日本ではよく温室で栽培されている。
写真はドミニカの首都サント・ドミンゴの植物園のもの。
ガイアナではダカール大学附属植物園で似たような花を見かけたが、日陰に植えられていたためか小振りの木であった。
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葉の様子 |
樹高 約 3m |
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芝地に20本ほどが並んでいて、「ソシンカ園」となっていた。
葉は中央に切れ込みがあり、これがバウヒニア属の特徴である。
切れ込んだ葉の先端は鋭角、あるいは丸みを帯びる。 |
花の形 |
木の根元 |
ジャケツイバラ科の花は、5枚の花びらが開いた形となる。中央の、色が少し濃いものが旗弁。
花びらは根元で細くなっている。
この花の雄しべは5本。
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落ちた茶色の葉はすべて閉じている |
名前の由来 アカバナソシンカ Bauhinia blakeana |
アカバナソシンカ : 赤い色の花が咲く ソシンカ の意味 |
ソシンカには色々な種類があり、赤系の名前が付いたものだけでも アカバナソシンカ、ベニバナソシンカ、ムラサキソシンカがあり、さらにフイリソシンカは紅紫色から白に近いものまであるようだ。
名札のなかった本種を「アカバナソシンカ」とした根拠は、『週間朝日百科/植物の世界』と、ハワイ大学 ジェラルド・カー教授のホームページの写真と照らし合わせた結果、および雄しべが5本あることなどによる。
本来の雄しべの数は10本であるが、そのうち5本は退化しているのがアカバナソシンカの特徴のひとつ。
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種小名 blakeana : 人名に由来する |
アカバナソシンカの学名の命名は1908年、20世紀である。 Wikipedia によると、本種は1880年に香港で発見された。
種小名の由来となっているのは、第12代の香港総督、サー・ヘンリー・アーサー・ブレイク (Sir Henry Arthur Blake) であるが、就任期間は 1898年11月~1903年7月であり、発見時点と命名時点の総督は別の人物であったようだ。
本種は香港以外に自生していないといわれているが、フイリソシンカ Bauhinia variegata とムラサキソシンカ B. purpurea との交雑種という見解と、フイリソシンカそのものだが結実しない種類だという考えがある。『植物の世界・朝日新聞社』
確かに、実が生っているものはひとつもなかった。
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香港市 区旗 |
アカバナソシンカは1965年に香港市の花として選定され、1997年の香港返還以降は「特別行政区」の区旗にも正式採用された。
赤い地の色と雄しべの先の「5つの星」は、中華人民共和国の「五星紅旗」を表している。すなわち中国に抱かれた香港が繁栄する様を表しているが、同時に紅白の2色は、一国二制度も表しているという。 |
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1997年 |
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区旗をデザインした人には悪いが、ソシンカの特徴がわかっていない。
ジャケツイバラ科あるいはマメ科の特徴である「線対称」ではなく、しかもねじれた形としたために、まるでキョウチクトウ科の花のようになってしまった。
おまけに 花びらの先に「副冠」まで付いている。
私が実物にこだわりすぎているのかも知れないが、この花は絶対に「サンユウカ」だ!
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中国名 洋紫荊 |
「紫荊」はハナズオウの中国名である。花の色がハナズオウに似ているために、「西洋の紫荊」としたものと思われる。
せっかく香港原産なのに「洋」はおかしいのだが、バウヒニア属の植物を、その花の形のイメージから orchid tree と呼んでいたことに関係がありそうだ。
Wikipedia によると、洋紫荊のことを香港では単に「紫荊」と呼ぶこともあるため、旗に使われているシンボルマークを、誤ってハナズオウと解説されてしまう事があるそうだ。 |
ハナズオウ |
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Bauhinia ハカマカズラ属 : 袴葛属 |
学名は16世紀スイスの植物学者、ボーアン兄弟を顕彰したもの。世界の熱帯・亜熱帯に約150種がある。
ボーアン兄:Jean Bauhin (1541-1631):1610年頃に『世界植物誌』 3巻を刊行。近東および新大陸を含めて5,000種以上の植物を記載した。
ボーアン弟:Gaspard Bauhin (1560-1624):1623年に『植物の劇場総覧』で6,000種以上の植物を記載した。属名と種名とを区別し、不完全ながら二名式命名法を始めた。
和名のハカマカズラ属の名は、本属の特徴である、葉の中央が切れ込んだ形を日本の「袴」になぞらえたものである。
この属名の元となっているのが、ハカマカズラ属で唯一日本に自生する「ハカマカズラ」である。
和歌山県、高知県、九州などに産する種で、屋外では足摺岬付近の植物園で目にしたことがある。
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ハカマカズラ |
小石川植物園の鉢植
葉の先端が尖っているのが特徴 |
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一方で、属名の中国名は「羊蹄甲属」である。二つに割れた葉を偶蹄類のヒツジの蹄( ヒヅメ )になぞらえたものである。 イメージ的には割れた葉の先端が、丸くなっているところが蹄に見える要因だろう。
アカバナソシンカの中国名も「洋紫荊」ではなく、「紫荊羊蹄甲」とすればよかった。
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ジャケツイバラ科 Caesalpiniaceae : 人の名前に由来する |
詳しくは、オウコチョウ を参照。
APG分類では「マメ科」再統合された。
ジャケツイバラ科を中国では「蘇木科」という。
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アカバナソシンカ |
← ソシンカ Bauhinia acuminata Linn. (1753) |
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香港植物標本室 Hong Kong Herbarium より |
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ソシンカの漢字が確定できていない。
ソシンカの花の実物は見たことがないが、香港の農水保全局管轄のホームページ「香港植物標本室」データベースの写真によると真っ白な花である。(同ページは商業利用でなければデータを使ってよいことになっている。)
「ソシンカ」の名は日本で名付けられたのではなく、漢字の音読みだと思われる。
ところが、現在のソシンカの中国名は「白花羊蹄甲」で、『香港植物標本室』にある、ほかの9種のバウヒニア属にもソシンカの文字は見あたらない。 中国での古い名前、漢名なのだろうか。
写真のような真っ白な花 というところから、 「ソ」は「素」と考えられる。 「素」は白い意味を表す。「素馨(ソケイ)」の素と同じである。
そこで第一候補は「素芯花」。ジャケツイバラ科の花は旗弁に別の色が付いていることがあるが、ソシンカ「素芯花」は芯まで白い花である。
第二候補は「素心花」。素心は 心が潔白であること、素朴で偽りのない心 という意味である。真っ白なソシンカの花を表している。
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種小名の acuminata は「先の尖った」という意味である。
命名者のリンネは『植物の種』 (1753) で8種のバウヒニア属を命名している。 恐らく、リンネの元に届けられたソシンカの標本あるいはスケッチの葉が、ほかの葉よりも尖っていたのであろう。
しかし写真のように丸みを帯びる葉もあるようで、適切な名前とは言えなかった。
ソシンカの原産地は事典によると東南アジアとなっており、中国に早くから伝わっていれば、ソシンカの名が付けられたのが18世紀よりも前、ということも大いにあり得る。
参考までに、リンネが命名した8種の Bauhinia属を並べておこう。
番号は『植物の種』の 374, 375ページに記載されている順番である。
学名 : 種小名の意味 : 和名
1.Bauhinia scandens : よじれた縁の、攀縁の: -
2.B. aculeata : 針のある: -
3.B. divaricata : 分岐した、2又に分かれた: -
4.B. ungulata : 爪状の: -
5.B. variegata : 斑がはいった: フイリソシンカ
6.B. purpurea : 紅紫色の: ムラサキソシンカ
7.B. tomentosa : 密な綿毛のある: ハンモンソシンカ(黄花)
8.B. acuminata : 先の尖った: ソシンカ
後半の「参考」のところで、いくつかのバウヒニア属を取り上げる。
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さて 「素」を第一候補としたが、一方で、ジャケツイバラ科の中国名が「蘇木科」であることから、「蘇芯花」ということも考えられる。
「蘇木」(簡体では 苏木) は中国語で スオウ 蘇枋・蘇芳 を指す。
日本では Caesalpiniaceae をジャケツイバラ科としているが、中国ではスオウ科と表しているわけである。
ちなみに「ジャケツイバラ」の中国名は「雲實」である。
「蘇」という漢字を調べると、その意味には
①よみがえる・生き返る、②やすむ・休息する、③取る・手に持つ、
という動詞が並ぶ。 次に
④草を刈るから派生して「草」の意味があり、「紫蘇」は紫色の草のことである。さらに⑤流蘇は、ふさ。羽または多くの糸で作った飾りの房。⑥人の姓、
と続く。
スオウもジャケツイバラ科ジャケツイバラ属の植物で、花の色は黄色であるが、その心材(幹の中心部)は古くからピンクや紫の染料に用いられている。
「蘇芯」とはまさにこの染料の原料や「スオウ色の花芯」を表すことになるが、原料の色は薄橙色、染め上がる色が赤や紫では、白い花のソシンカの名前にはふさわしくない。「蘇芯花」の線は薄そうだ。
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スオウで染めた糸 (転載許可取得済み) |
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草木染めの MauA 舞和 滝本恭子さんが染めた糸。
左のピンク系は明礬で媒染、右は木酢酸鉄で媒染したもので、触媒によって、また糸の種類によってこんなにも色が変わるそうだ。
大日本インキの「日本の伝統色」に取り上げられている「薄蘇枋 No.721」は、ピンクの方の右端の色に近い。
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「蘇芯花」の可能性があるとすれば、
ムラサキソシンカなど、全体が白か淡ピンクの花の中心に、スオウ色の濃い部分があるものを「ソシンカ」と呼んでいたものが、いつの間にか白い花を指すようになった。
というケースである。
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参 考 1 |
ソシンロウバイ : 素心蝋梅 |
「ソシン」で始まる植物としては、唯一「ソシンロウバイ」がある。
「ロウバイ」の花の中心部の花びらは暗紫色であるが、園芸品種の「ソシンロウバイ」は全部が黄色。
こちらを事典で調べると漢字は「素心」であり、中国名も同じく「素心蝋梅」であった。 この「ソシン」の意味は「芯が白い」である。
ソシンカも「素心花」であろうか....? |
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ロウバイ |
ソシンロウバイ |
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小石川植物園で |
ロウバイは中国原産で日本に伝わったものである。
ロウバイの名は漢名「蝋梅」を音読みしたものであるが、その由来は、「蝋」は花びらが半透明の黄色で、蜜蝋(蜜蜂の巣を加熱・圧搾して採取した蝋)に似ているところから。「梅」は花の匂いが梅にそっくりの良い香りであるところからきている。花の形が梅に似ているわけではない。
咲く時期は東京では通常1月で、梅よりも早いが 割と近い。
小石川植物園では、入り口をはいってすぐの坂の右手に植えられている。
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参 考 2 |
ムラサキソシンカ : 紫素心花 Bauhinia purpurea Linn. (1753) |
アフリカ、セネガルの首都 ダカール大学附属植物園で。
同じハカマカズラ属の仲間である。
正確には赤紫色ないしはピンク色であるが、色が非常にうすくて白に近いものまであるようだ。「ムラサキ」という名は最適ではない。
種小名の purpurea は「紅紫色の」という意味で、リンネが付けた名前の方は、和名よりも正確に花の色を捉えている。 |
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花の写真がボケてしまっているが、雄しべは3本である。
ムラサキソシンカの葉はまるで2枚の丸い葉がくっついているように見える。東南アジア原産。
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参 考 3 |
フイリソシンカ : 斑入り素心花 Bauhinia variegata Linn. (1753) |
フイリソシンカの写真は、ハワイ大学 Gerald Carr 教授のホームページからお借りした。
きれいな写真である。
種小名の variegata は「斑色ある、斑紋ある」という意味で、和名はこれをもとに付けられたものだろう。
しかし、葉に「斑 (フ)」は認められないので、ここで云う「斑」は旗弁にある濃い縞模様を指すものと思われる。 |
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アカバナソシンカに似ているが花びらの幅が少し広く、また つぼみの形に違いがある。
この花こそ「蘇芯花」であって、「斑入り蘇芯花」は重複した表現でおかしな事になる。 |
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フイリソシンカの蕾 |
アカバナソシンカのつぼみ |
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フイリソシンカの蕾は”つるり”となめらかであるが、アカバナソシンカのものには「稜」(スジ状のでっぱり)がある。
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参 考 4 |
シロバナソシンカ:白花素心花 Bauhinia variegata var. candida |
または Bauhinia variegata ' Alba' |
フイリソシンカの白花種 (または園芸品種)で旗弁の中央が黄色から黄緑になる。
写真はドミニカの植物園で、アカバナソシンカの隣りに植えられていたもので、ほとんど真っ白である。 |
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参考文献 : Index Kewensis Ver.2.0/Oxford University Press、
園芸植物大事典/小学館、
週間朝日百科/植物の世界・朝日新聞社、
植物学名辞典/牧野富太郎・清水藤太郎、
植物学ラテン語辞典/豊国秀夫 編、
ハワイ大学 Dr. Gerald Carr のホームページ、
(転載許可取得済み)
「香港植物標本室」のホームページ、
「MauA 舞和」 のホームページ |
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