が取られる。 付近の高架橋では、東北縦貫線のための解体工事で多用されている。 |
切断された 第2柳町橋高架橋の断面 |
よく見ると 年輪のようにワイヤーの跡が付いている。 |
準備作業 |
手前のネット越しなのでぼけている。 コンクリートには直径5cm程度の穴がたくさん開けられている。 大きな滑車がひとつと、複数の小さな滑車をセットしている。 滑車をうまくセットして長いワイヤを使えば、大きな塊も切断できる。 |
手前にあるのがワイヤである。 ワイヤには切断用のビーズと呼ぶ硬質チップが埋め込まれており、中の鉄筋や鉄骨までカットできる。 |
切断作業中 |
大きなホイールにモーターが付いている。 ワイヤにテンションを掛けながら回転させている。 切断部には冷却のために水道水をかけているようだ。 シートは その水しぶきが飛び散るのを防ぐためのカバーである。 |
切断後の状態 |
カットしたサイズは 約 1.2m × 2.4mぐらい。 このあと、スラブの下で水平のカットを入れ、塊を吊り上げて搬出する。 |
搬 出 |
スラブの下には、カット後に塊が落下しないように 台が組まれていた。 |
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