イチョウ 公孫樹
Ginkgo biloba Linn. (1782)
科 名 : イチョウ科 Ginkgoaceae
属 名 : イチョウ属 Ginkgo Linn. (1771)
中国名 : 銀杏 yin xing
原産地 : 中国
用 途 : 公園樹、盆栽として 植栽。東京都の街路樹ではイチョウが最も多い。
材は黄色、天井板、将棋の駒、将棋盤、算盤の玉細工物などに使う。
種子を食用にする

園内には多数のイチョウがある。雄株 雌株の区別は、花時以外はギンナンが大きくなるまでわからない。
精子発見のイチョウ」が看板商品だが、秋の黄葉は 正門をはいってすぐ左の 雄株群に軍配が上がる。

①:もうすぐ冬         2010.12.2.
手前が精子発見のソテツで、二大裸子植物そろい踏み。黄葉は意外と遅い。ここでは縦に2本並んでいる雄株がひとつに見え、高さも約24m あるので大きなボリュームとなっている。

①:冬の姿          2011.1.25.

①:新緑の様子       2010.4.26.

イチョウはソテツなどと同じ裸子植物(種子が子房に包まれずに そのまま露出している植物)で、種子植物ができる以前から存在していた原始的な植物である。ギンナンは、見た目には果実のようだが 「種子」である。
種 子 果 実 (オウトウ)
さらにイチョウやソテツ類が他の植物と大きく違うのが、精子の存在。雄株から「精子」が飛んでいくわけではなく、まずは被子植物と同じように花粉が雌株に到達する。 詳しくは後半に・・・・。
(内容はソテツの項との重複あり) 

2012.9.14        ②:ボダイジュ並木のイチョウ.        2007.1.13
雌株、左手前の幹はユリノキだが、右側に本家ユリノキがある。
右の写真は 奥から南を見ている。


雄花の様子
イチョウの樹形を遠くから見ても気が付かないのだが、葉の付き方の特徴が「短枝」である。通常の新しい枝だけでなく、古い枝に無数に残る短い枝に葉をまとまって生やす。(束生)

 
①:短 枝        2000.1.21.
短枝ができるのは、雄株・雌株に共通である。

短枝の詳細             2011.1.15.
この短枝で 長さ3センチ。4年分だろうか。 鱗状のものは葉の落ち跡。先端が冬芽で芋虫そっくりだ。 以下すべて①の木で撮影。

動き出した冬芽       2013.4.5.
一部しか見えていなかった芽鱗の中の部分には、まだら模様がある。

先に雄花が見えてくる     2011.3.27.
中央からは 葉が       2011.4.5.

別の芋虫が出現       2007.4.10.
十分に展開すると 雄花が房状に垂れ下がる。芽鱗は意外にも長い。被子植物とはそもそも花の仕組みが違い、雄しべだけで花弁はない。
2011.1.14.
ウィンナソーセージのような形の「葯胞」は、成熟する割れて反転萎縮して、まるで落ちてしまったように見える。花粉はすでに風で運ばれてなくなっている。
花軸に残った花糸      2011.4.15.

水辺に落ちた雄花序の残骸    2001.4.22.
軸ごと落ちて まるで芋虫のようだ。


雌花と種子の様子
雌 花         2012.4.18.
雌花の付き方も雄花と同じく短枝に付く。2012年の冬は寒く、イチョウも1週間以上遅かった。
ふたつの胚珠       2012.4.24.
種子となる部分(胚珠)は、花柄の先にふたつずつ付く。花と呼んではいるが、胚珠がむき出しの状態であり、被子植物とは違う。

胚珠の頂部に粘液質の「受粉滴」を出し、飛んでいる花粉を付着させる。受粉滴は何度か出入りして、多くの花粉を取り込む。
種子の成長        2012.5.5.
受粉した胚珠だけが大きくなって、種子となる。ただし「受精」は通常 8月末か9月初めということなので、4ヶ月は無精卵の状態。

径 1センチ       2012.5.23.
2週間ちょっとで この大きさ。
2011.7.8.
2ヶ月後には ほぼ最終的な大きさまで育っている。

なかには落ちてしまうものも          2012.9.14.
まだ 全然臭わず、むしろ青臭い。「受精」は8月下旬か9月上旬という事なので、落ちていたものを切ってみたが、すでに中種皮は硬かった。うまく受精しなかったものが落ちるのだろう。

次第に色付く       2006.9.24.

③:収 穫       2010.11.11.
カリン林手前の木。ここ数年は 職員がていねいに拾い集めている。「特製のど飴」の原料にしたり、銀杏を配ったりしてくれる。

無料配布のギンナン    2011.11.20.
硬い殻は 中種皮、茶色い薄皮が 内種皮。食べるところは 内乳。

発芽を待つ       2007.12.23.
画面からも臭いが漂うでしょう。イチョウは発芽力が強いので、林内の柔らかい地面では無数の実生苗が生えている。しかし、踏みつけられた固い地面では難しい。

④:実生苗        2012.6.7.
標識43番近くの大木のもの。若葉(および若木)の葉は すべてふたつに割れている。
リンネが biloba と名付けたのは、ケンペルの絵が「二裂」だったからだけではなく、ヨーロッパ(やリンネ)の元に持ち込まれた種子から育った若木の葉が、ことごとく (99%以上) 二つに裂けている状態を観察したためではないだろうか。
ふたつ以上に裂けているものもあるが、中央だけは 驚くほど深く切れ込んでいる。少なくとも園内のどの木の実生も、同じである。園内のイチョウの親木がひとつ の可能性はあるが、事典にも幼い葉には深い切れ込みがあるという記述があった。

ただし biloba の意味が単に「二裂」ではなくて、「浅く二裂する」のが真意であるなら、この葉の状態とはちょっと違う。


幹の様子
⑤:精子発見のイチョウの根元    2012.9.14.
目通り145センチ(長径)、高さ 約24m。太くなると縦のスジは不明瞭になる。
2012.2.21             幹の様子             2012.9.14
割れ目が深いということは、樹皮が剥がれにくい ということ。
右は2年目の幹で、径 約4センチ。急激に幹が太ったために、1年目の樹皮が編み目のようになっている。それでも剥がれることなくへばり付いている。割れる場所・本数は増えていくが、一定程度太くなると同じ場所が割れるようになり、左の模様となる。
写真左の樹皮の詳細            2012.2.21.
形成層では内側に木部、外側にコルク層を形成する。外側に重なる層のひとつひとつが、毎年できたコルク層だと思われる。白い所は、割れ目が広がって新たにコルク層が見えた部分。内部の樹皮の厚みは、切ってみないとわからない。

③:気 根
大木になると、枝の下などから「乳」と形容される 太い気根が出る。成長は遅く、まれに気根部から枝が出ることもあり、なんのために この気根を出すのか、よくわかっていないそうだ。


葉の様子

垂れてきた枝  2012.9.17.
日比谷公園の雌株。先端で普通に伸びる一年目の枝(長枝)の成長は 約60センチ。葉は互生で二裂している。

株の元から出たひこばえの枝   2012.9.14.
小石川植物園。同じく、すべての葉が はっきりと二裂している。

一年目の枝
枝はなめらかで葉腋に芽ができている。これが短枝の元。

左と下:一年目、右:二年目 の枝  2012.9.14.
そのまま ただ一本に伸びることも多いが、ここでは枝分かれしている。二年目の枝には細かいひび割れができて、白っぽくなっている。
二年目の枝に生えた葉。一箇所から束生している。これが 短枝の一年目の状態である。

葉裏は少しだけ白い

分岐する平行脈
葉柄では2本だった葉脈(維管束 いかんそく)は、二股分岐を繰り返して広がり、網目状にはならない。


余談だが、東京大学のマークは昔からイチョウの葉をデザインしたものだ。新しいマークでは 葉の切れ目が単純化された。
青い葉は「二裂」していて、これは恐らく「若い葉」を表しているのだろう。一方 黄葉して散っていく葉、つまり卒業する葉は四裂しているので、このデザイナーはイチョウの実態を理解して図案化したようだ。「生きた化石」と表現されるイチョウをシンボルマークとしているのはまずいのでは、と冗談半分に話す人もいるが・・・・。

大阪大学・東京都など、 ほかにもイチョウをシンボルマークにする学校・団体は多い。
東京都 シンボルマーク
(都章ではない)


⑥:黄葉+夕日        2000.12.9.
奥の東屋付近にも大木があり、落葉時には黄色の絨毯となる。

 
イチョウ の 位 置
写真① : F14 c 正門をはいって すぐ左手、2本
F14cd トイレの前の2本のうち、太い方は雌株
写真② : C7 a ボダイジュ並木奥の左側
写真③ : B4 d シマサルスベリ並木
写真④ : E9 a 標識43番近くの崖地
写真⑤ : C9 c 精子発見のイチョウ
イロハカエデ並木の突き当たり
写真⑥ : D2 c 奥の東屋手前、その他近くに4本
⑦ : F5 a 梅林のはずれ(トップの写真)
 
名前の由来 イチョウ Ginkgo biloba

イチョウ 銀杏  :
17世紀の終わり、元禄時代にはすでに「イチョウ」と呼ばれていた。
1690年(元禄3年)、オランダ商館付きの医師として日本にやってきた ケンペル が、帰国後に刊行した『廻国奇観』(異邦の魅力) 811-13 ページに イチョウが記載されている。
「杏銀」の漢字は右から左へ。次に、その読みとして三つめに「一般に Itsjò」となっている。

イチョウの由来は、中国名のひとつに鴨脚樹があり、「鴨脚」は、宋時代の広東では「イチャオ」、揚子江北では「ヤチャオ」と発音した。『大言海』 
これが「イチョウ」に転訛したもの。
化石の研究から、1億年以上昔のジュラ期などには日本でも繁殖していたことがわかっている。しかし現在自生しているのは中国だけで、日本に渡来して栽培されたのは、室町時代からとされている。
だとすると、鎌倉鶴岡八幡宮の倒れたイチョウに公暁が隠れていた、というのは 単なる伝説 (神社が作り上げたウソ)でしかないことになる。

種小名 biloba: 浅く二裂した という意味 
葉の様子を表したもの。命名者はリンネだが、『植物の種』(1753)ではなく、『(植物の種)補遺 そのⅡ』(1771) に記載した。
1730年頃には ヨーロッパにイチョウが導入されたと言われているので、実物を見て名付けた可能性もあるが、ケンペルの図を参考にしたのかも知れない。その図では 葉のほとんどがきれいに二裂している。(下図)
『廻国奇観』(異邦の魅力) のイチョウ
国際日本文化研究センター 所蔵 /
特別利用許可 日文研資利第115号 取得済み

ケンペルは、和名については詳しく調べたが、実はこの図i
大間違いがある。今年枝と先年枝と「種子」が描かれているが、ギンナンが生るのは数年間成長した短枝で、2年目の枝に付くことはない。

実際の葉は 木によって、また ひとつの木の中でも様々で、少し探せば、0 から 4裂 ぐらいまではすぐに見つかる、こともある。

シーボルトの『日本植物誌』にもイチョウは描かれている。
着色部分は雌株短枝に 雌花が咲いている様子が正確に描かれているが、すべての葉に 切れ込みがない。バックには線画で長枝部分が描かれているが、すべての葉に2つ以上の切れ込みがある。
京都大学理学部所蔵の『日本植物誌』イチョウ図へのリンク
 
Ginkgo イチョウ属 :
本来は Ginkyo となるべきだったもの。

ケンペルは 日本での植物名を熱心に聞き取り調査しており、イチョウにも3種類の名が記されている。「Ginkgo または Gin-an、一般に Itsjò.硬い実のなる高木で 葉はクジャクのような形」となっている。
その最初の名前 Ginkgo は、「銀杏」の日本での読み方「ギンキョウ ginkjo または ginkyo」とすべきところを、ケンペルが誤記したとする説がある。これは、ほかの記述やメモでは kjo を正しく表記しているため(Wikipediaによる)。これまでは、活字を組んだ時の「誤植」(と間違えたもの) とする説が有力だった。

これをリンネが『(植物の種)補遺』で そのまま Ginkgo biloba と記載したために、「正名」となってしまった。種小名 biloba は自分で名付けたようだが、人が付けた名前 Ginkgo の「意味・由来」までは確認をしなかった、ということだ。

事典での読みは「ギンクゴ」となっている。


 トピックス : 精子発見のイチョウ: 写真No.⑤


イチョウの精子発見が発表されたのは ソテツの精子発見と同じ 1896年(明治29年)で、東京帝大理学部植物学教室の助手だった 平瀬作五郎によるものである。
精子の存在は 発見の半世紀前に海外で予言されていた。また、発見の数年前にはドイツの研究者が 花粉の成長についての研究成果を発表していたが、イチョウの精子の発見には到っていなかった。

首尾良く精子を発見できたのは、イチョウが豊富な植物園 (大きくは日本) の環境と、平瀬氏・池野教授の辛抱強い観察、努力の結果であった。
参考 : 日本植物学会電子版/
 イチョウ精子発見者平瀬作五郎:その業績と周辺/長田敏行
 
精子はどこに?
昔から イチョウとソテツは「精子」によって受精することは、看板を読んで知っていた。しかし 詳細は調べることなく、実態はわからずにいた。
以下はソテツの項と重複するが、種子が「心皮」で覆われる 被子植物 と 裸子植物であるイチョウの受精の違いを、簡単に述べてみたい。
花の構造が違うとはいえ、花粉を飛ばして受粉、花粉管が伸びるところまでは同じである。

被子植物 イチョウ
雄の生殖器官: 雄しべ
葯の中に花粉がはいっている
雄株の小胞子葉(小胞子囊穂とも)の裏に無数の花粉囊があり その中に花粉がある
雌の生殖器官: 雌しべ(通常は柱頭・花柱・子房からなる)。
子房の中に「胚珠」がある
雌株の先端に大胞子葉が付き、その柄の部分に種子の元である「胚珠」が剥き出しとなっている
花粉の付き方: 雌しべの先端である柱頭に着く 胚珠の中に直接はいる
栄養をもらって数ヶ月間生き続ける
花粉管の延び: 柱頭から花柱の中を 胚珠まで伸びる 卵細胞に向けて少し伸びるが 到達はしない
受精のしかた 伸びた花粉管が卵細胞に到達し、「精細胞2個」を 直接卵細胞に送り込む
受精までの時間は 通常 数時間
 伸びた花粉管から、繊毛が生えた「精子」が出てきて 泳いで卵細胞に到達する

雄花の花粉を観察しても 精子はまだできていない
受粉したギンナンの中を、8月下旬から9月下旬にかけて観る必要があるが、木によって精子を放出する日が違うそうだ。

イチョウの精子は 約 0.1mm と小さいために、少なくともルーペが必要だ。ソテツの精子はずっと大きく、約 0.2~0.4 mmあって 肉眼で見えるらしい。


本項が長くなったので、イチョウの変種品種については、別項で取り上げる。



植物の分類 : APG II 分類による イチョウ の位置
原始的な植物
 緑藻 : アオサ、アオミドロ、ミカヅキモ、など
 シダ植物 :  維管束があり 胞子で増える植物
小葉植物 : ヒカゲノカズラ、イワヒバ、ミズニラ、など
大葉植物(シダ類): マツバラン、トクサ、リュウビンタイ、ゼンマイ、オシダなど
 種子植物 :  維管束があり 種子で増える植物
 裸子植物 :  種子が露出している
ソテツ 類 : ソテツ、ザミア、など
イチョウ類 : イチョウ
イチョウ目  イチョウ科 のみ
イチョウ科  イチョウ属 イチョウ のみ
マツ 類 : マツ、ナンヨウスギ、マキ、コウヤマキ、イチイ、ヒノキ、など
 被子植物 :  種子が真皮に蔽われている
被子植物基底群 : アンボレラ、スイレン、など
モクレン亜綱 : コショウ、モクレン、クスノキ、センリョウ、マツモ、など
 単子葉 類 : ショウブ、サトイモ、ユリ、ヤシ、ツユクサ、ショウガ、など
真生双子葉類 : キンポウゲ、アワブキ、ヤマモガシ、ヤマグルマ、ツゲ、など
中核真生双子葉類: ビワモドキ、ナデシコ、ビャクダン、ユキノシタ、など
バラ目 群 :
バラ亜綱: ブドウ、フウロソウ、フトモモ、など
マメ 群: ハマビシ、ニシキギ、カタバミ、マメ、バラ、ウリ、ブナ、など
アオイ群: アブラナ、アオイ、ムクロジ、など
キク目 群 :
キク亜綱: ミズキ、ツツジ、など
シソ 群 : ガリア、リンドウ、ナス、シソ、など
キキョウ群: モチノキ、セリ、マツムシソウ、キク、など
後から分化した植物 (進化した植物 )           

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ