の 学 名
2013.3.26 修正

本項では、筆者が学名の基準とした アメリカ農務省の植物分類 GRINGermplasm Resources Information Network)と、代表的な植物事典である 『園芸植物大事典』 や 『朝日百科/植物の世界』、「大場秀章 ら」、日本で標準となりつつある 「Y-list」 の4つの学名を 比較・整理する。 下表に示すように、発行年によって変わってきている。

GRINには「Common names 一般名」があるので、和名との対照が可能だが、GRIN の基準種(基準変種)である Prunus serrulata については はっきりしないのが残念である。

植物園の名札は、これら 5つの見解とも異なっていることさえある。


サクラ の 位置
ソメイヨシノ は、図示以外にもたくさんある。

P. は Prunus 、 C. は Cerasus の略、 地はGRIN と同じ学名を示す。
○は 地図番号 和 名 ・ 品 種 名 GRI Nの学名2011
(本ページで使用)
Y-list 2011 大場秀章 ら
2007
『朝日百科/
植物の世界』1997
『園芸植物大事典』
1988
植物園の名札
 ① : ヒマラヤザクラ  P. cerasoides  C. cerasoides  C. cerasoides
     ヒマラヤ桜
 P. cerasoides
 ③ : カンヒザクラ P. campanulata  C. campanulata  C. campanulata  C. campanulata  P. campanulata
       寒緋桜
 P. cerasoides
 var. campanulata
 ⑦ : シダレザクラ  P. subhirtella
  f. pendula
 C. spachiana  C. spachiana
  ' Itosakura '
 C. spachiana  P. pendula
      枝垂れ桜
 P. pendula
   f. pendula
    エドヒガンが枝垂れたもの ↑ 同 左
 ⑧ : ヤマザクラ  P. serrulata
 var. spontanea
 C. jamasakura  C. jamasakura  C. jamasakura  P. jamasakura
       山 桜
 P. jamasakura serrulata の変種
 ⑨ : エドヒガン  P. subhirtella C. spachiana
var. spachiana
f. ascendens
 C. spachiana  C. spachiana
  f. ascendens
 P. pendula
  f. ascendens
      江戸彼岸
 P. pendula
   f. ascendens
 シダレザクラ
  C. spachiana の
  枝垂れないもの
 シダレザクラ
  P. pendula の
  枝垂れないもの
 ソメイヨシノ  P. yedoensis  C. ×yedoensis  C. ×yedoensis  C. yedoensis  P. ×yedoensis
      染井吉野
 P. × yedoensis
 ⑩ : オオシマザクラ  P. speciosa  C. speciosa  C. speciosa  C. speciosa  P. lannesiana
 var. speciosa
       大島桜
 P. speciosa
 ⑪ : オオヤマザクラ  P. sargentii  C. sargentii  C. sargentii  C. sargentii  P. sargentii
       大山桜
 P. sargentii  
 カスミザクラ (園外) P. serrulata
var. pubescens
 C. leveilleana  C. leveilleana  P. verecunda  P. verecunda
       霞 桜
 P. verecunda serrulata の変種
 サトザクラ 各種  P. serrulata
 var. lannesiana
 C. serrulata  C. serrulata  C. lannesiana  P. lannesiana
       里 桜
 P. lannesiana cv. serrulata の変種  サトザクラの多くは、「オオシマザクラ系
 の園芸品種」とされている
オオシマザクラとは無関係か?
 和名 無しか ?  P. serrulata
 var. serrulata
 (P. serrulata)
 ヤマザクラなどの基本変種である Prunus serrulata Lindl. (1828 または 1830) は、
 GRIN によると、原産地は中国各地となっている。 もしそれが正しいとすると、
 Prunus serrulata を訂正した Cerasus serrulata を サトザクラの学名としている
 Y-list などは、おかしな事になる。
カスミザクラの写真は 京都のマリアさんの写真(部分)をお借りした。(利用許諾済み)

注目すべきは、ヤマザクラ ・カスミザクラ ・サトザクラが 共に P. serrulata の変種 であること。 これまでの考え方を 完全に覆している。
(次項参照)


 
 サトザクラ の学名

今後サトザクラの品種をいくつか取り上げる予定だが、それぞれに命名の経緯を載せると重複が多くなるので、ここで 他の2つの変種も含めて取り上げる。

まず サトザクラ とは何か。

昔からの自生種で、山に咲く「ヤマザクラ」に対して、人の手でつくられ 里で栽培される品種を「サトザクラ」と呼んでいる。

山と渓谷社 『樹に咲く花』の解説が分かり易いので引用する。
「野生種の突然変異品や 自然交配種、人為的に交配してつくられた種類の中から 選抜育成されたサクラを、一般的にサトザクラと呼んでいる。 品種の育成は古くから行われ、江戸時代後期が品種の蓄積の最盛期。 (中 略) サトザクラは オオシマザクラの影響がもっとも大きいといわれ、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラ、エドヒガン、マメザクラ、チョウジザクラなどが 複雑に関係して、多彩な品種ができあがった。」

そして 『樹に咲く花』のサトザクラの項には、学名が書かれていない。

植物園のサトザクラの名札は
    「Prunus lannesiana (Carr.) Wilson ”園芸品種名”」
である。 ほとんどの事典類もこれを使っている。

これに対して「USDA 米国農務省」は、Prunus serrulata Lindl. var. lannesiana (Carr.) Makino であり、ヤマザクラ ・カスミザクラ と共に Prunus serrulata の変種 という、驚きの?結果を提示している。 
                              (上表・次表内の 赤色
「USDA 米国農務省」が上記の学名を表明する前提として、サクラ属を 「Cerasus属」ではなく、 「Prunus属」とする考えがある。 以下の経緯もその考えに立っている。
大場秀章氏などは 果実の形などでサクラ属をさらに6つの属に分けているが、ゲノム解析と完全には一致しないため、定説とはなっていない。

命名年 学 名 (P.はPrunus の略) 和 名 命名者 備 考
1735  Prunus 属 サクラ属  リンネ  『植物の属』に記載
1735  Cerasus 属 サクラ属  リンネ  現在は異名。 = Purunus属
1830  Prunus serrulata  リンドレイ  基準変種
 (P. serrulata var. serrulata)
1830  Cerasus serrulata  G. Don  ①を訂正したが GRINでは異名
1872  Cerasus lannesiana サトザクラ  Carrière  サトザクラに対する最初の命名
1915  P. serrulata
    var. pubescens
カスミザクラ  中井猛之進  USDAの見解による正名
1916  P. lannesiana サトザクラ  E. H. Wilson  ③を訂正したもの
 植物園の名札、多くの事典
 GRINの考えはサトザクラの異名
1916  P. serrulata
    var. spontanea
ヤマザクラ  E. H. Wilson  USDAの見解による正名
1928  P. serrulata
    var. lannesiana
サトザクラ  牧野富太郎  ③を ①の変種として訂正
 USDAの見解による正名
推定 : Prunus serrulata に相当する和名が不明だが、USDAが ヤマザクラ ・サトザクラ ・カスミザクラ のタイプ標本の DNA鑑定を行い、基準変種との照合を行った結果だと考えられる。

ただし、一般に言うサトザクラ (広義)には ⑤だけでなく、長年にわたって様々な種との交配が行われたものが含まれると思われる。

小石川植物園の樹木 -植物名の由来- 高橋俊一 五十音順索引へ